110-昇華し散華する華奢、第十層にて その2
「さあさあさあ! 次いくわ! いくわよ~! スリスリスリスリィ! ンバァ! 『パルスブラスト』!」
さながら食事を前にしたハエの如く、素早く手の平を擦り合わせたジゴボルトがバァッと手を開き、先程キリカが用いていたものとは規模が桁違いな雷撃を放つ。
「……ッッ!!」
対するホロビは素早く『武器組み立て』を使用し、使い捨ての大盾をふたつ作り出すと両肩から生える第三・第四の腕―――ホロビが手にした生産系のスキルが記されている珍しい導書……『絡繰の導書』によって入手したスキル『絡繰生成』によって作成した追加腕―――に装備し、それを用いてジゴボルトの『パルスブラスト』を受けるが……その一撃によって作り出した大盾は破壊されてしまう。
どうにも、ジゴボルトは己の放つ『雷術』に部位破壊ダメージを上乗せするなにかを持っているらしかった。
「んふふ~♪ そろそろ在庫切れじゃなぁ~い? ホラァ! スリスリスリスリィ!」
割られた大盾はこれで十枚目……確かに、ホロビのインベントリに残る素材の数はそろそろ心許ない、その上ホロビはジゴボルトとの戦闘において耐えることは出来ていても、彼女の圧倒的な制圧力を前に攻めに転じることが未だ一度も出来ていなかった。
「パルスブラ……んんっ! 『パルスウェーブ』!」
とはいえ、ホロビのプレイスキルや手持ち札では他の受け方が出来るわけでもないので、再び大盾を『武器組み立て』で用意する―――が、ホロビに向かって『パルスブラスト』を放とうとしたジゴボルトは不意に背筋に冷たいものを覚え、放つ雷術を自身の周囲に雷属性の衝撃波を放つ『パルスウェーブ』に変更する。
「……わ、……気付いた」
そして、その選択が背後から迫っていた存在の一撃をギリギリのところで退ける。
少しばかり攻撃判定に入ってしまったせいか、ちょっと焦げたらしい前髪を気にしながらバックステップをひとつ踏むキリカを見ながら、ジゴボルトは素早くサベージとスザクを目だけで探し……見つからなかったので、二人が片付けられたことを理解する。
「やだぁ~! あのふたりもう負けちゃったのん!? まあ~、仕方ないけどさあ~! スリスリ……」
とりあえずホロビとキリカに挟まれてる状態は旨くないと考え、横に大きく跳んで互いの位置を整えつつジゴボルトは再び両手を素早く擦り合わせ始めた。
……ちなみに、何度も繰り返しているこの手の平を擦り合わせる行為だが、別にこれはジゴボルトがハエの生まれ変わりであるが故のクセとかそういうわけではなく、雷術を用いる際には事前準備として両手の雷呼手甲を擦り合わせる必要があるだけだ。
事実、キリカも隙を見ては握った拳同士をぐりぐりと擦り合わせている。
「高レベルの雷術使い……ロクでもないビルドしてそうね」
並んだホロビとキリカの間にルオナが入りつつ、両手を擦り合わせる全身鎧の巨漢……不気味の極致と言わざるを得ない存在ことジゴボルトを面倒くさそうな目で見る。
そう、サベージとスザクを撃破したふたりは目に見えて苦戦しているホロビへと合流することを選択した。
……だからといってXXがアリシア・ブレイブハートを倒せるわけではないが、あちらはいくらでも時間を稼げるので問題はないだろう。
「そんなことないわよぉ~? 最高に美しいビルドしてるわよぉ~? 『パルスストーム』!」
「……ッ!」
三人もの相手が集まってきたにも関わらず、まるで余裕を崩す様子がないジゴボルトが大きく両手を広げて『パルスブラスト』よりも更に広範囲を攻撃する上級雷術『パルスストーム』を放つ。
青白い光が黒三華の三人を飲み込まんとするが、その直前にホロビが前に出つつ四つの腕全てに大盾を展開して横一列に並べることでその一撃を受け流し―――そして、彼女の雷術には装備を破壊する効果があることも知らせる。
「……なるほど、ね。……とっとと潰すわよ! キリカ、ホロビ!」
「……ん」
「……!」
つまりそれは、乱暴に言ってしまえば目の前の漆黒の鎧に身を包むオカマが事実上の雪鹿であるという証明であり、長時間の戦闘はどうあっても彼女にとって有利に働いてしまうことでもある。
ならば、多少は無理をしても一気に畳みかけて倒すしかない……そう判断した黒三華の三人が駆け出す。
「やぁだ、やる気満々……でもアタシ負けないッ! こんな小娘共には負けないッ! だって、アタシ大人の女だからッ!! グレート・ビューティフル・レディ・ジゴボルト! いッッッきまぁあああああスリスリスリスリィ!」
一方、対峙するジゴボルトもまた両手を擦り合わせながら突撃していく……その異常なランニングフォームは見る者全てに恐怖を与えかねない悍ましいものだ。
「ンンーっ! 『パルスショット』」
まずは一番最初に迫ってきたキリカへとジゴボルトは右手より雷光の弾丸を放つ。
目で捉えられない速度で迫るそれは、走っている最中の右足を綺麗に撃ち抜く軌道であり。
それを察したキリカは少々無理な回避をせざるを得ず、思わず体勢を崩してつんのめる。
「こっちにも、アッ、『パルスショット』!」
続いて左手より放つ雷光の弾丸でルオナを攻撃。
流石に低威力な雷術なので一撃で彼女の盾が壊れることはなかったが、それでも防いだことにより若干足が止まる。
「そんでもって……ビューティフルぶちかまし!」
その結果として一人だけ一足早く肉薄することになってしまったホロビへと体格任せの突進攻撃……カブトムシの如く、首の根元で相手を突き上げる恐るべき技〝ぶちかまし〟を放ち、ホロビを少し押し戻す。
「からのースリスリスリス……三擦り半! ビューティフル裏拳!」
その後、次に迫ってきたルオナへと裏拳を放ち、彼女が振り下ろしていた直剣を逸らしてそのままルオナ自体も受け流す。
「で! スリッて『パルスナックル』ゥ! オラァ! 歯ァ食い縛りなさァい! 小娘ェエ!」
「~ッ!?」
そして最後に、裏拳を放った左手に素早く右手を擦り付けて雷術使用の準備を整えると、ようやっと突っ込んできたキリカが突き出してくる拳にぶつけるように、雷光を纏った左拳の強烈なストレートを放つ。
無論、その拳は部位破壊ダメージを有する雷光を纏った一撃であり、それによりキリカの右手は雷呼手甲ごと完璧に粉砕され、右肩より先が粒子化して消えていく。
「キリカ! ……くそっ! ホロビ、アレよッ!」
「……!!」
利き手である右腕を失ったキリカは、無表情がちな彼女にしては珍しく目を見開いて驚愕の表情を浮かべ―――それを見たルオナが素早くイチかバチかの賭けに出ることを選択した。
なにせ、このジゴボルトというプレイヤーは、恐るべきことにキリカの拳を一瞬で見切り、挙句の果てにはそれに己の拳をぶつける程の反射神経を持っている。
アリシア・ブレイブハートのように回避したり、盾で防ぐだけならばまだ分かるが……拳と拳を正面からぶつけ合ってくるなど、半端なものじゃない。
「やだ! なにアンタ! 秘密兵器でも持ってんの!?」
だから彼女は……即刻排除しなければ不味い。
近接戦闘のスキルでキリカを上回りつつ、放つ雷術全てが部位破壊の力を持っている相手など……『黒三華』に止めることが出来る相手ではない。
ルオナはホロビにジゴボルトの言う通り『秘密兵器』を出すよう指示し、それに従ってホロビはインベントリの中から超大型のクロスボウ―――二本の腕で持ち上げ、二本の腕で引き金を引かねば放てない程の……最早携帯式のバリスタと呼ぶのが相応しいであろう武器―――『鵺殺し』を取り出して構える。
それは、本来であればカナリアに使う予定だった武器であり……直撃時のダメージが7000を軽く超える最終兵器だ。
平均的なプレイヤーであれば1.4人ほど殺害出来るこの火力で、彼女が用いる『夕闇の障壁』を突破できるはずだと黒三華のメンバーは踏んでいたのだ。
……まあ、その程度ではカナリアの障壁は普通に突破できないのだが、それはさておき。
「ヤバーい!」
流石のジゴボルトといえど、これほどまでに巨大なクロスボウによる一撃を食らえば死は逃れられない。
だからだろう、ジゴボルトは両手を頬に添えて悲鳴を上げ―――。
「け・れ・ど……セットに時間が掛かるんじゃあねえ! スリスリ!」
―――そして、一瞬でその巨大な弩は流石にクロスボウとはゲームに認識されず、放つ槍は槍で別途用意して手作業で装填しなければならないだろうと踏んで、逃げることはせずに真正面で雷術のセッティングを始めた。
どれだけ驚異的な装備であろうが、己の放つ雷術で破壊してしまえば関係無い……それがジゴボルトの考えであり、強みだ。
「ちぃっ……させないわッ! キリカッ!」
「……おけ」
「ンマッ!?」
警戒して後ろに下がってくれでもすれば良かったのだが、ジゴボルトが鵺殺しの弱点―――装填に時間が掛かること―――を秒で見抜いて雷術の準備に入ったので、仕方なくルオナとキリカは彼女の両腕に掴みかかり、その両手を擦り合わせないように引き離す。
用いているのがステータスの関係無い雷術である関係上、STRかDEXのどちらかが高くて拘束を振り払われる可能性も考えたルオナだったが、やはりジゴボルトはなにやら歪なステータスの振り方をしているらしく、特に振り払われることはなかった……だけど、それが、あまりにも不気味で……―――。
「……ッ!!」
―――ともかく、ルオナとキリカが稼いだ一瞬の隙に鵺殺しを準備し終えたホロビが、その大弩から鵺を殺す為に用意した特大の矢をジゴボルトへと放つ。
それは多くのプレイヤーを即死させる恐るべき死の槍であり、即死に至らずとも直撃すれば地面に串刺しとなり動きを封じることが出来る……。
「……!?」
「なによそれ……」
そう、直撃すれば。
……誰が想像出来ただろうか、あろうことかジゴボルトは己の腹部から第三・第四の腕を生やし、それによって放たれた槍を受け止めたのだ。
「……え、……無理無理、……キモいキモい」
しかも、その腕は人間のものではなく……現実世界で言う所のカブトムシなどの甲虫のものに近く。
……そんなものが人間の腹部から飛び出ている不気味な光景を目の当たりにしたキリカは思わず顔を強張らせた。
「ンフフフフ……良い女ってのはね、化粧が上手ェのよ~~~ッ!」
固まる黒三華の三人を見て思わずといった様子で低い笑い声を上げるジゴボルト。
そんな彼女の肩部からは更に、鎌状の部位を持つ第五・第六の腕が生え始めていた……。