証を得る
魔窟の入り口から程なくにある、壁に囲まれた街、『魔窟街』。
ルーとカイ達は、まず冒険者ギルドで各々が持ち帰った素材を売り払った。
素材のみで以前の『分け前』の凡そ三十倍の収入となり、またルーの頬は弛んでいた。
自分の力のみで稼いだという自信がその心地好さの理由だ。
さらにそれを自覚することで、顔が崩れてしまいそうな誇らしさにつつまれていた。
次に行った武器屋での鑑定作業は、思ったより難航した。
ここまで高価な武具には鑑定書が付けられるべきだ、とリクオも賛同してしまい、手続きが増えたのだ。
「は、はくっ…… 白銀王貨……!?」
しかし付けられたその価格は邸宅だけでなく、更に家令と護衛とメイドが3人程、10年雇える金額。
レアのほぼ倍の値段に、ルーは二度見を二度繰り返した。
多少の回り道をしたが、彼女らは最終目標地点へと進む。
ギルドからは歩きで5分程の大通り沿い、街の大壁門近くにある、物見の塔を有したその砦が、銀の角のセーフハウスだ。
彼女はここで、彼女が信じていた運命に出会う。
信じ続けて、祈り続けた運命の『断片』に。
☆
彼はこの時、自室で本を見ていた。
既に読み返し続け、暗記した薬学本のうちの一冊だ。
それはただ眺めているだけで、どこにも終わりはない。
予言された役目の時まで、どれだけ待てばいいのか…… 気が沈むばかりだ。
気だるい熱に膿んだ頭が痛む。
こんな一人きりの退屈は、普段の仕事をしているのと大差ない。
かと言って彼は人々との交渉やまとめ、繋がりが得意という事もないから、外回りに参加したくはない。
「おおい、戻ったぞぉ~」
「おっ、帰ってきたか、相変わらずデ『カイ』声」
嘲る様でありつつ、その声には喜びが隠せない。
広い邸宅に一人きりの待ち惚けには、飽き飽きしていた。
「……娯楽が無さ過ぎんだよなぁ」
この世界には『映画』も『小説』も無ければ、『音楽』すら希少過ぎ、好みの違いが致命的になる。
彼らの様な『転移者』『転生者』には、生活の潤いが足りていなかった。
「お帰り、リーダー」
「おう、ただいまタクト」
「……その娘は?」
「新しいメンバーだよ、アンタの後輩さね」
ルーの頭半分は革帽子に隠れていたが、栗色の髪は豊かに艶かに、赤み掛かった黒目は大きい。
目鼻立ちは少し幼いが、手足はすらりと長く、体の起伏は鎧の嵩も押し上げんばかりだ。
「美人だな」
普段の毒舌を忘れ、不意に目にした輝きに口の中で舌が滑った。
「オマエ…… 手ぇ出すなよ、潰すぞ?」
「おおい、ちょっと正直になっちまっただけじゃねえかよ。神官を辞めるまで俗事に耽る事能わず、だ」
「だといいんだがな」
「こっちは今日も待ち惚けだ」
彼が右手に下げた本を見て、カイは呆れ顔をしながら毒づいた。
「暇みたいだな、生臭坊主め」
(やれやれ、相変わらず、相手の答えを待たずに喧嘩腰なのはいただけない)
そんなやり取りを一時止めて、彼は顔をルーへ向ける。
「初めまして、お嬢さん」
「初めまして、生臭さん」
ルーは反感そのままに神官を睨み付けた。
ジロジロと体を見回してきた男に払う配慮はない。
少々短気ではあるが、彼女なりに培ってきた線引きだ。
その罵りを謝る気はなかった。
「……ふっはははは!」
「ぶはっ、生臭さん!」
「やっべえツボった」
「……まさか、その呼び方で通すつもりはねえよな?」
「すみません生臭さん。ではお名前を教えてください」
周囲は爆笑となるが、言い放った彼女の表情と姿勢は頑なだった。
「いや、不躾は俺のが先だな。すまなかった」
「お」
先に神官が折れた。
カイ達にしてみると、意外な早さだ。
「俺の名前は、タクト・オグマ、この邸宅の家主で、職能神官をやってる」
「へ?」
意外な言葉に、今度はルーが驚く。
職能神官。
この街で唯一の存在。
邸宅裏に併設された神殿が、日中の彼の仕事場だ。
「この娘はルー・ストーン。元ラウマリアの矢の調合士で、これからはうちの後衛の一人だね」
「へえ。ラウマリアの矢…… バッサリさんの所で期限切れ扱いかなんかされたのか」
「そうらしい。で、ここまでお連れしたワケ」
タクトの言う『期限切れ』が、ルーの身体を固くした。
「やめて、ください」
「あ、重ねてすまん。俺も元、期限切れだったから」
そんな事を言う彼の口調はあくまでも軽い。
ルーは信用できないと口を閉ざす。
「許してやってくれる? 当時コイツもグレていながら、口先ばっかり達者になりやがってさ。今も配慮とか知らない『生臭さん』だから」
背後から、また爆笑が増えた。
カイは暫くこの呼び方で通すつもりだ。
ルーは少し毒気を抜かれ、勧められたソファへと腰掛けた。
「それじゃ面倒事、金勘定を終らせよう」
「はい、宜しくお願いします」
「……何か、色々あったみてぇだな」
「タクト、こっちこい」
「んぁあ、説明ヨロ」
メンバー内で情報共有しているらしいが、指方って精算にも抗議する事はない。
クッションの効いたソファに清潔な絨毯、お茶まで出されて歓待され、さっきまでの悪感情は有耶無耶になっていた。
金額交渉にはもう一人、落とし穴から上がる時に手を貸してくれた男性探索者が参加した。
彼の名前はルット・アクセル。
落ち着きのある男で、必要最低限しか口出ししないが的確で、リクオの出していた条件や鑑定手数料等、掛けるべき部分には助言をしてくれた。
二人分のお茶と、焼き菓子がなくなる前に話は纏まった。
「交渉成立だな!」
「はい、ありがとうございます」
「しかし鑑定価格のままでいいの?」
「それ以上は暴利ですって……」
「すまないな」
こうして、ルーは大金を得た。
この魔窟街に来た目的が、半分叶えられたのだ。
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