129-WAR OF BRAVES その7
「……あの、さ―――」
カナリア達へと振り向いたクリムメイスが、努めて笑顔で彼女達に声を掛けようとする―――。
「えっ、と…………」
―――だが、当然ながら……言葉のひとつも出てこない。
自嘲にしろ、謝罪にしろ……なんにせよ、何かしらの言葉が出れば良かったのだが、なにひとつ出てこない。
なにせ自分は、ハナから彼女達を……カナリアを裏切り、傷付けるために擦り寄り、騙し、純粋な―――と、呼べるかは正直なところ微妙なラインだが―――友情を彼女に感じさせていたのだ。
そんな自分が彼女になんて言葉を掛ければいい?
「…………あぁ、そっか……」
瞬間、クリムメイスは気付く……また自分は、シルーナに全てを奪われたのだと。
いくらでも手の届く所に幸せはあったはずだった、かつてシルーナが砕き散らかした花園で見失ったその全ては、『クラシック・ブレイブス』の中に山ほど転がっていたはずだった。
掴み取れる、はずだった。
だというのに、目に見えたはずのそれを、暖かさすら感じれていたはずのそれを、目に見えなかったはずのものに、影すらないはずのものに気を取られて、掴み損ねてしまった。
目の前にいた幸福を、どこにもいない不幸のために……。
「……そういう、ことだったんだ……」
ようは、リヴが言いたかったのはそういうことだったのだ。
『クリムロウズはシルーナに敗北した時に、とっくに死んでいる』……あの日、シルーナに敗北した瞬間から、今の今に至るまでクリムメイスは、あの日の敗北を引き摺り続け、恐れ続け、そればかりに囚われてしまっており、そこにかつてのクリムロウズの姿は―――純粋にゲームを楽しみ、世界に散らばる幸福を集めて喜んでいた姿はないのだと。
そう、リヴは言いたかったのだ。
「あたし、なんも見えてなかったんだ……」
クリムメイスが震える声で自嘲する。
……長い長い、暗いトンネルをひたすら後ろを気にしながら、既に通り過ぎたはずの暗闇に気を取られながら進んでいたのだと、本当は目の前に出口が広がっていたはずなのに、それに気付かずに足を竦ませていたのだと気付いたから。
「クリムメイス!」
「……っ!」
ようやっと、トンネルの出口を見つけることの出来たクリムメイスの名をカナリアが叫ぶ。
彼女の表情には―――怒りや、憎しみは見えない。
とはいえ、手酷い裏切りをクリムメイスがしたことには変わりないのだから、笑みを向けてくれているわけではないが……少なくとも、自分を拒絶するような顔はしていない。
そして、それは横に並ぶウィンやダンゴも同じで……。
「……そっか、そうだよね……」
クリムメイスが自らの身体を抱く―――そこにあるのは【戦争】の力によって変化した自らの鎧。
熱く燃え滾る炎を散らすその鎧は、間違いなく形に現れたカナリアからの親愛の証。
……自分が思っているよりも、ずっと、カナリアは自分のことを慕ってくれている。
「あは、あはは……裏切られ、ちゃっ……た。あたしも……」
そう気付いたクリムメイスが自嘲気味な笑いをカナリア達に向けた。
ああは言っていても、実際の所……今更、きっと許してくれない……そう、どこかで思っていたクリムメイスだったが、その考えを、身に纏った【戦争】の力を根拠に否定して。
「その、凄く……凄く身勝手なこと言うし……自分の事棚に上げてるとは思うけど……あたしのこと……拾ってくれる?」
出来る限り、精一杯の笑み―――それは、罪悪感と自己嫌悪にまみれた弱々しい笑み―――を浮かべながらクリムメイスが問う。
そこにはもう、非情な手段でカナリアを排除しようとしたスレッド・ワーカーの影は一切無く……今あるのは率いていた組織から一方的に切り離され、突然孤独となった一人の少女の姿だ。
「もちろんです! ああ、良かった……」
あまりにも弱々しいクリムメイスの言葉に、まずダンゴが心底安心したような表情で首肯を返す。
画面の向こうできっとハイドラも―――いや、ハイドラはむくれていることだろう……結局戻ってくるなら、最初から裏切るんじゃない、なんて考えながら。
「ウィンも異論なし! いやー、平和的に解決できそうでなによりなにより!」
続くのはウィン。
……いや、確かに『クラシック・ブレイブス』の面々だけで見れば平和的解決が訪れようとしているが、既に『フィードバック』の大半のプレイヤーは地獄を味合わされた後だし、どうあっても平和的解決ではないのだが……まあ、クリムメイスは気にしないことにした。
これから先、そんなこと気にしているようではやっていけないだろう。
「……ええ、喜んでお迎えいたしますわ。クリムメイスっ……!」
「カナリア……、ごめん、ごめんね……あたし……」
そして最後にカナリアが笑顔で頷き―――そして、カナリアはそのままクリムメイスを力強く抱きしめた。
……今回の作戦は、どこにどう着地しようが自分と彼女の仲は引き裂かれ、それがトリガーとなってカナリアというゲームチェンジャーをこのゲームから排除……そして、彼女と共に歩んだことで手に入れた数々の情報を駆使し、自らが彼女の後釜として君臨する……そういうものだった。
だから、そのままであったならばこの抱擁はあり得なくて―――自分は本当に寂しい未来を歩もうとしていたのだということをクリムメイスは、カチャリ、という音と共に知る。
「……ん? え、カナリア……」
……いや、カチャリ?
にこにことした笑み浮かべながらカナリアが離れた後。
そのカチャリという音はなにかと思ってクリムメイスは静かに音の発信源である自らの首元視線を落とす。
すると、そこにあるのは黒くて大きな首輪だ……先程ダンゴがひとりの頭を吹き飛ばしたものと同じデザインの―――。
「え!? なんで首輪爆弾されてんの!? あたし!? この展開で!?」
―――そう、首輪爆弾だ。
まるで意味が分からない! といった様子でクリムメイスがカナリアへと視線を向けると、カナリアは居心地悪そうに身を捩りながら、かぁあっ……と頬を朱に染めて。
「え、ええと、その……わ、わたくし……この感情が、なんなのか良く分からなくて……きっと、好意……『好き』っていう、感情だとは……思うのですけれど。あの……なんといいますか……わたくし、あなたのことは殺してでも仲良くなりたくて……う、うぅん、す、『好き』って、案外『殺したい』って感情に近いのかもしれませんわねっ!」
この世のものとは思えない―――それこそ、爆弾発言を飛び出させた。
普通、現実世界において愛する相手を殺害する……なんて考えは、それによる喪失感への恐怖で起きもしないだろう。
だが、ことVRにおいては命を奪うという行為に微塵の重さも存在せず……故に、生物全てに存在する、根源的な悪魔的衝動……〝死の欲動〟を好意としてぶつけたくなる。
そんなこともあるのかもしれない。
「……そんなわけあるかっ! ちょっと、ダンゴ! これどうやって外すのよ!?」
いや、あるわけがない……カナリアがどこかおかしいのだ。
まるで『きゃー、告白しちゃった!』とでも言いたげに頬に手を当てて首を振るカナリアに心底恐怖を覚えながら、クリムメイスはダンゴへと詰め寄る。
……当然ながら、先程までのしおらしい様子は首よりも一足先に吹き飛んでしまった。
当たり前だ、首輪爆弾を装着されてまで感傷的になれるような人間はこの世に存在しない。
「ご、ごめんなさい、どうせゲーム内だし死ねば外れるからいいやと思って……」
「ウソでしょあんた、まともそうな顔してすげーサイコなこと考えてるわね!?」
そしてついでに、この首輪爆弾は首ごと外す以外に取り外す方法が存在しないようで……クリムメイスは早速『フィードバック』から『クラシック・ブレイブス』へ鞍替えしたことを後悔し始めた。
あれっ? もしかして、やっぱりこの人ら裏切ってBANギリギリの手法でメスガキ共わからせてた方が楽しいか……?
「でも、まー、一回裏切ったんだから。一回ぐらい頭ボーンしても仕方ないじゃ~ん?」
「うッ……いや、いや! でも! 流石に、流石にね!? だって初犯よ! まだ初犯よあたし!? 初犯でいきなり極刑って何時代の話よ!?」
なんとか、なんとかならないか、と自分の首に巻き付く濃厚で無機質な死をガチャガチャと弄るクリムメイスに対し、ウィンがニヤニヤとした笑みを向け、確かにそこを突かれると、クリムメイスはぐうの音も出ないのだが……なんとかぐうの音を捻りだす。
「……ええ百合やなあ……感動した。俺はこの涙を大地に捧ぐ……」
「……無形文化遺産だ……俺達大人があの光景を守護らなければ……」
「……百合の仲を男が裂くの、アメリカに存在する50の州の内、ルイジアナとオレゴンを除く48の州では百合執行妨害罪で死刑デース……」
一方……そういった様子で、わーわーぎゃーぎゃー、と騒ぎ続ける『クラシック・ブレイブス』の少女達をほっこりとした表情で『フィードバック』の男達が眺め、その頬に一筋の光を流す……さながら、雄大な景色を目にし、母なる大地の美しさを再認識した矮小な人間のように……。
……いや、あれが百合かどうかは相当怪しいだろ。
そんな仲間達を横目に見ながらリヴは、思わずそう口にしそうになるが……なんとかギリギリ堪えて口にはしなかった。
なにせ、なにが百合でなにが百合じゃないのか、そんなものは自分で決めればいいことなのだから。
「で、連盟長。……これからどうするんですか?」
「……ん?」
いやでも手遅れになる前に、あれは百合ではない可能性がある、と伝えておいた方がいいか? と、そう思い始めたリヴへと部下の一人が問う。
それは当然の疑問だ……なにせ、『若螺旋流組』はトップであるスレッド・ワーカーを、クリムロウズを、クリムメイスを……この瞬間、正式に、永久に失ったのだから。
妥当なところでは、次のトップを据えて活動を続行、といったところ……。
しかし、恐らくスレッド・ワーカーの後釜は腹心であったリヴがなることになるだろうが、正直なところ実際の『若螺旋流組』は、自分のギルドをシルーナにぶっ壊されて闇堕ちした、高校生になっても中二病が抜けきらないJKことクリムメイスを見守る会に過ぎず、そのクリムメイスが去った今、ただの闇のオッサンであるリヴがトップになろうと然程の求心力があるようには思えない。
となれば、敵を多く作りやすいこの活動方針のままでは存続すら難しいだろう。
「そうだなあ―――」
だから。
「―――やっぱりよ、ゲームってのはガキがやるもんでさ、大人が真面目くさってやるもんじゃねーんだわ。だから……気持ちだけでもガキに戻ってさ、自由に遊ぼうぜ? 効率とか度外視して」
リヴは憑き物が落ちたようなスッキリとした表情で答える。
そう、ゲームとは子供が楽しむために存在している。
ならばこそ、プレイヤーもまた童心に帰り、好きなように生きるべきなのだ。
せめても、ゲームの中ぐらいでは。
「今日にて『若螺旋流組』は解散とし、これ以降我々は純然たるゲーム内最大規模の連盟『フィードバック』として活動することにする! 活動内容は単純―――思いっきり楽しめ、だ」
闇の空気を十分に纏って新たな活動方針を告げれば、屈託のない笑みを浮かべて喜びの声を上げる部下たち―――それをぐるりと一周眺め、続けてリヴはもう既に自分達のことなど一切気にせずに騒いでいるカナリア達へと視線を向けた。
「おかしいわ! おかしいわよ! なんで、なんでこんな目に……」
「……もうっ! そんなに嫌がることないではありませんの! わたくしとダンゴの愛ですわよ、その首輪爆弾は!」
「やめてよ!!!! いらないわよそんな愛!!!! 重いどころじゃないでしょ!!!!」
間もなくカナリア達が平原に出てから10分の時が経つ―――そうしたら、あの【騎士】の力は正式にカナリアたちのものとなって、彼女達はより一層……地獄絵図を生み出すのだろう。
自分達が楽しいと思うことをするために……その気が無かったとしても。
「……にしても、なあ」
もしかせずとも、その地獄絵図の被害者に……また自分はなるかもしれない。
だとしても、それすらもどこか楽しみにしている自分がいるのは確かだ。
リヴはそれに気付き……。
「あーあ、また〝わからせ〟られちまった」
……ゲームの面白さというものを、かつてクリムロウズと出会い、彼女の成長を間近で見た時と同じように……また、メスガキに負けてしまった、と、闇の気配を纏いながら呟くしかなかった―――。
「……え!? これで、終わり!? これ……ハッピーエンドのつもり!? 嘘!? 全然わけわかんないよーっ!!」
「隊長!?」
―――一方、遠巻きに眺めていたシヴァはなんか話が収束してしまったことに慌て、驚き。
結果、語尾に『にゃ』を忘れてしまう。
「あっ、しまへぶぁ」
「隊長ーッ!?」
すれば呪いが発動し、静かに頭部が内から弾けて死に至る―――それはまるで、カナリア達が迎えたグッドエンドを祝福する花火のようだった。




