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109-昇華し散華する華奢、第十層にて その1

 第五層にて名を伏せた少女との一戦をして以来、大した苦戦もすることなく勝ち進んだ連盟『グランド・ダリア・ガーデン』は第十層に到達―――。


「……やっと会えたな、アリシア……」


 ―――そんな彼女たちを出迎えたのは、底冷えするような声……静かながらも、怒りや憎しみ……震えるほどにネガティブな感情を全て詰め込んだような声だ。


「やだ、アリシアん。お友達?」

「ん……ええ、まあ、彼は……フフッ、そう呼んでもいいかもしれませんね」


 その声の主……小さな体に似合わぬ長大な大剣を背負い、凄まじい憎しみを心に宿した黒髪の少年こと『XX』へ旧友との再会を喜ぶような笑みを向けながら、アリシアはジゴボルトの問いに首肯を返す。


「黒三華、か……厄介な奴らと当たったな」


 目に見えて不機嫌だった先程までとは違い、なんとも楽しそうにするアリシア・ブレイブハートの横顔を一瞥して、やっと機嫌を直してくれた、と内心ほっとしつつも……スザクは目の前の四人のプレイヤーに順に目を向けながら武器を構えた。

 彼女たちがマッチングした相手……小規模連盟『黒三華』は、ただのアイテム収集イベントであったはずの第二回イベントで急速に名を広めた連盟であり、数多くのPKによりその実力の高さが広く知られる連盟でもある。


「厄介なのはそっちでしょう? 自覚ないのかしら?」


 その連盟を構成するプレイヤーたちのうち、まず最初、警戒した様子を見せるスザクの言葉に対し、肩を竦めながら長剣に中盾装備の少女が噛み付く―――その少女の名は『ルオナ』。

 到底チームプレーとは程遠いバトルスタイルの『黒三華』の面々を上手くつなぎ合わせる潤滑油的な存在だ。


「…………」


 続いて、連盟長でもある彼女の言葉に対しそうだそうだと言わんばかりに無言で首を縦に振る全身鎧のプレイヤーは『ホロビ』。

 一切喋らないことと、特異な生産スキルから少々名の売れている生産職プレイヤーだが、今この瞬間まで黒三華に所属しているとはスザクも知らなかった。


「……どうでもいい。……始めよぉ? ……とっとと」


 そして、リアルだと物凄く気弱なクセにネット上だと無限に気が強くなる幼馴染(ルオナ)の顔を横目で捉えつつ、ガツン! と自らの拳同士をぶつけてぐりぐりと回し、青白い火花をバチバチと弾けさせる少女は『キリカ』。

 この『黒三華』の〝顔〟であるプレイヤーであり、数々のPK可能エリアで数多のパーティーを襲撃し、『PKあるところキリカあり』という警句を作られるまでに至った生粋のPKプレイヤーでもある。


「キリカ先生の言う通りだ……グウゥッ! もう、俺も……俺の中の龍を抑えられない……!」


 最後に、人のものでなくなった左腕で頭を抑えながら唸る少年は『XX』。

 思春期の少年がカッコイイと感じそうな台詞を口にしているが、彼がその身に宿しているのは邪気な眼ではなく、王都セントロンドに住む人々が周囲の環境を歪めたことによって生まれた寄生生物……『龍』なのは少しばかり有名な話である。


「ええ、私も……。ふふっ! 遊びましょう! XXくん!」

「お前の遊びを終わらせてやるゥウウウウウッ!」


 激しい憎悪の籠った視線を向けられたアリシア・ブレイブハートは、まるで旧友と抱擁を交わすかのように手を広げてXXを迎え、対するXXは武器を構えながら駆け出す。

 それが切っ掛けとなり残りのメンバーも、向き合った相手へと突撃していき―――結果、最初に交戦し始めたのは『クイック・ファング』を用いて加速したサベージと、両腕の手甲に雷を迸らせる少女、キリカだ。


「よう、可愛い子ちゃん! 俺とデートしようぜ!」


 肉薄して一瞬、まずサベージは対面した少女をとりあえずデートに誘うことにした。

 そう、対峙する少女の……お世辞にも明るそうとは思えない雰囲気、半目がちな眠たそうに見える目、幼さを残しつつもどこか知性を感じさせる顔つき。

 そして、それに似合わぬ発育の良い身体……全てが完璧に好みのタイプだったが故に。


「……殺せたらね、……キリカのこと」


 実際には、そんな容姿のことなど一切どうでも良くなる程度に暴力的だし、サベージが重ねたデートの軽く倍のデートをこなし、その全てのデート相手と破局している少女……キリカは、デートの誘いに対し挨拶代わりの愚直なストレートを返す。

 サベージは素早く撃ち込まれる拳を両手の大剣を重ねて受け止めて押し返し、右手の大剣を横薙ぎに振るうが、キリカは一気に屈んでそれを回避すると大きく跳んでサベージの顔目掛けて拳を放つ。

 ……間違いなく食らえば相当なダメージを貰うであろう一撃。

 だが、サベージも流石に足元から顔へと飛んでくる動きの大きな攻撃であれば上半身を傾けて避ける程度の反射神経を持っている。


「……『パルスウェーブ』」


 しかし、その程度の技量も無い男を相手にしているのではないとキリカも理解しているらしく、間も無く雷術を使用することで大きく突き出した左手に装備された手甲から迸っていた青い雷光を弾けさせる。


「いっ!? くそっ!」

「……痺れるぅ?」


 その構える暇すら与えない範囲攻撃により、サベージは少しばかりのダメージを受けて仰け反り……続き、一瞬怯んだ自分へと何度も繰り出される素早い拳を苦し気な表情を浮かべながら危うげに捌く。

 ―――『雷術』。

 それはハイラントの南西に位置する街『眠らない街 ギリナイオール』にて習得できる魔法の一種。

 両手に『雷呼(らいこ)手甲』という特殊な触媒兼防具である装備を身に着けることで使用が可能となることや、他の『魔術』や『信術』、『闇術』とは違いINTやDEVによる補正が乗らず、装備した『雷呼手甲』の品質次第で火力が左右されること。

 使用に際するINTやDEVなどの必要値が存在しないため、MPさえ確保できているならば誰であろうと使用することが出来る手軽さ等が特徴的な魔法だ。


「ちぃっ……『シェイク・ファング』!」


 拳だけで人殺せる奴に魔法握らせんなよな、とサベージは内心思いつつ。

 大剣をろくに振るうことが叶わない超至近距離での戦闘は分が悪いと判断し、大剣の片方を地面に突き立て、そこを中心として自身の周囲にダメージ判定のある衝撃波を発生させるスキル『シェイク・ファング』を使用し、張り付いてきたキリカを引き剥がすことにする。

 このスキルはMPを消費するものであり、尚且つサベージの少ないMPでは一度使用するのが限界のため、本来ならばもう少し後まで取って置きたかったのだが……このままキリカに張り付かれていては埒が明かないのは目に見えていた。


「……ん」


 渋い一手を打たされたことには違いないが、効果は抜群であり、サベージの思惑通りバック転を交えた回避行動でキリカは大きく距離を取る。

 やや過剰とも思える大きな回避行動だったが、それも仕方がないだろう。

 なんせ、サベージの用いるスキルは『牙刃の導書』にのみ記されたものであり、早々お目に掛かれず……触れて良いのかどうかをキリカは判断できなかったのだ。


「ヘヘッ、仕切り直しだな、可愛い子ちゃん」

「……んぅ」


 サベージは少ないMPを吐かされたことを察せられぬよう、不敵な笑みを作って浮かべ、それに対しキリカは少々不服そうな表情を浮かべる。

 サベージにとって先程の一撃(シェイク・ファング)を序盤に使わされたのは痛手だったが、キリカにとっても距離が離れてしまったのは痛手であり……。

 だから、キリカは不意にサベージから視線を外す……―――。


「クソッ! 邪魔よ! あの男殺してやるッ!」

「いやッ……なんだ、お前!? 急に……っぅ!」


 ―――サベージとキリカが交戦する一方。

 スザクは、キリカが狙いを定めたサベージを共闘して即刻沈めんとするルオナに対し、行かせまい、と立ちはだかっていた。

 両者の実力はある程度拮抗しており、戦局はやや膠着気味だったのだが……サベージが開戦の合図としてキリカを軽くデートに誘った瞬間、ルオナが凄まじい殺意を剥き出しにし、恐ろしい形相で暴れ始めたものだから思わずスザクは後退ってしまっていた。


「退けっつってんのよ! 『シールドバッシュ』!」


 そうして開いた距離を埋めるように、ルオナは左手に握る中盾―――いくつもの金属製の棘が飛び出した中盾、スパイクシールド―――を突き出しながら素早く突撃してくる。

 アリシア・ブレイブハートが証明しているが、盾スキルというものは基本的に慣れていない相手に対し非常に強い。

 ガード判定を前面に張りながらの攻撃というものは、対応が難しいのだ。


「舐めるなっ!」


 だがそれは〝慣れていない相手〟にとっての話であり、普段からアリシア・ブレイブハートの練習相手として体を張っているスザクにとってその動きは見慣れたものなのだから考え無しに使われたのであれば避けるのも容易い。


「きゃあっ……!」


 スザクはルオナの突撃をするりと横に回りながら回避し、無防備となったその背に一撃加える。 

 互いの位置が入れ替わり、結果として道を譲る形になってはしまったのは少々まずいが……もしもルオナがこのまま自分を無視して突っ切ろうとするならば、その瞬間に攻撃を仕掛けよう、と、右手のワンド『燻りの杖』をスザクは構えた。


「……なぁんちゃって! 『怨炎斬(えんえんざん)』ッ!」

「なっ……わあっ!」


 だが、流石に『黒三華の参謀役』と称されるルオナは無策で突っ込んだ挙句、敵に背を向けてまで狙った相手に向かうほど甘い相手ではなかったらしい。

 ルオナは嗜虐的な笑みを浮かべながらぐるりと反転すると、被弾することで威力と弾速を増す紫の炎を右手に握る直剣から放ち、スザクはそれに抵抗も出来ずに巻き込まれてしまった。


「舐めるなァ……? それは私の台詞よ……恋も知らなそうな顔してさ! 『怨月波(えんがっぱ)』ァ!」


 そして続くルオナの猛攻。

 横薙ぎに振るわれた直剣より、その剣閃に沿った三日月状の光刃―――『デスラプトエッジ』と同系統のものだろう―――が放たれる。

 どうにもルオナは、装備こそ確かに長剣に中盾という近接戦闘用のものだが、『シールドバッシュ』に『怨炎斬』や『怨月波』などの中距離以降で真価を発揮するスキルを多く有しているようだ。


「戦いに恋は関係無いだろうっ……『バレットファイア』!」


 ならば彼女と下手に距離を開けるのは危険―――そうスザクは判断し、迫りくる光刃を前に飛び込むようにして回避すると、構えていたワンドより炎の弾丸を放ちつつ距離を詰め始める。


「ハッ! ……恋の為に戦うのが動物よ! ねえ、キリカぁあ!」


 一見すれば間違っていない選択を取り、自分へと距離を詰めてくるスザク。

 その姿を見てルオナは、にやり、と嗜虐的な笑みを浮かべながら愛する少女の名を叫び、ぐるりと反転して自分へと向かってくるスザクと炎の弾丸に背を向けた。


「……はぁい」


 そのルオナの行動にスザクが疑問を覚えるより早く、丁度『シェイクファング』を回避するためにサベージと距離を離していたキリカが両手の拳をがつんと打ち合わせて返事を返し、盾を斜めに構えてトスの姿勢を作るルオナへと向かって走りだす。


「なにを……」


 あまりにも突飛に過ぎる行動に対し、ようやっとスザクがリアクションを取ったところで、キリカはルオナが構えた盾を踏み台にし―――その数多の棘の隙間を器用に踏み抜いて―――高く飛び上がってみせる。


「……『パルスブラスト』」

「なぁッ……!」


 そして、あっという間にスザクの真上を位置取ったキリカが、空中で素早くぐりぐりと拳を擦り合わせた後に両手より青白い雷―――雷術『パルスブラスト』を放つ。

 頭上からドーム状に展開されたその雷撃をスザクは回避することが出来ず、そのHPをほぼ無くす程のダメージと麻痺の状態異常を貰ってしまった。


「……デッドリぃ♥」


 無論、それで終わりではない。

 スザクを挟んで反対側に綺麗に着地したキリカは、そのままバック転をしながら身体を半捻りだけしてスザクの方へと向きを修正し、突撃―――飛び上がりながら相手の頭部を撃ち抜く必殺のフィニッシュブローを放つ。


「くっ……! ここまでか!」


 当然ながら麻痺で動けないスザクはそれを綺麗に頭部に貰い、即座にその身体を粒子化させてしまう……。

 距離を離されやすいキリカと互いの距離を操作しやすいルオナが適時戦う相手を交換することで対策され辛くする……これこそ、キリカとルオナが繰り返すPKの中で編み出した戦術であった。


「スザクッ!」

「そして、あんたは私が殺すッ! 『怨炎斬』ッ!」

「うぉっ……なんか恨まれてる……!?」


 流れるようにキルされた仲間の名前を叫ぶサベージへと、その背に『バレットファイア』を受けたことでスキルの強化条件を満たしたルオナが『怨炎斬』を放ち、自分に背を向けて走り出したキリカを愚直に追っていたサベージは突如自分に向けて放たれた紫の炎を回避することが出来ずにその身を焼き―――。


「あんたみたいなクズ肉が……気安く私のキリカにデート持ちかけてんじゃないのよ! 『シールドバッシュ』!」

「うわ、そういうタイプの子……かあッ!」


 ―――更に、その炎の向こう側から突撃してくるルオナに押し倒されてしまう。

 いくら普段アリシア・ブレイブハートの『シールドチャージ』を受けているからといっても、『シールドバッシュ』や『シールドチャージ』は視界不明瞭な状態で捌くのは難しいスキルだ。


「死ね! 死ね! 死ね、死ね、死ね、死ねッ……! 死ねェーッ!」


 そしてサベージに馬乗りになったルオナが放つのは、呪詛を口から何度も何度も吐き出しながらの剣撃―――と呼ぶには些か野蛮に過ぎる愚直な刃の振り下ろし。

 ……そこには知性を微塵も感じさせないが、此処までルオナが必死になるのも仕方がないだろう。

 実際には違うとはいえ、サベージの容姿はルオナが最も嫌悪し恐怖する存在……『チャラ男』そのものであり、そんな存在が愛しのキリカに『デート一回!』なんて言った挙句、キリカもキリカで『負けたら付き合うよ』なんて返してしまったのだから。

 なにかの間違いがあって彼がキリカに勝ってしまい、ついでにベッドの上でも勝ってしまう展開を避けるためには殺すしかなかったのだ。


「ハァーッ……ハァーッ……身の程を……思い知りなさいよ……! ああ、もう! こんなクズの血……汚らしい!」


 何度目かの振り下ろしの後、とっくにサベージが粒子化していたことに気付いたルオナが荒い息を吐いて、べっとりと顔と剣に付着した血を払いながら立ち上がる。

 その目は完全に血走っており、傍からみれば浮気性の彼氏を思わず刺殺してしまった病むほど一途な少女に見えないこともない……いや、一途な少女であることは違いないのだが。


「……次、……どっちぃ? ……ルオナちゃん」

「あ、ああ……うん……そうね……」


 未だに肩で息をするルオナへと、キリカはXXと戦っているアリシア・ブレイブハートと、ホロビと戦っているジゴボルトを順に指差しながら問う。

 『グランド・ダリア・ガーデン』のパーティーは4人組ではあるが、サベージとスザクはどちらかといえば数合わせで採用されたといった風合いがあり、このふたりを片付けたからといって相手の戦力が減っているとは思わないほうが良いだろう。

 だから、この次に向かう相手……三人で相手取る相手を間違えれば、三人がかりで一人を倒す前にタイマンしている仲間が倒され、アリシア・ブレイブハートとジゴボルトが並んでしまうので、そこから逆転もあり得る。

 ならば……。

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[良い点]  良い!善いぞ!好いぞォォ!!  やはり折り合いなど付けたと自称する人間擬きなぞとは比べるべくもない!此こそ!そうあってこその本物のニンゲンよなぁ!!  思いは果たさねば詰まらんぞ! …
[一言] 人の膿的なやつなんだ『龍』は…
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