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012-仮想現実にて、後輩と

「えぇっと、待ち合わせはこの噴水で良かったよね」


 待ち合わせ場所に到着した旨のダイレクトメッセージを、ゲーム内よりゲームハードに予めインストールされているチャットツールを用いて勇 小鳥こと、カナリアへと送る少女が一人。

 彼女の名前は新葉 初香―――オニキスアイズの中では〝ウィン〟という名を使っている。


(小鳥、だから〝金糸雀(カナリア)〟かあ。オシャだなあ)


 ダイレクトメッセージを送った相手……勇 小鳥のキャラクターネームの由来が少しばかり洒落たものなのに思わず感心し、うんうんと頷くウィン。


(それに比べて……)


 ……だったのだが、一方で自分の名前は―――〝うい〟や〝ういちゃん〟と呼ばれることが多いため、それを少々もじっただけの〝ウィン〟という名前は―――お世辞にも凝った名前とは言い辛いものだとも気付き、ちょっち安直だったかあ~、と呟きながら肩を落とす。


「お待たせしましたわ!」


 そんな彼女へと背後から声が掛かる……姿は見えずとも、その声とフィクションめいた特徴的なお嬢様口調を聞けば、その人物が誰かは明白だ。

 故に、ウィンは笑顔で振り向く。


「せんぱ―――えっ誰」


 そして目の前に現れたのは、金に黄昏色のメッシュというドギツく毒々しい警戒色の髪を揺らす、背に大弓を背負った露出の激しいボディコンシャスな防具を装着した謎の人物であった。

 ウィンは突如出現した謎の人物に思わず困惑し、率直な意見を口にしてしまう。


「え、普通に先輩ですわよ」


 硬直するウィンの言葉に対し、その謎の人物……カナリアもまた困惑したように小首を傾げる。

 普通に先輩だと言われてみれば確かに挙動や声、そして顔付きは間違いなくウィンのよく知る小鳥と合致していた……が、その圧倒的すぎる露出度を誇る衣装と目に刺さる髪色は普段の小鳥の様子からは想像できない衣装と髪色であり、普通に先輩ではない。

 とはいえ、数秒見ていればウィンの中で彼女は普通に小鳥なのであると理解し始め、目の前の少女が小鳥なのであると理解できると次に抱く感想はたったひとつだった。


「せ、先輩……先輩、先輩!? ヤバいっしょ!? それ、その! その装備!? む、胸! 胸!!」

「胸だけじゃなくて背中もめっちゃ空いてますわよ!!」

「なんでそんな嬉しそうに!?」


 それは『先輩肌晒しすぎ』である。

 幼馴染の姉が胸と背中をばっくり晒した衣装を着ていれば、まあそういう感想を抱くのが普通だろう。


「というか、えーと、ウィン? このゲームは17歳以上対象であって18歳以下禁止ではないのですわよ? なにも気にすることはありませんわ!」


 顔を真っ赤にして自分の胸元を指差すウィンに対し、カナリアは自信満々に頭を振る。

 そう、最早彼女の中では『18禁じゃないゲームで出来る格好=ゲーム内であれば人前に晒しても一切恥ずかしくない格好』という認識になってしまったので、この装備に対する恥じらいは一切無い。


「いや、いや、いやいやいや、いや、まあ、まあまあ……そう、そうだけど……そう……ええ? そう、そうかなあ……本当に……? いやでも先輩がいいなら別にいいかな……ウィンが困るわけじゃないもんね……」


 あまりにも堂々とするカナリアの姿にウィンは自分が間違っているような錯覚を覚え、それを正しいと思い込もうとしたが、それは少々無理があったので気にしないということに落ち着くことにした。

 どうせゲームなのだし……と。

 そう、どうせゲームなのだから、気にすることはない。

 ゲームはゲームでもVRゲームであり、間違いなく気にしたほうがいいとは思われるが、いやそれでもゲームなのだし。

 気にすることはない。

 これはリアルではない、ゲームだ。


「そういうあなたはもしかして、まだ初期装備ですの?」


 妹の友人より開幕外見指摘攻撃を受けたカナリアが仕返しとばかりにウィンの装備を指差す。

 胸と背中が全開なボディコンシャス防具を装備しているカナリアと打って変わって、ウィンの装備は露出度の一切ない野暮ったいローブである。

 それはレプスとの初ダンジョン攻略を終えた後にプレイヤーが受け取れる三種の初期装備のひとつであり、魔法を使用した遠距離戦を望んだプレイヤーへと与えられる装備だった。

 なぜかカナリアもその装備を持っているが、気にすることはない。


「あーうん。なかなか魔法使い用の装備なくってさぁ……」

「それなら丁度いいものがありますわよ! ほら!」


 困ったような表情を浮かべたウィンを見たカナリアが、ぱん、と手を叩いてインベントリからひとつの装備を取り出して広げる。


「ナルアのおさがりですわ!」


 それはナルアの装備一式だった。


「えぇっ!? や、やだ! いらない! なんか呪われそうじゃん!」


 カナリアの辿るストーリー上でナルアが既に死んでいることは聞いていたが、こうして改めて目の前に死んだ証拠ともいえる彼女の遺品を出されれば改めて恐怖を感じるというもので、ウィンはブンブンと首を振って拒絶する。


「え、でも、呪われた装備はいまのところなんのデメリットもありませんわよ? ほら、この指輪たちとか……」

「ひぃい!? なんてもん装備してんのマジで!?」


 そんな様子のウィンへとカナリアは、自らの指にはめた呪われた指輪二種を見せ、その二種の指輪がそれぞれレプスとナルアが身に着けていた指輪だと気付いたウィンはカナリアの神経の太さに震えあがる。

 もしかして、ヤバイ相手を頼っちゃったかな? と考え始めたウィン。

 実にその通りだ、間違いなくヤバイ相手を頼っている。

 ……が、ウィンは普段のカナリアの性格をよく知っているし、日常生活においてはそこまで異常な点は見られなかったのだから、これもきっとなにかの間違いだ。

 ウィンはそう自分に言い聞かせることにした。


「とっ、とにかく『小鬼道』行こうよ! ねっ!」

「えっでもこのナルアのおさがり」

「いいからいいからいいから! も、もっといい装備手に入るってきっとたぶん!」


 不思議そうな顔をするカナリアの背中をグイグイと押すウィン。

 そんな彼女の一言を聞いてカナリアは確かに、と頷く。


「そういえばレプスの装備も防具はゴミみたいに弱かったですわね。……うん、確かにダンジョンを攻略したほうが強い装備手に入りそうですわ! 行きましょう!」


 そう、カナリアは思い出したのだ、レプスの防具が持っていた強烈なデメリット効果を……そして、自らが今身に着けている装備はどこで手に入れたものなのかを。

 ならば『小鬼道』とやらにとっとと挑んで、そこでなにか新しい装備を探したほうが建設的といえよう。

 カナリアは元気よく右手を天に突きあげて進み始めた。

 そんなカナリアの背を見てウィンはひとまず死人の装備を着させられることから逃れられたことに安堵の溜め息をひとつ吐き、額の汗を拭い―――そこで気付く。


「え、待って」


 おかしい、確かにカナリアがレプスを殺害したのは聞いたし、ナルアが死んでしまったのも聞いた―――だが、『殺したこと』と『装備の性能を知っていること』、『死んでしまったこと』と『装備を所持していること』は単純にはイコールでは結べないな、と。


「先輩、レプスちゃんとかナルアちゃんの装備。どこで手に入れたの?」

「……はい? それは当然、死体から手に入れましてよ?」

「えっなんで」

「へ? だって死人に財は必要ないでしょう?」


 なにを当たり前なことを、とでも言いたげな表情で小首を傾げながら振り向くカナリア。

 まあ、確かにそれはそうではあるが、そうなのだが……なにも間違ってはいないのだが……だからといって、死体から剥ぎ取って我が物顔で装備するのが普通とは言い難い。

 こと、VRMMOというゲームジャンルにおいては、特に、特に……。


「あはは……ウィンのことは綺麗な死体のまま葬ってね……」


 ウィンは思わず震えた声でカナリアに懇願し、気付く。

 目の前の少女は自分のよく知る少々風変りながらも面倒見の良い姉貴分の『勇 小鳥』であるようで、自分のよく知る『勇 小鳥』ではないのだと。

 彼女の名前は『カナリア』であり、必要とあらば人命を容易く奪い、死人から財を奪うことに躊躇いを覚えない、恐るべきハイエナなのだ。


「ふふっ、面白いこと言いますわね、ウィン」


 そんなウィンが自分に恐れを抱いている―――だなんて、当然気付くはずもないカナリアが振り向きながら微笑む。


「あなたは殺す必要がないじゃないですの、いやですわねえ」


 そして、変なことを言わないでくれ、とでも言いたげに頬に手を添えた……が、そもそも誰も『殺さないで』とは言っていない……むしろ必要があれば自分ですら殺すというのか?

 十年来の付き合いでも知らなかったカナリアの一面を見たウィンは、もう無言で顔を両手で覆うしかない。

 海月ぃ……あんたのお姉ちゃん怖いよぉ……。

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