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011-喫茶店にて、後輩と

 思いがけず強力な装備を手に入れた翌日の放課後、カナリア―――小鳥は妹である海月によって、通う学園の近場にある洒落た雰囲気のスシ・カフェ『ショコラーテ』へ呼び出されていた。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 自動襖ドアが開くと同時、メイドロボが的確な90度のお辞儀をして小鳥を出迎える。

 その機械的かつ奥ゆかしいメイドロボの出迎えに対し、労いの意味を込めた微笑みを返しつつ小鳥は店内を見渡す。


「えぇ~? マジぃ? ヨコちゃん、ホントーに家庭教師と付き合い始めちゃったの?」

「らしいよ。ヤバいよね」

「いや、ヤバすぎっしょ。中学生と大学生の年齢差だけでヤバいのに、その上女同士とかヤバいよ」

「性の乱れだね~」


 そして、厳かな雰囲気のある店内の一角、南西の方向……日本古来から伝わる四聖獣のうち、海を司る四聖獣であるカワウソのエンブレムが煌めくテーブルに、自分を呼び出した妹こと海月と、その海月の幼馴染であり、最早もう一人の妹といっても過言ではないほどに馴染み深い少女、新葉(にいば)初香(ういか)の姿を小鳥は見つけた。


「ごきげんよう。海月、初香」

「あー! お姉ちゃんやっと来たー! 遅いんだからっ!」

「えぇ……」


 にこやかに挨拶をした小鳥だったが、対する海月は頬を膨らませてびしりと指をさしてきた。

 どうやらそこそこの時間待っていたらしい。


「初香達とは下校時間違うんだし、しゃーないっしょ~。先輩ちーっす!」


 不機嫌そうに眉をひそめた海月とは対照的に、まるで気にしてない様子の初香は右手で敬礼を小鳥へと返す。

 どこぞの宿屋の亭主に左手で敬礼した挙句に死に至らしめた女とは違って礼儀正しい少女がそこにはいた。


「まったくですわよ。ヘイマスター! マグロ一貫ワサビマシマシ!」

「ハイ! マグロ一貫ワサビマシマシオーダーハイ! ヨロコンデー!」


 話があるらしい海月と向き合うように、初香の隣に腰を下ろしながら小鳥はとりあえずマグロを注文する。

 スシ・カフェといえばマグロだ。

 特にワサビマシマシのマグロは美容効果が高い為、女子中高生には人気である。

 ゲームの中では流行のことなど気にせず我が道を突き進む小鳥だが、リアルではそれなりに流行りや人気のモノを気にするのだ。


「お待たせしました! マグロ一貫ワサビマシマシ一丁! マグロばっか食ってるとダメなヤツになるからサーモンも食ってきな!」

「いりませんわよシャケなんて雑魚は。で、どうしましたの? わざわざ呼び出したりして」


 給仕用の板前型メイドロボが注文から三十秒足らずでマグロを一貫用意し、小鳥の前へと運び、ついでにサーモンはどうかとオススメするが、小鳥は今はサーモンの気分ではなかったのでやんわりと断りつつ海月に呼び出した理由を尋ねることにする。


「お。先輩貰わないなら初香が貰っちゃおうかな、ヘイマスター! サーモン一貫ワサビヌキヌキ!」

「ハ、ハイ! サーモン一貫ワサビヌキヌキオーダーハイ! ヨロコンデー!」


 小鳥に断られ、静かに去ろうとしていた板前型メイドロボの背中に初香の暖かなオーダーの声が掛かり、板前型メイドロボは満面の笑みで振り向きながら注文を受ける。

 オススメしたサーモンを注文して貰えれば、当然板前型メイドロボも嬉しいし、初香は初香でさり気無くワサビヌキヌキを注文することで辛い物が食べられない可愛い女の子アピールをすることが出来る。

 まさにwin-winの関係がそこにはあった。


「お姉ちゃんにさあ、この間、『オニキスアイズ』あげたでしょ?」

「ええ。楽しませて頂いてますわ」


 マグロを食べながら小鳥は昨日までの冒険を思い返す―――レプスを殺し、御者を殺し、道具屋の店主を殺し、聖竜騎士団を殺し、ナルアを殺し、宿屋の亭主を殺し……さながら、絵本に登場する勇者のような冒険をしてきたと。

 その実態はただの殺人鬼に他ならないが、小鳥的には魔王を殺すのも村人を殺すのも、どちらも同じ〝殺し〟なのでそこに違いを見出せないようだった。


「かなり楽しんじゃってるよね。……いや、実はさ、ほんとはういと一緒にやる予定だったんだよね。オニキスアイズ」

「あら、そうでしたの?」

「お待たせしました! サーモン一貫ワサビヌキヌキ一丁! ごゆっくりどうぞ!」

「ほんとはねえ~。しょうがないから今はひとりで遊んでるんだぁ~ひとり寂しく~ヨヨヨ~……」


 板前型メイドロボが運んで来たサーモンに、醤油・パウダーを振り掛けながら初香は困ったような笑顔を浮かべつつ「いやあ、まさかレーティングを守る家があるとは思わなかったなあ」とぼやく。

 ……実際、18禁以外のレーティングを守る家はなかなかないだろう。

 なにせ、18禁以外のレーティングは〝以上推奨〟か〝以上対象〟なだけであって別に禁止ではないのだ……そもそも守るもなにもない。


「お姉ちゃんってあんまりゲーム好きそうじゃなかったから、どうせすぐ飽きるだろうなーと思って話してなかったし、変に義務感とか感じられてもヤだから話す気もなかったんだけど……なんだかハマってるっぽいし、ういがソロだとキツいって言うからさ」

「お願い! 海月の代わりに初香と遊んで! 先輩! 流石にVRゲームだと身内以外と遊ぶのちょっと怖くって!」


 ぱん、と手を合わせる初香……そんな彼女の言葉を聞いて、確かに、と小鳥は思う。

 昨日の夜は勢いで他のプレイヤー達とパーティープレイをしようか、などと考えていたがゲームはゲームでも『オニキスアイズ』はVRゲームだ。

 冷静に考えると知らない相手とパーティーを組むのは確かに少々気が引けるかもしれない。


「ういってば、VRゲー初めてだもんね~」

「コンシューマはそこそこやるけど、VRはねえ……」

「しかもコミュショーだしね~」

「そこはガードが固いと言ってくれんかね、ツッキー?」


 続く彼女の言葉や、海月の言葉を聞く限り、どうにも初香はプレイヤーとはパーティーを組まずソロプレイで遊んでいたようだが、流石にパーティーメンバーがNPCであるレプスとナルアだけでは『大鰐の棲家』程度が限界であり、その一つ上のグレードのダンジョンである『小鬼道(こおにみち)』の攻略は難しいのだとか。


「ヘヴィクロコダイルとグロウクロコダイルだって倒すの大変だったのにさあ、数で来るゴブリンは無理だって~」

「へぇ、あのワニって倒すの大変なんですのね」


 小鳥が思い出すのは、噛んでも意味のない相手をあぐあぐと噛んで死んでいった100秒後に殺される鰐と、登場した直後に眼と喉に大矢を撃ち込まれて死んでいった100秒以内に殺される鰐だ。


「めっちゃ大変っしょ! 動きは速いし、攻撃力高いし……全然初心者向けじゃないって! もういっぱい死んだよね~」


 一方で初香が思い出すのは自分の上半身や下半身を食いちぎってくれた恐るべき4足歩行の生きた重戦車たちだ。

 小鳥は片手間に虐殺していたが、決してあのクロコダイルたちは弱くなどない……弱くなどないといっても、オニキスアイズの中では勿論弱い方であるし、初心者御用達のダンジョンのモンスターではあるのだが。


「難しいらしいよねえ、オニキスアイズ」

「ま、我らがクロムタスクのゲームですから! スルメ並の歯応えっしょ!」


 そう、それは〝オニキスアイズ〟の中では。である。

 そもそもとして〝オニキスアイズ〟……というよりも、開発会社であるクロムタスク自体がライトユーザーに一切優しくないことで有名な会社であり……そのクロムタスク社の平均的なファンである初香は(まるで自分のことのように)誇らしそうに年相応に薄い胸を張った。


「スルメ……? 確かに、お姉ちゃんも最初のボスで4時間ぐらい詰んでたよね~」


 抹茶・タピオカ・パフェを食べながら海月が何気なく呟く。

 そして、それこそはこの場に小鳥の……カナリアの異常性を露見させる引き金となってしまう。


「いやあ、レプスは強敵でしたわね……」


 マグロを食べ終えた小鳥が目を伏せて初日の激闘を思い返す。

 あれから幾度とない戦いを経験したが、やはり、今でも一番苦戦した相手はレプスに違いない……。


「……えっ、レプスちゃんが強敵……? え、れ、レプスちゃんのこと、倒したの?」

「……? ええ、まあ、殺しましたわよ」


 なにかを聞き間違えたかと思ったのか、恐る恐る聞き返してくる初香の言葉に対し、小鳥は平然と返す。

 わざわざ初香が『倒した』という穏便な言葉を使ったのに、『殺した』と。


「えっ、なんで!? なんで殺したの!? え、なんで!? メインヒロインだよレプスちゃん!?」

「だって、指輪欲しかったんですもん。ダンジョンに入るのに指輪使うって聞きましたし」

「いやいやいや! 別によくない!? レプスちゃん連れてけばさ!」


 まったくもって初香の言う通りである。

 である、が……初香の言葉を聞いても小鳥は一切気にする様子はなく。

 むしろ『とっておきの裏技を教えてあげますわ』とでも言いたげな、なんとも得意げな表情で人差し指を立てる。


「いいえ! パーティーの枠を入れたくもないNPCで埋めることはデメリット以外のなにものでもありませんわ! 実際わたくしはレプスを殺害することで単独でのダンジョンへの挑戦が可能となり、結果として『単独で撃破』を条件とするスキルの入手に成功しましたの! 間違いなく、レプスは殺し得ですわね!」


 殺し得、なんと恐ろしい言葉だろうか。

 あなたのお姉ちゃん大丈夫? という意味を込めて初香は隣の海月へと目をやるが、海月は抹茶・タピオカ・パフェをモグモグと無言で頬張るだけで気にする様子はない。

 実妹が気にしてないなら自分が気にしてもどうしようもないので、初香は小鳥の恐ろしすぎる言葉よりも『単独でのダンジョンへの挑戦』という言葉を気にすることにした。


「単独って、先輩、ナルアちゃんは……?」

「ああ死にましたわよ、ゴアデスグリズリーに食われて」

「なんで!?」


 『大鰐の棲家』の前には、ナルアと、彼女の故郷である村が存在しており、その村の宿屋はゴアデスグリズリーを倒すまで聖竜騎士団に占領されている。

 なので、プレイヤーは夜道を無理に突き進まないのであれば、ゴアデスグリズリーを撃破し、宿屋を占領していた聖竜騎士団にお帰り願い、ついでにナルアを仲間にする……それが普通のパターンだ。

 であれば、たとえレプスを殺したとしても『大鰐の棲家』には最低でもプレイヤーとナルアのふたりで挑戦することになるのだ、普通は……。

 だが、ご存じの通り小鳥は普通の範疇に収まらない女なのである。


「それが彼女の運命だった、ということですわ。わたくしも彼女には死んでほしくありませんでしたけれど、どうしようもなかったんですの」


 目を伏せて頭を振る小鳥。

 ちなみにナルアの後ろへと回ってナルアを肉壁にしたのは紛れもなく彼女であることは言うまでもないし、なんなら彼女の心臓を穿ったのは小鳥の放ったボルトなのだが、残念ながらそのことを知る者は死んだナルア達以外に存在せず、死人は口を利かない。

 こうして歴史は生者の手によって都合よく歪められていくのだろう。


「お姉ちゃん……壮絶な旅をしているんだね……」


 姉と同じように目を伏せる海月。

 きっと彼女の脳内では仲間の死に嘆く姉の姿が思い浮かべられているのだろうが、現実はそうではない。

 彼女の姉は死んだナルアの衣類や所有物を嬉々として奪い取ってほくほく顔であった。

 こうして歴史は他人の勝手な憶測によって美しい形に歪められていくのだろう。


「……っていうか、ひとりであのワニ倒したんだ……」

「ええ。散っていった者たちのためにも……負けるわけにはいきませんもの」


 散っていった者たちを散らせていった悪魔が微笑みを浮かべて胸に手を当てる。

 そのジェスチャーの意味はなんだろうか、殺した連中の魂は全て自身が喰らい尽くしたというジェスチャーだろうか。


「いろいろと気になるけど……でも、まあ、初香が気にしても仕方なさそうだし別にいいや! ね、先輩! 『小鬼道』の攻略一緒にやろうよ!」

「構いませんけれど……わたくしもそのダンジョンは未攻略ですし、役に立てるほどレベルや装備が充実しているわけではないかもしれませんわよ?」


 全てを気にしないことにした初香の頼みに対し、小鳥は笑顔で答えたが、同時に自分もまた初心者であると遠慮がちに告げる。

 実際、小鳥と初香のプレイ時間はほとんど変わりないだろう。掛けた時間が鰐退治か人殺しかというだけで。


「いやなんか絶対大丈夫な気がする」


 しかし、遠慮がちな様子の小鳥を見ても、なぜか初香は小鳥を連れて行けばダンジョン攻略は容易であると思えてしまうのだった……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハイ!ヨロコンデー! [一言] ゲーム世界より現実世界の方がとんでもない気がしてきた。たまげたなぁ…
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