108-リベンジャーズ/エンドオブライフ、第五層にて その3
「さあ、行くぞ! カナリア! 『召喚:群狼』!」
少々時は戻り、ハイドラ達とベロウ達が戦闘を始めた頃。
カナリアとグッドキースも刃を交えており、最初に仕掛けたのはグッドキースの方だった。
『コール・ウルフパック』……それは、彼が運命的な出会いを果たした導書『召喚の導書:群狼』に記された最初のスキル『召喚:群狼』であり、その効果はカナリアの用いる『サモン・ミミック』こと『召喚:欲狩』と同じだ。
手を天高く上げたグッドキースの両脇に黒い体毛の狼―――やはり妖精混じりの―――が2頭現れる。
「あら可愛いですわね、『夕闇の障壁』」
それを見てカナリアはとりあえずHPを10000ほど消費して障壁を作成―――言うまでもないが、この瞬間グッドキースの攻撃手段全てによってカナリアを殺すことは出来なくなった―――し、とりあえず様子見で呼び出された2頭の狼のうち、片方へとダスクボウによる射撃を行う……が、綺麗なステップで回避されてしまう。
やっぱりダメか、とカナリアは狼から視線を外す……当たれば儲けものと思ったのは確かだが、どう見たって機動力の高そうなあの狼に離れた距離からクロスボウが当たるとは最初から考えていなかったのだから、別段落ち込む必要も深く考えることもない。
「無駄だ! 狼にそんなものが通じるかっ!」
言いながら大剣を担いだグッドキースが突撃してくる。
その武器を見るにどうやら彼はSTRに多めに振ったタイプのビルドらしい―――ということは、呼び出された狼たちも同じであり、彼を放っておけば自分はともかく残る三人にとっては極めて脅威となるだろう。
「そして更に『召喚:群狼』!」
少しばかり厄介な相手かも、とカナリアが彼を判断すると同時―――グッドキースは再び『召喚:群狼』を使用……すれば当然、更に2頭の狼が現れて並走し始め、そんな彼の背後からは巨大な狼ことハーティまで追走してくる。
瞬間的に5頭まで増えた狼たち……まさにそれは『群狼』の名に相応しい。
「クールタイム、短いんですのね」
「ほう、分かるか! 私の持つ『群絆の召喚士』という称号のお陰だよ! 『召喚:群狼』!」
更に2頭の狼を呼び出しながら、グッドキースは誇らしげに自らの召喚スキルのクールタイムが短い理由を口にする。
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群絆の召喚士(狼)
:召喚する者を深く理解し、その群れを導ける者に与えられる称号。
:王都セントロンドの『ドッグレース』にて20連勝する。
:召喚に際し発生するクールタイムが90%短縮され、召喚される存在の数が倍となる。
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それこそは彼がベロウとスコーチに出会ったあのカジノで手に入れようとしていたものであり、『召喚の導書:群狼』に記されたヒントによって存在を知った称号だ。
どうにも『導書』とは、その名の通りプレイヤーたち旅人を導く書物であり、なにもスキルノートを発行するばかりが仕事ではないらしい。
「でも、それはあなたの専売特許ではありませんわ! 『召喚:欲狩』!」
「なにっ!」
グッドキースを先頭とした7頭の狼の群れがカナリアへと肉薄する寸前、カナリアもまた『召喚:欲狩』を発動して召喚獣としては狼に比べると異様に過ぎる箱型のモンスターを1体召喚し、突っ込んでくるグッドキース達へとローラン共々突っ込ませる。
「まさか、貴様も……」
「そのまさか、でしてよ! 『召喚:欲狩』!」
「くッ……! 『召喚:群狼』……!」
突如としてカナリアが頭数を増やし始めたことに若干の焦りを覚えつつ、グッドキースも負けじと『召喚:群狼』を使用。
カナリアがローラン以外のモンスターを使役していることはグッドキースにとって少々予想外だったが、とはいえ計9頭となった自分の狼たちに対し、あちらは未だ3体だけだ……なにも焦ったり恐れたりする必要はない。
そう考えたグッドキースは、ローランというデカブツにはハーティというデカブツをぶつけ、呼び出されたミミックには狼を向かわせ、自分はカナリアを相手にすることにし―――。
「『命令:自爆攻撃』」
―――たのだが、カナリアが即座に狼に食い掛られた欲狩に無情な自爆命令を下し、その欲狩に攻撃を仕掛けていた群狼たちは絶叫と共に弾けた欲狩の爆発に巻き込まれて粒子となって消える。
どうやら召喚したプレイヤーのステータスをどれだけ反映するかはモンスターに寄るらしく、グッドキースの呼ぶ『群狼』はHPにマイナスの補正を受けるようだ。
……というか、HPが10割反映されているカナリアの欲狩が珍しいのかもしれない。
「……は?」
それはさておき。
なんの躊躇いもなく自らの召喚獣を自爆させたカナリアにグッドキースが呆気に取られて一瞬硬直……する間にもカナリアが新たな欲狩を呼び出す。
そして、それを見てグッドキースは当然ながら戦慄する。
―――こ、この女……生きた爆弾を召喚してやがる……ッ!
なんとテロリストらしいスキルなのだろう、いったいどのようなプレイングをしていればそんなスキルが手に入るというのか……!
思わず背筋に冷たいものを感じるが、それを振り払うようにグッドキースは再び『召喚:群狼』を使用……。
「邪魔ですわっ!」
「ああっ!」
……しかし、それは少々まずかった。
元々グッドキースは近接戦に持ち込むつもりでカナリアとの距離を詰めており、慌てて呼び出した2頭の狼は召喚後の硬直中にダスクボウと肉削ぎ鋸によって処理されてしまった。
ならば、とグッドキースは更に新しくカナリアが呼び出した欲狩へと自らの武器を叩きつけるが……HPがまるで減らない。
減らないというか……減っても問題ないぐらいにHPが多い……軽いボスモンスターぐらいある……。
「なにこれ」
「ミミックですわよ?」
思わず素で呟き、それに対する回答は、がぱぁと口を広げた欲狩の姿……そして、その中からうぞうぞと出てくる無数の触手。
思わずグッドキースは全力で横に跳び、カナリアから距離を取る―――。
「『クリスタルランス』!」
―――その瞬間を狙っていたのだろうか。
グッドキースへ向けて右腕が触手と化している少女……ウィンは必殺の一撃、晶精の錫杖で結晶化した『マジックランス』を放つ。
そう、自分とウィンの向く方向にクリムメイスを押し込んでいたベロウが触手で弾き飛ばされたことで、彼が完全に塞いでいたウィンの射線が空いてしまったのだ。
「なッ、ぐわああっ!」
不意にグッドキースは恐るべき火力を持った一撃に襲われる―――とはいえ、グッドキースとてベロウやスコーチと同じくLv100であり、なんとか即死だけは免れる。
「ぐ、ばかな……」
運良く拾った命を失わないように、なんとかグッドキースが立ち上がる―――瞬間、その視界に跳び込んできたのは自分の方へと放り投げられる愛犬ならぬ愛狼……ハーティの姿。
起き上がるのが数秒遅れていれば彼女の下敷きとなって死に至っていた―――なんて考えながら、グッドキースは大きく前に跳んで最悪の結果を回避する。
「クソッ、こんなはずでは……! 立て、ハーティ……」
無理な回避行動を取ったせいで体勢を大きく崩してしまったグッドキースが、自分と同じく倒れ伏せた相棒の名を呼びながら立ち上がり、視線を飛ばす。
しかし、グッドキースが視線を飛ばした先でハーティは、追撃を行うべく飛び掛かってきたローランにその頭部を掴まれ、なんとか逃れようと暴れまわるもロクに抵抗すらさせて貰えず、何度も何度も地面へ頭を叩きつけられ……ぐったりとした所で首をねじ折られてしまっていた。
「ひゅッ……」
あまりにも残酷な相棒への仕打ち、思わずグッドキースは悲鳴を上げ……すらできない、声にならない音が漏れ出るだけだった。
そんな彼の首に後ろから生暖かい触手が絡みつく……間違いはない、それは先程の欲狩のものであり、つまり。
「なぜ。あなたがわたくしに負けたのか……理由はお分かりになりますわよね?」
グッドキースの命に刃を突き付けたカナリアが、チェックメイトの宣言代わりに静かに語り掛ける……え、なんで急に……え? 負けた理由……? いや、それは……。
なにがそんなに誇らしいのか全く分からないが、大きな胸を大きく突き出して胸を張り、腰に手を当ててしたり顔のカナリアに対し、グッドキースは恐る恐る口を開いた。
「き、君が血も涙もないテロリストだから……?」
「そう!! あなたが仲間であるベロウやスコーチを信じず、ハーティや自分の召喚獣である狼しか信じていなかったのに対し、わたくしはウィン、ハイドラ、クリムメイス……ローランに欲狩! 全ての仲間を信じていたからですわ! 『命令:自爆攻撃』!」
「いや君が血も涙もないテロリストだからだろぉおおおおおあああああーーーーーっっっ!!!!」
違う! 我々の勝敗を分けたのは仲間との絆だ! なんてことを言いながら仲間だと言った存在のひとつに無情な自爆攻撃を命じる理解不能なカナリアに対し、思わずグッドキースは絶叫するが、その絶叫を掻き消すような爆音が響き彼は死に至る。
残念ながらグッドキースはカナリアちゃんのテロリスト・クイズの正解者になることが出来なかったようだ。
まあ、別に正解したとて爆殺されるのは変わらないのだろうが。
「グッドキースゥウウウウウ!」
「陰険メガネェエエエエエッ!」
仲間が非業の死を遂げたことに思わずベロウとスコーチは叫び声を上げた。
それも仕方がない……あまりにも酷い殺され方だった。
「私から目を逸らすなんていい度胸ねッ! 殺してやるわ!」
だが、彼らもまた叫んでいる場合ではない。
自分からスコーチが目を逸らしたその瞬間にハイドラはウォン&キルをインベントリにしまい、『仕掛け【毒霧】』を使ってそれっきりだった武器……ミストテイカーを取り出す。
「『ブレイクエッジ』! からの、『応急修理』!」
「がぁあああああっ!」
そしてスコーチに刻まれるのはV字を描く……ハイドラを象徴する倍化コンボ攻撃だ。
いくらHPを多く確保しているとはいえ、流石にスコーチは息も絶え絶えの状態まで追い詰められ……更には、その大きな身体を吹き飛ばされてしまう。
「くそ、スコーチッ!」
「あんたも、よっ! 『雷・槌』ッ!」
「うごぁっ!」
続いて次は勿論ながらベロウだ。
その腹部へ、左手の怨喰の大盾をタリスマンに装備変更したクリムメイスの輝く黄金の雷を纏う左拳が撃ち込まれ、あまりの衝撃にベロウの身体が高く宙に浮き―――。
「か、ら、のッ! 『招・雷』ッ! 『重・撃』ッ! ジャスト・ミート!」
「ぬぁあああああッ!!」
―――落ちてきたその身体を、同じく輝く黄金の雷を纏った導鐘の大槌が思いっきりかっ飛ばし……それは見事綺麗にスコーチへとぶち当たる。
その衝突自体にはダメージこそないが、相当の勢いで突っ込んできたベロウによってスコーチは押し倒され、二人は重なり合うように倒れ込んでしまった。
「相棒、どうする!?」
「無理だな、もう死ぬしかねえ」
というわけで、ベロウとスコーチは今、『クラシック・ブレイブス』等という恐ろしすぎる相手に対し、一ヵ所に固まって倒れている……状況は絶望的だ―――。
「申し訳ありませんけれど、今回は逃がしませんわよ? 『夕獣の解放』、からの『八咫撃ち』!」
「ち、畜生……!」
「ついてねえ……」
―――前は此処から幼女が助けてくれたんだが今回はそうもいかねえな。
なんて、全くワルっぽくないことを考えながらベロウはスコーチと共にカナリアの殺爪弓から放たれる殺人的一撃によってHPを全損し……敗北する。
「ふぅ……結構キツかったわね……」
折り重なったまま大矢に貫かれて粒子化していく『フロストバーン』の二人を見ながら、思わずといった様子でクリムメイスが呟く。
「あんたが余計なこと言って私を惑わすからよ、それが無ければ楽勝だった」
それに対し、ハイドラは腕を組んで眉を顰めながら鋭い視線を返す。
クリムメイスはそんなハイドラの攻撃的な視線に心を躍らせつつも、きゃあ怖いっ、なんて言いながらウィンの背に隠れる。
「いやいやぁ、ウィンの動きもめっちゃ悪かったし、クリムメイスさんのせいだけじゃないじゃん?」
「あ、いや、そこはあたしが悪いかも。もうちょっとウィンを信用して間に割って入らなきゃ良かったよね」
クリムメイスを背で庇いながら自嘲気味にウィンが言うが、クリムメイスはクリムメイスで今回自分の位置取りがウィンにとって邪魔になっていたと言い切る。
結果としてウィンは二度しか攻撃出来ていないのだから、きっとそれは間違いではない。
「フレンドリーファイア有りで戦ったことがないのが如実に出ましたわねぇ、まあ、相手方が逆にそこに慣れていたのもあるのでしょうけれど……」
ウキウキとした様子で自分の下へと戻ってきたローランの顎を撫でつつ、頬に指を添えながらカナリアが口にした要素も大きいだろう。
PK可能エリアは基本的にフレンドリーファイアの設定が有効になっているので、そこを主戦場としているベロウとスコーチは完全にウィンに魔術を撃たせないように立ち回っていた。
一方で普段ウィンはフレンドリーファイアの設定が無効になっている状態で、仲間の背中を貫くことを気にせずにバンバン敵へと向かって『クリスタルランス』を使用しているし、他のメンバーもそれが当たり前と考えて立ち回っている。
だからこそクリムメイスは積極的にベロウとウィンの間に割って入って盾となっていたのだが……それが完全に裏目となっていた。
「なら、とりあえずウィンの前衛はカナリアがすればいいんじゃない? カナリアなら背中撃たれても平気でしょ」
「あ、確かに。次はそれでやってみようよ!」
しかし、ここでハイドラがそもそもカナリアであればフレンドリーファイアされようがされまいが大した影響がない事に気付く。
代わりに大盾どころか盾すらカナリアは持っておらず、あまり攻撃を受け止めるのに適した形状はしていないが、プレイヤーによる攻撃ならば(隙の大きい代わりに強力な魔術などの大技を除けば)基本的にボディブロックで間に合うだろう。
「こうやって人を相手に戦ってみると、案外モンスターを相手にするのとは勝手が違って面白いですわねっ!」
「そーね、思ってたよりやる奴がいるみたいだし」
ぱん、と手を合わせたカナリアがにこやかな笑みを浮かべ、クリムメイスがそれに首肯で答える。
どうやらカナリアは、先程までの戦いで覚えた中だるみのことを忘れ去り、代わりにPvPの面白さに気付いたらしい。
……ちなみに言うまでもないが、一方この一戦でグッドキースは心に深い傷を負い、ベロウとスコーチは再び自信を喪失したのだが―――まあ、それが勝負事というものだ。
笑えるのは勝った方だけなのだから仕方がないだろう。