憧憬を得る
彼女が手掛けるとドロップが良いのは理解出来た。
加護を与えられているのだから。
しかし…… 次の戦闘で彼女は黒蜘蛛の群れに火焔の杖を使ったのだが、おかしな事に。
「あ、有り得ない」
本来魔法では出難い『会心撃』が出たので、一掃だった。
別にクリティカル自体はおかしな事ではない。
しかしそこにドロップしたモノがおかしかった。
「うせやろ」
「また、初めてだねえ」
煙が払われると、二十個同時のレアドロップ。
クモから解体して得られる『素材』は毒腺くらいなものなので焼き尽くしたのは気にされなかったが、『黒絹の紡ぎ糸』は魔法職の装備材料として最高級の素材。
喜びはあったが謎のレア乱発にざわめく一同であった。
その後すぐに現れたクロカガチ2体はリンドが突き刺し、ルーが解体したが、特に何事もなく毒腺と毒牙と鎌鱗を解体した後、通常ドロップの毒針が出た。
体勢を整えたカイが気付く。
「これってさあ、ルーが攻撃した奴からはレアモノが出るんじゃない? 多分だけど」
「あぁ…… 確かに」
こうして、ほぼ正解を引き出した。
だが、元のチームで溜め込んでいた分の祝福がここに来て解放されている、というのは人の身で知り得るわけもない。
「じゃっ…… どんどん行こうっ!」
「今日だけで半年分は稼げそうだな」
「まぁ、全部ルーの取り分だから」
「そうでしたね」
「あはは……」
ルーは笑うしかなかった。
この探索はルーを歓迎するモノとして始まっているので、全ての収穫をルーに持たせる、と言うのだ。
……今まで、自分を中心に考えてもらう事もなければ、利用されるだけで日々を過ごしていた。
(ここには…… 自分を見てくれる、協力出来る人がいる。これこそ、私が憧れた冒険者達だ……!)
「わっ、どしたの、大丈夫?」
ルーの顔は、笑いながら、涙が溢れていた。
弓使いの女性スレムが背中を撫でてくれて、少し落ち着き場所を思い出させてくれた。
彼女は涙を拭って深呼吸し、気合いを入れ直す。
「平気です、行けます」
ルーはまた、皮算用に耽りそうになる。
どういう訳かレアが出やすくなっているなら、また黒鬼とか緑林虎とか出て来たらどうなるんだろう、と。
そして、胸元に仕舞ったままの小槌を見る。
(またエクストラが出たら、この小槌の事も明かしてしまおうか)
共に戦い、傷を癒し、ここまで来たのは信頼になるのだが……。
ただ、『打出の小槌』の効果は凄まじい。
(……レアだけで彼等の助けになるなら、小槌は言わない方がいいのでは? これはもう常識が変わるレベルよね)
ルーが考えた通り、使用回数制限が回復でき、損耗を直し、モノによっては増やせるのは『卑怯』に他ならない。
(ここで得られたレアアイテムをいくつカイたちに渡そうかなぁ……)
今までにない、人のための皮算用をしながら、彼女らは更にダンジョンを進む。
☆
「おっし、ここから獣道だ。左右警戒、今回は広場まで下がって対応するからね」
「グ ル ァ ア ッ!」
「お前には、言ってねえよ!」
《ゴッ》
カイのハンマーが、飛び掛かってきた黒鬼の頭に突き刺さる。
「あっ…… しまった」
頭の潰れた巨体が、地面に落ちていった。
一撃だった。
「ルーに止めだけでもやらせようと思ったのに……」
「アネサンに手加減出来るわけもない」
「あんだと」
「それそれ、その迫力がモンスターを怯えさせるんだ」
リンドが茶化した話にリクオが続く。
両手に刀を構え、バズの盾の向こう、正面に見える赤鬼にスキルを利かせながら、カイをからかった。
改めて、深層。
威圧感の塊のような鬼族の群れに、ルーは怯えていた。
「でっか…… い」
一際大きな赤鬼は手に大きな金棒を持ち身構えている。
背丈はカイの倍以上、体重は五倍以上だろうか。
その他にも黒鬼、赤鬼、左右に青鬼が見える。
カイに言われた言葉を思い返しながら、ルーは足を動かす。
「ゆっくりさがれ!」
「火の始末は僕がするから、もっかい火焔の杖やっちゃいな!」
彼女にベインから指示が飛び、下がりながら杖を構える。
「……いきますっ」
《カッ、ゴウゥンッ》
獣道に伸びた炎は大きな赤鬼に命中し、視界を奪われたモンスターは暴れだした。
悶える鬼は血迷って、足元の黒鬼を2体殴り倒す。
「ギャオオォオッ!」
「……全然効いてませんよ? これっ」
「赤鬼は火の耐性あるからね」
「じゃあ、次のこれは、別のモンスターに……!」
迫ってくる青鬼に、彼女は虎の子、火吹き笛を使う。
《ピュイイイイイイイ……》
《ゴゥワァッ、ゴォオオオオオ……》
火炎の渦に呑まれて、2体の鬼が倒れた。
「おお、どこでそんな魔法具を?」
「前のチームの、同郷の人から餞別にって」
「……良い人もいたんだねェ! よしっ、こっから迎撃!」
向かい合った陣形を崩さず下がった先は、四隅に大木の生えた広場。
さっき黒蜘蛛をクリティカルの爆発で倒した場所だった。
けれど敵意を剥き出し、待ち構えていた相手がいた。
「もう一匹、中型の赤鬼かよ」
「任せて」
《ドカカカッ》
スレムの矢が瞬く間に、片目、ノド、心臓と狙いたがわず撃ち抜いた。
(こんな早撃ち…… なんて精密な)
後衛の彼女も、前衛のカイに匹敵する位の実力の持ち主だ。
戦闘技能に疎いルーにも、それくらいは分かる。
(羨ましくて…… 眩しい)
それはきっと暗い感情。
でもこの嫉妬は、憧れに近しいモノだ。
陣形を整えたカイ達は、追い掛けてきた大赤鬼を迎え撃つ。
リクオが青鬼を返り討ちにし、更に飛び掛かる黒鬼をスレムの矢が撃ち落とす。
「……よし。切り払うぞ」
バズが盾に納めてあった大剣を引き抜き、一刀両断に黒鬼を、返す手で2体目を倒す。
その声を合図に、リンドが躍り出る。
鬼の足を払い、動きを止めたのだ。
「姉さん、出番だ!」
「わあってる……」
大赤鬼の目の前まで踏み込んでいたカイは振りかぶり。
「……よっ!」
《ドゴォオッ!!》
大槌を振り下ろした。
赤鬼の肩から胴体へとめり込んだ勢いは止まらず。
赤鬼を地面に叩き伏せた。
「あとは、俺の獲物だな」
ルットが低い姿勢で駆け抜け、鬼の首を掻き切る。
「あぁあ、出遅れた……」
先ほど火の始末に氷の魔法を使ったベインは悔しそうにしていた。
残っていた比較的小さな鬼達はリンドとスレムが片付けて、ルーが手を出す所はもうなかった。
「圧巻…… でした」
「んん、まぁ、それなりにね」
答えたカイは満更でもなさそうだったが、ここでルーの役目になっている解体の『法則』が確定するんじゃないかと内心で期待していた。
そして、その予感は正解へ。