112-ツークツワンク、第十三層にて その1
「あーあ、出会っちまったか」
鈍色の全身鎧が特徴的な男―――リヴが肩を竦めながら言う。
「なんで勝ち進んでんのよ……」
対し、導鐘の大槌と怨喰の大盾を構えながら心底面倒くさそうに呟くのはクリムメイス。
……黙示録の塔、第十三層にて邂逅したのは『運営側が用意した、意図的にゲームバランスを崩す要素』を手にした存在ことゲームチェンジャーの撃破を目的とする連盟『フィードバック』と、そのゲームチェンジャーの代表のような連盟『クラシック・ブレイブス』。
「おいおい! 旧友との再会だぞ! もっと喜べよ、クリムメイスちゃん! ひゃははっ!」
目に見えて顔見知りであろう反応をするクリムメイスと、嫌そうな表情を浮かべた彼女の名をわざわざ親しそうに呼ぶリヴを見て、カナリアは「お知り合い?」と口だけでウィンやハイドラに聞きつつふたりを交互に指差す。
だが、ウィンは知らないと首を振って無言で告げ、ハイドラは眉間に皺を寄せながらクリムメイスを睨み付けるだけだ。
どうにもどちらも詳しいことは知らないらしい。
「普通に、気持ち悪いのだけれども。なあに、お兄さん。そのテンション?」
「気にしないほうがいいわ、イーリ。たぶん、あの男はあっちが素だから」
「意外ね、フレイジィがそんなことを知ってるなんて。あの変態さんと仲良しなのかしら?」
「ばか、そんなわけないでしょ。たまたま知ってるだけ」
よく分からないが、とりあえず不気味な闇の雰囲気を見せるリヴに『クラシック・ブレイブス』のメンバーは思わず引いたが……どうやら引いたのは彼女たちだけではないらしい。
『フィードバック』に所属しているふたりの少女も未だにくつくつと笑っているリヴを冷たい目で見ている。
「本当に始めるのだな? 連盟長」
「……ああ、やるぞ。ギンセ」
この場に集まった自分を除く7人の内、実に6人から危険人物を見る目で見られているリヴ。
そんな彼に対し、彼を唯一強く信頼しているような目で見ている―――と、思われるが彼もまた全身鎧なので表情は窺えない―――名前通り銀背風の配色となっている鎧を身に纏った男、ギンセがなにかを確かめるように聞き、リヴは首を縦に振った。
「分かった。お前がそう言うならば、俺は従おう」
なんらかの覚悟をリヴより感じたらしいギンセが一振りの剣を構える。
それは大剣と呼ぶにはあまりにも細く、直剣と呼ぶにはあまりにも刃が長い……歪ながらも美しい剣―――ハイドラの用いていた銀聖剣シルバーセイントを更に極端にしたような剣だ。
「さあッ! 戦争しようぜ、クリム! 言葉はいらねえだろ、なあ!」
そして戦闘態勢をとったギンセに続き、リヴが突如として全ての防具の装備を解除し、代わりに両手に真っ黒な大盾をひとつずつ装備して構える。
「…………」
「…………」
「…………」
いや、なんで脱いだ……? とは誰も口に出せないし、なんで両手に大盾……? とも誰も口に出せない。
あまりにも闇の力が強すぎるリヴの姿にギンセを除く全員が呆然とし―――。
「どうせだからお前にするか、クリム! 『影写し』!」
―――だからこそ、リヴが両手に持つ大盾をひとつに組み合わせる闇の行為への反応が遅れ、二つの大盾が合わさる事で出来上がった扉、その向こう側から伸びた影が自分に絡みつくことにクリムメイスは対応出来なかった。
「うわっ! 気持ち悪っ!」
隙を突かれ、なにかのスキルの対象にされたことを理解したクリムメイスが自らの身体をずるずると這い回る影を振り払おうとするが、どうにも物理的に拘束するようなスキルではないらしく、それでは影はクリムメイスから離れない。
しかし、ならばとクリムメイスが次の手を打つ―――前に、影はリヴの下へと戻っていく。
そして続いて、バン、バン、と……両開きの大扉のように構えられたリヴの大盾が、内側からなにかによって強く叩かれ始めた。
……まるで内側から、なにかが飛び出そうとするかのように。
「うっ、ヤバい……凄いヤな感じしてきた……!」
「……私も。あいつ、ただの変態じゃないかも」
この後の展開が予想出来ないギンセを除く全員の内、ウィンとハイドラが大扉の向こう側のなにかに明確な恐怖を覚え―――そしてそれが、二枚の大盾を木っ端微塵に破壊して間もなく姿を現した。
それは、大きな鐘の付いた奇妙な大槌と、オングイシエの背甲をそのまま盾にしたような大盾、そして……遠目からにはツインテールに見えてしまう少々あざとさが過剰な防具を身に纏った少女。
「ンッフッフ~……借りたぜ、クリム。貴様の力を」
それは『クラシック・ブレイブス』の面々が酷く見慣れた装備をした少女……クリムメイスそのものであり。
それを見せびらかすようにターンをひとつ決めた存在は、クリムメイスと同じ顔と、少々ノイズ混じりとはいえ似た声を持つ……その言葉を鵜呑みにするのならば、恐らくリヴだ。
「まあ! 他のプレイヤーをコピーするスキル! そんなものもありますのね!」
「そんなものもありますのね! じゃないっしょ!? 普通にヤバいよそれ!?」
仲間の一人を完全にコピーされたかもしれないというのに、カナリアは楽しそうにパン、と手を合わせて楽しそうに笑うが、そのスキルの危険性を瞬時に理解したウィンは焦った表情でカナリアの肩を揺する。
当然だ……コピーされたのがクリムメイスだから良かったが、初手でカナリアをコピーされるようなことがあれば……考えることすら恐ろしい。
「ヤバくありませんわよ、殺せば死体になるのは変わりませんもの。ねえ、ローラン!」
だが、本当に恐ろしいのはやはり、このカナリアという少女で間違いはないらしい。
天に向けて高く手を突き上げた彼女が呼びだすのは、今日だけで数十人のプレイヤーへと怪獣に食われる恐ろしさを叩き込んだ真っ黒な獣脚類、イフザ・タイドことローラン。
それは、カナリアの影より地面を突き破るように現れ、その首を高くもたげて咆哮―――。
「『レゾナンス・バースト』」
―――し、直後に首を刎ねられて即死。
その巨体を地面に横たえて粒子化してしまう。
「ほ……?」
「デカけりゃ強いっていう、そのスマートじゃない考え。万死に値するわ」
まさかの即死を決め込まれた相棒の姿を見て、目をぱちくりと瞬かせているカナリアへと、侮蔑がたっぷりと籠った言葉を投げつけるのは、鎖で雁字搦めにされたウエディング・ドレス・アーマーと呼ぶべき奇妙な装備に身を包む少女……フレイジィだ。
先程のローランを即死させたスキルの代償か、ウエディングドレスらしく長くヒラヒラとしていたフリル多めな布部分はボロボロに破け、代わりとばかりに黒い粒子を撒き散らし、そのドレスアーマーの鎧部分や手に持つ直剣と大盾も大小様々な亀裂が入り、中から青い燐光が漏れ出している。
どうやら装備全てが破損したらしいが、その身体を雁字搦めにしていた鎖が崩れ去り、全身に青い燐光を纏うその姿は……むしろ破損する前よりも活き活きとしている。
「カナリア。あんたさえいなければ、私が主役のはずだったの。だから、ここであんたには消えてもらうわ! 行くわよ、イーリ!」
「面倒、そうなのだけれど。イーリ、フレイジィと一緒に遊ぶって言ったこと、少しだけ後悔してるわ?」
事実、恐らく彼女が身に纏う装備は奇妙なことに破損状態であることで真価を発揮する装備なのだろう。
自らの装備の状態を全く意に介さない様子でフレイジィは駆け出し、そこに彼女の隣に立っているモルフォ蝶を思わせるゴシックドレスの少女……イーリも並ぶ。
「まったく……人のペットを殺しておいて『私が主役!』だなんて! 許せませんわね、行きますわよウィン! 悪い子にはお仕置きが必要ですわ!」
「ねえ先輩、それもうブーメランで自分の首掻っ切ってる……はあ、まあ、いいや!」
一方でカナリアはウィンと共にフレイジィとイーリを迎え撃つことにしたようで、まずはこれで2vs2が成立―――。
「まァ、お前らはそっち行くよな。……俺もゴチャゴチャした戦いは嫌いだし、構わんが」
カナリアとウィンに向かっていくフレイジィとイーリを見ながら、リヴがニヤリと口角を上げながら呟く。
……彼女達ふたりはあまりにもじゃじゃ馬故、元々自分とギンセを軸とした『フィードバック』第一軍のパーティーに加えない方向で作戦を練っていたこともあり、正直なところ捨て石になってもらっても構わないとリヴは考えていた。
だから、そんな彼女たちが『クラシック・ブレイブス』における不安要素ツートップ……カナリアとウィンの相手をしてくれるのは好都合この上ない。
なにせ、その時間を使ってリヴは自分を睨みつける少女……『クラシック・ブレイブス』の中で唯一理解内の力だけを持つ少女を片付けることが出来るのだから。
「では俺は……フッ、あの子が相手か。悪くない」
クリムメイスにリヴが視線を注いでいることに気付いたギンセは、構えた剣の切っ先を最後に残った少女―――ハイドラへと向ける。
圧倒的なHPとそれを代償にした超火力・超防御が強みのカナリア。
謎の怪物化と、それによる短時間詠唱や身体能力向上、高火力の魔術が強みのウィン。
堅実なビルドから繰り出される堅実なファイトスタイルが強みのクリムメイス。
……そのどれでもない少女、他の三人に比べ圧倒的に劣るキャラ性能ながらも極めて高いプレイスキルで他の三人に追いつく少女、ハイドラへと。
「一番キツい役割を任せる、すまねえな」
「謝るなよ、連盟長」
それを任せてしまうことをリヴが思わず詫びるが、ギンセは楽しそうな声で呟き、首を横に振り―――。
「シルーナの再来と呼ばれた少女の相手など、わからせおじさんとして心が躍らぬワケがないッ!」
―――駆け出す。
そして、ギンセが自分を……自分ひとりを狙っていると察したハイドラも、また。
「ハイドラ……っ」
リヴと旧知の中であり、当然ながら同時にギンセともそうであるクリムメイスはその実力の高さを知っているが故に、いくらハイドラのプレイスキルが高いとはいえ一騎打ちさせるのは悪手と判断し、突っ込んで行くハイドラを追おうとする。
しかし、そんな彼女の前によく知った武器が……普段自らの手で振るっている武器が―――導鐘の大槌が突き出され、その足を止めざるを得ない。
「よお! クリム! サシでやろうぜ!」
それを突き出したのは勿論、クリムメイスの全てをコピーしたリヴだ。
自分の顔と声になっても一切揺るがない彼の闇の気配に思わずクリムメイスは引き攣ったを浮かべ、まずは彼を倒さなければハイドラとギンセの戦いに割り込めないと察し……自分も彼と同じ得物……導鐘の大槌を構えることにした。
「そのクリム、って呼ぶの。馴れ馴れしいからやめてくんない?」
「おいおい! 一緒のベッドで寝た仲なのに随分冷たいじゃないか」
そしてまず、クリムメイスが口にしたのはリヴが先程から連呼する『クリム』という呼び名への……もしかすればなにかしらの関係があったのではないか? と疑われそうなリヴの馴れ馴れしい態度への不満の言葉だったが、勿論リヴはわざとやっているらしく……クリムメイスが嫌がるであろう言葉をわざわざ選んでは大きな声で口にする。
「あっ、あれは……バカ! なんでそういうことばっかり覚えてて……もう! やっぱり殺さなきゃ黙らないわね、あんた!」
「分かってんならさっさとやり合おうぜ、クリム! 俺を黙らせてみろ!」
「「『雷・槍』ッ!」」
最早黒歴史に近い過去を思い出して思わず赤面したクリムメイスだったが、素早く導鐘の大槌を振って初手の定石『雷槍』を放つ……が、しかし、同時にリヴも『雷槍』を放ったことによって互いの初手は相殺される。
ただ、まるで無意味というわけではない。
今のやり取りで少なくともリヴの『影写し』なるスキルは……外見だけではなく、こちらが習得しているスキルをも模倣していることは分かったし、そうであるならば称号等も全てそうであると考えたほうがいい、ということも分かった。
「とんだインチキスキル見つけたみたい……ねッ!」
「意外と大変でねェ! 慣れない〝長〟ってのがさあ!」
忌々しそうな表情を浮かべながらクリムメイスは導鐘の大槌を振るい、それをリヴは後ろに引いて回避すると即座に導鐘の大槌を突き出して反撃。
素早く突き出されたそれをクリムメイスは怨喰の大盾で流すように受け止めた。
(くそっ、態々私をコピーしたのは時間稼ぎのためか、コイツ!)
重装備の近接職同士らしい、ややスローペースでパワフルな駆け引きの最中、クリムメイスはちらりとリヴから視線を外してハイドラと対峙したギンセを睨む。
……正直なところ、まったく同じ性能のキャラクターで戦うのであればクリムメイスはリヴに負けることはない。
なにかこれに加えてもう一手リヴが持っているならともかく、扱うキャラクターの習熟度や元々の実力の差を考えればそれは簡単に分かる。
だが、それに掛かる時間は決して短くない。
なにせ、クリムメイスというキャラクターは堅牢な守りに裏打ちされた粘り強さで確実に勝利を掴むキャラクターであり、目の前の相手ことリヴもまた自分と全く同じキャラクター性能なのだから泥沼の戦いは必至なのだ。
そして、そんな戦いをしている間にハイドラに〝もしも〟があれば……ギンセは続いてリヴと戦っている自分へと向かい、順当に自分を撃破した後にウィンを倒し、なんとかしてカナリアも撃破することだろう。
リヴとギンセという二人の存在だけでも、その二人を良く知るクリムメイスからすれば既に状況は不利……更に加えてカナリアとウィンが対峙するフレイジィとイーリからは実力の知れない上に危険な雰囲気が漂っている。
「……なにか不利益があったら貴様のせいだからな、覚えておけよ」
だからこそクリムメイスは苛立ちを表立たせ、予定外の面倒事を起こしてくれたリヴを睨み付けつつ小さく低い声で呟く。
「……ヘッ、今回のことに関しちゃ、最初から全部俺が責任を取るつもりさ」
自分を睨みつけるクリムメイスから久々に感じた〝圧〟に少々後退りしつつも、それでもリヴは不敵な笑みを崩さずに導鐘の大槌を構える。
……ここで退いては、苦労してここまで昇ってきた意味がない……こうして信頼を裏切った価値がない―――そんな考えに、強く背中を押されて。