107-リベンジャーズ/エンドオブライフ、第五層にて その2
「……あんッ!? てめえ! 見たことあると思ったら、あン時の生産職のクソガキか!」
「覚えて貰ってても嬉しくない、わねッ!」
振り下ろされた曲刀……キルの一撃を右手の大曲刀で防ぎながらスコーチは、自分へと向かってきた少女が、かつて木の陰から戦いの成り行きを見ていた少女だと気付いて驚きの声を上げ、ハイドラは思わず当時の無力感を思い出して少々苛立ちを覚えながら、キルとは逆の手に持つメイス……ウォンを薙ぐように振るう。
「よしっ!」
大ぶりなスコーチの武器では素早い二連撃を防ぎ切ることは敵わず、ウォンによる攻撃が直撃する。
それにより、スコーチのHPは2%程減少した。
「なあっ!? 硬ッ……!」
そう、僅か2%程度。
表示された実ダメージの数字が300程度なことを考えると、スコーチは間違いなく15000程度のHPを有していると考えられる。
「硬ェだけじゃねえぞクソガキぃ! 『ブラストファイア』!」
「きゃっ……!」
クリムメイスのアドバイスに反し、膨大なHPを―――それこそ彼女たちの連盟長めいた―――スコーチが有している事実に驚き一瞬動きを止めたハイドラへとスコーチが拳の先から弾ける炎を放ち、殆ど倒れ込むような無理な姿勢でハイドラはそれを回避する。
「よォし、俺の怖さを教えてやるぜェ! 『エンチャントファイア』!」
姿勢を崩したハイドラへとその大曲刀に燃え盛る炎を纏わせたスコーチが追撃を仕掛ける。
「ちょっとぉッ! クソツインテール! こいつ全然HPもMPも低くないじゃないッ! 話が違うッ!」
ダメージの通りを見ればHPが多いことは勿論、『バレットファイア』に『ブラストファイア』に『エンチャントファイア』……連続で闇術を使用していることからもそれなり以上のMPすら有しているのは簡単に察せられる。
思わずハイドラはスコーチの攻撃を紙一重で回避しながら、犬歯を剥き出しにしてクリムメイスへと怒号に近い叫び声を上げた。
「そ、そんなはず……はッ! くっ……!」
「おいおい! 余所見してる場合かよ! ええッ!?」
一方、クソツインテールとまで呼ばれたショートカットの女、クリムメイスはベロウの持つレイピアでの猛攻を前に苦戦を強いられていた。
「うっ……もう、おじさん中々嫌な立ち回り方するじゃん……!」
そして、ベロウの絶妙な立ち回りによってクリムメイスの後ろから抜け出させて貰えないウィンもまた。
……必ずクリムメイスの後ろにウィンが入り込む―――という構図は一見してベロウとスコーチの『ウィンを潰す』という目的を妨げているように見えるが、実際にはそうではない。
ウィンの射線上に常にクリムメイスを置きさえすればウィンはフレンドリーファイアを嫌がって魔術を放つことが出来ないのだから……実質、ベロウは既にもう『ウィンを潰し』ているのだ。
「てめぇらとはまたやり合うだろうと思ってたからな! 似たような構成のパーティーに積極的にちょっかい出して経験積んでんだよッ! 『ブロウアイス』!」
嗜虐的な笑みを浮かべながらベロウは、錫杖から肌を切り裂くような冷たい風を放つ闇術『ブロウアイス』を使用―――それは大きなダメージこそ与えはしないがクリムメイスの持つ怨喰の大盾を無視し、更にはその背後にいるウィンにまでも影響を及ぼす……到底無視できるようなものではない。
「ハッハーッ! こいつァ行けるぜ相棒! カジノに籠った甲斐があったなァッ!」
かつての、殆ど戦いにならず結局は小さな女の子とその家族に守ってもらうことで命を見逃してもらった形になったカナリア達との一度目の戦い。
あの時と違い、まともな戦いになり……どころか、やや優勢気味になっている現実にテンションが上がったのであろうスコーチが叫ぶ―――叫んでしまった、自分達の装備の出所を。
「スコーチッ! 余計な口利いてないで目の前のガキに集中しろッ!」
「……カジノ? ……もしかして運補正武器ッ!? 嘘でしょそれマジ!?」
「ちッ……!」
そんなものを叫べば、当然ながらクロムタスクのゲームに対する知識量の多いウィンがとあるひとつの答えに辿り着いてしまい……それは勿論見事的中していた。
『運補正武器』―――それはクロムタスクのゲームに必ずひとつは存在しており、基本死にステータスであるLUC(まあ確かにドロップ率等は上昇するが、そんなものは数を稼げば補える)によって威力を高める謎のロマン武器だ。
基本的にはその武器以外の全てに対しなんの役割も持たない『LUC』を必要とするだけあり、そこそこに性能が高いことが多い。
そして、現在スコーチとベロウが闇術を放つ際に使用している錫杖……『金蒸公の奇杖』は『運補正武器』であり―――。
「ってことはッ……『金亡の腕輪』! だったらそのHPとMPの多さも納得!」
「……まあ、分かっても大して影響ねえけどな! 『ブロウアイス』ッ!」
―――良く見ればベロウとスコーチがこれまた揃って装備している腕輪は、カジノにて得られるカジノコインと交換できる装備……『金亡の腕輪』であり、それは交換前に可能な詳細の確認でLUCを上昇させる効果があることをクリムメイスは知っていた。
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金蒸公の奇杖
基本攻撃力:130
魔法適性値:5
STR補正:-
DEX補正:-
INT補正:-
DEV補正:-
耐久度:30
:使用者のLUCに応じて、使用する『闇術』の威力を上昇させる。
:使用可能な魔法は『魔術』と『闇術』の一部。
金亡の腕輪
:身に着けている『金』に関連する装備の数に応じた効果を得る。
1種装備:装備している『金』に関連する装備ひとつにつき、LUCを+2する。
3種装備:装備している『金』に関連する装備ひとつにつき、HPを+200する。
5種装備:装備している『金』に関連する装備ひとつにつき、LUCを+3する
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これらを用いて、本来ならばINTとDEVの両方に振らなければ出ない闇術の威力をLUCに振るだけで上昇させ(とはいえ、使用するに際し闇術などの魔法はそれぞれINTとDEVの必要値が決められているので多少は振る必要があるが)、余ったステータスポイントをHPやMP、そしてベロウはDEX、スコーチはSTRに振っているのだろう。
「……付け加えで、Lv100ね……!」
苦しそうな表情を浮かべてクリムメイスが呟く。
このオニキスアイズというゲームでは、レベルがキャップである100に到達しているプレイヤーは少なくない……というか、Lv100に到達して十分な量のステータスポイントを獲得出来たらようやく一人前と言える。
そして、その一人前のプレイヤーのことをクリムメイス含む何人かは敬意を込めて『ハンドレッター』と呼んでいる。
……では、なぜクリムメイスはこの二人のレベルが100であると察することが出来たのか?
まず大前提としてハナから死にステータスであるLUCに大きくステータスを振る狂人は早々いない……いてもそこまで辿り着くことが不可能に近い。
だとすれば、彼らは一度(ウィンやクリムメイスの言うような)INTとDEVに振り切ったピーキーなステータスで経験値を稼ぎLv100まで到達した後に、上限に達したタイミングやキャップ到達後に特殊なアイテムを使用することで行える『ステータスの振り直し』によって現在のステータスに変わったと考えられる。
よって、この二人は『ハンドレッター』である可能性が極めて高いのだ。
……唯一の裏目は彼らがハナからLUCにガン振りしてる狂人二人組という可能性だが―――まあ、無い……彼らがなんらかの物語の主人公でもあるならば話は別だろうが。
「仕方ないッ! この際プライドは抜きよッ! ミストテイカー! 『ポイズンミスト』ッ!」
スコーチのたったひとつの失言から徐々に暴かれるベロウ達の強さの秘密だったが、ベロウがそう言ったように『分かったところで、あまり関係はない』―――事実そうだと考えたハイドラはウォン&キルをインベントリにしまい、代わりにいくつもの戦場を共にしてきた愛剣ミストテイカーを取り出し、『仕掛け【毒霧】』を使用する。
「うおッ、毒か……!?」
ハイドラが突き出した刃から噴き出す緑色の煙が目に見えて有毒な物だと判断したスコーチは大きく後ろに跳んで回避する。
「ヘッ、追い詰められて自爆しやがったか……残念だがその手には掛からね―――」
「バカにしないでよッ! あんた風情に自爆してやるほど、私は雑魚じゃないからッ!」
「―――えェッ!?」
それを一か八かの捨て身の攻撃だと判断したスコーチだったが、彼の予想に反して、瞳に紅い燐光を宿したハイドラが緑色の濃霧の中から飛び出してくる―――その手に再びウォン&キルを握って。
不意を突かれ肉薄されたスコーチは、ハイドラの……体勢を崩された後に一方的に攻撃を避けさせられていたことで溜まったフラストレーションをぶつけるような、舞うような……暴れるような……そのどちらとも取れる攻撃に対し、己の武器を盾にして耐えることしか出来ない。
いや、耐えさせられていた。
……全ての攻撃がスコーチが盾代わりにしている大曲刀へと向かっているのだ。
「動けねえ! くそ、なにしやがる……」
確かに武器による不安定な防御に対し、連続で攻撃を当て続けられ、小さいながらも連続したノックバックが発生しスコーチは思うように動けない……が、盾ではないとはいえ一応大型の武器で防御行為を行っている上にハイドラの用いるウォン&キルがそこまで大したダメージを出す武器ではないことで一桁台のダメージしか入らない―――。
「ンンッ!?」
―――だが、不意にスコーチのHPが1600近く削れる……突如減少したその値は彼の最大HPの10%に等しい。
……そう『クラシック・ブレイブス』の拠点に存在する魔晶……『悪夢の魔晶』によって『クラシック・ブレイブス』のメンバー全員の攻撃で発生する可能性のある状態異常『出血』が発生したのだ。
「なにって……殺してんのよッ! あんたを!」
突如大きく減った自分のHPにスコーチが目を剝いて驚く中、ハイドラはウォンとキルの柄尻を合わせて回転させる。
すると、ふたつの武器はひとつに合わさり、ウォンの柄が1.3倍ほどまで伸び、キルの刃は根元がぐるりと90度回転してみせ―――そうして出来上がるのは一つの大鎌……死神の得物を思わせるような不気味な大鎌だ。
「ウォン&キル・デスサイスッ!」
出来上がった大鎌を頭上でぐるりと一回転させた後にハイドラはその武器の名を叫び、勢いをそのままに振りぬいてスコーチの脇腹を切り裂いて見せる。
「ちィッ……! そこそこ通るじゃねえかッ……!」
奇しくもウォンによる最初の一撃が入った場所と同じ部分に入ったウォン&キル・デスサイスによる一撃が与えたダメージは2800―――ウォン&キルはその性質上デスサイスモードの時に攻撃力が倍化し、そこにウォン&キルの持つ『武器活性:連撃』と『仕掛け【チェンジング】』の効果が加わり更に倍化、最後に反毒の指輪による効果で与ダメージが更に倍なので、よって8倍、そしてスコーチを『状態異常:出血』にしたことによって『悪夢の魔晶』の『苦痛』の効果が発動し、更に1.2倍されている―――程度。
これには思わずスコーチも少し焦りを見せざるを得ない……現環境における一般的なプレイヤーの3倍のHPを確保しているとはいえ、今のハイドラの攻撃は一撃で13%近くHPを削っているのだから。
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ギア・アームド【ウォン&キル】
基本攻撃力:200
STR補正:-
DEX補正:-
INT補正:-
DEV補正:-
耐久度:300
『武器活性:連撃』:短時間に連続して攻撃を当て続ける度攻撃力が5%ずつ上昇(最大で50%まで)
『仕掛け【セパレート】』:攻撃力を半分にし、ふたつの武器に分離することが可能となる。
『仕掛け【チェンジング】』:武器の形態が変更されると攻撃力を50%上昇(最大で50%まで)、同じ形態で1秒経過するごとに1%ずつ攻撃力が減少。
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「首刎ねられる準備しときなさいよッ!」
目に見えてHPが減ったことに怯みを見せるスコーチへと、再びハイドラは頭上でウォン&キル・デスサイスを回転させて一撃。
大鎌という奇妙な形状の武器による攻撃を大曲刀で防ぐのはスコーチの技量では当然ながら難しく、着実にそのHPを奪われていく。
「ちッ、スコーチ……!」
「……! 余所見、してる場合じゃないでしょッ! 『怨返し』!」
そんな、目に見えて劣勢になり始めた相棒へと、思わずベロウが視線を向けてしまったその一瞬。
それをクリムメイスは見逃さずに怨喰の大盾の持つスキル―――MPを消費することで、『吸収』したものと同じ属性を持つ光弾を放つスキル『怨返し』を使用し、怨喰の大盾よりどす黒い光弾……闇属性の光弾を放つ。
「な……くそっ!」
実際は然程の攻撃力もない攻撃だったのだが、この『クラシック・ブレイブス』というメンバーが放つ攻撃に対し『食らっても大丈夫』などという思考を働かせる狂人は早々いない。
故に、ベロウは大きく横に跳んでクリムメイスの放った光弾を回避する、いや、回避してしまう。
「よっしっ! 『妖肢化』!」
「ぐあっ! んだそりゃあッ!?」
大きく横に動けば当然ながらベロウはクリムメイスの陰から出てしまう。
それはつまり、ウィンと自分の射線を通してしまったということであり……事実、ベロウは触手と化したウィンの右腕に弾き飛ばされて距離を確保されてしまった。
近接から引き離した中距離、その距離こそはウィンの最も得意とする射程であり……。