126-WAR OF BRAVES その4
「シューッ……ぬぉりやッ!」
「おおっ、流石はギンセさんだ! あのクソ固いミミックを一撃で!」
「……いや、ギンセの火力であのミミックを一撃は無理なはず……なら『部位破壊』ダメージだ! あの人の剣はそこに特化してる!」
次に、単独の戦闘能力は(メスガキには転がって腹を向けだすその悪癖さえ出なければ)『フィードバック』の中で最高潮であるギンセ。
彼は自らを捕らえようと迫ってきた欲狩を見事一撃で仕留め、それを見た他のプレイヤー達は欲狩の弱点である『部位破壊ダメージに著しく弱い』という点を見抜き、仲間を拘束し続ける欲狩を破壊し始めた。
「うわぁ、そんなのアリ―――ちょわあっ!」
確かに欲狩を呼び戻しはしたものの、結果としてローランや上空からの射撃・爆撃で減らしたプレイヤー達が舞い戻ったことによる影響が大きく、ほぼ壊滅状態であったクリムメイス達の勢力を復活させた『再誕』。
あまりにも恐ろしい力に驚くウィン……その背に高速でなにかが飛来し、爆発した。
そう、それは―――。
「フフフ……絶望の第二ラウンドの始まりデース……! 覚悟することデスネ……!」
「直って良かったヨ……『ワッショイ・デスアハトキャノン』……私の愛おしい殺戮兵器……」
―――謎の組織GMDのメンバーが乗り込む『ワッショイ・デスアハトキャノン』による砲撃だ。
通常のプレイヤーには効果が薄い同兵器の砲撃だが、【戦争】の力を行使したことによって装備が変化・大型化しているカナリア達にはそれなりの効果は期待できるようだ。
「あ、あれ? もしかして……ヤバい?」
「……数的不利は絶対だしね。……ああもう! ムカつく!」
再びほぼ完全な包囲網が作られたことで、ウィンとハイドラの表情から余裕が消える―――それは当然だ、異常な防御力を誇るカナリアでなければ、統制の取れたこの数のプレイヤーに攻撃されれば一瞬で散るのは【戦争】の力を得てようがなんだろうが同じなのだから。
それに、やはり初動の不意打ちで処理されたフレイジィとイーリ、ローランで引き千切られて死んだギンセ辺りの実力のあるメンバーが戻ってきているのが単純な戦力で見ても大きく、また士気を高めるといった意味でも同じだ。
……なにより、クリムメイスが追い詰められるだけで使用できる『再誕』という魔法が、自分達を不死にしているという事実が彼らの背を強く押す。
「……どうしますか、隊長?」
「フフフ……各種バフ準備ですにゃ! 派手な攻撃は打ち消されてしまいますし、サポートに徹するのにゃ!」
ついでに、この戻ってきたメンツにローランやウィンが吹き飛ばした数多くのシヴァの仲間が含まれていたのも大きいだろう。
先程までは数多のプレイヤーの阿鼻叫喚が奏でたオーケストラが戦場に響いていたが、今度は打って変わって……追い詰められたカナリア達に送るレクイエム代わりの詠奏と、それによって発生する多重バフを受け、雄叫びと共に二人に突っ込んでいく『フィードバック』の面々の声が響き渡る。
「さあっ! スマートに殺してやるから、無様に死んでよねっ!」
その先陣を切るのは勿論フレイジィ。
一度目の時とは違い、きちんと全身の装備を破損させ、全ての攻撃を一律50で受け止められるようになっている。
この状態の彼女を止めることは、早々無理だ。
なにせ、全ての攻撃を一律50で受け止めてしまう挙句、一定間隔でHPを200回復する……上に、今は付与された無数のバフの中にHPを常時微量ずつ回復するものまで含まれているので、殊更死に辛い。
もはや、彼女を殺すとすれば、それこそカナリアが一度目の戦闘でそうしたように首でも締め上げて窒息させる……ような、HPを削り切る以外の殺害手法を取るしかない。
「あははっ! 行くわ―――よぉおおおおおっ!?」
なんとも厄介な性質を持つ、不死が如きフレイジィ―――だったが、不意に真横から突っ込んできた黒い影に攫われて上空へと持ち去られてしまう。
「ちょおおおおおっ! いきなり、なによ! あんた……カナリアっ! って、どこ触ってんのよ!」
彼女を空へと攫った存在……それは勿論怪鳥であり、自分の心臓部に手を突っ込んでいる彼女を殴り付けながらフレイジィは叫ぶ。
そう、上空にてクリムメイスの『再誕』の効果を見届けたカナリアは、此処からどうするかをまず考え……なんにせよ、とりあえずフレイジィを消さないことには面倒極まりないという結論に至り、こうして『ハートアブゾーブ』を用いて彼女の心臓を握りに……もとい、掴み攻撃によって彼女を自分に括り付けに来たわけだ。
「『ストークソウル』! イーリ、あの人を止めて欲しいわ!」
やられているフレイジィ本人すらカナリアがなにをしようとしているか理解していない中、いち早く彼女の目的に気付いたイーリがその背を狙って魔法による攻撃を行う。
「よっしゃ任せろ! 水着集めで鍛えた俺の弓術を見せてやる……」
「フフフ……水着の為に蘇った那須与一と呼ばれた私も、力を貸しますよ……」
そして、普段は気だるげにしている彼女にしては珍しい力の籠った声で周りに助けを求めたものだから、それに心を動かされた何人かの遠距離攻撃持ちのプレイヤーが弓でカナリアの背を狙う―――が、カナリアはつい先程飛翔能力を得たばかりとは思えぬ飛行技術で全てを華麗に回避していく。
「……もおっ! なんなのかしら? 前世は鳥さんね?」
「ダメだ……水着集めで鍛えた程度の腕じゃテロリストには届かねえ……」
「フフフ……まるで当たらなかったので、本日をもって那須与一を引退させて頂きますね……」
驚くべき飛行技術……そして、そもそもの飛行速度が速いこともあって、まるで自分の攻撃が当たらないと悟ったイーリは、もういい、知らないわ、と頬を膨らませて顔を背け。
それに倣って弓で狙っていたプレイヤー達も視線をカナリアから戦場の中心で、ひたすら囲まれないように動いている―――端的に言えば窮地に追い込まれているウィンとハイドラへと目を向けた……。
「はなしっ……なさいよ! あんた、まさか、また私を絞め殺す気!? 人の事ワンパターン呼ばわりした割に、自分もそうなのね!」
一方、遥か上空へと連れ去られていくフレイジィはガツガツと自分の心臓(がある部分に手を突っ込み、そこにあるらしいなにか)を握りしめているカナリアを殴り付けながら、悪態を吐く。
そんな彼女を見て、カナリアはにこり、と笑みを浮かべて―――。
「ふふふ……ひとつだけ教えて差し上げますわ」
「な、なによ……」
「高所から地面に叩きつけられれば生物は等しく死にますのよ」
―――これより殺人フリーフォールによって、お前を殺すと宣言してみせた。
それを聞いてフレイジィは一瞬ぽかんと口を開けていたが、この目の前の少女がなにをする気か理解した途端、顔をさあっと青ざめさせた。
……そう、確かにフレイジィは全ての攻撃を一律50で受けることが可能であり、HPを定期的に回復するスキルの効果もあって不死が如き耐久力を持っている。
だが、そんなフレイジィとてなにがどうあっても死なない……というわけではない。
彼女のことを殺害する方法はそれなり以上に存在する―――中でも、クロムタスクのゲームにおいて、高所からの落下とは絶対的に死を齎す存在なのだから、間違いはない。
……どれぐらい絶対的かと言えば、コンシューマ時代にチートツールを用いて不死身となったプレイヤーですら、抗えなかった程度には絶対的だ。
「……う、うそでしょ? わ、私バンジージャンプとか、そういうの……経験なくて……」
「わたくしの知ったことではありませんわ」
怒鳴られた犬のように縮こまってしまったフレイジィの心臓部からカナリアの手が抜かれる。
瞬間、コストとして支払ったカナリアのHPが全回復し―――フレイジィは悲鳴もなく地上へ向けて落ちていくことになった。
「さて、どうしましょうか」
数秒後に死ぬフレイジィについてはもうどうでもいいとして、カナリアが考えるべきは『どうやって勝つか』である。
正直、この戦いに負けないならば方法は簡単だ……逃げ切ればいい。
確かに『飛翔』できる時間には限界があるが、地上に降りて『障壁』を使い、適度にダメージをばら撒きつつ……恐らく用意しているであろうクリムメイスの〝切り札〟さえ凌ぎ切ってしまえば、10分耐えるだけでクリムメイス以外のプレイヤーはカナリアへの挑戦権を失う。
そして同時にカナリアもログアウトが可能になるので丸一日ゲームを落し、その後クリムメイスに賜与した力を奪い取り、後は連盟からクリムメイスを追放できるようになるまで適当にやり過ごせばいいのだから。
そうすんなりと上手く10分間クリムメイスが逃がしてくれるかは怪しいが、それでも死力を尽くせば……なんとかなりはするだろう。
(けど、そんなことしても……)
だが、それに〝意味〟はない。
親しかった間柄のクリムメイスに裏切られ、その彼女と一方的に関係を断ち、突き放したとて―――元々あまりゲームに興味を寄せていない自分がこのゲームへのモチベーションを維持できるとは思えないからだ。
なにより、彼女が『ゲームチェンジャーを駆逐する』という使命に燃えているのであれば、これより先に幾度となく衝突を繰り返すことになるはずなのも大きい。
それを〝ライバル〟と呼び、喜ぶ人種もいる(アリシア・ブレイブハート等はその典型だろう)が、カナリアはそうではなく……恐らく、その内疲弊し、このゲームから身を引くだろう。
(……追い詰められてる。『カナリア』じゃなくて……『勇 小鳥』が)
そして、それでカナリアが……いや、勇 小鳥という少女がこのゲームから身を引けばクリムメイスは『過ぎた力を持つプレイヤーを駆逐する』という目的をひとつ果たしたことになる。
カナリアは確信する。
最初からクリムメイスの狙いはこれだったのだ。
自分に近付き、仲を深め、それを自らの手で引き裂き、そのモチベーションを破壊し、このゲームから遠ざけることが……。
「どうすれば……」
ちなみに、逆に真っ向勝負でクリムメイスを倒したとしても、凡そ同じ結果が待っている。
しかも、それには彼女の用いる『再誕』という……戦況をリセットする恐るべき信術に注意しつつ、大量のHPを犠牲に『溺愛の剣』や『夕獣の解放』を用いるなどしてクリムメイスを即死させねばならず。
……その為には敵陣に突っ込む必要があるため『障壁』を用いる必要は当然あるし、『毒』に代表される『障壁』を貫通する攻撃手段にも気を付けなければならない。
だのに、この世界が非現実である以上、待ってる結果は同じだ……そこまで努力したとて、世界からクリムメイスを消すことは出来ない。
(……いや、そうか。クリムメイスは『勇 小鳥』を狙ってるんだから、だったら、私は―――)
……ここで一つ改めて説明しておくと、勇 小鳥は友人がいない少女だ。
クラスで孤立しているわけではないが、気を許せる相手がいるわけでもない……俗に言うぼっちでもある。
そんな彼女がこの『オニキスアイズ』で親しくなったプレイヤー達……ダンゴ、ハイドラ、そしてクリムメイス(うち、ダンゴとハイドラについては『友人』というよりも『観察対象』としての興味が勝るが)その全員が少なくとも『友人』であるとカナリアは(一方的だったのかもしれないが)思っていた。
だが、その中の一人であるクリムメイスにはカナリアと知り合う以前より付き合いのある友人達がおり、彼女は本質的にはそちらに帰属している。
普通、こういった場合―――そちらはもう、そちらの繋がりがあるし、自分よりそちらを優先しているのだから……と、諦めるのだ。
実際、小鳥に一度でもリアルにおいてそういった経験があれば、そういうものだと割り切ったことだろう。
……そう、この場合クリムメイスについては残念だったと言わざるを得ないので、彼女のことは諦め、ついでに彼女が欲しがる力も諦め、それを彼女に渡して……関係をとりあえず断ち、残ったウィン、ダンゴ、ハイドラと遊ぶのが普通だ。
すれば、もしかすればその内……クリムメイスとの仲を取り戻せる機会があるのかもしれないのだから。
だが、カナリア……いいや、勇 小鳥という少女は、こと普通選ばれない選択肢を選ぶことが抜きんでて多く、また友人に恵まれない少女であり、こういった場合のセオリーを理解していなかった。
(―――流石に人としてまずいかな? いや、けれども……この気持ちは簡単に蹴られていいほど軽くない、ですわよね)
だからこそ辿り着けたひとつの〝解〟があったのだが……流石に、これは人の道に反するかもしれない―――と、そうカナリアですら一瞬思ったものの、そんな彼女の背を……かつて、首輪爆弾についての話をしていた時のダンゴの言葉が強く押してしまった。
もしもこの時の決断を自分が後押ししたと知ったらダンゴは、テロリストは大して気持ちの籠ってない言葉でも簡単にテロ行為に走るのだと知り、『言葉』の力の大きさに頭を悩ませることになり、最悪自首するだろう。
「……決まりですわ。これで行きましょう」
ともかく、普通の人間がしてはいけなかった覚悟を決めてしまったカナリアが翼を閉じ、加速する。
向かう先は、クリムメイスの待つ地上だ―――。
「……ちょっと! カナリア! 降りてきちゃダメ……でしょっ!」
「そうだよ、そうだよ先輩っ! 逃げてれば負けないんだから……!」
「ええ、確かに。負けないだけなら逃げればいい……そうでしょう。でも、勝つためには……それではいけませんもの」
―――すると、その先で数多のプレイヤーに囲まれ、一瞬でも気を抜けばHPを全損し兼ねない状況に置かれているウィンとハイドラが険しい表情を浮かべながらカナリアに向かって叫び、カナリアはその声を真正面から受け止めつつ……、徐々に減速して地上に降り立つと、目を伏せながら首を振る。
「勝つため、ね。……悪いけど、そうなるようには事を運んでいないし、思い通りに事を運べた自負はある」
「……ええ、本当に。……酷い一手を打ってくれましたわね。正直、あなたって最低だと思いますわ」
そんなカナリアへ真剣な眼差しを―――だけど、初めて(正確には二度目だったが)出会った時と同じような、どこか憂いを帯びた眼差しを向けているクリムメイスに対し、静かにカナリアが悪態を吐く。
思い通りに事を運べた、という割には面白くなさそうな、ばつが悪そうな表情を浮かべるクリムメイスの表情が物語っているが、クリムメイスは自分の裏切りがトリガーとなってカナリアをゲームから遠ざけることが出来る、と……そう確信したからこそ、こうして今敵対しているようだ。
是が非でも【戦争】の力を得ようとしているのは、最適な裏切りのタイミングに極上の付属物が付いてきたものだから逃したくないだけに過ぎないのだろう。
「……だけど、それでも……わたくし、わたくし……あなたのこと……友達だと思ってますの」
「……っ……!」
……だが、やはり自分と彼女の関係はそこまで一方的ではなく、こちらが彼女に抱くのと同じ程度には彼女も自分に好意を抱いている。
そうクリムメイスの表情から判断したカナリアは、自分の辿り着いた〝解〟に間違いはないと判断し―――目尻に涙を浮かべ、声を震わせ……出来る限り彼女の情に訴えるような声でクリムメイスへの思いを声にした。
そしてそれは、実に効果覿面であり、クリムメイスは辛そうな表情を浮かべてカナリアから視線を外す。