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131-偽りなき世界で

 餓死した猫の死体が平然と転がっている、人気のない街外れ。

 そこにある一軒家、到底人が住んでいるようには見えないその場所を少女―――勇 小鳥は訪れていた。


「それじゃあ、一時間ぐらいしたら迎えに来るから」

「ええ、ありがとうございます。お父様」


 この場所まで車で送ってくれた父親に微笑み、彼が一瞬心配そうにこちらを見た後にぎこちない笑みを返して去るのを見届け、改めて目的地である家屋へと視線を向ける―――建物自体は最低限の手入れがされているようだが、その前に広がる庭では多種多様な雑草が気持ちよさそうに背丈を伸ばしており……文明を持つ生命体が住んでいるようには見えない。

 むしろモンスターの一匹でも潜んでいそう。

 なんて感想を抱きつつ……小鳥はなんとか茶色い地面が見える隙間を雑草の群れの中から探して庭を進み、黒くて無機質なドアへとやっとの思いで辿り着くと3回ノックする。

 ……今時、ノックなどさせる家はここぐらいだろうな、と、小鳥が考えている間に黒い扉はチェーンを伸ばしながら少しばかり開き、中から少女が顔を半分だけ覗かせた。


「……急ね、お姉ちゃん。どうしたの」

「こんにちは。パパには予め連絡を入れたんだけど、なにも聞いてないの?」

「……パパと最後に会話をしたのは二週間前」


 隙間から意外そうな表情で自分の顔を見上げる少女―――〝妹〟の言葉に、思わず小鳥は苦笑いを浮かべてしまった。

 ……同じ屋根の下で生活しているというのに二週間も言葉を交わさないとは、いったいこの人達はどんな生活をしているのだろうか?


「もう少しお互いのこと気に掛けたらどう?」

「……なんで? 別に喋らなくても、わたしもパパも死なないよ」

「そうだとしても、少しは言葉を交わすのが家族でしょ?」


 二週間も会話を交わさない妹と〝パパ〟のことが思わず心配になった自分の言葉に対し、きょとんとした表情を浮かべた少女―――というよりは、〝パパ〟に呆れつつ小鳥は溜め息交じりに返す。

 すると、少女はくりくりとした目を一層興味深げに大きく見開く。


「……お姉ちゃん、大分社会的動物っぽい考えが身に付いたね。わたしとパパが家族なんて発想なかったな」


 妹に心底意外そうに言われ、小鳥は確かに、と納得してしまう……が、こんな家に閉じ籠ってる彼女に的を射たことを言われたことが少し悔しくて、小鳥は思わず口を尖らせて目を逸らす。


「じゃあなんだと思ってたの?」

「……生産者と商品」

「…………」


 なんとも的確な表現―――だが、事情を知らない人間が聞けば間違いなく顔を顰める表現を躊躇いなくした妹に対し、最早小鳥はなにも言うことが出来ず、こめかみをぐりぐりと揉むことしか出来なかった。

 その小鳥の動きになにかを感じたのか、あるいは、なにも感じなかったのか……妹は無言でドアを一度閉じるとチェーンを外し、小鳥を家の中に招き入れた。

 すると、その家は廃屋のような外観に反して入ってみれば中は意外と小綺麗―――なんてことは当然あるはずもなく、ゴミが散乱していたりこそしないが、そこら中に薄く埃が積もっているし、家具も最低限の椅子とテーブルがぽつんと置いてあるだけで生活感がまるでない。


「……パパは地下室」

「でしょうね」


 自分と同族である妹はともかくとして、少なくとも身体構造は人間である〝パパ〟のほうはこんな家に籠りっきりでは病気でもするのではないか? という感想は抱くが、それを口にしてなにか変わるわけではないな、と小鳥は判断し、持参した菓子折りを妹へと押し付けた。


「……なあに、これ」

「お菓子よ。パパと一緒に食べるか、あなたひとりで食べるかしなさい」


 押し付けられた箱を不思議そうに眺める妹に適当な言葉を掛けつつ、地下室へと続く階段を小鳥は降りていく。

 一段、一段と進むたびに、この家における唯一の照明だった日の光はどんどんと失われ、鼻腔を薬品の匂いが擽り始める―――その雰囲気は完全に『オニキスアイズ』における『クラシック・ブレイブス』の拠点……『悪夢の地下実験施設』と同じであり、小鳥は自分が他のメンバーと違い、あの拠点に然程の忌避感を抱かない理由に気付いた。


「実家のような安心感、って奴かしら」


 妙に合点がいった小鳥は、妹とのやり取りで落ち込んだ気分を少しばかり高揚させながら階段を降り切る。

 すると、その階段の先にある部屋―――一層暗い部屋の中に、小さなスタンドライトとディスプレイモニターの青白い光に照らされた影が、ぼんやりと浮かび上がっている。

 キーボードを打鍵し続け、なにかを書き連ねているやせ細った男の影が。


「パパ」

「後にしてくれ」

「久々に会う私でも後回し?」


 その背に向かって掛けた小鳥の声に男は取り付く島もないといった様子だったが、すかさず少しばかり不満そうな声を上げると……上半身だけを気だるそうに動かして、のそりと男は振り返った。


「……お前の方か。どうした? 子供でも出来たか」

「出来たとしてもパパにだけは相談しないかな」


 開口一番に無表情で放ったその一切デリカシーの無い言葉は冗談なのか、それとも本気なのか。

 どちらにせよ、小鳥からすれば質の悪い冗談にしか聞こえなかったので肩を竦めて見せると、男は少しばかり眼球を時計回りに回した後、確かに、と小さな声で呟く。

 そんな男の様子に対し小鳥は溜め息をひとつだけ吐いて、早速本題に入ることにした。

 この男との間に世間話というものは必要ないだろうと判断して。


「……少しばかり気になったんだけど。〝私〟と〝私〟が同一のサーバーにダイブしたとして、機械はそれを別の存在として認識できる? もしかしたら混同してしまって、本来〝私〟じゃない〝私〟に送るはずだった情報を〝私〟に送ってしまったりしない?」

「無いな。そもそもアクセスしてるポイントが違う。いくらお前達がデータ上は〝全て同じ〟であろうと、機械がお前達を混同することはない。声や見た目で個体の区別をつける私たち人間とは違ってな」


 些か急すぎる切り出しだったか、と質問の後に小鳥は少しばかり後悔を覚えるが、男は微塵も小鳥がその疑問に至った経緯などに興味を示さない様子で、その問いに対する自分の見解を口にした。

 それを聞いて小鳥は、まあ、それはそうだろうな……と納得し、最近脳裏にこびりついていた考えが、幼稚で間違ったものなのだと理解して少しばかり気を落とす―――が、その小鳥の様子に気付いてないであろう男が「だが」と、話を続けた。


「一卵性双生児等が言葉を交わさずとも互いの欲求に対し理解を示すことは珍しくはない。そうでなくとも『息が合う』『阿吽の呼吸』『以心伝心』等の言葉が古くからある時点で、〝人〟という動物が一定以上の経験に基づき、別の個体の思考を読み取る力を持つのは明確。そして、その力はより近い考えを持つ個体同士が、より強烈な体験を共にすることで強まるだろうから、例えばお前が上の妹と」

「……殺し合いでもしたら?」

「随分と物騒だな。……殺し合いを続け、どちらも死ななければ。やがてお前達の思考は同調し始め―――まあ、自分達がどう思うかは別として、第三者からは見分けが付かなくなってもおかしくはないだろう。……とはいえ、やはり、別の肉体からダイブしてるのだから人はともかく機械は見誤らん。もしも、見誤ったのではないかと思うようなこと……例えば、相手の考えが急に手に取るように分かる……ようなことがあったのなら、それは機械が良く似たふたつの個体を混同し、肉体に戻す情報を誤った。というわけではなく、単純にそのふたつの個体が〝似すぎている〟が故に〝息が合った〟だけだろう」


 単純に〝息が合った〟だけ―――小鳥は先日、自分……カナリアとアリシア・ブレイブハートの間に起こった奇妙な出来事……超高速の読み合いにおいて、アリシア・ブレイブハートが使おうとするスキル全てが手に取るように分かり、それらを『ネゲイト』で打ち消し続けることが出来たことに対する答えが、そんなにも面白くもなんにもないものだと知って項垂れた。


「……それ、息苦しさを感じたりするかな」

「場合によるが、もしも極度に集中・興奮しているような状況で起こりでもすれば、まあ、体調を崩すこともあるかもな。人格投影(ダイブ)を伴う体験は、肉体というフィルターを通さず直に脳へと影響を及ぼす。些か刺激が強い」


 ついで、と思って聞いたことに対する男の答えで、アリシア・ブレイブハートが突如意識を失った理由も小鳥は察することが出来た。

 ……ようは、ゲームに熱中し過ぎて興奮し過ぎただけだ。

 心臓を自分達のものに入れ替えたような、虚弱な人間の女の子が。


「……ありがと。悩みがひとつ消えた。あの子にお土産渡しといたから、よければ後で食べて」

「覚えていれば頂くとしよう」


 もしかすれば、自分達の血には何か特別なことがあるのかも―――と、少しばかりときめいた自分を子供だと心の中で罵倒し、小鳥は上の妹に渡した菓子折りのことを男に伝えるが、男は興味なさげな返答だけ残して再びディスプレイと向き合ってしまう。

 ……まあ、別にこの男に一般的な人間がし得る反応を求めていたわけではないが、とはいえ、もう少しは愛想よく出来ないのか? と思いながら小鳥は男の背を睨むが、一瞬の間でそれが途轍もなく無意味な行為であることに気付き、溜め息をひとつだけ吐き、階段を上っていく。


「なんだ。やっぱり私は人間と然程変わらないんだ」


 安心したような、落胆したような、微妙な感情を抱きながら暗い地下から戻ると、妹がテーブルの上に小鳥の渡した土産の箱と中身を散らかしていた。

 ……どうやら、小鳥が「ひとりで食べても良い」といったニュアンスの言葉を掛けたものだから、本当にひとりで食べることにしてしまったようだ。


「普通はパパにも食べるかどうか聞くものよ」

「……そうなの? でも、パパはどうせ食べないだろうから」


 カラフルな色合いの焼き菓子を―――この寒々しい部屋に広げられるには些か可愛らしすぎる焼き菓子を、ひとつひとつ手にとっては興味深そうに観察している妹の頬を軽くつねりながら小鳥が言うと、妹はきょとんとした表情を小鳥へと向けた。

 ……まあ、確かに。

 先程の答えを聞いても、あの男がこれを食べるとは思えないのだが。


「それはそうだろうけど。一緒に食べたいとか思わなかったの?」

「……別に。それにパパだと一緒に食べてても面白くないし」


 だとしても一応聞くのが最低限の礼儀であるし、一応は一緒に過ごしている相手なのだから多少は共に時間を過ごしたいと思うこともあるのではないか、と小鳥が思って尋ねてみれば、軽くつねられた頬を手の甲でぐしぐしと摩る妹の口から少々興味深い言葉を聞くことができた。


「パパだと、って。他に誰か一緒に食べる人とか、いるの?」

「いるよ。カンリキョクのアンドー。火曜日と金曜日にご飯持ってきてくれるから、一緒に食べるの」


 まるで他に食卓を囲む相手がいるかのような妹の言葉、それを突き詰めてみると……どうやらお堅い役職の方が一応面倒を見に来てくれているようだ。

 明らかに生活力の無さそうな〝パパ〟と妹の二人でどうやって生きているのかと思ったが、それならば納得だと小鳥は頷き……同時に思う。


「へえ。女の人?」


 もしかしなくとも、それは〝パパ〟の持つ財産に目を付けた女かな、と。

 しかし、小鳥の言葉に対して妹は静かに首を横に振ってみせた。


「ふぅん……」


 それは間違いなく否定のジェスチャーであり、それを見た小鳥は笑みを深める。

 ……どうやら、あの男の財産を狙った女が世話を焼いているのではなく、庇護欲を掻き立てないわけがない、このかわいそうな少女が気になってしまった男が世話を焼いているようだ。


「子供が出来ないように気を付けなさいよ」

「……こども? どうして? アンドーと喋ってたら、こどもが出来るの?」


 あの無愛想な〝パパ〟が表情を歪める光景を想像しながら小鳥は何気ない様子でぽつりと呟き、それを聞き拾った妹が想像通りの表情で、興味深そうな、心底不思議そうな表情で小鳥の顔を覗き込んでくる。


「さあ、どうしてかな。アンドーさんに聞いてみたらいいんじゃない。たぶん、私より男の人のが詳しいし」

「……そうなんだ、わかった」


 分かった、とは言いつつも納得はしてなさそうに目を逸らした妹を見て小鳥は微笑みつつ、先程つねった方の頬を撫でた。

 妹は一瞬、驚いたようにびくりと身体を震わせたが、その手には悪意がない事を察すると特に抵抗することもなく、少しばかり不思議そうな顔をして小鳥の手を受け入れた。


「……なあに、お姉ちゃん」

「かわいそうだな、って思って。こんなに可愛いのに、あなたには名前がないのね」

「……スペア(わたしなんか)に名前なんて、だれもつけてくれないの知ってるでしょ。お姉ちゃんのいじわる」


 優し気な笑みを浮かべているとはいえ、妹が少しばかり気にしていることに小鳥は触れてしまい、妹は目を逸らして唇を尖らせた。

 ……こんなところで、こんな生活をしているというのに、それでも年頃の少女らしい表情をする妹を見て小鳥は思う―――やはり、間違いなく……自分達は人間と然程変わらないのだ、と。


「良いんだか、悪いんだか」


 思わず小鳥は呟くが、それを聞いた妹は不思議そうに小首を傾げるだけだった。

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「なんだ。やっぱり私は人間と然程変わらないんだ」  安心したような、落胆したような、微妙な感情を抱きながら暗い地下から戻ると、妹がテーブルの上に小鳥の渡した土産の箱と中身を散らかしていた。  …
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