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106-リベンジャーズ/エンドオブライフ、第五層にて その1

「いやだァーッ! うォーッ!」


 ばくり、ばき、ばき、ごくん。

 空中に一度放り投げられ、頭から綺麗に口の中へと落ちてきた男を真っ黒な巨躯……イフザ・タイドことローランが二度の咀嚼の後に飲み込む。


「ダメですわよ、ローラン。ご飯は百回は噛まないと」

「いや先輩、百回も噛まれたら相手が可哀そうじゃん……」


 そんな愛犬……ならぬ、愛怪獣(?)の早食いっぷりを咎めたカナリアに対し、ウィンは呆れた目を向けた。

 まあ、確かに食事は良く噛んでゆっくり食べるのが健康にはいいらしいが、そもそもとしてローランにカナリアが餌として与えてきたものは健康を考えているとは(一般的にはとても)思えないものばかりだし、それにそもそも怪獣に健康もなにもないだろうに。


「まっさかここまで暇なイベントになるとは思わなかったわね」

「いや普通こうはならないでしょ……ダメだ、ウチの連盟長が強すぎてそこらの相手じゃ話にならない」


 呆れる後輩に対し、あなた餌が可哀そうとか急にヴィーガンみたいなこと言いますのね、なんて的外れもいい所な指摘を返すカナリアを死んだ目でハイドラとクリムメイスが見ながら呟く。

 最初の頃こそ『夕獣の解放』を使った後に殺爪弓を射るなどして戦っていた『クラシック・ブレイブス』―――というか、カナリアだったが途中で飽きが来たのか、今では『夕闇の障壁』でHPを大量に消費した後に即ローランを呼び出して相手を片付けるばかりになってしまった。


『条件達成 次の層へと移動します』


 果たして、この少女を止めれるプレイヤーはこのゲームに存在しているのだろうか……?

 カナリア以外の全員がそんな疑問を抱くと同時、無機質な音声がカナリア達を第四層から第五層へと進めることをアナウンスしてきた。

 第何層までこの塔があるのかを彼女たちは把握していないが、キリが良い数字であることを考えればそろそろなにかがあってもおかしくはない。

 そう思いながら光に包まれて辿り着いた先、そこには―――。


「残念だったな、悪ィがお前たちの戦いはここまでだ。なにせ、お前たちの次の相手はこの『瞬間凍結』のベロゲエッ! カナリアじゃねえか!」


 ―――どこかで見た気のする、身に着けたふかふかなファーコートが〝いかにも〟な悪っぽさを演出している男ことベロウ。


「なにいっ! カナリアだと! ってことは、あの耳に舌突っ込んでくるガキも一緒か! 相棒の仇を討ってやるッ!」


 ―――そんなベロウの相棒であり、暖かそうなベロウとは逆にパーフェクト上裸という、なんとも寒そうな恰好をしている入れ墨だらけの男、スコーチ。


「ヤレヤレ、ついにゲームチェンジャーのお出ましか。もう少し後にして欲しかったのだが」


 ―――謎のレザージャケットの男、グッドキース。


「うわっ! 出たわね! 数々の生産職を蛇殻次へと案内した功績を認められ、子供や主婦層から絶大な人気を誇るインターネットイキり悪ぶりおじさん連盟『フロストバーン』!」


 突如マッチングした、悪ぶってこそいるが別に悪いことをPK可能エリアでのPKぐらいしかしていない(そしてそれは別にこのゲーム内では悪い事でもなんでもない)男達……『フロストバーン』に対し、クリムメイスは彼らの―――特にベロウの心を一撃で粉砕するであろう言葉を放った。

 なんと素早い先制攻撃、これを見逃すなというほうが難しいだろう。


「おいテメェエエエ! そのノリは掲示板以外でするんじゃねェエエエ! そのツインテール引き抜いて顔面ひっぱたくぞ!!」


 当然ながらその言葉にベロウは激昂し、この世のものとは思えない暴言を放つ。

 ツインテールを引き抜いて顔面ひっぱたくなどという恐ろしすぎる恫喝にクリムメイスは、きゃあ怖いっ、なんて言いながら近くのハイドラに抱き着き、その頬を無言右ストレートでぶん殴られた。


「なにいッ!? ツインテールだと……! ちくしょうが!」

「うわっ!? どうしたスコーチ!? 急に!」


 開幕致死級の言葉を放たれて既に呼吸を乱すベロウだったが、そんな彼の横でスコーチが目を見開いて驚き、そのままがくりと膝を折る。

 ……急になんだ!? こいつホント分からねえ!

 ベロウは結構長い間共に過ごしたのに未だに理解の及ばない行動しかしてこない相棒に軽く絶望を覚える。


「すまねえ……相棒……俺はツインテールと身籠った女だけは手に掛けねえって誓ってんだ……この戦いは俺抜きでやってくれ……」

「はアッ!?」


 そして小さな声で自分がこの戦いに参加できないことを悔しそうに告げるスコーチ。

 ……身籠った女はともかくとして、なぜそこに並ぶレベルの存在としてツインテールが挙げられるんだ!? 微塵も理解できない相棒の言葉に思わずベロウは目を剥く。


「やった、ツインテールで初めて得した!」


 完全に戦意喪失したスコーチを見ながらクリムメイスがガッツポーズを取る。

 普段は敵対勢力であるポニーテールのハイドラに忌み嫌われることぐらいでしか存在意義を出さなかったクリムメイスのツインテールっぽく見える頭装備だったが、ここに来てツインテールには無条件で降伏する存在が現れ急速に存在感を強めてくる。


「……いや、よく見たまえ。Mr.スコーチ、あれはツインテールっぽく見えるだけの頭装備だ、彼女実際はただのショートカットだよ」

「……なんだと?」


 4対3でも余裕そうなのに、4対2になったなら勝利は確実ね! と、調子に乗るクリムメイスの頭を唯一素性が分からない謎の男ことグッドキースが指差し、スコーチは、抵抗する気はない殺せ、といった様子で伏せていた目をカッと開いてクリムメイスの頭部へと鋭い視線を飛ばす。

 気付かれては不味いとクリムメイスは急いで頭部を隠すが―――。


「……マジでツインテールじゃねえじゃねえか! テメェッ! ツインテール虚偽罪で死刑だッ!! 手足切り落とした後で豚の餌にしてやるッ!!」


 ―――その程度でツインテールを身籠った女と同列の存在として扱うスコーチの目を騙せるわけもなく、あえなくクリムメイスがツインテールではないことは見抜かれ……どころか、死刑宣告まで食らってしまう。


「やっぱツインテールってクソね」

「別にあたしも好きでこんなの付けてるわけじゃないのに……ぐすん」


 戦意がゼロだった先程までとは打って変わり、燃えるような戦意……どころか殺意を見せるスコーチを見て、ハイドラはどこか勝ち誇ったような表情で自慢のポニーテールをふぁさりと揺らし、クリムメイスは綺麗な嘘の涙を零してみせつつ、ハイドラのポニーテールが宙に舞ったことによって姿を見せた彼女のうなじをガン見した。

 恐ろしく素早いうなチラ、あたしじゃなきゃ見逃しちゃうわね、なんて心の中で呟きつつ。


「ったく、緊張感に欠けるぜ! なあ、カナリア、お前もそう思う……」

「ローラン、魔力熱線ですわ~」

「え」


 放っておけば延々コントし続けそうな互いの連盟員たちを見て、思わずリーダーってのは苦労するよな! とでも言いたげな雰囲気でカナリアに話し掛けたベロウだったが、話し掛けた先のカナリアは気が付けば巨大な黒い獣脚類ことローランを呼び出しており、更にはローランに絶死の熱線を吐かせる指示を出していた。


「……にゃ? ごめんなさい、なにか言いまして―――」


 直後、自分が話しかけられていたことにカナリアは気付くが、GOサインを出されれば喜んで魔力熱線をぶっ放すのがローランだ。

 当然、自分の主人が相手と話そうとしたからといって出された命令を取り消すことなどはせず、その口から青白い光線を吐き出し目の前の三人組を薙ぎ払うように首を振った。


「先輩……」

「カナリア……」

「流石にそれはちょっと……」


 どう考えてもまだやり合う雰囲気じゃなかったのに、一切空気を読まずにローランに攻撃命令を出していたカナリアに対し『クラシック・ブレイブス』の面々が非難の籠った目を向ける。

 ……まあ確かに、わざわざ話す必要はないし、早くポイントを稼いだほうがいいのだからカナリアの判断は極めて正しいのだが……。


「え、えぇ? わたくしが悪いんですの? 納得いきませんわねえ……」


 判断が正しいことと、人として正しいことは、時として同じではない……不意に父の言葉が頭を過り。

 思わず腕を組んで少々不機嫌そうに唇を尖らせつつも、流石にいまのは自分が普通に悪かったと思うカナリアだった―――。


「ククククク……! それで勝ったつもりかね!」


 ―――で、終わるのは三流以下の悪役だ。

 『フロストバーン』は稀代の一流ワル(だと自分では思っているオッサン)が集った連盟なのだから不意打ちの魔力熱線程度では死ぬどころか怯みすらしない。

 まだまだ戦いはこれからである。


「こ、こええっ! こええよ! あのカナリアとかいう女! いきなりぶっ放して来やがった! はああっ……嘘だろ……信じられねえマジで……」


 怯みすらしない。

 ベロウは悠然とした様子で膝を折って地面に手を付き、荒い呼吸を繰り返しながら目尻に涙を溜めた。

 怯みすらしていない、怯んでいる暇なんてない。

 なにせ、まだまだこれから戦わなきゃいけないのである、残念ながら。


「すげえな! てめえのその犬ころ!」

「そうだろう、そうだろう、私のハーティは凄いだろう……ククク……」


 完全に怯んでなどいないベロウを挟んでスコーチはグッドキースの背後で静かに佇む巨大な黒い狼……その口が喉近くまで裂けるというメガロ・マニアに似た特徴を持つ狼―――つまり、多かれ少なかれ妖精に近しい狼ことタイド・ウルフ『ハーティ』―――を驚きと喜びの混じった表情で見上げ、グッドキースは自分の相棒が褒められたことをまるで自分の事かのように喜ぶ。


「あら、それは……」

「流石に気付くかね。そう、君の後ろのそのデカいトカゲと同じさ。……カナリア、君には感謝しているよ。第一回イベントで君がセントロンドを吹き飛ばしてくれたおかげで、私もまたこの可能性に気付けたのだからね」


 グッドキースが眼鏡のブリッジを中指でくいっと上げながらニヒルな笑みを浮かべる。

 ……どうにも、彼の相棒であるハーティもカナリアのローランのように『フィオナ・セル』の魔力を貪ることで進化を遂げた存在であるようだ。

 となれば、ローランの魔力熱線はハーティの身体で防がれれば無効……どころか吸収されてしまい、効果を成さないことは簡単に察せられる上、この三人組が見た目よりも強敵であると判断できる。


「相棒! 派手にぶちかましてやろうぜ!」

「あ、ああ……うん……仕事の時間、だな!」


 カナリアとグッドキース……否、カナリアがハーティに、グッドキースがローランに出方を探るような視線を向ける中で、スコーチとベロウが並んで駆け出す。

 どうやら構図的にはカナリア対グッドキース、ウィン・ハイドラ・クリムメイス対ベロウ・スコーチとなるようだ。


「クリムメイスさん! あの人達は二人とも闇術ビルドだよ! 『クリスタルアロー』!」

「ベロウはともかくスコーチまで? 人は見掛けによらないのねっ! 『雷槍』!」


 自分達へと迫ってくる二人へ向けて、まずは手始めにウィンが結晶化した『マジックアロー』を、クリムメイスが『雷槍』を放つ。


「相棒! まずは後ろの貧乳ローブから潰すぞ! 『ニードルアイス』!」

「ああ! 耳の仇だな! 『バレットファイア』ッ!」

「ちげえ、よっ!」


 それに対し、僅かに横に逸れて青白い魔力の矢と黄金の雷の槍を回避しつつ……お返しとばかりにマフラーが目立つ異形の錫杖からベロウは氷の槍を、スコーチは炎の弾丸をウィンへ向けて放つ。


「通るかっての……っ!?」


 とはいえ、距離的に回避が困難なものでもないのでクリムメイスが射線上に割って入り怨喰の大盾で防ぐ―――が、想定以上に自らのHPが減ったことにクリムメイスは違和感を覚える。

 ベロウとスコーチが放った闇術というものは、炎や氷といった形を取るものの攻撃属性的には全て『闇』であり、二発目に受けたスコーチの『バレットファイア』は怨喰の大盾の性質上ダメージを全カットされている……なので、クリムメイスのHPはベロウの『ニードルアイス』だけで7割削られたことになる。


「どんだけINTとDEVに振ってんの……『大回復』」


 盾に身を隠しながら導鐘の大槌を軽く振ってクリムメイスは自身を回復させつつ、半ば呆れた様子で呟いた。

 闇術はINTとDEVに平均的に振らねば火力が伸びず、そして使用に際し当然ながらMPを必要とする注文の多い魔法だ。

 だのに、それを用いて50%カットされた上で3500近いダメージを叩き出してみせたベロウとスコーチのステータスは、現状レベルキャップである100Lvに達してもステータスポイントは110しか得られないことを考えると『HP:9、MP:1、INT:50、DEV:50』―――HPを5000丁度に調整し、MPは少なくとも下位魔法が一度使用できる100だけ確保―――といった所だろう。

 あるいは、レベルキャップに達していなければ、そこからHPを削っているはずだ。


「ハイドラ! そいつら、めっちゃHPとMPが少ないはずよ! STRとDEXに限っては多分ゼロ!」

「りょうっ、かい!」


 自らの受けたダメージ量からそう判断したクリムメイスが叫び、それを聞いたハイドラは距離的に近いスコーチへと斬りかかる。

 その手にあるのは少々刃渡りの長い両刃の曲刀と少々小振りなメイスという風変りな組み合わせの二つで一つの武器―――イベント前にダンゴが完成させた新たなギア・アームド【ウォン(トゥ)キル】だ。

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「え、えぇ? わたくしが悪いんですの? 納得いきませんわねえ……」  判断が正しいことと、人として正しいことは、時として同じではない……不意に父の言葉が頭を過り。  思わず腕を組んで少々不機嫌そう…
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