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128-WAR OF BRAVES その6

 ……それは目に見えた嘘だ。

 嘘だが、それを嘘だと断じたクリムメイスは自分に嘘は吐いていない。

 彼女達と行動を共にし、感じた喜び、楽しさ……その全てを嘘だと否定してでも、クリムメイスは……クリムロウズとして覚えた無念を、スレッド・ワーカーとして覚えた執念を、このクリムメイスという身体で力に変えると誓ったのだから。

 確かに、それでカナリア達は自分の仲間を殺し続ける死神と化すかもしれない。

 けれど、それでも……それらを全て捻じ伏せてだってみせる。

 少なくともシルーナはそういうプレイヤーだった。

 だから、自分も……彼女のような相手(ゲームチェンジャー)と戦うのならば、そうなってみせる。


「全部嘘。じゃねえだろ、バーカ。ここでお前が言うべき言葉はよ」


 しかし、そのクリムメイスの決意を意外な人物が否定する。

 その人物は……独断専行でフレイジィとイーリをカナリアの前に連れ出し、この戦いにおいて一切カナリア達を攻撃しなかった男。

 『フィードバック』現連盟長であり、スレッド・ワーカーの腹心であり、クリムロウズを支えた最も古いフレンド……リヴだ。


「……は? リヴ。あんた……なに、言って……」

「ったく、ふざけんじゃねえよ。こーんなヤバい連中が付きまとってくるの、普通に許容範囲外だろうが。……なあ?」


 まったく予想していなかった相手からの否定に、思わずクリムメイスが固まっていると……リヴは闇の笑みを浮かべながら自分の後ろに続く……もはや殺される順番待ちをしているに等しい仲間達へと問う。


「はい! 普通に無理です! クリムメイス殿がカナリアちゃんのお友達にならないなら、某、本日をもって『若螺旋流組』を抜けさせて頂きたく!」

「俺も無理でえええええす! 彼女居た歴0秒の俺にはカナリアちゃんの存在は重すぎまあああああす!」

「オンゲーやってそんな酷い目に遭うぐらいなら、俺は成人向けのメイド育成シミュレーションオフゲーの世界に身を投じて赤子(30代男性会社員)となりバーチャル搾乳で生きていく。絶対そうすると、言い切れる」


 すれば、全員が首を縦に振り―――あんまりにもあっさりと、カナリア達がクリムメイスに付きまとうならクリムメイスにはもうついて行けないと口にする。

 ……瞬間、クリムメイスはようやっと理解した。

 なぜリヴとギンセがあの階層まで勝ち上がってきていたのか、なぜジゴボルトは自分の命令を無視し、全力で襲い掛かってきたのかを。


「まさか、リヴ……ううん、まさか、あんた達みんな……!」

「ああ! そうだよ。……出来るなら、俺がお前をぶっ倒して、その力を手に入れて……俺がお前を裏切る予定だったのさ。そうすりゃ、居場所を失ったお前は行かざるを得ないからなあ? 裏切るのが嫌で嫌で仕方が無かった新しいお仲間の所によお!」


 そう、全てはクリムメイスにカナリアを裏切らせないため―――クリムメイスが、裏切りの汚名を被らないよう……自らが被るため。

 イベントで勝利させないよう、リヴやギンセ、そしてジゴボルトは全力で戦いを挑んできていたのだ。

 だが、結果としてカナリアは勝ち進み、【騎士】の力を手にし……リヴがそう口にしたように『絵に描いたような最悪のケース』……つまり、なにもかも最初にクリムメイスがプラン立てた通りとなってしまった。


「……ふざけないで! あんたの物差しであたしの覚悟を勝手に測らないでよ! あたし、あんた達と戦い抜くって決めてたのに! もう、二度と負けない為に! シルーナみたいな……ああいうのに負けないために! なのに、あんたは裏切るってわけ!? このあたしを、クリムロウズを!!」


 ……もし、これがカナリアの言葉に怯えての結果だったのならば、クリムメイスはそこまで動揺しなかっただろう。

 だが、リヴがクリムメイスの指示に従わなかったことも、ジゴボルトが自分の指示を無視したことも……どれも、カナリアによるクリムメイスのお友達皆殺し宣言よりも前の出来事である。

 つまり、最初から……自分以外、誰一人とて自分がカナリアを裏切るをことを望んでいなかったのだと知って―――クリムメイスは思わずリヴに詰め寄った。

 そういう意味ではないのだろうが、どうにもクリムメイスには……自分のいないところで、自分を遠ざけるような話を進められていたことが、『お前はもういらない』と、そうリヴに……VRMMOの世界を歩み初めてから、ずっと長く付き合っている彼に言われたように感じてしまったのだ。


「ハッ! バカ言うんじゃねえよ。俺達が付いてくって決めた愛しい団長サマ―――クリムロウズはな、シルーナにやられた時、既に死んでるんだよ!」

「なっ、ちがっ……あたしは!」

「そして! お前は俺達と共に無様に敗北したクリムロウズなんかじゃあない。お前は()()()()()()……『クラシック・ブレイブス』の一員で、頼れる……かどうかは知らんが、ともかく、『クラシック・ブレイブス』を構成する一人であって、『フィードバック』のスパイでもなんでもなけりゃ、もちろん復讐に憑りつかれた哀れな女……スレッド・ワーカーなんかでもない!」


 泣き出しそうな勢いで自分に詰め寄ってきたクリムメイスに対し、リヴがきっぱりと言い放つ。

 当然ながらクリムメイスは顔を赤くしてリヴの言葉を否定しようとするが……それに被せたリヴの言葉を聞いて、クリムメイスはそのまま口を堅く結ぶしかなかった。

 ……長らく、シルーナに敗北した事実だけを糧にゲームを続けていたクリムメイスだったが、カナリアは第二のシルーナであると見定め、彼女の存在をこのゲームから排除しつつ、彼女が得るであろう全てを簒奪するために近付き、自分と彼女の破局がより致命的なものになるよう、彼女と行動を共にする程、仮初めの好意を向ける程、思い出してしまったから。

 ゲームとは、勝つべきものではなく、楽しむものなのだと。


「でも……ダメだよ……確かにカナリアと遊ぶのは楽しいけど、楽しいだけだもん……それじゃ、あたしはこれ以上強くなれないし……このままじゃ、また、いつか、誰かに負けちゃうじゃない……!」


 だけれども、それでクリムメイスが前回、楽しみに楽しんだその先でシルーナに敗れ、自分が築き上げたものを全て失ってしまい、それが大きな傷となったことを忘れられるわけではなく……なんとか言葉を絞り出しながら首を振る。


「……ったりめえだろ。勝ち負けがなけりゃゲームじゃねえ。陽が昇れば月が沈み、月が昇れば陽が沈むように、きっとお前はいつかまた負ける。そんで、それは別にお前がここであいつらを手酷い手段で消そうがなんだろうが変わりはない。だから、大事なのは……負けた時に笑えるかどうかだ。笑ってられりゃ、本当の意味じゃ負けちゃいねえ」


 もう二度とあんな思いをしないために、戦う前に口にした通り『もう二度と負けたくない』―――ただし、その本当の理由は仲間の為などではなく、自らの保身のため―――そのために、強くなるために、前回と同じ轍は踏みたくないのだと、そう口にしたクリムメイスに対し、リヴが諭すように言う。


「……ちょっと、なによそれ。あんた、待ちなさいよ。あたしはそれで良くても、自分達はどうなのよ……!」


 しかし、その言葉にクリムメイスは諭されるどころか、むしろ語気を強めて反論し出した。


「笑えるわけ!? 次、負けた時! あんた達は! ふざけたふりして、バカなふりしてるけど……あんた達が負ける度、笑えないぐらい悔しがってんのは! 勝ちたいって、わからせてやりたいって思ってるのは! その気持ちは嘘じゃないって! 近くで見てたあたしは知ってるんだからね!?」


 ……そう、なにも『若螺旋流組』という組織は、クリムメイスだけが使命感に燃えて突っ走っている組織というわけではないのだ。

 とはいえ、その本質がVRMMOでメスガキをわからせてやりたい……等という歪んだ性癖に帰属するものなので、誰もかれもあまり大真面目な素振りはしないが……だとしても、彼らの『勝ちたい』という想いはまったく嘘ではなかった。

 事実、それ故に彼らは統制が取れてたし、事実、それ故に彼らは『再誕』で持ち直した後は戦いを優勢に進めていて―――それこそリヴがフレイジィとイーリを連れ出してなければ、ローランを初手で倒せれば、『再誕』すら使わずに勝てていただろう所まで来ていた。

 だから―――。


「あたしを優先して自分達が損しようってんなら……甘く見ないでよ! そんな中途半端な気持ちでこの立場にいるわけじゃないんだから! あたしは、勝つためだったらなんだって犠牲に……!」

「バーカ、自惚れんな。この俺が人より自分を優先しねえワケねえだろ。なーんもお前の為なんかじゃねえ」

「えっ……?」


 ―――カナリア達への想いを冷徹に捨てきれない自分に同情しているのなら、それは余計なお世話だ……と、そう口にした。

 だのに、それは思い上がりであるとリヴに言い捨てられ、思わずクリムメイスは目を丸くしてしまう。


「……こいつらだってそうだぜ? 別に俺達はお前が楽しく遊ぶために辛いこと苦しいこと我慢しようってワケじゃねえ。言っちゃ悪いが、お前なんざ所詮ネット上の友人だ、そこまでしてやる義理はねえよ。―――そう、そんな義理はねえのさ、俺達の間には……だから、お前が俺達よりそいつらを優先したい、一緒に居たいって、一瞬だってそう思ったなら。裏切るのが辛いって思ったなら、裏切る必要なんかねえんだよ、なんも」


 誰にも見ることのできない鉄兜の裏で、普段の闇の様相など一切見えない優しい笑みを浮かべながらリヴはそう口にし―――目を丸くするクリムメイスの頭を軽く撫でる……まるで、年の離れた妹でもあやすように。

 クリムメイス、否、スレッド・ワーカーが標的をカナリアに定めた時、別にリヴ達はなにも考えることなく……彼女がカナリアを倒すと言うならば、それに従おうと思っていた。

 だが、スレッド・ワーカーがクリムメイスとしてカナリアの下に潜入し、日々の報告をし始めた辺りで事態は急変した。

 そう、シヴァにリヴが言ったように『クリムメイスは嘘が吐けない』。

 本人は隠してるつもりだったのかもしれないが、彼女がカナリア達について報告する時の様子は誰がどう見ても、楽しくてしょうがない、といった様子であり―――それは自分達と行動を共にしてる時、もう、しばらく見せていないものだった。

 だから、リヴは決心した。

 クリムメイスがカナリアに対ししたものと、カナリアがクリムメイスに対ししたものと、まったく同じものを。


「だから、どっか行っちまえ。バーカ」


 再びいつも通り、闇の雰囲気を纏わせながらリヴはクリムメイスを軽く突き飛ばし―――クリムメイスは、二歩、三歩と後ろに下がり、そのままぺたんと座り込み、俯く。

 もう少しやり方があったのではないか、と、ここに来てリヴは少しばかり後悔をしたが……それが態度に出ないように、わざとらしく鼻で笑い、肩を竦めてみせる。


「……ふざけんじゃないわよ、なんで、こんなタイミングで……本当に最低……もっと、前もってしときなさいよ……そういうバカな裏切りは……」


 クリムメイスが震えた声で呟く。

 ……確かに、別にリヴがこの場でクリムメイスを裏切る必要はなかった……どころか、リヴがクリムメイスをカナリア達の所に行かせたくて裏切るのであれば遅すぎたかもしれない。

 なにせ、もう既にクリムメイスはカナリア達を裏切ってしまっているのだ。

 幸い、カナリア達は『戻って来てくれ』と言っているのだから、捨てられたクリムメイスを拾わないことはないだろうが、だとしても、もっと早くに裏切られていれば、そもそもとしてこんな事態には―――。


「……それじゃ意味がねえのは自分が一番よく分かってんだろ?」


 ―――……いや、なった、か。

 と、リヴの冷たい声色を聞いてクリムメイスは自嘲した。

 全くもってリヴの言う通りだった。

 もしも、これより早いタイミングでリヴ達に突き放されればクリムメイスは……きっと、自らの信念の強さを見せようとして、その日のうちにカナリア達を裏切ったことだろう……恐らく、もっと、手酷い形で。

 だからこそ、まずリヴは自らがクリムメイスやカナリアを超える力を手に入れ、そのタイミングで裏切ろうとし。

 それが叶わなかったからこそ、クリムメイスがカナリア達を裏切り―――それでもカナリア達がクリムメイスが戻ることを望んでいると分かった今、こうして自分を明確に裏切ったのだ。


「……ふん。本当に最低よ……本当に……あんたも…………」


 更に言えば、このタイミングでの明確な裏切りには……カナリア達がクリムメイスを裏切り者と罵り糾弾するようであれば、その時はクリムメイスを裏切る予定を取り止められる、という保険もあるのだろうと。

 そう気付いてしまったクリムメイスは、あまりにも不器用なリヴの優しさを理解しつつも……そんなものは知らないと言わんばかりの様子で立ち上がり、彼に背を向けた。

 ……そこに感謝することなんて、絶対に彼は求めていないと……それなり以上の付き合いの中でクリムメイスは理解しているから。

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「……こいつらだってそうだぜ? 別に俺達はお前が楽しく遊ぶために辛いこと苦しいこと我慢しようってワケじゃねえ。言っちゃ悪いが、お前なんざ所詮ネット上の友人だ、そこまでしてやる義理はねえよ。―――そう、…
「でも……ダメだよ……確かにカナリアと遊ぶのは楽しいけど、楽しいだけだもん……それじゃ、あたしはこれ以上強くなれないし……このままじゃ、また、いつか、誰かに負けちゃうじゃない……!」  だけれど…
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