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114-ツークツワンク、第十三層にて その3

「フフフ……! シルーナの再来、などと……彼女に比肩する君をそう称しては失礼だったな! 」

「あーーー、それ以上喋ったら殺す、殺すから。絶対殺すわよ?」


 さながら、衝撃的な物語の結末を知ってしまって誰かに言いたくてしょうがない子供のように手を震わせてなんとか言葉を飲み込もうとするギンセ。

 それに対し、本当に忌々しそうに溜め息を吐きながらハイドラが余計なことは言うなと言う。

 そんな、傍から見れば一切なにも伝わってこないやり取りをするふたりを後ろから見ていたクリムメイスは素早くハイドラの側に駆け寄り―――。


「ね、ねえ。今の動きさ、もしかして、あんた……あの、シルーナの彼氏って言われてた……あの……!」

「だからそれ以上喋ったら殺すつってんでしょ! マジで黙って!」

「わああ……! そうなの、やっぱそうなんだ……! へええ……!」


 ―――そして、クリムメイスもギンセと同じくあるひとつの〝真実〟に辿り着いた。

 ……かつて彼女達が目にした、尋常ならざる力を持った少女……出来の悪い、古臭いネット小説の主人公のようだとまで言われた少女『シルーナ』。

 その隣に唯一立つことを許されていた謎の斧槍使いのイケメン……間違いなくシルーナの彼氏だし、間違いなく殺さねばならないと言われ続けた男『タイダル』の正体こそ、この少女(ハイドラ)なのであるという真実に。

 即ち、シルーナには彼女はいても彼氏など存在しなかったのだという真実に。


「くそっ……だから斧槍は使いたくなかったのよ! あんた、死んで責任取りなさいよねッ!」

「フフフ……! 私のシルーナが男を作って無かったと知れただけで死ぬ価値はあるというものだ……! まあ、死なんがね!」

「ほんとキモい! マジで良かったわ! あの子の隣に私が居て!」


 ……兄と自分が色々と似すぎていることを上手く利用し、自分が理想とする男性の姿になって兄に似せた声で自分に対する愛を囁く映像を撮ることで、至上の悦楽を得るという純粋な目的でハイドラが作ったタイダルというアバター(言うまでもないがダンゴが最初に使っていたアバターそっくりだ)だったが、なんやかんやあってゲーム内で唯一仲良くなった少女ことシルーナにこういったロクでもない男が寄らない抑止力になっていたのだと理解しつつ、ハイドラは素早い袈裟斬りを放つ。

 だが、それをギンセは元々知っていたかのようにするりと回避してみせた。


「確かに! 君の得意武器である斧槍を使えば私と君の力量差は埋まるだろう! だがね……だがねぇ! それは私にとって〝既知〟なのだよッ!」


 というのも当たり前で。

 なにせ、タイダルといえばシルーナをわからせたいと常々思い続けているギンセにとって最も邪魔な存在であると同時に、あんなにも強くて可愛いシルーナちゃんと常日頃からべったりな、殺意と化すに足る憎しみを抱くに十分な男だ。

 だからこそギンセは彼が戦う姿が残った映像は全て何百回と見直し、脳内で一日三百回は殺すイメージトレーニングをしている―――そして、それが今十全に活かされているのだから。

 というわけでギンセは、何度も繰り出されるハイドラの攻撃全てを最小限の動きで回避し……タイダルが―――ハイドラが唯一隙を見せる瞬間……呼吸を入れる瞬間を待つ。

 息を整えるその瞬間に、先程クリムメイスの手で阻止された一撃を叩き込むために。

 それこそが膨大な試行回数を誇る絶殺タイダルシミュレートによって導かれた勝利の方程式なのだから。


「ふん! 昔の私だけ見て全部分かった気にならないでよね! 言っとくけど、昔の私には無かったものが今の私にはあるのよ!」

「ほう!? なんだねそれは!」


 一瞬の勝機を待ち続けながら回避に専念するギンセへと、にやり、と笑みを浮かべて自信満々な様子で自分は変わった、と告げるハイドラ……。

 それを聞いてクリムメイスは気付く……自分こそが、自分という仲間こそが、『シルーナの彼氏』と称されているのにも関わらず、実際には女性プレイヤーであることすら知られることが無かった彼女の言う『昔の自分には無かった』ものなのだと。


「それはこのあたしよ!」

「気が散るから黙ってろクソツインテール! あんたなんか要らないわよ!」

「はい……」


 颯爽と戦いに加わろうとしたクリムメイスへとハイドラの怒号が飛ぶ……どうにも違うようだった。

 まあ、どの道ハイドラとギンセの攻防はクリムメイスが首を突っ込むには少々ハイレベルすぎるので、大人しく『雷槍』で横やりを入れる準備だけしながら静かに二人の戦いの行く末を見守ることにする。


「ふぅっ……!」


 ちょっとぐらい頼ってくれてもいいじゃんかさー、なんて言いながら密かにクリムメイスが若干いじける中、何度目かの攻撃の後ハイドラが大きく息を吐いて呼吸を整えた―――そう、ギンセが彼女の攻撃を避け続けて待ち望んでいた攻撃の瞬間が訪れたのだ。


「―――ッ! 銀流(しろがねりゅう)窮竜(きゅうりゅう)』!」


 その瞬間にギンセは〝∞〟の字を右上から描くように振るって右下に構える……という前兆動作無しに幾度となくリヴやクリムメイスを葬ってきた必殺の一撃……銀流『窮竜』なる技を放たんとする。

 自分を象徴する技であるが故に、普段こそ前兆動作を付けて見栄えを重視しているが、実際には別にスキルでもなんでもなくギンセが勝手に編み出した技なのだから前兆動作もクソもなにもあらず、それら全てをすっ飛ばして殺意だけを乗せるこの一撃こそが、ギンセが幾億回も脳内でタイダルを殺す最中に見つけ出した唯一の勝機なのだ。


「『イグニッション』!」


 が。


「ぬぅわあああああッ!」


 突如としてハイドラの握っていた斧槍の柄が小さな爆発を起こしたかと思えば、さながら如意棒のように伸びて攻撃に移ろうとしていたギンセの腹部を鋭く突き、それでも勢い収まらずに伸び続け―――そして、彼女の斧槍が本当の姿をギンセとクリムメイスに晒す。

 それは、無数の小さな柄を鎖で繋ぎ留めて一本の斧槍であるかのように見せかけてある仕掛け武器であった。


「チェイニングハルバード『ジャバウォック』、それがあんたを殺すこの武器の名前よ」


■□■□■


ギア・アームド【ジャバウォック】

基本攻撃力:240

STR補正:-

DEX補正:-

INT補正:-

DEV補正:-

耐久度:300

『武器活性:精撃』:カウンター攻撃の際に与えるダメージが50%上昇する。

『仕掛け【ボンド】』(消費MP5):武器の形状を固着させる。固着状態は衝撃で解除される。

『仕掛け【点火】』(消費MP5):小さな火を発生させ、同装備の『火薬』に着火する。

『仕掛け【起爆】(弱)』:同装備による『仕掛け【点火】』に反応して爆発する。

『仕掛け【爆霧】(強)』:耐久度を10消費し、炎属性に反応して爆発する粉塵を噴出する。


■□■□■


 『悪夢の魔晶』の効果をより発揮するために作られたウォン&キルと同じく、『火薬の設備』の効果をより発揮するように作られた武器……ジャバウォックをじゃらじゃらと垂らしながらハイドラがふふん、と鼻を鳴らす。


「お、オォオ……!」


 そんなハイドラの姿―――かつて仇敵と(一方的に)憎んでいた男……の中身であった少女の、得意げな……自分を見下したような……彼を含むフィードバックの人間の一部が異様に執着するその笑みを見て、ギンセは……。


「ふ、フフ……だが! そんな地に足つかぬ浪漫武器には、私は……大人は負けないんだが!? そんな雑魚じゃないんだが!?」


 勢いよく立ち上がり、両手を広げ……言葉とは裏腹に「殺せ!」とでも言うかのように棒立ちになってみせた。

 ……その手には最早剣すら握られておらず、地面に転がった彼の愛剣は物寂しそうにしている。


「……あのバカ。少しでもメスガキ相手に不利になると、そのまま負けようとする悪癖は相変わらずなのね」


 そんなギンセ……負けないんだが!? 大人を舐めないで欲しいんだが!? と叫び続ける残念な大人を見ながら、クリムメイスは目をすぅっと細めて小さく呟く。


「ごちゃごちゃ煩いわね雑魚が! くたばりなさい! 『パウダーミスト』!」


 効果は恐らくないだろうが一応後で叱り飛ばすことを決めたクリムメイスの目の前で、ハイドラがバラバラに分かれたジャバウォックを二度、三度と振るい……それに沿って広範囲に黒い煙が撒き散らされる。

 どうやら刃部分に取り付けられた円形状のパーツはミストテイカーに用いられているものと同じく噴霧機能が備わっているらしい。


「んん……違う……なんか違うんだよな……そういう雑魚じゃなくて……もっと、こう……ざぁこ♡ みたいな……なんていうかな? サバサバし過ぎなんだよな、もうちょっと湿っぽくさ……唇を濡らす感じでさ……なんだったら舌なめずりぐらいしてくれたほうが……」

「『イグニッション』!」


 撒き散らされた黒い煙……火薬を多分に含む危険極まりない煙に包まれながらもギンセはハイドラの口にした『雑魚』という言葉に対し小首を傾げ、そんなギンセへ向けて伸びきったジャバウォックが振り下ろされる。

 直後、ハイドラの手元からギンセの足元にある刃の先までジャバウォックは連鎖的に小爆発を起こし―――。


「少々雄々しすぎるというか、なんか色っぽさに欠けるというか、思ったほどメスガキっぽくないっていうか―――」


 ―――そして、それは当然ながらギンセの周囲に振り撒かれた黒煙に火を点け、なにか訳の分からないことをごちゃごちゃと語り始めたギンセを一瞬で木っ端微塵に吹き飛ばす。

 結果として、常々「タイダル爆死しろうらやまけしからん、タイダル爆死しろうらやまけしからん」と、自宅のベランダでUFOを呼び出す奇人のように連呼していたギンセが、そのタイダル(の中身であった少女)の手で爆死させられることとなった―――世界とは、悲劇なのだろうか。


「……ったく、やっぱ全力出す程じゃなかったかな」


 極めて優勢を保っていた序盤に対し、あまりにも容易く屠られ過ぎた中盤以降のギンセを思い出しながらハイドラはがしがしと頭を掻いてジャバウォックをインベントリにしまい、ウォン&キルを代わりに取り出す。

 ……まるで関係ないこのゲームにおいても事あるごとに名前を聞くことから察せられる通り『シルーナ』とは、VRMMOというゲームジャンルにおいては伝説的な存在であり、当然ながらその隣に唯一立ち続けた『タイダル』の名もそこそこ有名である。

 だからこそ、ハイドラは『タイダル』の名前を引き摺らないように(かつ兄の装備を独占するために)生産職でのプレイを決めたこともあるし、結局前線に立つことになった後も自分を象徴していた武器である斧槍を使うのは控えていたし、ジャバウォックはどうしようもない相手(例えばアリシア・ブレイブハートのような)にしか持ちださないつもりでいた。

 故に、真っ当に切り結ばず適当に罵倒していれば勝手に寝っ転がって腹を見せてきたであろうギンセに対し、一瞬でも『強敵』という評価を下し、この武器を抜いてしまった事実が腹立たしいのだ。


「素直にあたしを頼れば良かったのにぃ~」


 だが、憤ったところでジャバウォックを抜いてしまった事実は変わらないのだし……ハイドラは、深く息を吐いて気分を落ち着けて、なんだか対峙している少女二人に酷いことをしているように見えるカナリアの元へと足早に向かおうとするが、そんな彼女の背を追いながらクリムメイスが軽い調子で煽る。


「……イヤよ、昨日までならそうしたけど、今日、なんかあんたヤな感じするし」


 それは、普段からしているような彼女達の間ではなんの変哲もないやり取り……だったのだが、ハイドラはクリムメイスに顔も向けずに静かに言い捨てた。 


「えぇ~?」


 明らかに普段と様子が違う―――確かな失望と、つまらない予想が当たったとでも言いたげな諦め、そして少しばかりの寂しさが混じったようなハイドラの言葉に、軽い調子でクリムメイスは返すが―――不意にリヴが死に際に残した言葉が脳裏に走り……それを静かに目を伏せて飲み込み、ハイドラの顔を見ないようにその背を追いこしてカナリアとウィンの元へと向かう。


 ……だとしても、関係はない。

 やるべきことをやるだけなのだと、夢から覚めなくては夜明けは来ないのだと。

 強く自分に言い聞かせて。

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