103-公式生放送番組『最果ての篝火』第二回
本日は2話更新となっております。
まだ未読の方は前回も合わせてお楽しみください(文字数が少ないのでサックリ読めますよ!)。
「皆さん、盛り上がってますかーッ!」
第三回イベントに不参加であるプレイヤー達が集うハイラント、その広場の中央にて真っ青な修道服を身に纏った男が周囲のプレイヤーに向けて大声で問う。
「うんうんッ! こっちの盛り上がりは最上級ゥーッ! イベント参加者たちの盛り上がりも……」
すれば勿論、周囲のプレイヤーからは大きな歓声が返され、真っ青な修道服の男は大きく頷きを返しながらバッと振り返り、空中に投影されたイベント会場の光景―――プレイヤーたちが【騎士】たちの怪電波攻撃によって地面に横たわり、試練開始前から死屍累々の様相を見せる光景―――を目にして。
「……最上級ゥーッ!」
即座に見なかったことにして、盛り上がっていることにした。
顔まで修道服と同じような真っ青になってしまったが、まあこの会場の熱気が誤魔化してくれることだろう。
「……はい、というわけで始まりました。オニキスアイズ公式生放送『最果ての篝火』第二回、今回はゲーム内からお送りさせて頂きます。青ざめた修道士『アルファド』こと声優の深夜と……」
一瞬高くなったテンションを一瞬で平常より若干低い程度に戻されながらも真っ青な修道服の男―――ネームドNPCである『アルファド』……のアバターをした深夜は挨拶を始めた。
「皆様、お久しぶりです! あの世から現世行き冥界発の列車に乗って還ってきました! 妖精鉄道アクシェの可愛い車掌さんことシヌレーンです! ……嘘です! シヌレーンちゃんの声優だった駒城です!」
それに続くのは第一回イベントの最後にて、カナリアに『人間を殺した際のポイントを知りたいから』等という酷すぎる理由で殺害されたNPC、シヌレーン……のアバターをした駒城。
「うわあ、困ったなあ。今日はゲーマーとして来てるのに隣の席の方幽霊じゃないですか。どうも、ウル・ザーランドこと霊能力者のツキムラです。いや私はリアルの名前出しちゃダメだろこれ。ツキムラじゃなくてウル・ザーランドです」
最後に軽快な霊能力者ジョークとゲーマー目線の的確なセルフツッコミによるダブルインパクトを決めるツキムラことウル・ザーランドが名乗った。
深夜は相変わらずコメントに困るウル・ザーランドの霊能力者&ゲーマーという強すぎる属性に頭を悩ませながらも、そこにツッコミを入れていてはゲーム側が殺しに来ることは前回散々思い知らされたので無視する。
「あれ!? 深夜さん、今日は田村さん居ないんですね」
「あ、うん。ちょっと色々あって。ただ! その代わり凄いゲストをお招きしてるからね! さあ、どうぞ!」
そんな深夜を見ながら少々わざとらしく、駒城は今回は運営サイドの人間……田村がこの場にいないことに驚いてみせる。
……そう、田村は今回の生放送にも出る予定だったが『頼むからもう二度と俺をあそこに出さないでくれ、アンコントローラブルすぎて心が死ぬ』と涙ながらに語り、止む無く欠席となってしまったのだ。
そして、その代わりとして急遽呼ばれたのがこの『凄いゲスト』なのだが……深夜はそのゲストに対し期待と不安が半々といったところだった。
なにせ―――。
「はぁい! みなさまぁ、こんにちはぁ! 新時代的歌姫、『Artificial intelligence IDOL』―――AiIの永愛々ですっ!」
―――そもそも人間ですらないのだから。
バーチャルの世界に肉体及び魂……その全てを持つデータ上だけに存在する歌姫……AiI。
その記念すべき第一号こと愛々が美しいプラチナブロンドのツインテールを揺らしながら、機械とは思えない愛嬌たっぷりな笑顔を振り撒いて挨拶をする様を見て、深夜は技術の進歩に驚くと同時に少々恐ろしさを感じてしまった。
「うおおおっ! あいあい! ヤッターッ!」
「殺伐としたオニキスアイズの世界にアイドルが!」
「いやあいあいダメだよこんな地獄に来たら! ロクなもんラーニングできないよ!!」
しかし、その深夜の小さな恐怖心と大きな不安感は観客席から響く愛々の登場を喜ぶ声―――一部、彼女がこのオニキスアイズにおける崩壊した倫理観に汚染されることを懸念するような声も聞こえた気がしたが、気のせいだろう―――によって吹き飛ばされる。
……一方で深夜は、良かった、案外普通の子だ……と、静かに胸を撫で下ろす。
というのも、空いた田村の席を埋めるゲストが(第一回が地獄絵図となったことも相まって)まったく見つからない中、唯一自分から参加したいと猛烈にアピールをしてきたのが彼女……永愛々だったのだが。
基本的には事務所の指示に機械らしく従うだけの彼女が珍しく自分で興味を持ってアプローチしてきたらしいのだから深夜は心配だった。
……なんせ、こんな地獄に興味を持つ非人類に不安を抱くなというのは無理な話だ。
「えー、やだー、あいあいじゃないですか。私めっちゃファンなんですよ、えっ、やばいやばい、やばすぎてシヌレーンさんのこと除霊しちゃいそう」
「ちょっと! やめてください! 霊ハラです!」
「アハハ冗談ですよ」
……深夜がほっと一息吐いてる間に霊能力者と殺された女のアバターをした同僚がコメントに困る漫才を始めてしまったが、そこにいちいち関わっていては話が進まない。
深夜はウル・ザーランドの横に腰を落ち着けた愛々へと向き直り、(今回もまた前回同様に)本番直前に手渡された薄っぺらい台本に唯一書いてあった……『永愛々が参加したがった理由を聞く』という一文に従うことにした。
「実は今回、あいあいはお呼びしたわけではなくて、ご自分でオニキスアイズに興味を持って来てくれたらしいんですけどね。ぶっちゃけなんでなの?」
「はいっ! えっとぉ、私ってぇ普段は皆様に喜んで貰うために活動してますからぁ、『嬉しい』とか『楽しい』って感情だけをラーニングしてるんですけどぉ……」
ちなみに深夜はこの質問だけはしたくなかった。
台本に書いてあるので仕方なくしたが、本当はしたくなかったのだ、だって―――。
「このオニキスアイズって世界はぁ、なんだかとってもネガティブな……『哀しみ』とか『怒り』を人間が感じるはずの悲劇や惨劇に満ちてるはずなのに、でもみんな楽しそうにしていて、嬉しそうにしていて、すっごいすっごい興味深くてぇ! 我慢できなかったんです! だってだって、腕とか脚とか取られちゃってぇ、酷い殺され方してるのに喜んでる人までいるんですよぉ? 人類大体ラーニングし尽くしたかなぁ~とか思ってた自分が恥ずかしいですっ!」
―――聞かなくても返答がヤバいことになってるのは分かってるじゃないか……! 満面の笑みで恐ろしいものを学びに来たのだと告げる愛々を前にして深夜は笑顔のまま硬直した。
やめろ、やめてくれ、そんなので喜んでいるのは一部の狂人だけだから……そんなところに関してラーニングしたら君、地上波に戻れなくなっちゃうから……真っ当なアイドル生命終わっちゃうから……!
「それにぃ! 『天国へ行く最も有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである』って言いますしぃ! みなさんを天国に連れていくのがお仕事な私としてはぁ、SNSで『VRMMOにていま最も地獄』と評されるこの世界のことはよく知っておかないとなぁって!」
出来れば自分の顔が強張っていることに気付いて口を止めて欲しかった深夜だったが、ポジティブな表情以外は検知しないように作られているらしい愛々が、てへっ! なんて擬音の似合う可愛らしいアイドルスマイルを浮かべながらぱぁっと手を広げた様子を見て深く感じる。
やっぱ爆弾じゃねえかこの人工アイドル、と。
愛々はなんとも楽しそうにしているが、会場は沈黙に包まれており……吹き飛んだはずの恐怖と不安が倍の速度で帰って来て自分の期待を轢殺したことを深夜は静かに理解した。
「うぅ……なんてことだ……俺達が倫理を投げ捨ててオニキスアイズをプレイしたばっかりに……あいあいが邪悪に染まってしまう……」
「いや待て、だが逆に考えれば、あいあいがカナリアとアリシアをラーニングすれば……あいあいに殺して貰えるのではないか!?」
「だからその思考が彼女をここに呼んじまったんだろうが! うん、悪くねえな! 俺賛成! あいあいー! いっぱいオニキスアイズの世界を楽しんでねーっ!」
しかし、静まり返った会場はやがて『あいあいようこそ地獄へ!』『歓迎するぞ歓迎!』『歌って踊れるだけじゃダメだな! 殺しもできないと!』といった歓声に包まれ、(明らかに人間として間違った盛り上がり方ではあるが)間違いなく盛り上がっていく。
「えぇ……」
当然ながら深夜はなぜ会場が盛り上がっているのかまったく理解出来ずに思わず掠れた声を漏らした。
推しに殺されるなら本望……そういうことなのだろうか?
徐々に大きくなるあいあいコール(ウル・ザーランドと駒城まで一緒になってやっている)と、それを浴びてわぁはー! なんて言って喜びながら手を振り返している人工知能アイドルに深夜が戦慄したのは言うまでもない。
「……ま、いいか! よし、そろそろイベントの方見ていこっか!」
「はぁい! よぉーし、いっぱい地獄ラーニングするぞぉー!」
が、戦慄していても番組は進まないので、深夜は考えることをやめて雑にイベントを進行させる。
……しかし、地獄とやらのラーニングに愛々本人はノリノリのようだが、やっぱりそれをラーニングしたら老若男女誰からも愛される完璧なアイドルにはもう戻れないのではないか?
なんて深夜は思いつつも、まあいいか、と言ったばかりなのでツッコミはせずに空中に投影されたモニターのひとつを適当にピックアップすることにした。
すると、そこに写っているのは石で作られた円状の無機質な部屋……観客席のないコロッセオとでも表せそうな部屋。
それこそは試練が行われる黙示録の塔の内部であり、ここは『戦争の試練』と『勝利の試練』が行われている『黙示録の塔 第一層』らしい。
見たところかなりの広さがあるようだが、中には7人のプレイヤーしかおらず、どうにも『戦争の試練』と『勝利の試練』では同じ階層に居たとしてもマッチングした2パーティーだけが顔を合わせる仕様のようだ。
「さてさて、不肖わたくし深夜が適当に選ばせてもらいましたが、ここで今まさに戦いの火蓋を切ろうとしているのは……ウッ……!」
……今回のイベントにて、不参加のプレイヤー達が見る観戦用のモニターには戦闘中のプレイヤーの名前と発動したスキルの名前などが表示されるバトルログが出ており、ゲームの内容について詳しいとは言えない深夜や駒城であってもリアクションは取りやすい……のだが、表示されたプレイヤーの名前を見て、深夜はまだ戦闘前だというのに苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべてしまった。
「あーっ! 私、この人のことすっごい注目してるんですよぉ! カナリアさんっ! いやもうファンといっても過言じゃないかも! ですっ!」
だがそれも仕方がないだろう。
彼が適当に選んだモニターに表示されていたのは、カナリア率いる『クラシック・ブレイブス』と故無き一般連盟の試合だったのだ。
カナリア……第一回イベントにてアリシアと共に和気藹々とするはずだった同イベントを徹底的に破壊し尽くした少女であり、最終戦においては舞台であった王都を爆破して100万以上のNPCを殺害した挙句―――。
「ええっ! ショックです! あいあいが私を殺した人のファンなんて……」
「あははぁ、ご愁傷様ですねぇ! でもシヌレーンさんだけじゃないですしぃ、殺されたのぉ!」
「あー確かに! 私なんて百万分の一の犠牲に過ぎなかった!」
―――この隣に座る駒城……が声を担当していたシヌレーンを殺害した張本人でもある。
とはいえ、駒城自体は生放送中に自分が声を担当しているキャラクターが殺害されたにも関わらず別段そこまでカナリアに悪感情は抱いているわけではないらしい。
が、だとしてもカナリアが画面に映ればろくなことがないのを深夜は知っていたし、彼女が王都セントロンドを爆破した光景を見て田村が白目を剥いてぶっ倒れたのも事実。
更にその結果として、テロリストのファンであるなどと嬉々として公言するこのアイドルを呼ぶことになってしまったのもまた事実だ。
「いやあ、これは酷い試合になりそうですね。相手方には失礼ですけど、そんじょそこらのプレイヤーじゃ相手になりませんよ、あの連盟は」
突然カナリアが映ったことによって深夜が急性カナリアシンドロームを起こし、なにを喋ればいいのか分からなくなる中でウル・ザーランドが冷静な解説をする―――と同時、まず『クラシック・ブレイブス』と対峙する男達三人の内、遠距離型のビルドであろう装備の男が巨大な矢によって胸部を穿たれて死亡する。
「わぁーっ! すごいすごぉい! 挨拶もせずに死を与えてるぅ! すっごい効率的です! ステキすぎて惚れちゃいそぉ~……」
「一般的には非常識ですけれど、クロムタスクのゲームにおいて挨拶は相手がした時に気分が良ければ返すものですからね」
むしろ挨拶を強要する方が無礼に当たります……と、ゲーム内のアバターにまで装備させてる胡散臭いサングラスのブリッジをクイッと上げつつウル・ザーランドが付け加えるが、深夜はもうそこはどうでも良かった。
それよか真顔で人間を射殺すカナリアを見て、それこそアイドルのライブに来た年頃の少女みたいにきゃあきゃあとはしゃぐ愛々の姿にどう反応すれば良いのか、それだけを考えてい―――る間に、さらに追加でひとり男が射殺される。
ああっ! 考える暇すらくれないなんてっ! 深夜は無言で顔を手で覆う。
『あっ、あっ……ああっ……ま、待って……! お、俺はウィンさんに殺されたいんですけど……!』
素早いダブルキルに再び愛々が凄い凄い! 本当に凄いんです、カナリアさん! と幼女のように喜ぶ中、残った最後のひとりがカナリアへとどうせ殺されるならウィンに殺されたいという謎の懇願をし始める。
……仕方がないことだ。どうせ死ぬのが決まった今、彼に出来ることは自分を殺す相手を選ぶぐらいなのだから。
『だ、そうですけれども……』
『え、えぇ……? いや、ごめん。そう言われても……ウィンどうしたらいいのか分かんない……てかちょっと引くかも……』
『と、いうわけですので……』
『ち、ちくしょうっ……!』
しかし、選んだからといって選んだ相手が殺してくれるかは分からないのが人生の難しいところだ。
男は結局『夕獣の解放』によってSTRを高めたカナリアの殺爪弓でオーバーキル気味に殺害されてしまう。
「『夕獣の解放』って『獣性の解放』で支払うMPを『夕闇への供物』ってスキルを使って、HPで代替えしたスキルだったのか……!」
「結構オリジナルの名前適当に付けてスキル誤魔化すプレイヤー多いからな、このゲーム……このバトルログ、かなり役立つぞ……!」
「名前が分かれば手に入りそうな場所とか条件の手掛かりになるしな……! あいあいだけじゃなくて俺達もラーニングだっ!」
さて、どうしたもんかな。
呼んだゲストの人工知能はテロリストの残虐性をウッキウキでラーニングしてるし、相変わらずイベントはコメントし辛い猟奇的展開が多いし、同僚の駒城と霊能力者はそこ全然気にしないで普通に実況してるし、観客たちは解明されたカナリアの超攻撃力の謎の一端に沸き立ってるし。
……もしかして俺がおかしいのかな?
「ははは、最近のゲームはすげえなあ」
深夜は無言で己の正気を疑い、乾いた声で笑うしかなかった。