123-WAR OF BRAVES その1
「まともっぽく言ってるけど、ようは年下の女の子にボコられてイラついてるオッサン共の集まりでしょ? あんた、そんなとこのトップやってるなんて相当な変態ね」
「待たぬか! 聞き捨てならんぞそれは!」
いかにも自らは健全な自警団である……とでも言いたげな歪んだロリコン軍団のトップことクリムメイスに対し、近頃、当軍団の中でわからせてやりたい、と言われることが最も多いハイドラがゴミでも見るような目を向ければ、その視線を遮るように周囲の輪の中から特徴的な全身鎧に身を包んだ男―――ギンセが現れてクリムメイスを庇うように立つ。
「組長殿を変態扱いするのは許さん! この方は同じ志を持ちながらも手を取り合うことを知らなかった我々をひとつに纏めた素晴らしいお方だ!」
どうやら彼はクリムメイスに相当心酔しているらしく、ハイドラが彼女を悪く言うのが気に食わない―――。
「それに罵倒するなら私を罵倒しろ! ちょっと一億万回ぐらいザコ、と! すれば私は嬉しいし、君は『ざぁこ♡』スキルが上昇し、よりメスガキの頂きへと近付ける! win-winとはこのことだぞ! ハァ……ハァ……!」
―――以上に、なにやら先の一戦でハイドラから送られた『雑魚』が不完全燃焼だったらしく、より完璧な『ざぁこ♡』呼ばわりを求めだす。
「失礼、ちょっと訂正。年下の女の子にボコられてイラついてる最ッ高サイアクにキモいオッサン共の集まりの頭やってるド変態ね、あんた」
息を荒げて『ざぁこ♡』待ちをする愚かなギンセに冷ややかな視線を一瞬だけ向けた後に、そのままクリムメイスへと同じ視線を向けるハイドラ。
その視線を受けてクリムメイスは、フッ、と短い笑みを漏らし。
「キモかろうが! 変態だろうが! 勝てば官軍負ければ賊軍! シルーナが証明した通り、歴史とは勝者が残すものなのだ!! 行くぞ貴様ら! あの生意気なメスガキ共をわからせてやろう!」
「「「ハイル・ローゼ!」」」
暗に自らが最悪の変態集団のトップであると認めながら短刀の切っ先をカナリアへと向けて突撃の号令を出し、それに対し最も前に出ている大盾を装備したプレイヤー達が、かつて所属していたギルドにおける掛け声を叫びながら―――やはり、この組織のメンバーの一部はかつてクリムメイスが率いていたギルドのメンバーらしい―――中央の少女達に向かって突撃を開始する。
「うわぁ……私の連盟、キモすぎにゃ……?」
ちなみに言うまでもないが、この展開にシヴァは頭を抱えた。
どうしよう、気付いたらダメな変態共の仲間になっていた、と。
「数ばかりで、質がなさそうですわねえ……ローラン!」
凄まじい勢いで自らの方へと向かいだした周囲のプレイヤーを軽く見回した後、カナリアは右手を高く突き上げて自らのペットである放射能怪獣……イフザ・タイドことローランを呼び出す。
それは、カナリアの影からゆっくりと姿を表し、天に向かって咆哮し―――。
「だからッ! デカけりゃ強いっていう、そのスマートじゃない考え。万死に値するつってんでしょ! 『レゾナンス・バースト』!」
―――無論、その巨躯を目にするや否や軍勢の中から飛び出して剣を振るう影がひとつ……フレイジィだ。
今回のイベントにおいて、唯一ローランの首を落とし、現状彼女に唯一敗北を味合わせることが出来たフレイジィのその一撃は、その全ての装備の耐久度を代償にし、破損させ、ヒビを入れながら……振りぬかれた剣から光波として放たれる。
「『ネゲイト』」
が、その一撃は無情にもカナリアの『ネゲイト』によって容易く打ち消され、『破損』状態となることで本領を発揮していたフレイジィの装備も全て破損前まで回復し、ただのデザインの意図が限りなく意味不明なウエディングドレスへと戻る。
「……にゃ? あれっ?」
「スマートなのは良いですけれども……遊び心が無さ過ぎてワンパターンですわよ、あなた」
『レゾナンス・バースト』が打ち消されたことを理解出来ず、自分はなにをされたのだろう……と不思議そうにするフレイジィに対し、(中々に自分自身もワンパターンな)カナリアが苦笑を向けながら自らの首につぅっと親指を走らせれば、不思議そうに自らの得物をべしべし叩いたりしているフレイジィの身体をローランがその手で掴み上げる。
……突っ込んで行く彼女を追いかけて、隣に並んだイーリと共に。
「なにが……おぉおおおおーーーーーうっ!?」
「もぉ~……なんでイーリまで……納得いかないわ?」
次の瞬間、遥か上空へと勢いよくぶん投げられるフレイジィとイーリ……そして、空中で身動きの取れないふたりをローランの魔力熱線が襲い―――二人は一瞬で蒸発する。
イーリはともかくとして、フレイジィも装備の破損を防がれたことで『受けるダメージ全てを最大HPの10%で固定する』という彼女の特徴を潰されたようだった。
「あのぉ……本当にコレと戦争するの? ウィンはやめたほうがいいと思うけど……」
そんな光景を目にして固まっていた一同へ向けて、ウィンが心底心配そうな声色で問いながらカナリアを指差す。
例え百を優に超えるプレイヤーが集ったとはいえ、相手はカナリア。
既に100万近いNPCを殺害し、その両手を血で真っ赤に濡らしたテロリストである……間違いなく戦うべきではない。
「……どうしますか、隊長!?」
「怯むにゃ! 『平和の協定』で動きを縛るのですにゃ!」
ウィンの言葉に動揺したシヴァの部下が額にびっしりと汗をかきながら勢いよく振り返るが、シヴァは敢然と指示を出す。
元よりシヴァの率いる部隊―――複数人で使用することによって効果が飛躍的に上昇する特殊な魔法、『共信術』に特化した部隊―――は、フレイジィがローランの対処に当たった後(その成否に関わらず)『平和の協定』……効果範囲内の存在全てに『鈍重』の妨害効果を発生させ、全ての移動能力を著しく制限する魔法を用いることになっていた。
これによりその巨躯に見合わぬ機動力が凶悪なローランの動きを縛り、また、完全に包囲している状況下でカナリア達の移動能力を奪った後に、じわじわと包囲網を狭め―――やがては数の暴力で圧殺することが出来る……唯一膨大なダメージを与えなければ撃破できないカナリアだけは厄介だが、そこは『スレッド・ワーカー』が何とかするとシヴァは聞いていた。
「……っ!? なによこれ、体が……!」
「やっば、平和……! 今回もあるんだこれ……!」
まるでローランの登場を演出するかのように戦場に響き始めた音楽―――それが、重たい光の鎖として体に絡みつき、自らの動きを著しく妨害するものだと分かるとハイドラとウィンは血相を変え、クリムメイスは浮かべた笑みを深くした。
……勝った。
普通に考えれば、これだけ包囲した状況下で敵の機動性を奪ったのだからそう考えておかしくはない。
事実、クリムメイスは自分の勝利を確信したし、ハイドラとウィンは自分達の敗北を悟った。
しかし―――。
「な、なんだ!? 『平和の協定』の効果が下がってる!」
「あ、あいつが、く、食ってる……! 『平和の協定』を食ってる!」
「そりゃ怪獣だもん魔法ぐらい食べるよな。えっ、食べるの? えっ、なんで……死んじゃうじゃん俺ら」
―――怪獣が存在するというのに、〝平和〟など訪れるはずがないのだ。
かつて『王立イリシオン学院』を包んでいた『障壁』を喰らった時と同じように、ローランが自分達を包み込む柔らかで重苦しい光を食い千切っては咀嚼し、その背びれをぱ、ぱ、ぱ、と細かく点滅させている。
「まずッ……引け! 引いて!」
「ローラン、魔力熱線」
その仕草が『魔力熱線』の事前動作だと知るクリムメイスが声を荒げ、『平和の協定』をローランが貪り喰う様を見て混乱していた『フィードバック』の面々は全力で散開した。
直後、首をぐるりと振り回してローランは『魔力熱線』を放射―――それは周囲に展開していたクリムメイス達に甚大な被害を与え、更には最も遠い位置に陣取っていたシヴァ達にまで影響を及ぼす。
「……どうしますか、隊長!?」
「帰りたいにゃ……」
自分達の方にこそ熱線は飛ばなかったものの、実に1/5程の部下が蒸発した様を見てシヴァの部下は額にびっしりと汗をかきながら勢いよく振り返り、シヴァは涙ぐみながら顔を手で覆った。
……効かないじゃん『平和の協定』……、つまりあのスパイの人、信用されてなくて全情報開示されてないんじゃん……。
完璧な攻略マニュアルがあっても勝てるかどうか怪しい相手(しかもつい先程手に入れたばかりの【戦争】の力もある)だのに、その攻略マニュアルも全く完璧じゃない可能性が出てきたことでシヴァの心は大分折れかける。
「……ちぃッ!!」
一方で無事『魔力熱線』を凌いだクリムメイスは、横目で(同じく『魔力熱線』を凌いだ)リヴを睨み付け、口の中だけでお前のせいだぞ、と恨み言を呟いた。
そう、元々の予定ではフレイジィとイーリは切り札として隠されているはずであり、実際そうされていれば試練の最中にマッチングした時のように、先の『レゾナンス・バースト』でローランを葬り、最も厄介なカナリアの付属物を打ち破った後に『平和の協定』を展開し、無事勝利することが出来た(はずなのだが)。
あろうことかリヴが彼女達を(というかフレイジィを)唆して参加する必要のない試練に連れ込み、自分達とマッチングしてしまったせいでカナリアに警戒されてしまった。
結果、ローランを一撃で屠ることも、封じ込めることも失敗したせいで、やめたほうがよくね? やっぱりわからせは創作に限るよ……誰かがそう呟きかねない通夜一歩手前の雰囲気が漂い始めてしまう。
しかし、そんな中で魔法の次は肉だ肉と言わんばかりの様子で、近場のプレイヤーを捕まえてはスナック感覚で食い漁っているローランになにかが高速で飛来し、衝突―――そして大きな爆発を起こして彼女にたたらを踏ませた。
「みなサーーーン! 怯んじゃダメデーーース! KAIJUぐらい倒せなくてなにがワカラセジェントルマンデスカー!」
「そうヨ! アタシ達GMDも手を貸してるの忘れないでヨ! 頼りになるのヨ~!」
「ファッキンリザードにワンモアファイアダーーー! ブッコロセダーーーッ!」
続けて耳障りなブブゼラの音を戦場に響かせながら、十数人の男達が担いで運ぶ巨大な砲台の取り付けられた神輿……国外最大規模のわからせ集団、GMD―――グローバル・メスガキ・デストロイヤーズの誇る対モンスター使役系メスガキ用最終兵器『ワッショイ・デスアハトキャノン』が、もう一度ローランへ向けて火を吹く。
続いたその砲撃こそ巨躯に見合わぬ軽いステップで回避したローランだったが、グルグルと喉を鳴らしながら『ワッショイ・デスアハトキャノン』を睨み付けている辺り、あの砲撃は彼女にとって脅威足りえるらしい。
「ウソでしょ、なにあのエセ外国人と胡散臭い兵器……にゃ……」
そんなローランの様子と、なんか歌舞伎っぽい雰囲気のものを作ろうと努力した形跡の見られるねぶた的なオブジェクトと融合している砲台が取り付けられた、恐ろしくふざけた見た目の神輿型兵器を見て、シヴァは顔を手で覆いながら溜め息を吐いた。
いったい自分はなにに所属してしまったのだろう。
「確かに、な! お前たち! 怯むな! 行くぞ!」
「「「ハイル・ローゼ!」」」
元からローランを相手取る予定だったとはいえ、それは『平和の協定』で動きを制限した後の話であり、今の状態で対峙して勝てる見込みは限りなく薄い―――だというのに、それでも(ぶっちゃけ正体の知れない謎の存在こと)GMDの男達が闘志を未だ燃やしてると知ったクリムメイスは突撃再開の号令を出す。
「うぅん……では、ローランはアレと遊んできていいですわよ」
クリムメイスの号令によって突き動かされ、再び距離を詰め始めた周囲のプレイヤー達を軽く見回した後、カナリアはGMDのワッショイ・デスアハトキャノンは(確かにふざけた見た目でこそあるが)体躯の大きいローランには脅威であると判断し、そちらに集中するよう指示する。
「オォーウ! 来まシターッ! クソトカゲ来まシターッ!」
「愚かヨ、あまりにも愚かすぎるヨ! HEIHO OF SONSHIを知る我々に戦いを挑むとは!」
待ってました! と言わんばかりの様子で金属を引き裂いたような甲高い咆哮を上げながら自分達に向けて突撃してくるローランを目にしたGMDの男達が移動を開始―――とりあえず、戦場から怪獣は引き離されたようであり、フレイジィとイーリが即殺されたことで士気が大幅に下がっていた『フィードバック』の面々の顔に生気が若干戻る。
「さて、こちらもそろそろ動かせていただきますわよ! 来たれ【戦争】!」
……が、その戻った生気を再び殺すかのように、カナリアが満面の笑みで右手を突き上げて行使するのは、先程入手したばかりの力―――【戦争】の力。
突撃を再開して数秒しか経ってないが、あまりにも未知数な力をカナリアが行使したものだから、そこかしこで、一旦足を止めろ、様子を見ろ、といった指示が飛び交い戦場に再び静寂が訪れてしまうが……それも仕方がないだろう。
10分以内にカナリアを倒さなければならない『フィードバック』の面々にとって、足踏みさせられることが手痛いのは確かだ。
とはいえ、未知の力を用いるカナリアという存在は……だからといってなにも考えずに突っ込んでいくには危険すぎるのだから。