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122-昔話をしてあげる

「……いた。あそこだ」


 全員がゲートを通り終え、しばらく歩き続けた後……先頭を進んでいたリヴが小さく声を上げ、自分達が位置する丘の下に広がる平原の、ある一ヵ所を指差す。

 そこには四人の少女が居た。


 一人は、胸と背中、そして太腿を大胆に晒した非常にボディコンティシャスな黒いワンピースを纏った金髪の少女―――今回の殺害目標であるカナリア。

 一人は、露出こそ一切無いが、あまりにも身体のラインの出る装備を身に纏っているため、結果的にほぼ全裸も同然である杖を持った少女―――その正体が異形の怪物であり、人の脳が好物らしいプレイヤー、ウィン。

 一人は、前二人に比べれば大人しい恰好ではあるものの、肩から首へのラインや、絶対領域などの露出はきちんとしている健全さと不健全さの両方を持ち合わせた恰好の少女―――一部ではボクっ娘であるとされ、一部ではボクっ娘ではないとされるシュレーディンガーのボクっ娘、ハイドラ。

 一人は、遠目に見るとツインテールっぽい装備をしている少女―――クリムメイス。


 どうやら、この中のひとりが『フィードバック真の長』こと『スレッド・ワーカー』らしい。


「いったい誰がスレッド・ワーカー様なんだ……俺はウィンちゃんがいいなあ……」

「なるほど……僕はハイドラちゃんですかね……」

「むむっ……全然分からんな……もしやカナリア自体が『スレッド・ワーカー』であるという超展開があるやも……」


 その声こそ聞いたことあれど、『スレッド・ワーカー』の姿を知る人間は『フィードバック』の中でもごく僅かであり……それを知らない男達はリヴの指示で彼女達を囲むように散開しながらも『スレッド・ワーカー』がどの少女であるかを考えているようだった。

 ちなみにシヴァは間違いなくクリムメイスが『スレッド・ワーカー』であろうと考えた。

 だって、どう考えても露骨に情報量が少なすぎる。

 少なすぎてアピールポイントがゼロであり、誰も『クリムメイス』が『スレッド・ワーカー』であろうとは思っていない。


「昔話、していい?」


 そして、(シヴァ的には)死ぬほどクソどうでもいいことを気にしながら散開する男達が求める答えは早々に与えられた。

 不意に、その中の一人……クリムメイスが静かな声で誰かに―――またはこの場の全員に、問いかけたのだ。

 割と、意味不明な問いを。


「クリムメイス……」


 その問いに対し、少し寂しそうな顔をしながらカナリアが振り返り、ウィンが静かに杖を抜き、ハイドラがジャバウォックを抜く―――そんな光景を見たシヴァは心の中で思わず呟いてしまう。

 ……いや、ただ昔話しようとしてるだけなのにめっちゃ警戒されてるじゃん……! 全然潜入できてないじゃん……!


「……あいつ嘘が下手だからな」

「いやそれスパイとして致命的ですがにゃ」

「でも俺達の幹部で女の子あいつだけだからあいつが行くしかなかったにゃ」


 思わず無言で眉を顰めたシヴァの横に立つリヴが苦笑いをしながら、あまりにも潜入に向かないクリムメイスの弱点を零し、当然シヴァは即座にツッコミを入れたが、至極真っ当な切り返しをされてしまう。

 確かに……例え嘘が下手だろうとも、女の子であれば一応パーティーには加われるだろうが、逆に嘘が上手くとも、この男達の中から誰かがあそこに加われるとは……思えない。

 リヴの闇の猫語尾に肌を粟立てつつもシヴァが『スレッド・ワーカー』ことクリムメイスがあの場所に立っている意味を知る中、クリムメイスは、あのね、と続けた―――。


 昔、薔薇が好きな女の子がいたの。

 その女の子は気まぐれで、あるVRMMOを初めてね。

 それなのに……ううん、それだからかな。

 幸運に幸運が重なって、とんとん拍子に強い装備、レアなアイテム、優秀な仲間……色々なものを手に入れて。

 気付けば、その世界で一位二位を争う強豪ギルドのマスターになってた。

 最初は戸惑っていた女の子だけど、……沢山の仲間が居て、頼られて、嬉しかった。

 嬉しくないわけがなかった……『紅薔薇の騎士』なんて呼ばれちゃって。

 リアルじゃ地味で目立たなかったのにさ。

 ……不思議よね、VRMMOって。

 別にそこで皆に頼られてたのは、その女の子じゃなくて『紅薔薇の騎士』だったのに、その女の子はなんだかリアルでも自信持てるようになっちゃって。

 リアルで友達も少しだけ出来て……ゲームの中ほどじゃないけど、少しだけリアルも良い方向に転んでさ。

 その子、その世界のことが凄い、凄い凄い大好きになって、感謝して、もう……。

 …………。

 けどね、ある日、その子の庭になったその世界に一匹の魚が迷い込んできたの。

 黒い、魚。

 最初はとっても小さくて……可愛い魚だった。

 ……ねえ知ってる? 金魚。

 小さくてかわいいけど……餌をあげれば、ぶくぶく、ぶくぶく……際限なく大きくなるの。

 その魚も同じで、そして、その世界にはその魚が大好きな餌ばっかりだった。

 で、その餌っていうのが、その魚の場合は……『困難』だった。

 あの子、困難に直面して、それを超える度に……信じられない速度で育って。

 やがてその成長速度は、ゲームが彼女に餌を与える速度を上回った。

 すると、その魚は―――プレイヤーに目を付けた。

 強かった……信じられない程……。

 単騎で……たまに二人で、強豪連盟を真っ向勝負で打ち破って無双する姿は……ショーとして見てれば最高だっただろうな。

 『群れ砕きのシルーナ』、それなりに有名なんだけど……って言っても、カナリアは知らないか。

 堪ったものじゃなかったよ、砕かれる側としては。

 うん、そう……薔薇が好きな女の子……私も、私の連盟も……彼女にいとも容易く砕かれた。

 悔しかった。

 悔しくて、悔しくて、悔しくて……! もう、誰にもこんな感情を味わって欲しくないって……。

 そう、思ったんだ。


「―――だからね、私はここにいる」


 武器を構えた三人を前にしてクリムメイスが静かに告げた。

 昔話、などという……えらく遠回しな敵対の宣言を。


「……はぁー……ウソでしょ? 最ッ高にサイアクだわ。なんで気付かなかったんだろ、私……。あんた、あん時の……」

「久しぶりね、タイダル。そう、私はクリムロウズ……お前と、シルーナがグチャグチャにしてくれた花園の主」


 そのクリムメイスが、かつてシルーナと共に対峙した別の世界の絶対王者と知って、ハイドラはぐしゃぐしゃと頭を掻き毟り、そんな彼女を見てクリムメイスは、まあ、気付かなかったのは私もだが、と付け加えながら懐から対リヴ戦で用いていた短刀を取り出して構える。

 現在のSTRとDEVに大きく振ったパワフルなビルドに見合わない短刀というその武器は、彼女がかつて『紅薔薇の騎士』と呼ばれていた際に用いていたキャラクター……このゲームでいうところのDEXとINTに大きく数値を振ったキャラクター『クリムロウズ』が用いていた武器種だ。


「その話とこの状況がどう繋がるのかは……よくわかんないけど。……戦わなきゃダメなんだよね」

「悪いが、そうなるな。ウィン。……VRMMOにプレイヤー間の公平性が求められればな、こうはならなかっただろうに」


 寂しそうな表情を浮かべたウィンに対し、もはや諦めに近い感情を抱いたクリムメイスがウィンの言葉に首を振る。

 ……かつて、コンシューマゲームが主流であった時代は特定の装備やスキル等が強すぎた場合、それらを下方修正してゲーム全体のバランスを取るのが当たり前であった。

 だがしかし、この『VRMMO』という奇妙なゲームジャンル……リアルでは得られぬものを仮想空間に求める者達が身を投じるゲームジャンルにおいて、なんらかの突出した存在は……英雄視され、特別視されることで、修正の対象とはならなかった。

 無論、それが誰にでも行き渡るようなものであれば修正は免れないが、そうでないのであれば……むしろゲームを彩る絶好のスパイスと成り得てしまう。

 『群れ砕きシルーナ』による既存ギルド全滅事件―――それが、伝説的な偉業として囃し立てられ、少しばかりの非難を掻き消したのが何よりの証拠だ。


過ぎた存在(ゲームチェンジャー)が生まれないように、芽は早急に刈り、そして、そのためならば自らはその忌避する存在(ゲームチェンジャー)にすらなってみせる、と。そういうことですのね?」

「ああ。―――とはいえ、本音は……やはり、違うかな。ただ、もう私は負けたくないんだ。まだ私の背に……『紅薔薇の騎士』を重ねてくれる仲間のために。二度と!」


 これは一種のけじめだよ、なんて言うクリムメイスの顔をカナリアは一瞥した後に、静かに目を閉じて―――。


「……分かりました。仕方がないですから戦争しましょう、クリムメイス。―――もう、とっくに話し合いで済む段階は過ぎてますものね」


 ―――ダスクボウと肉削ぎ鋸を構えて、再び、少しだけ寂しそうな笑みを浮かべる。


「……ったく、あんた、おかしいわよ。数的不利がどれだけ響くか……分かってんでしょ? さっきの戦い見て」


 酷く静かな開戦の狼煙をカナリアが上げた後、ハイドラが深い溜め息を吐きながら肩を竦めるが……それは仕方のないことだった。

 【騎士】の力を賜与されたプレイヤーは、一部の状況で―――まさに今回のイベント中は―――同じ種類の【騎士】の力を持つプレイヤーに対し常にフレンドリーファイアがオンとなる……その仕様を考えれば、確かにカナリアの持つ【戦争】の力を最も奪える位置にいるプレイヤーはクリムメイスだと言える。

 だが、同じく賜与された他の二名……ウィンとハイドラがカナリアを裏切るつもりがさらさら無いのだから、この戦いが三対一になるのは当然であり、先のジゴボルトとの戦いを見れば分かる通り、このゲームにおいて数的有利不利は絶対的だ―――。


「ああ、だから私は勝てる」


 ―――そんな分かり切ったことを口にしたハイドラを見て、自信に満ちた笑みを浮かべたクリムメイスが右手を上げる。


「それじゃあ、俺達は行くぜ。……上手くやれよ、シヴァ」

「了解ですにゃ」


 それは仲間達を呼ぶクリムメイスの号令なのだろう……と、自分の隣で静観していたリヴが立ち上がったのを見てシヴァは考える。

 ……今回、『フィードバック』は三つの部隊に別れて行動することになっていた。

 その内、シヴァは後方から遠距離攻撃を仕掛ける部隊であり(付け加えるならシヴァはその部隊の隊長でもある)、リヴはシヴァ達よりは前に出つつも自分達より後ろにカナリア達が行かないように守りを固める部隊だ。

 そして、残る最後の部隊が―――。


「……よしっ。やりかえす、やられたら、きっちり! スマートに!」

「ひとつ言いたい、のだけれど。イーリ、やられたら単純にやりかえそうとするのは、全然スマートじゃないと思うわ?」

「うっさい! なにがスマートでなにがスマートじゃないかは、私が決めることにしてるの!」


 ―――フレイジィを含む近接戦闘のスペシャリストと、大盾を装備したタンク職の部隊であり、彼女達はリヴ達より更に前に出ることになっているので、ゆっくりと歩みを進めるリヴを後ろから追い越して前に出ていく。

 ……なお、イーリは勿論ながら近接戦闘のスペシャリストでもなんでもないが、フレイジィがイーリと一緒の部隊ではないとイヤだと駄々をこねるので彼女は最前線に立たされることになっており、彼女の戦闘意欲は既に死んでいる。


「ヘッ、絵に描いたような最悪のケース。どうにもカミサマはお前のことが嫌いらしいな、クリム!」


 三つの部隊が綺麗に配置についた後、その中から相も変わらず中身があるのか無いのか分かり辛い闇の言葉を吐きながらリヴが前に出て、他の三人から距離を取られたクリムメイスの横に並ぶ。


「遅れた挙句、なんだ急に……なにが言いたいのか全然伝わってこないぞ、リヴ。ちゃんと分かるように言え」

「こういうのは人に言われて分かってちゃ意味がねーんだよ、バーカ」

「はぁ~!? ってか、あんたバカバカ言い過ぎなんだけど!?」


 大分遅れてやってきたクセにリヴが不機嫌そうな顔で自分を罵倒するものだから、クリムメイスは彼に確かなストレスを感じつつも……彼に構っていれば話が進まないと知っているので、溜め息だけひとつ吐きつつカナリアへと向き直る。


「やっぱクリムメイスさんは『フィードバック』のスパイだったんだ……」

「正確には違う。私は『フィードバック』の真の姿である『若螺旋流組』という組織―――二度とシルーナのような存在が現れないようVRMMOの秩序を保ち続ける組織のリーダーとでも言うべき存在だ」


 自らの周囲を囲む面々の中に、なんだか分からないがとりあえずカナリアに仕返しできるならそれでいい、といった様子で並んでいるフレイジィとイーリを見つけたウィンの言葉に対し、クリムメイスが少しばかりの訂正を入れる。

 自分こそは『わからせてやりたいVRMMOのメスガキランキング総合wiki』を作成・管理し、その名の通りVRMMO内にてメスガキに大人の恐ろしさをわからせてやりたいと願い続ける危険思想を持つ集団の長……『スレッド・ワーカー』なのである、と。

 ちなみに言うまでもないがシヴァは『若螺旋流組』等という組織の名前は今初めて聞いたし、気付いたら訳分からない集団の仲間にされていたことに戦慄した。

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― 新着の感想 ―
「やっぱクリムメイスさんは『フィードバック』のスパイだったんだ……」 「正確には違う。私は『フィードバック』の真の姿である『若螺旋流組』という組織―――二度とシルーナのような存在が現れないようVRM…
「その話とこの状況がどう繋がるのかは……よくわかんないけど。……戦わなきゃダメなんだよね」 「悪いが、そうなるな。ウィン。……VRMMOにプレイヤー間の公平性が求められればな、こうはならなかっただ…
[一言] いや、ここはこれだな… 「分からんのか?ゲームチェンジャーなんだよ。やりすぎたんだ、お前はな!」 「力は持ちすぎるものは、全てを壊す。お前もその一人だ」 「力を持ち過ぎたもの、秩序を破壊する…
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