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127-WAR OF BRAVES その5

 勝てる。

 なんとも辛そうな表情を浮かべたクリムメイスを見て、カナリアは今にも泣きだしそうな表情の裏で自分の勝利を確信した。

 ……これで、クリムメイスがカナリアの言葉を鼻で笑う程の冷徹な少女であれば、もうカナリアはこのゲームから身を引くしかなかった。


 けれど、ここで。

 私があなたを友と呼んで。

 あなたが心を震わせてくれるなら。


「……ねえ、お願い。クリムメイス。ようは、わたくしみたいなプレイヤー全員を殺せばいいのでしょう? わたくし、あなたの望むように力を振るいますわ。だから……わたくし達の元を離れないで?」


 カナリアが懇願する。

 それは戦場に響くにはあまりにもか細い声だが……あのカナリアが、NPC殺害数100万オーバーのカナリアが、人をちぎって喜ぶ怪獣従えてるカナリアが、女子中学生ぐらいだと思われるフレイジィを真顔で絞殺してるカナリアが、泣きそうな声を出している―――その事実に戦場は凍り付き、静寂が訪れてしまう。


「……いいやダメだ。ダメだ、ダメだダメだ。違う、違うんだよ、カナリア……あたしはね、もうゲームを楽しむなんて考えられないんだ。だから、これからあたしがやろうとしてることには……カナリアの居場所なんてないし、こんな道、一緒に進むなんてダメなんだよ……」


 ともすれば、首を縦に振ってしまいそうなほど……そのカナリアの弱々しい声は人の心を震わせたが、クリムメイスは首を横に振ってカナリアにノーを突き付けた。

 それもそうだろう……純然とゲームを楽しんだが故に、そのゲームに愛され、特異な力を与えられ生まれるのがカナリアのような『ゲームチェンジャー』であり……それはVRMMOというジャンルには必要な存在だ。

 だが、それをクリムメイスは真っ向から否定する―――ということは、今そうしているように、純然とゲームを楽しんでいるプレイヤーの心を傷付けるプレイをするということで……それは、間違いなく楽しいものではないのだから。

 カナリアがクリムメイスに抱くのと、同じか、それ以上の好意をクリムメイスもまた抱いているからこそ、そんな道にカナリアを引き込みたくない気持ちは当然あるのだ。


「そうですの……」


 拒絶―――自分のことを重んじてくれているが故の拒絶を突き付けられ、カナリアは静かに目を伏せる。

 ……分かっていた拒絶だった。

 カナリアは最初から自分の先程の言葉にクリムメイスが首を縦に振るとは思ってはいなかった。


 では、なぜあんなことを聞いたのか? ……答えは単純、理由が欲しかったからだ―――。


「なら死んでもらうしかありませんわね」


 ―――その常軌を逸した〝解〟に辿り着くだけの理由が。


「えっ?」

「『溺愛の剣』からの『落日』で、『飛翔』ッ!!」


 クリムメイスがカナリアの出した理解不能の結論に硬直する間に、カナリアの持つ大鉈―――肉削ぎ鋸が【戦争】の力で大型化したもの―――が、そのまま青白い刀身を持つ大剣へと変化し、それを手にカナリアは低空を『飛翔』……『落日』まで上乗せし、ただでさえ凄まじかった飛行速度を更に上げ……死の旋風となって周囲のプレイヤーへと襲い掛かる。


「いやなんで違うじゃんそういう流れ……オアーッ!」

「全然『なら』に繋がんねー! 全然『なら』に繋がん……ぎゃあああああっ!」

「ちょっと悲しい感じの展開かと思った。ただの俺が死ぬ展開だった……ぬわーっ!」


 すれば、カナリアとクリムメイスのすれ違う思い……それに静かに耳を傾けていた『フィードバック』のプレイヤー達は成す術もなくカナリアの手で真っ二つに切り飛ばされ、片っ端から消滅していく。


「ま、待って、いや待って!? なんで!? なんでそうなったの!? お、おかしくない!?」

「……まったく、クリムメイス。あなた、賢くない判断をしましてよ。わたくしをここまで追い詰めるなんて……こんなにも! こんなにもこんなにも! わたくしがあなたと友達でいたいって言うのに! もういいですわ! あなたがわたくしよりこの人達を選ぶって言うなら! わたくし……全員殺しますわ! 全員殺して、わたくしだけがあなたの友達にならさせて頂きます!」

「は……? な、なに言っちゃってんのこの子……ウソでしょ……!?」


 真面目な表情―――というか、片頬膨らませて不貞腐れたような表情で、先程までの今にも泣きだしそうだった声や表情は裏に引っ込めて、カナリアが手近なプレイヤーを殺害して回りながら悍ましすぎる言葉を口にする。


「ちょ、せ、先輩……? 友達になりたいから、その人の友達全員殺すって全然意味わかんないよ……?」

「そうよカナリア! コンテニュー効かないリアルならともかく、ゲームん中でそんなことしても友達にはなれないわよ!?」

「いやコンテニュー効かないリアルでこそ無理っしょ!? なに言ってんのハイドラちゃん!?」


 当然ながらカナリアのその言葉にはウィンもハイドラも全力で引き―――そしてウィンはハイドラにも引きつつ―――カナリアのこの行動の最たる問題点を指摘した。

 そう、これはゲームだ。

 いくら殺したとて、その奪った命に価値はなく……ただただ、カナリアが頭のおかしいやべー奴認定されるだけなのだ。


「いいえ? わたくしはそう思いませんわよ? だって、ねえ、クリムメイス……あなたがわたくしと一緒に、今まで通り、楽しく遊んでくれるって言うなら……お友達は苦しい思いしなくて済むんですもの。とっても優しいあなたなら……どうしたらいいか分かりますわねぇ?」

「え、あの、いや……」

「……言っておきますけど、わたくし、徹底しますわよ? このイベントの間だけの話じゃ……、いいえ、このゲームだけの話じゃありませんわ。あなたがそうするつもりだったように……あなたの友達、みぃんな消えるまで、ずぅっと付け狙って差し上げます。未来永劫、地の果てまでね」


 ……だが、カナリアの中ではそうではなかった。

 クリムメイスは少なくとも自分と楽しむ『オニキスアイズ』という世界に価値を見出してくれていた。

 それは、先程クリムメイスのことを『友達』だと思っている……そう告げた時の彼女の反応から理解している。

 だがしかし、彼女には少なからず友情を覚えてくれている自分を裏切ってまで―――共に戦いたいと思える仲間が、古くから付き合いのある仲間がおり、そちらを優先しようとしている。

 ……それに対し、自分が牙を剥いたらどうなるか?

 しかも、たった一度だけではない……ずっと、永遠にである、『あなたの友達、みんな消えるまで』……。

 彼女が……クリムメイスが『スレッド・ワーカー』として『若螺旋流組』として動く限り、永遠に。


「は、はは……い、意趣返しってワケ……? カナリア……」

「ええ。あなたがわたくしをこのゲームから追放して勝とうというなら、……わたくしはこの世界から『若螺旋流組』のリーダーとしてのあなたを消し去ってあげますわ。あなたに、わたくしという存在が付きまとうことでね」


 ……恐らく、やがて、クリムメイスは求心力を失うことだろう。

 当たり前だ……彼女に付き合う限り、執拗なまでに自分達を狙い続ける『頭のおかしい女』がセットで現れるのだから。

 となれば、クリムメイスにはもう選択肢は二つしかない。


「さあ。選んでくださいまし。クリムメイス……わたくしとお友達になるか。死ぬか」


 今まで通り、楽しくカナリアと遊びつつ……彼女の許す範囲で今関係性のあるプレイヤーとも楽しく遊ぶか、それとも彼女を拒絶して全てのVRMMOにおける友人を失うか―――まあ、別のゲームに移り『若螺旋流組』としての動きを放棄し、ひっそりと静かに遊べばカナリアは見つけられないだろうが、それを選ぶのはそれこそ『スレッド・ワーカー』の『死』となる。

 どのみち、彼女にはカナリアと楽しく遊ぶか死ぬしか選択肢がない。


「お、おかしいよ……カナリア……そんなことして、あたしに嫌われるって思わないの?」


 だが、楽しく遊ぶ……というのは、自由意志の下に成立していたものであり、普通に考えればそれは強制された瞬間に全く別のものと化し……その結果、クリムメイスが価値を感じたカナリアとの時間は、もう二度と訪れないものとなる―――そういう可能性を考えなかったのか? とクリムメイスは思わず問う。

 ……問うが、それこそ、最悪の一手であったと、口にしてから気付く。


「……あなただって、わたくしに嫌われるのを覚悟で自分の使命を果たそうとしてるんですもの。わたくしだって、あなたに嫌われるのを覚悟で……わたくしの想いを伝えなくてはいけませんわ」


 ギンセを股から両断しながらカナリアがはにかむ……当然ながら、その横顔にびちゃびちゃとギンセの血が掛かり―――もはや、肌色を残している場所を探す方が難しい。


「……あはは、なによ、それ……」


 あまりの速度と、あまりの攻撃力に、折角蘇らせた仲間達が抵抗すら出来ずに虐殺されていく中で、クリムメイスは……思わず崩れ落ち、力の抜けた笑みを浮かべてしまう。


「……やっちゃったわ。間違いなく……狙う相手間違えた……」

「さあ、どうしますの? クリムメイス。……あなたが迷ってる間に、あなたの友達はどんどん死にますのよッ!」


 ……あたしと友達でいたいから、あたしに嫌われるかもしれないけど、あたしがあなたを裏切る理由になってる別の友達を全員殺すって?

 それって、最高におかしい……ただの友情って呼ぶには、重すぎる。

 でも。

 そんなことをやっちゃうほど、あたしと一緒にゲームするの楽しかったんだ、カナリアは。


「く、クリムメイスさん! ウィンも! ウィンも殺すよ!? この場の全員!」


 死の旋風―――赤黒い風として戦場を吹き荒れ、命を奪い続けるカナリアを目で追い……それでも、どうしても……喉まで出かかっている言葉を飲み込もうとしてしまうクリムメイスに対し、ウィンが声高々に物騒に過ぎる宣言をしてみせた。

 どうやら彼女もカナリアの考えに賛同したらしい……してしまったらしい。

 してしまうほど……彼女もまた、自分との時間に価値を感じてくれていたらしい。


「……ウィンもね、クリムメイスさんとはね、友達でいたいじゃん! 露骨に怪しいから手の内隠してたのは確かだけど……でも、仲間だと思ってたのは本当だし! 一緒に遊んでて楽しかったし!」


 ……仲間だと思ってたのは本当だけど、裏切った時の為に手の内隠してるってウィンちゃんはプロの傭兵かなにかかな?

 と、思わずクリムメイスは彼女の言葉にツッコミを入れそうになったが……その言葉を吐くためには、この喉まで出掛かった言葉が邪魔で、静かに聞いているしかない。

 だがクリムメイスも、心の中であれはあれで楽しかったな、とウィンの言葉を肯定した。

 今のような……多くの仲間の上に立つようなポジションになる前……クリムロウズとしてゲームを始めだした頃を思い出して楽しかった、と。


「あっ、ちょ……! バカっ、兄貴、今は……!」


 クリムメイスがカナリア達との旅を思い出していると、ふいにハイドラが慌て出し……ぐらり、とその身体が崩れ落ちる。

 急にハイドラが倒れたことに対し、にわかに『フィードバック』の面々が騒がしくなり……『兄貴がベッドインしたのか?』『いや、ハイドラちゃんは実はサイボーグで電池切れになったんだ、それならあのプレイングスキルも説明できる』等々意味不明な考察と、その首が飛ぶ中……彼女の急なダウンが何を意味するか知っているクリムメイスは息を詰まらせた。


「僕も……イヤです、クリムメイスさん……! あなたと袂を分かつなんて!」


 倒れたハイドラが立ち上がれば、続くのは悲痛な少女の声―――に聞こえる悲痛な少年の声。

 そう、ハイドラの兄であり、密かに交友が進んでいたダンゴの声だ。


「だ、だから……僕も戦います! いや、殺します! クリムメイスさんが戻ってきてくれないなら……あなたの親しい人全員にこの首輪をくっ付けます、こうやって! それで……!」


 急に現れたダンゴの存在に、その存在を知らなかった『フィードバック』の面々が驚き戸惑う中、ダンゴは一番近くでぽけーっと突っ立っていたプレイヤーの首に黒くて無骨な……首輪と呼ぶには少々大きすぎるそれを装着した。


「えっ、いやなにこの首輪、えっ、俺ロリ巨乳ボクっ娘に急に首輪付けられたんだけど」


 そのプレイヤーはあまりにも急に首輪を装着されたため、思わず無抵抗で受け入れてしまったが……わんわんプレイかい、わんわんプレイをするのかい? と首輪をガチャガチャと弄り―――。


「爆破します」


 ―――次の瞬間、ボンッという軽い音と共に男に装着された首輪が爆発し、当然ながら頭の吹き飛んだ男は即死した。


「ダンゴ……」


 中々にヤバい絵面を提供してくれたダンゴの名前を呟きながら、クリムメイスは思う―――。


「いやなんでそんなヤバい首輪作ったのよあんた」


 ―――その爆弾付き首輪とかいう、残虐極まりない装備作るとか……真の狂人はお前なのではないか? と。


「そ、それは……クリムメイスさんが、もしも僕達を裏切ったら……装着して……仲間に戻ってくれるよう説得するために……」

「えっ、待って、それ説得って言わない。それ脅迫って言って、立派な犯罪行為……」

「クリムメイスさん! お願いします! 戻ってきてください! 僕達に見せてくれた、あなたの感情その全て! 嘘だったわけではないんでしょう!?」


 あくまで自分には手を挙げないカナリアと違い、直接的に自分を脅して暴力でねじ伏せて黙らせようとしてくるDV彼氏の素養十分なダンゴに少々恐怖を覚え、クリムメイスは思わずツッコミを入れようとしたが、それに被せるようにしてダンゴが悲痛な叫びをあげる。

 ……ちなみに彼の言葉は少々足りておらず、実際には彼が口にした目的で首輪爆弾を作るよう彼に提案したのはカナリアなのだが……残念ながら切羽詰まったダンゴはそこをきちんと説明することを失念してしまった。

 結果、ダンゴにDV彼氏の才能があると気付き少しばかり身震いした後にクリムメイス(余計、(ハイドラ)は完全にDV彼女なので)は、いや、それ脅迫……と諦めずに抗議の声を上げようとしたが、ふと、脳裏に『クラシック・ブレイブス』として活動した毎日の記憶が蘇る。


「……いいや、幻想(ウソ)だ。それは全部」


 だが、クリムメイスは首を横に振った。

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