101-黙示録を前にして、フィードバック
「諸君、よく集まってくれたな。まずは、ありがとうと言わせてもらおうか」
ハイラントに存在する最大級の『拠点』、【鈍色の廃城】。
その薄暗い城の中、無骨な鎧に身を包んだ男―――リヴは後ろ手を組みながら目の前に並んだ無数のプレイヤーに対し、礼を告げる。
「我々は、現状『フィードバック』として活動させてもらっているが……ここに集まる、親愛なる諸君たちは。忘れていないだろう? 俺達の本当の目的を……」
そして、続いて手を広げながら不穏な雰囲気を纏う言葉を続ける。
すると、それを聞いたプレイヤー達がざわざわとにわかに騒がしくなり始める……集まってるメンツを見て〝もしや〟とは思っていたが、どうやら今日の集会は『あちら側』の話らしい。
いよいよ作戦が実行されるのか? 集まった男達が口々にそう呟く中、リヴは右手を高く上げて全員を静まらせる。
「今回の第三回イベント……内容は全員確認したな? 優秀な成績を残したプレイヤーには【騎士】の力が与えられるらしい……だが、俺はそこはどうでもよかった。俺が気になったのは……最後の一文さ」
言いながらリヴは運営からの告知メッセージを自らの背後にある巨大モニターに映し出して見せる。
そこには、優秀なプレイヤーには【騎士】の力が与えられること、【騎士】の力を与えられたプレイヤーとパーティーを組んだプレイヤーも【騎士】の力を行使できること。
……そして、イベント内かつそのプレイヤーに【騎士】の力が与えられてから10分以内に撃破することが出来たのならば、【騎士】の力を簒奪することができると記されていた。
「や、やはり仕掛けるんですか……ついにカナリアに!」
集まったプレイヤーの中、ひとりが驚いたような声を上げた。
「ほ、本当にやるのか、やっちまうのか……」
「心配デース……ダイジョブでしょか……」
「絶対中止だとおもてたヨ……」
すれば、それを皮切りに次々と集まったプレイヤー達が声を上げ始める―――そこにあるのは全て『不安』だった。
……当然だろう。
彼らはとある筋よりカナリアに関する情報を入手しているのだが、その際に得られた情報全てはカナリアへ攻撃を行うことへの躊躇いを生み出すものばかりだったのだから。
「狼狽えるな!」
なんだかんだといって、カナリアからは狙いを外すものだとばかり思っていたこともあり、一気に騒がしくなったプレイヤー達だったが、リヴの一声で静まり返る。
普段はメスガキに情けなく罵倒されているだけであり、連盟内での発言力も然程高くはない彼だが、この場……この怪しげな集会においては、どうにも絶対的なカリスマ性を誇っているようだった。
「間違いなく、カナリアは【騎士】の力を手に入れる……イベントの詳細は不明だが、それでも間違いなく手に入れる……あいつはそういう存在だ……だからこそ! 我々は彼女が【騎士】の力を手に入れた直後を狙い……撃破し、簒奪する! 【騎士】の力を!」
再び天高く拳を突き上げて力強く宣言するリヴ―――それと同時、その背後にひとつの動画が流れる。
それは、カナリアの口元についたクリームを撮影者らしき人物の指が拭ったところ、カナリアがその指に食い付いて悪戯っぽい笑みを浮かべるという内容の極短い動画だ。
ちょっとドキっとしちゃうカナリアの可愛らしいテロリズムに思わず、おおおッ! と集まった男達が沸き立つ。
「えっ? あッ、しまった。これ秘蔵映像ダメダメ……人に見せないって条件で譲ってもらったんだから……」
リヴは映し出された映像が間違っていたことをあまりにも大きな歓声が返ってきたことから察し、手早く映像をカナリアがインタビューに応えているのものに変更した。
それは公式が生配信で流していた映像の切り抜きであり、もちろんカナリアが背にする王都は滅んでいる。
先程のちょっとドキっとしちゃうカナリアの可愛らしいテロリズムを収めた映像から、シンプルに生命を奪う残酷なテロリズムを収めた映像に切り替わったことにより当然ながら大広間にはあああ……という分かりやすい男達の落胆の声が響く。
それを背に受けながらリヴは、お前ら正直だな、そういうところ好きだぜ、と小さく呟き、その手を大きく広げ振り返る。
「……このカナリアをわからせ! 【騎士】の力を簒奪し! その力をもって全てのメスガキをわからせる!! そうだろ、だって、俺達は―――!」
目に見えてテンションダウンする男達だったが、リヴが声を張り上げれば、その声に連なるようにして男達は腕を突き上げて自らの所属する本当の組織の名を叫ぶ……何度も、何度も。
「「「「若螺旋流! 若螺旋流! 若螺旋流!」」」
その名は『若螺旋流組』―――『わからせてやりたいVRMMOのメスガキランキング総合wiki』を作成・管理する者達であり、その名の通りVRMMO内にてメスガキに大人の恐ろしさをわからせてやりたいと願い続ける危険思想を持つ集団でもある。
そう、オニキスアイズ内の最大規模連盟『フィードバック』は、あくまで世を忍ぶための仮の姿に過ぎなかったのだ。
この連盟の『ゲームチェンジャーを仮想敵とする』という活動方針も、そこにはカナリアやアリシア、キリカのような『若螺旋流組』としても標的にするべきメスガキが現れやすいから、という理由があってのことだ。
「ククク……始めちまうぜ、スレッド・ワーカー。……良かったんだろ、これで?」
止まない『若螺旋流』コールを浴びながら、リヴは天井を見上げる。
無骨な兜で隠されたその表情は、どこか悲し気な目をしていた―――。
「ねえ、ちょっと。うるさいんだけど?」
―――……と、ここで話が終われば、(その目的はともかくとして)悪の秘密結社の恐ろしい集会の一幕として話が終われたのだが残念ながら現実はそう上手くはいかず。
怪しげな集会の開かれる大部屋の扉をバンと開け放ち、不機嫌そうに眉を吊り上げた黒いウエディングドレスの少女……フレイジィが乱入してくる。
「あっ……」
「「「あっ……」」」
相も変わらず鎖で雁字搦めにされたウエディングドレスを身に纏った、異様な格好の闖入者に若螺旋流組の面々は凍り付いた。
さながら、手を滑らせたせいで床に落ちていくコップ―――という名の信頼―――をただ見つめていることしか出来ない……といった様子である。
せめてもの救いは、そのコップの中には水が満ち満ちていることがなく、最初から空だったことか。
「…………ちょっと、なんでカナリアを映してるわけ?」
自分の顔を見ながら完璧に凍り付いた男達を軽く一瞥した後、その男達が、見上げている巨大なモニターへとカナリアを映していたことに気付いたフレイジィは益々不機嫌そうに眉を潜め、腕を組む。
……どうしよう、なんて言おうか……このメスガキわからせたいから映してた……なんて当然、言えないし……。
男達の視線は自然と闖入者であるフレイジィから自分達のリーダー格であるリヴへと移る……えっ、俺がなんとかするの? いや無理だよ? リヴは思わず小さく首を横に振った。
「どうしてよ、この私がいるって言うのに! なんでカナリアなのよ! 気に食わないわ!」
「えぇっ?」
しかしリヴは声を荒げながら腕を組んでそっぽを向くフレイジィの姿を見てはっとする。
……そう、今まで知る機会がなかったが、こんな危ない大人達と同じ連盟に思春期折り返し程度の少女であるフレイジィが身を置いているのは(一方的に)ライバル視するカナリアを倒すためなのだと気付いたのだ。
「なんでって、次の標的が……コイツだからだよォ……」
こいつは、使える……! 思わずニヤリとフルフェイスの兜の中で口角を吊り上げたリヴは、そう考えてフレイジィの肩に手を回しつつ、甘い声で囁き掛けて大画面に映り込んだカナリアを指差してみせた。
「キモいから触らないで」
「ぐああっ!」
すれば、思春期真っ只中の少女へと不用意なボディタッチをしてしまったリヴはその頬に自らの犯した罪と同じ程に重い渾身の右ストレートを打ち込まれ、地面に崩れ込むことになった。
……言葉で大人の心を傷付ける魔法使い型メスガキが彼女の相方であるイーリだとすれば、彼女は物理的攻撃により大人を痛めつける戦士型メスガキと表すのが相応しいだろうか。
「……でも、その作戦には私を組み込みなさい! 必ずよ? このフレイジィ様が、この女をスマートに殺してやるから」
そんなメスガキ族の誇り高き戦士ことフレイジィは、倒れ込んだリヴの頭を両手で挟み込み、互いの息が交わりそうな距離までぐっと顔を近付けて力強く睨み付ける。
その瞳に燃えるのは怒りの炎、激しく、理不尽で……それは、リヴ達わからせおじさんがメスガキ達に抱くものに近い。
暗く、心を焼き焦がす、闇の炎だ。
―――……この女、瞳の中に俺と同じ闇が見える! リヴはフレイジィの中に燻る暗い感情を見抜き、思わず心の中で彼女を憐れんでしまう……。
「お、お嬢さん……近いですよォ……」
しかし、それも束の間……リヴが思わずといった様子で呟く。
なんせ、こんなにも近くに可愛らしいメスガキの顔があってはリヴは呼吸すらままならなく、のんびりと憐れんでいる余裕は無いからだ。
実際、その声には緊張が露骨に表れ上擦っていた。
「マジでキモい! 死んでちょうだい!」
「ぬぅわああっ!」
自分の声がイケボだと勘違いしていそうなリヴの気取った声に、全身を粟立てつつフレイジィは素早く彼の股間を鋭く蹴り上げる。
VR世界故、その一撃によってリヴの新たなる生命を生み出す神秘的な器官が破壊されることは無かったが、そうだと分かっていても彼は絶叫せざるを得なかった……それが遺伝子に刻まれた本能なのだから。
だが。
「……クッククククク……フフフハハハ……」
「な、なによ……」
自分の股座に手を突っ込んで丸まるリヴが、突如として肩を震わせながら闇の笑い声をあげ……ゆらり、と立ち上がる。
その幽鬼めいた姿に思わずフレイジィは一歩後退りをして、怪訝そうな表情をリヴへと向けるが―――リヴはそんなフレイジィを無視し、自分と同じように股座に手を突っ込んで内股になっている男達へと向き直る。
「なァ。お前ら……実はよ、俺には、スレッド・ワーカーが立てたヤツよりもよっぽど良い計画があるんだが……乗るか?」
そして、口にするのは……リヴがこの組織の長である『スレッド・ワーカー』の計画を良しとは思っていない、と、暗にそう思わせる言葉だった。
同組織において絶対である『スレッド・ワーカー』の意思に背こうとしている……そう捉えられてもおかしくないことを口にしたリヴを見て、再びざわざわと一気に騒がしくなる男達……リヴはなにを言っているんだ? いや、だが待て、今回は流石に俺も……。
「なんでそれを今頃言うんだ?」
様々な憶測が飛び交う中、場を埋め尽くす戸惑いの声を切り裂いてひとりの男が声をあげた。
すれば、周囲の男達は次々にそうだ、そうだ、と頷き、説明を求めるような視線をリヴへと飛ばす。
当たり前だ、なんせ、スレッド・ワーカーが立てた計画は既に最終段階へと突入しており、今頃別の計画に変えることなど不可能に近い。
「正直言って、俺の計画は最良の顛末を迎えられる代償に、成功率がかなり低い。そして、リスクを伴う。だから、最初は俺とギンセだけで実行するつもりだった。けれど、今この瞬間、事情が変わったんだよ……このカワイ子ちゃんのお陰でなぁ?」
男達の視線を受け、リヴが静かに今の今まで自分にも計画があることを黙っていた理由を話し、そして、この場でそれを明かした理由も話しながら、未だに自分を睨みつけているフレイジィの肩へと手を回そうとして無言で回避される。
「はぁ? なんで私があんたのロクでもない計画に関係するのよ」
「クククッ! だって、お前。殺したいんだろ? この女のこと……」
「それは、そうだけど……」
なにやら良からぬ算段に自分が組み込まれていると気付いたフレイジィが眉を顰めれば、リヴは再び肩を揺らして笑い……親指で自分の背に映るカナリアを指差した。
そして、ざわざわと三度騒がしくなる男達……どうにもリヴの計画はカナリアを標的としたものらしいが―――そもそもとして、それは最初からそうであり、なにも改まって言うことではない。
「俺の計画はこうだ」
やはり分からないリヴの思惑に男達とフレイジィが戸惑う中、静かにリヴが自らの計画を語り始め、場は一瞬でしんと静まる。
「カナリアが【騎士】の力を得る前に、俺達が【騎士】の力を手に入れる」
静寂に包まれた場に響くのは、リヴの計画の概要……それは、あくまでカナリアが【騎士】の力を得た後に『奪う』ことを重要とするスレッド・ワーカーの計画に対し、完全に反するものであり―――。
「そして、その力を使い……別の玉座を〝簒奪〟するのさ」
―――明確な、裏切りの宣告だった。