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118-咲き誇るダリア、最上層にて その3

「させるか! 『フェイタルエッジ』、『グラップル』!」

「むっ! そういうのもありますのね……」


 だが勿論、その妖精が危険―――とまでは言わないが、厄介であることはアリシア・ブレイブハートも先程クリムメイスを仕留め損ねた際に理解しており、呼び出したばかりで動くこともままならない欲狩へと投擲槍『キトゥンゴア』を投げつけて撃破してみせる。

 自らと同じHPを誇り、早々削り切られることがない欲狩だが、部位破壊ダメージを受けると即死するらしいことはカナリアも分かっていたが……彼女が投擲槍を用いれば距離が離れていても『フェイタルエッジ』を扱えることは少々想定外だった。


「『シールドチャージ』!」


 とはいえ、その想定外の一撃を使わせられたことは大きい……そう判断し、素早く切り替えたカナリアへ向けて、アリシア・ブレイブハートが右手の中盾を前に突き出しながら突撃を始める。

 そう、アリシア・ブレイブハートは彼女を象徴するスキルのひとつ―――『シールドチャージ』を発動し、少しばかり開いていたカナリアとの距離を一気に詰め始めたのだ。


「『落日』!」


 それに対し、カナリアは滅多に使用しない(そもそも早々使うような場面が訪れない)『加速』のコストを『夕闇の供物』によってHPから支払って発動するスキル……『落日』を用いて、アリシア・ブレイブハートの攻撃範囲からするりと抜け出し、HPを100支払ったことによって得た2秒間の加速時間をフルに使って肉削ぎ鋸を素早く構え、一撃放つ。


「へぇ! 少しは動けるようで!」

「ふふふ、お褒め頂き光栄ですわ」


 振るわれた一撃を素早くダリアステインで防ぎ、アリシア・ブレイブハートは素早くブラッキィマリスを突き出す―――が、それをカナリアは最小限の動きで回避し、更には即座に斬り返してみせた。


(……っ、思ってたより動きが良い)


 カナリアという人物は、今までに残った映像から考えるに、自らを守る堅牢な障壁に頼り切ったテクニックの一切介在しないごり押しばかりで細かな動きは苦手、そうだと思っていたアリシア・ブレイブハートはその小器用な避け方に少々驚く。

 だが、だとしても。


(誤差の範囲内だっ……!)


 それは然程問題にはならない、と、そうアリシア・ブレイブハートは判断した。

 やはり普段はクロスボウと大弓での戦闘がメインであることが災いしているのだろう、カナリアの動きは先程自分とジゴボルトを同時に捌いていたハイドラと比べればどうしても稚拙で、遅い。


(右、左、右、右、引いて、右、左……ここだ!)


「『パリィ』!」


 故に、アリシア・ブレイブハートがカナリアの動きを見切るのにはそう時間は掛からず、アリシア・ブレイブハートは完璧なタイミングでカナリアが振るっている肉削ぎ鋸をダリアステインで受け流す―――。


「『落日』!」

「なッ」


 ―――否、受け流そうとした。

 しかし、インパクトの寸前にカナリアは自らの肉削ぎ鋸をインベントリに格納し、更にその身体を加速させて素早くアリシア・ブレイブハートの左側へと飛び込んできた。

 その瞬間にアリシア・ブレイブハートは気付く……カナリアは自分を誘うべく、甘い動きをわざわざしていたのだと。


(だけど、どうして……!)


 だが、それでもアリシア・ブレイブハートは腑に落ちなかった。

 確かにアリシア・ブレイブハートが『パリィ』を使用してから、実際に武器を弾かれるまでは一瞬のタイムラグは存在する。

 しかし、その瞬間に自らの装備を解除するなど、アリシア・ブレイブハートが予めそのタイミングで『パリィ』を使用すると分かってなくては不可能であり、そんなものは分かりようが無いはずだ。

 唯一可能性として挙げられるのは、カナリアもまた自分と同じように異常なまでに『目』が良く、自分の表情から読み取った……というものだが―――。


(……ありえない! 国内であの治療を受けたのは私の他に二人だけだもの……!)


 ―――その可能性はまず有り得ない……そんな運命的な出逢いなど、そうそうないのだから。

 それに、そんなことを考えている場合ではなく、アリシア・ブレイブハートの左側に回ったカナリアは加速した身体を十全に活かして超至近距離での大弓による攻撃を狙っている。


「くッ! 『イクイップスイッチ』……っ!」


 かなりの至近距離から放たれた大弓の一撃―――だが、アリシア・ブレイブハートは右手のダリアステインと左手のブラッキィマリスを入れ替え、なんとかギリギリ防御を間に合わせる。

 が、相当無理な姿勢で大弓という武器種の一撃を受けた為に軽く足が地を離れる程度のノックバックを食らい、『シールドチャージ』を用いて詰めた分の距離と同じか……それ以上に離されてしまう。


「なるほど、そういうのも……『召喚:欲狩(サモン・ミミック)』!」


 またひとつアリシア・ブレイブハートが隠し持った技を曝け出させたカナリアは、距離が離れたことを良い事に再び欲狩を召喚―――今度は連続で2体召喚し、それらを素早くアリシア・ブレイブハートに向けて嗾ける。


「ちぃ、面倒ですね……! 『コールバック』、『フェイタルエッジ』、『グラップル』!」


 老人の笑い声のような不気味な声を漏らしながら自らへと向かって突撃してくる欲狩たちに対し、アリシア・ブレイブハートは素早く先程投擲したキトゥンゴアを手元に呼び出して再度投擲し、まず1体処理する。


(……待て、まさか、押されてる? この私が?)


 投げた槍によって呼び出された欲狩の片方を処理しつつも、アリシア・ブレイブハートは己の劣勢を、そして遠くない未来に自らが敗北する可能性に気付き始めた。

 それもそうで、いくらアリシア・ブレイブハートが一撃で欲狩を処理できるのだとしても、そのためには最も少ない手数でも『フェイタルエッジ』を一度、最も多い手数なら『コールバック』、『フェイタルエッジ』、『グラップル』を使用しなければならず、このゲームにおいてスキルを用いて発生したクールタイムというものは全スキルで共通となる以上、一手で召喚され、クールタイムが称号『反絆の召喚士』の効果で6秒まで短縮されているカナリアの『召喚:欲狩』に対し(いくら一つ一つのクールタイムが2秒にも満たないものだとしても)三手も使う必要があるのは分が悪いと言わざるを得ない。


(いやっ、まだ……! ならば私の手数を減らせばいいだけ……!)


 だが、いくら短縮されてるとはいえ6秒ものクールタイムを発生させる『召喚:欲狩』は、アリシア・ブレイブハートが『フェイタルエッジ』のみを用いて欲狩を処理するのならば、基本的にディスアドバンテージを伴う行為となる。

 なので、アリシア・ブレイブハートは残る1体の欲狩に関しては自分からも接近し、『フェイタルエッジ』で処理することにする―――。


「『フェイタルエッジ』……」

「そこですわ! 『ネゲイト』!」


 ―――そして、それこそが決して、してはならないミスだった。


「なっ!?」


 そう、カナリアはかつてアリシア・ブレイブハートが対キリカ戦で1度のみ使用した、直前に相手が使用したスキルを消費MPと同じだけのMPを消費することで効果を打ち消すことができるスキル『ネゲイト』を習得しているプレイヤーのひとりであった。

 このスキルは(言うまでもないが)MPの消費が存在しない戦技系のスキルを多く用いるSTRやDEXに多く振ったキャラクターに強烈に突き刺さるスキルであり―――当然ながら、アリシア・ブレイブハートにとって不意に用いられるその一撃は致命的だ。


「しまっ……」


 完全に自分に肉薄し、その口を大きく開いて触手を飛び出させた欲狩を撃退すべく『フェイタルエッジ』を使用したアリシア・ブレイブハートだったが、その刃に這わせた妖しい紫色の光が霧散したのを見て目を丸くして驚き、動きを一瞬硬直させてしまう。

 瞬間、そのアリシア・ブレイブハートの左腕に巻き付く欲狩の触手。

 STRとDEXに実に50ずつ振り分けている超極端なビルドをしているアリシア・ブレイブハートにとって、その触手による拘束は僅か1秒にも満たない隙しか作り上げないが―――。


「貰いましたわ!」

「イクイップスイッチ―――!」


 ―――その一瞬の隙があれば、カナリアが自らの得物であるクロスボウ……『ダスクボウ』による攻撃を通すには十分だった。

 アリシア・ブレイブハートは当然ながら『イクイップスイッチ』を用いて左手のダリアステインを右手に戻して防ごうとするが、直前に打ち消された『フェイタルエッジ』のクールタイムが僅かに残っており……間に合わない。


「くッ……!」


 故に、その右肩に深々と突き刺さる、たった一度の攻撃―――いくらクロスボウにしては高い攻撃力を持つダスクボウとはいえ、並みのHPを誇る相手であれば間違いなく決め手にはならない攻撃。

 だとしてもアリシア・ブレイブハートはSTRとDEXに50ずつステータスポイントを割り振っており、HPは初期値。

 そして、それが確実に一撃で死ぬようにカナリアのダスクボウは―――否、レプスのダスクボウは威力が調整されていた。

 カナリアのようにゲーム開始時点でレプスを殺害しようとする恐ろしい思考の持ち主を撃退するべく。


「よし―――」


 だから、綺麗に削り切られるアリシア・ブレイブハートのHP。

 ありとあらゆる生物を一撃で死に追い込む、恐るべき少女の敗北は存外呆気の無いもの―――。


「まだッ……まだです! まだ私は戦える! 譲るか、譲れるかッ! 絶対にィっ―――!」


 ―――では、ない。

 大きく後ろに揺れたアリシア・ブレイブハートが、しっかりと地面を踏みしめ、叫びながら姿勢を直してカナリアへの突撃を開始する。

 普段表示される、与えたダメージを表す赤い数字の代わりに、『0』と青い数字で表示されたことが証明するように、アリシア・ブレイブハートのHPは削り切られなどしていなかった。

 目視が不可能なほど微小ながら、数値にすればたった『1』ながら……だが、確かに残っていた。

 『アフター・グロウ』という、自らが死亡するダメージを受けた際に一度だけそのダメージをHPが1になるように軽減するパッシブスキルの効果によって。


「―――やはり、ただでは死にませんのね……!」

「『ラストリゾート』!」


 そして走り出したアリシア・ブレイブハートは残HPが5%以下でなければ発動できないという重い制約を持つ代わりに、45秒間全てのスキルで発動するクールタイムを0へと変更するスキル『ラストリゾート』を発動、彼女の周囲を黒い幾何学模様が走り始め……同時にその体が紅い光に包まれ、加速していく。

 『グランド・ダリア・ガーデン』に所属する生産職軍団のトップである少女、シーラが作り上げたアリシア・ブレイブハート専用の装備にして、この戦いに至るまで一度たりとて発動することが無かった彼女が纏う白い鎧……『シュラウド』に付与された能力『デスドライブアクセル』―――HPが5%を切った時、常時加速能力を得る効果が発動したのだ。


(二度も負けるっ? この私が、ありえない―――いや、負けない。負けたくない。もう負けない、イヤだ! 勝ちたい、誰にも負けたくない、アリシア・ブレイブハートは負けない! 最強なの! 誰よりも強くて、強くて、強くてッ!)


「これは私の―――夢なんだからッ!!」


 紅い残光を靡かせながらカナリアへと迫るアリシア・ブレイブハートの得物、ブラッキィマリスが紫色の光を纏う……『ラストリゾート』によってクールタイムという概念が無くなった今、彼女の振るう刃は全てが『フェイタルエッジ』であり、たった一度の攻撃でHPや防御能力に関わらず相手の命を絶つ。


「……っ『落日』! 『ラストリゾート』!」


 余裕など全て捨て去り、鬼気迫る表情で自らへと向かってくるアリシア・ブレイブハートに対し、カナリアは彼女の二つの〝はやさ〟に対抗するためHPを65%―――20000消費して『落日』を使用、『夕闇の障壁』で消費した10000、二度の『落日』で使用した200と合わせ、これでカナリアは30200のHPを代償にしており、残りは300……当然ながら彼女も『ラストリゾート』の使用条件を満たし、カナリアもまた、ここより90秒間全てのスキルによるクールタイムが0となる。

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― 新着の感想 ―
>自らと同じHPを誇り、早々削り切られることがない欲狩だが ミミックのHPは支払ったMPに比例するはずなので、カナリアと同じHPにする場合は、自身のほぼ全てのHPを代償にする必要があります。
「くッ……!」  故に、その右肩に深々と突き刺さる、たった一度の攻撃―――いくらクロスボウにしては高い攻撃力を持つダスクボウとはいえ、並みのHPを誇る相手であれば間違いなく決め手にはならない攻撃…
(……ありえない! 国内であの治療を受けたのは私の他に二人だけだもの……!)  ―――その可能性はまず有り得ない……そんな運命的な出逢いなど、そうそうないのだから。  それに、そんなことを考…
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