表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/162

120-咲き誇るダリア、最上層にて その5

「『パルステンペスト』よォ~~~ッン!」


 素手による『パリィ』でハイドラの攻撃を弾き返したジゴボルトが静かにその名を告げた雷術は、名前の通り〝嵐〟を巻き起こす上級―――否、上級を超えた特級の雷術。

 膨大なMPを―――最低限のHPを確保した後、ひたすら振り続けたMPの半分以上を消費し、その全身をバレリーナのように超高速で回転させながら放たれたその雷術は、ジゴボルトを中心として無数の光の球を放ち、それらが弾けて周囲に小さな『パルスブラスト』を撒き散らす……というものだった。


《やっば、嵐―――!》


 俗に〝嵐系〟と呼ばれ、コンシューマ時代から各属性ごとにひとつは必ず存在した膨大な攻撃範囲を誇る大型の魔法。

 通常であれば発動までのラグタイムや、消費MPに対する一発一発のダメージの低さから対プレイヤー戦ではあまり輝くことはなく、プレイヤーよりも大きな体を持つボス戦などで重宝されるそれは、『寄虫覚醒』を用いたジゴボルトが用いることによって、一瞬で周囲に部位破壊を伴うダメージをばら撒くことが出来る凶悪な術と化していた。


「ンフフフフフ……子猫ちゃんたち、知らなかったみたいね? オトナのオンナってすごぉ~っく怖いのよンっ♪」


 例えその嵐に吞まれようとも、『パルステンペスト』にはアリシア・ブレイブハートの『フェイタルエッジ』のような致死部位をも破壊する効果は付与されていないため、それによって即死したりなどはしない。

 だが、身に纏っている装備や四肢……それらを全ては破壊され尽くされることには変わりはなく、それは凡そ即死といっても間違いではないだろう。

 故に、その一撃で全員を屠れたと判断したジゴボルトは、地面に転がることしか出来ないカナリア、クリムメイス、ウィンを回転の勢いを殺しながら順に眺めて愉しそうに笑い。


「ンッ? ……あンッ!?」


 そして、なにかが足りないことに気付くと同時、その腹から一本の刃を飛び出させることになった。

 それは細身の女性でも思わせる白い刃―――。


「……オッサンこそ知んなかったの? 聖剣は死なないのよ」


 ―――その名は銀聖剣シルバーセイント、ハイドラのためにダンゴが最初に打った剣。

 ……そう、ハイドラは自分に飛来した『パルステンペスト』をシルバーセイントで防いでは『応急修理』を行い、また、防ぐと同時に『応急修理』を用いて『ジャストリペア』を発動させていたのだ。

 故に、ようやくジゴボルトが見せた油断を咎める、その背後からの奇襲の一撃はジゴボルトのHPを削り切るに十分であった。


「だァれがオッサンじゃメスガキぃ……」


 背より貫かれたままに、その身体を粒子化させていくジゴボルトが低い声で呟くが……ハイドラは心底面倒くさそうな顔で、いやオッサンでしょ、と呟くと一気に銀聖剣シルバーセイントを引き抜く。


《……やば、ウソ! もしかして……ウィンたち勝っちゃった!?》


 支えを失い、地面に倒れ込むと同時にバラバラに砕け散ったジゴボルトの身体を見届け―――四肢を捥がれ、完全に人食い虫の類にしか見えない形状となったウィンが驚きの声を(相変わらず脳に優しくない念話で)あげる。


「まだ勝ってない! まだあの二人が―――」


 しかし、勝利に喜ぶウィンに対しクリムメイスが注意を呼び掛ける。

 ……そう、『クラシック・ブレイブス』の面々はジゴボルトの『パルステンペスト』を上手く捌いたハイドラを除いて全員が四肢を失っており、一方で『グランド・ダリア・ガーデン』には丁度いまローランの手によって頭部を引き抜かれて死に至ったサベージと、それより前に下半身を踏みつぶされて死んだらしいスザクがまだ残っている。

 いや残っていたがもう死んでいた。


「―――ええ! あたし達の大勝利よ! やったー! ばんざーい! あはは!」


 人間が怪獣の手で惨殺された光景から目を逸らしてクリムメイスがゴロゴロと転がって喜びを表現する。

 両手両足を失った人間のボディランゲージのなんと貧相なことか。


「はぁっ……終わってみれば短い戦いだったけど、そこそこキツかったな……」

「にぎゃっ!」


 唯一五体満足で勝利を迎えたハイドラが(転がるクリムメイスの腹をぐりぐりと踏み躙りつつ)腰に手を当てながら大きく息を吐く。

 試合時間こそひとつ前の戦い……『フィードバック』との戦いの方が長くはあったが、『グランド・ダリア・ガーデン』との戦闘はメインの敵であったアリシア・ブレイブハートとジゴボルトの両方が一度の被弾すら許さない類の敵だった為、その身体に蓄積した疲弊具合は尋常ではなかった。


《貴様らが、我の試練を突破したか》


 そんな厳しい戦いを乗り越え、やや疲労困憊気味なカナリア達の脳裏へと、休む間も無くイベントの開始時に一度聞いた男の声―――【戦争の騎士】のものだ―――が響き、直後、彼女達の頭上に件の翼竜が姿を現す。

 一瞬、もしやこの四肢が無くなったままでイベントを進めるのか? と全員が冷や汗を流すが、そこは当然ながら勝敗を決したことで状態のリセットが行われ、カナリアとクリムメイスは四肢を取り戻し、ウィンはそこに加えて人間の姿も取り戻す。


《……賞賛の言葉などは無い、貴様らには不要だろう? だから、黙って受け取るがいい》

「うわでた、クロムタスクの武人特有のヤツ……」


 仮にも幾人ものプレイヤーを撃破し、此処にまで至った自分達に対し【戦争の騎士】は言葉通り一切の賞賛を送らずに(そして不貞腐れたようなウィンの言葉もガン無視し)、ただただ……一枚の金属製の羽根を送った。

 赤い炎に焼け続けるその羽根は間違いなく【戦争の騎士】の一部であり、このゲームをプレイする者達の中で僅か5組しか得ることの出来ない【騎士】の力のひとつだ。


「……で? これをあんたは掠め取ろうっていうわけ?」


 四人の前でふわふわと浮かび続ける炎の羽根を見ながら、腕を組んだハイドラが不機嫌そうな声色でクリムメイスへと問いかける。

 ……この場の全員がもうハッキリと理解したことだが、間違いなくクリムメイスは現在ゲーム内最大規模の連盟……『フィードバック』と繋がりがある。

 なればこそ、彼女の目的はこの【騎士】の力を奪い取り『フィードバック』に持ち帰ること……なのかもしれない。


「……あたしは別に力を分けてもらえればそれでいいかな」


 今まで『クラシック・ブレイブス』には流れることが無かったひりついた空気―――それは間違いなく、クリムメイスには探れない腹の内があるとカナリアもウィンも、ここに来て確信したからこそ流れた空気だったが……そんな中にあってクリムメイスは普段通りの笑みを浮かべて首を振ってみせた。

 イベント前に告知されていた通り【騎士】の力を得たプレイヤーは、己がパーティーを組んだ相手に対し力を『賜与』することが可能であり、どうやらクリムメイスはそれで充分なのだという。


「……ふん。見え透いたご機嫌取り」

「もう、そういうハイドラはどうなのよ?」


 クリムメイスのその答えが気に食わなかったらしいハイドラが腕を組んでそっぽを向き、そんなハイドラを見てクリムメイスはやや頑なに過ぎる彼女の態度に不貞腐れたように唇を尖らせてみせる。


「はぁ? いるわけないでしょ。ハナから興味ないしね」


 だが、ハイドラは一瞬たりとも悩まずにぴしゃりと言い切って見せた。

 元から兄より与えられた装備や力以外に興味を中々示さないハイドラにとって、イベントで優秀な成績を収めた報酬として与えられるこの力にはそこまで魅力を感じないらしい。


「えー! ウィンは欲しいけどなあ。色々と面白いこと出来そうだし……」


 一方、いらない、と言い切ったハイドラを見たウィンは『それを捨てるなんて とんでもない!』とでも言いたげな表情で声を上げた。

 まあ、確かにお前はそうだろう……とこの場の全員が思う。

 なにせ、近頃のウィンは怪獣の冷却器官に舌を突っ込んで中身を啜るほどには力に対し貪欲だ。

 そしてまた、カナリアと本人以外のふたりは思う。

 カナリアの次に力を与えるとヤバいのはこの明るくて気さくでちょっと臆病な少女っぽく見える宇宙生命体だろうな、とも。


「ま! でもやっぱ、ウィンも『賜与』でいいかな~、だってこれを取るべきは……ねっ!」


 近頃急激にクリムメイスとハイドラから評価をひっくり返されているウィンが笑顔をひとりの少女へと向ける。

 カナリア―――。

 この連盟『クラシック・ブレイブス』の長であり、アリシア・ブレイブハートを単独で撃破し、サベージとスザクを片手間すら煩わさずに処理したことで同連盟を勝利に導いた少女へと。

 戦績から見るに、この力を持つには間違いなく彼女が相応しい……現状でもゴチャゴチャと色々な力を行使できるのに、ここに加えて【騎士】の力などという物を持てばなにがどうなるか分かったものではないが―――ごった煮に一品ぐらい追加してもごった煮はごった煮のままで通せるのだし問題はない。


「……んぇ? ああ、ええ……皆様がわたくしでいいのなら」

「なによ、あーんま嬉しそうじゃないわね?」


 だが、他のメンバーより異論無しで力を受け取るべきと暗に言われたカナリアは眉間に皺を寄せながらぐりぐりとこめかみを揉んでおり……クリムメイスが目を細めながら口にしたように、まるで嬉しそうではない。


「いえ……嬉しいとか、嬉しくないとかではなくて……単純にアリシアさんとの戦闘で結構疲れまして、喜ぶ元気がないというか……」

「あー……まあ、確かに……そこそこずーーーっと戦ってたしね……」


 はあ、と大き目な溜め息を漏らすカナリアがゲーマーという人種ではないことを良く知っているウィンは力無く笑い、頬を掻いた。

 いくら途中の大半の戦いがローランに任せっきりだったとはいえ、イベント開始から常に戦闘続きの挙句にラストはアリシア・ブレイブハートと一騎打ち……そりゃつれぇでしょ、と、思いつつ。

 ……実際にカナリアが疲れているのは別の理由なのだが、彼女はわざわざ此処で口にすることでもないな、と考えてウィンの言葉に対し曖昧な笑みを返すに留める。


「それならもうとっとと手に入れちゃいなさいよ。ここからまだ10分は戦わなくちゃならないんだし」


 目に見えて疲労困憊なカナリアに少々心配そうな目を一瞬向けた後に、それを悟られないように目を逸らしたハイドラが無情な事実を突きつけてきた。

 ……そう、まだイベントは終わってはいない……【騎士】の力を入手した後10分間、他のプレイヤーには【騎士】の力を入手したプレイヤーを殺害し、その力を『簒奪』する権利が与えられるというのだから。


「……では、頂きますわね」


 ハイドラの言葉に対し、確かに、と頷きを返したカナリアが暇を持て余すように浮いていた炎の羽根を手に取る。

 すると、瞬間、カナリアの周囲に赤い炎で描かれる幾何学模様が浮かび上がり―――。


『【戦争】の力を賜った』

『この力は一度行使すれば72時間、再使用が不可能となる』

『21日間における合計プレイ時間が3時間を下回った時、この力を行使する権利は失われる』

『あなたは仲間にこの力を賜与することが出来る……ただし、賜与された者はあなたをいつでも裏切ることが出来る』

『そして、この力は最も強き者に帰属する。裏切った者に負けることなどがあれば……』


 ―――いくつかのメッセージがカナリアの視界に浮かび、そして最後に一度力を賜与した相手からは翌日まで力を奪えない、という注意書きと共に力を『賜与』する相手を選ぶウィンドウが表示された。

 カナリアは誰に力を賜与するかを考えることにする。

 まずリアルを知っているウィンは迷わずに与えて良い相手だ。

 そして関心が薄そうな(かつ後ろに控える兄が連盟内では穏健極まりない)ハイドラもまた同じ。

 唯一、少々躊躇いを覚えざるを得ないのはクリムメイスだが……。


「まあ、別にいいですわよね」


 カナリアは特に気にすることなくウィン、ハイドラ、クリムメイスの三人に【騎士】の力を賜与することにした。

 それほど迷わなかったカナリアが『決定』のボタンをタップすると、その胸から赤い炎が三つ飛び出しては、ゆっくりと分け与えた三人の胸へと吸い込まれていく。


「ぃやった! んふー……どんな力なのかなあ~!」


 まず最初にリアクションをしたのはウィン。

 年頃らしく新しい力に対する期待で胸がいっぱいだ、といった様子。


「いらないつったのに。……まあ、くれるんなら貰うけど」


 続いたのはハイドラ。

 余計なことを、とでも言いたげな言葉とは裏腹に口元が少しばかり嬉しそうに緩んでいる。


「――――――。」


 最後にクリムメイス。

 ……だが、彼女は目を見開いて固まっていた……予想外だ、とでも言いたげに。


「まさか、この場で貰えるなんて」


 心底意外そうに、胸に手を置いたクリムメイスが誰とでもなく呟く。

 ……そう、クリムメイスは例えカナリアが自分に力を与えることがあったとして、それは少なくとも【騎士】の力を横取りしようとするプレイヤーが現れるであろうラスト10分を過ぎた後だと考えていた。

 その後であろうが、賜与されたクリムメイスが裏切ればカナリアを殺害して【騎士】の力を簒奪できることには変わりはないが……それでも、最も危険であるこの最後の10分を過ぎた後でなければ自分へは力を賜与することは無いだろうと。


「……ふふっ、クリムメイス。わたくし、あなたが思っているよりもずっと……あなたのこと、慕ってますのよ?」


 目を丸くしたクリムメイスへとカナリアが何処か儚げな笑みを浮かべながら言う。

 それは、とても優しく温かく―――。


「そう、なんだ」


 ―――故に、クリムメイスは笑うしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
『【戦争】の力を賜った』 『この力は一度行使すれば72時間、再使用が不可能となる』 『21日間における合計プレイ時間が3時間を下回った時、この力を行使する権利は失われる』 『あなたは仲間にこの力…
「ま! でもやっぱ、ウィンも『賜与』でいいかな~、だってこれを取るべきは……ねっ!」  近頃急激にクリムメイスとハイドラから評価をひっくり返されているウィンが笑顔をひとりの少女へと向ける。  …
《……賞賛の言葉などは無い、貴様らには不要だろう? だから、黙って受け取るがいい》 「うわでた、クロムタスクの武人特有のヤツ……」  仮にも幾人ものプレイヤーを撃破し、此処にまで至った自分達に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ