124-WAR OF BRAVES その2
「来るか……!」
静かな戦場に、息を呑むクリムメイスの声と周囲のプレイヤー達のどよめきが響く中、【戦争の騎士】―――二番目に製造され、最も多くの人命を奪ったとされる【騎士】の力は……あまりにも静かな戦場の中で呼び起されたその力は、一匹の翼竜となると、けたたましい鳴き声と共に天へと昇り、間もなくカナリアへ向けて急降下。
そしてカナリアの全身を赤い炎で包み込み、鎧の形を作り、弾け……やがて炎の下から現れたのは、翼を思わせるパーツが無数に取り付けられ、所々が赤く燃え盛り続ける鎧―――ただの鎧ではなく、言うならば中世的な強化外骨格鎧だ―――を身に纏ったカナリア。
その両手に握る大鉈と大きなクロスボウを見るに、どうにも【騎士】の力は身に付ける装備を変形させる性質を持つらしい。
「ふむ」
いくら潜入していたクリムメイスから『クラシック・ブレイブス』の面々が用いるスキルの情報を大量に仕入れていた『若螺旋流組』の者達といえど、カナリアが先程入手したばかりのスキルの実態など分かるはずもなく、燃え盛る鎧を身に纏ったカナリアの出方を慎重に窺う。
その中でカナリアは、目の前に表示された【戦争】の力を纏っている間に使用できる幾つかのスキルと、運用に際するアドバイスを流し目で一読し。
「でしたら……『飛翔』!」
直後、その背に金属と炎で作られた歪な翼を三対出現させ、空気が弾けるような音だけを残して目にも留まらぬ速度で遥か上空へと飛び去って行った。
「…………」
「…………」
「…………」
ウィン、ハイドラ、クリムメイス、そして『若螺旋流組』のメンバーが爆音と共に空へと消えていったカナリアを無言で見上げる。
『飛翔』―――それは、一定間隔でMPを消費する代わりに空を飛ぶことが出来る……通常のプレイヤーであれば入手が不可能なスキル。
基本的に空を翔ることが出来ないこと前提でバランスを組まれているこのゲームにおいて、その強力さは説明する必要もないだろう。
その分、消費するMPは多いのだが、残念ながらカナリアはMPをHPで代替えすることが可能なのでHPが許す限り飛び続けられるし、更に残念なことにダメージを与える度、与ダメージの実に40%分HPを回復してしまう。
「あ、これ終わったにゃ」
見る見る小さくなるカナリアの姿を見ながらシヴァが死んだ目で呟く。
その呟きは、この静かすぎる戦場には非常に良く響き―――。
「オアーーーッ! それは聞いてないデース!」
―――それを合図にしたかのように、遥か上空より飛来した三本の槍……否、【戦争】の力で大型化した殺爪弓より放たれた大矢が、ローランから逃げながらも彼女へと砲撃を行い、そのふざけた様子とは裏腹に良い勝負をしていたワッショイ・デスアハトキャノンを射抜いて破壊。
更に、それだけに止まらず、続いて地上を這う人間達へと天より何本もの大矢が降り注ぎ始めた。
……そう、カナリアはこの状況において、遥か上空より地上へと大矢で射撃を続けるという……あまりにも戦いを拒否し過ぎる残酷な一手を選択したのだ。
「あーあーあー……ヤバいことになっちまったなあ、よお、クリム!」
戦うことを拒否され、一方的に攻撃をすることを選ばれてしまえば、そこにあるのはもはや戦闘ではなく……蹂躙。
遥か上空より弾速の遅い弓で攻撃しているということもあり、動いていれば当たりこそしないが―――動かなければほぼ確実に射抜いてくる……まばらながらも、極めて高精度で人命を奪っていくカナリアの大矢を不規則に動き続けることでなんとか避けながら、リヴがクリムメイスへと向けて、問う。
どうすんだよこれ、と。
……どうするって、そりゃあ……。
完全に顔が強張ったクリムメイスは思う。
……『カナリア』という存在を倒すことを考えた時に、最も頭を悩ませるのが堅牢にすぎる『障壁』だ。
しかし逆を言えば、それさえなんとかしてしまえば範囲攻撃には優れないカナリアは数の暴力で押し切れると考えて間違いはない。
だから、苦しい戦いにはなるだろうが、だとしても、機動力を奪い自らの秘密兵器―――巨大な鉄杭を火薬で勢いよく打ち出すことによってありとあらゆる装甲を完全に無視し、対象を確実に破壊する兵器……〝パイルバンカー〟を一撃叩き込むことが出来れば勝機はある。
あったのになあ……。
当たり前のことだがクリムメイスは、まさかカナリアが射程圏外の極み……上空へと逃げるとは考えてはおらず、心が折れそうになる。
だがここで自分が場を治めなければ、このカナリアの残酷に過ぎる一手で押し切られてしまう。
それは非常にまずい……今後を考えればカナリアはここで仕留め、その【戦争】の力を簒奪しておくべきなのだから。
「あ、慌てんひゃあ!」
……そう判断したクリムメイスは、場を治めるため慌てるな、と口にし―――ようとしたが近くに大矢が飛来して地面を抉ったものだから、情けの無い声を上げながらリヴに抱き着いてしまった。
「エグいわね」
周囲のプレイヤー達が次々射抜かれ、消滅する光景を見て―――そして、繰り返すようにカナリアは攻撃でダメージを与えた時に与ダメージの40%だけ回復できることを考えると、その矢で射抜かれる相手がいる限り二度と彼女は降りてこない事実に気付いたハイドラは、この戦いに自分の出番は無いと悟りつつ死んだ目で周囲の惨状を見渡す。
「ほんとね……あ、ウィンも【戦争】、っと……」
しかし、それに同調したはずのウィンがさり気無く賜与された力を行使し始めた。
「えぇ……ウィン、あんたなにする気?」
「いやいやぁ、ちょっとお手伝いをね……先輩疲れ気味っぽいし? 優しさじゃん優しさ優しさ~」
「もうちょっとマシな嘘吐いたら? クリムメイスみたいに」
軽く引き気味のハイドラに対し、手伝うと言う割にはキラキラとした瞳をしながら炎に包まれていくウィン。
どうにもカナリアを手伝うという名目で、クリムメイスの言うところの『過ぎたる存在』としての力をちょっと振るってみたくなったらしい。
ハイドラが全く彼女の言い分を信じていなさそうな目で見守る中、カナリアと同じようにウィンが炎を振り払うと、その中から現れたのはカナリアのそれにかなり近いものの、若干丸みを帯びた意匠が目立ち、魔術師のローブを思わせるようなデザインとなった鎧を纏ったウィンだ。
「あ、『飛翔』は出来ないんだ……」
戦場に響く阿鼻叫喚のオーケストラをバックグラウンドミュージックに、カナリアと同じく自らに付与された力とそれに関するアドバイスをじっくりと読み込んだウィンが少しばかり残念そうに呟く―――どうにも『飛翔』を用いることが出来るのは力を十全に受け継いだカナリアだけらしく、ウィンは空を飛ぶことが出来ないらしい。
「ちょっち残念かも……『クリスタルスウォーム』」
そこに少々の物寂しさを覚えつつ……、なにも特別なことはしていないかのような手軽さで一度たりとてクリムメイス―――はおろか、カナリアの前ですら使用したことのない魔術を放つ。
それは形質的にはローランの魔力熱線に近く、膨大な魔力を光線として放つ技……だが、晶精の錫杖の効果で『結晶化』された上に、【戦争】の力で元々の攻撃力分の炎属性が追加されたその光線は、魔法、物理、炎の三属性を宿しており……。
「ぎ、ぎにゃあああっ! 退避っ……退避ーっ! んにゃーっ!」
その矛先を向けられたシヴァ達は当然ながら絶叫しながら散開―――すれば、シヴァこそ生き延びたものの、彼女たちが綺麗に作っていた円が二度と修復不可能になる程度にはプレイヤーが消滅してしまった。
「……ええいッ、気合を入れろ! まだ勝てる! あの二人を倒し、上空のカナリアの息切れを待つのぎゃああああ!」
カナリア一人が【戦争】の力を振るっただけで大惨事だというのに、ウィンまでそれを振るい始めては最早地獄。
しかし、その中でも(リヴに抱き着いてガタガタ震えていたクリムメイスと違い)諦めていなかったギンセがこの状況で唯一の勝ち筋となるシナリオ―――地上に残るウィンとハイドラを排除した後に、上空のカナリアが地上へと戻るのを待つ、というシナリオ―――を叫び、同時に遊び相手であるGMDを飼い主の手で殺され手持無沙汰になったローランの手で上半身と下半身を分けられ死に至る。
「ぎ、ギンセ…………あいつの言う通りだっ! 持ち直すぞ! 信術部隊、やれっ!」
だが、その死は無駄ではない。
地面に叩きつけられたギンセの惨い死体を目にしたクリムメイスは、自分に抱き着かれて(素直に喜びこそしないものの)悪い気はしていなさそうだったリヴを赤面しながら突き飛ばし、気を張りなおして最も外周に位置する部隊―――シヴァ達へと号令を出す。
「……どうしますか、隊長!?」
「どうしたもこうしたもありますにゃかぁっ! もう自棄ですにゃ! 全身全霊最高火力をぶち込んでぶっ殺してやるのですにゃ!」
その号令を聞いたシヴァの部下が額にびっしりと汗をかきながら勢いよく振り返り、シヴァはもうなんでもいいからとにかくぶっ放せ! と叫び、それを聞いた彼女の部下達は手に持った楽器を用いて一斉に詠奏を始める。
先程は『平和の協定』(平和とは名ばかりで集団が個人を袋叩きにするのに最適な陰湿で邪悪な術である)を用いるために奏でていたこともあって、柔らかで穏やかな(戦場に似つかわしくない)音楽を響かせていたが、今回のものは恐怖で荒れ狂うシヴァの内面を表すかのように攻撃的な音楽だ。
「『大雷槍雨』、行きますにゃ!」
シヴァがそう叫ぶと同時、楽器を奏でていた彼女の部下達から次々と黄金の光が放たれ―――それは無数の雷の槍となり、ウィンとハイドラへと四方八方から飛来する。
それはただの『雷槍』とは違い、まるで木の枝のように無数に分かれて二人に襲い掛かった。
さながら生きて、悪意を持ち、敵対者を容赦なく無慈悲に害する黄金の毒蛇のように―――。
「おぉー……『沈黙』」
―――しかし、その大技はウィンが何気なく発動した魔法によって一瞬で霧散してしまう。
■□■□■
沈黙
:この魔法は打ち消されない。
:対象の魔法を打ち消すことが可能な魔法。
:打ち消すには相手が使用したMPの10%のAPが必要。
■□■□■
「な、なんだと……ぎょわっ!」
「汗びっしょりの人ーーー! 死ぬにゃーーーっ!」
MPの代わりにAP―――【騎士】の力を用いてる時に特殊な条件(【戦争】の場合はダメージの発生)を満たすことで蓄積する特殊なポイント―――を消費する上に、打ち消すことが可能な対象は魔法のみに限定されるものの……『ネゲイト』と違い遥かに低コストで使用できる強力なその魔法によって、自分達の組み上げた『大雷槍雨』が打ち消されたことにシヴァは驚愕し、同時に側近であったプレイヤーが天より降り注いだ大矢によって串刺しとなって死に至ってしまう。
「……くそっ! この際プライドは抜きだ! 来い、【戦争】!!」
ウィンが用いる『沈黙』なるスキルがある以上、隠し玉の信術部隊もここよりは役に立たなそうということで、クリムメイスはいよいよ自分も出し渋っていた【戦争】の力を行使することにした。
……元よりクリムメイスは、力を賜与されない前提で考えており、圧倒的人数差と秘密兵器である〝パイルバンカー〟で押し切るつもりだった。
だが、実際には、自分が思っているよりもカナリアから慕われていた彼女は【騎士】の力を賜与され―――だというのに、結局、そこまで自分を信じてくれたカナリアのことを裏切り、その力を奪おうというのだから……親愛の類から賜与されたその力を用いずに勝利することこそ、ある種、カナリアへの謝罪になる。
と、そうクリムメイスは考え、予定外に手に入ったその力は使うまいとしていたのだが……。
状況が状況だ、ここでカナリアを逃す手は―――【戦争】の力を逃す手はない……是が非でも手に入れたい。
であれば、まさに〝プライドは抜き〟で使えるものは全て使うしかない。
「ちょっと! 裏切り者のクセに私の台詞パクんないでよ! 来なさい、【戦争】! あのクソツインテール、ぶっ殺してやる!」
纏った炎を振り払い、中からカナリアのそれと比べて重厚な印象を受ける鎧を身に纏ったクリムメイスが飛び出すと同時、意識してか、せずかはともかく、ハイドラは自分が普段使っているものと同じ台詞をクリムメイスが口にしたことが気に食わず―――というのはただの口上で、心の奥底では『なんだかんだクリムメイスは裏切らない』と考えていた自分や、クリムメイスが裏切ったことに想像よりショックを受けている自分に憤りを感じており、そのストレスをぶつけるように叫びながらハイドラも【戦争】の力を行使する。
「あーあー、もう近付けねえなこりゃ……下がれ! 下がるんだ! 下がって上からの射撃だけ避けるのに専念しろ!」
炎を振り払ったハイドラが、少女らしい可愛らしさと強い闘争心を両立させたような……炎で出来たフリル装飾が多めの鎧を纏ったのを見て、リヴはまだ生き残っている仲間達に下がるよう指示を出す。
まだカナリアは『飛翔』して大矢を放っただけだし、ウィンは魔法を二度使っただけだが、それだけでも『ゲーム内5組しか存在しない』という肩書が付けられる【騎士】の力がいかに強大であるかを十分に理解し、踏まえている……実に理に適った判断だ。
しかし、戦争とは自由に始められても自由に逃げられるものではない。
「ねぇえええええ誰だよカナリア勝てるって最初に言い出した奴ぅううううう! あっ死ぬわコレ」
「まだシルーナのが倒せそうだよな正直……いや俺も死ぬわコレ」
「シルーナちゃんは身体一つで乗り込んでくるからね……まあ俺も死ぬわコレ」
まず、リヴの指示に従って後退しようとするプレイヤー達の前にローランが現れては手当たり次第に食い散らかし始めた。
遊び相手であったGMDが不在となった影響で自由になってしまったのだから仕方がないが……仕方がないで済まされる災いのレベルではないのは言うまでもない。
「ねえちょっとサム! 空から変な箱が降ってくるわよ? なによあれ! 私が優等生すぎるからってサーフ・ボードに乗ってアロハシャツ着たサンタクロースが来たわけ? 優等生すぎるのも考えものね」
「うーん、なんだろう。少なくとも親戚のマジョリムおじさんがキャンプカーに乗せてるガラクタ入れじゃないってことと、僕達が地雷原に入り込んじゃった紛争地帯の子供みたいに死ぬってのは確かだよ」
「それ言えてる。僕じゃ真似できないな、そのあけすけな物言い! まったく、サム。君ってば最高! ウボァーッ!!」
更に、空より欲狩が降り注いでは地面に衝突すると同時に爆発し、周囲のプレイヤーに2000近い固定ダメージを撒き散らし始めた。
一応にはペットであるはずの欲狩をただの爆弾扱いするカナリアの倫理観についての言及は避けるが……少なくとも、この爆撃と射撃による頭上からの一方的な攻撃は……制空権という概念が存在しないはずの世界にあってはならないものだった。