影を得る
地上への道すがら、改めてルー・ストーンは考えた。
(ダンジョンに入って半日で、こんな事になるなんて)
上層で戦っていた時、予定より敵が多かった理由も、中層から黒鬼が迫って来た為だったのか、と。
雑魚モンスターは中層モンスターの気配に逃げていたのだ。
理解したが、本当に自分の幸運に驚いた。
お陰で素材は申し分なく背嚢に一杯。
上層で手に入れた素材は低級でも、『中層の強敵』の素材は文句なく高級だ。
弛む頬は治める手段がない程に弛み切っていた。
(この稼ぎがあれば、少しだけ休んでも平気かな……)
故郷への手紙も、しばらく送っていない事を思い出す。
手に持った刀を引き渡したら、改めて身の振り方を考えようと、彼女は明るい表情で魔窟の出口へ進むのだった。
☆
うってかわって、彼女の表情は曇りに曇り、淀んでいた。
素材を売りに来た冒険者ギルドに、元チームメイトがいたためだ。
(……さいあく)
改めて相手の顔を見る。
「何だ、やっぱり荷物運びになってたのか」
ひょろりとした細身の剣士は、隠す事なく彼女を見下す。
彼はリヒャルト・ブレイバー。
ラウマリアの矢のメンバーで、ルーがチームを辞める主な原因となった人物だ。
「……シルバーホーンか、良い所に雇って貰えたなぁ」
カイ達の姿にそう邪推したらしいが、誤解を解く理由もないし、都合も良い。
彼女は黙って横を通り過ぎようとするが、その肩に手が掛かり、止められる。
今更何の用があるというのか。
彼女はいぶかしみながら、彼を睨む。
「俺を奴らに紹介してくれよ」
彼女は表情を変えずに見返す。
(は? 腕はほどほど、戦闘の立ち回りは出来るが性格に最大級の難がある、とでも言えば良いのかしら?)
口には出さないが、彼女は彼を嫌っていた。
「奴ら、腕が良ければクランとかいう特別な枠組みに入れてくれるんだろ、俺なら余裕なハズだぜ」
言われた事と記憶を比べながら、彼女も確かにカイ達がそう言われているチームだと思っていたが、違うと今は知っている。
現在は七名だが、総勢は五十人余り居るというその『共同体』は損得のみで繋がってはいない。
彼らは共闘関係を持っているが、チームと同じく命を共にしながら、よりお互いへの信頼を厚く固く持っている。
名前通りに一族だと思わせた。
ルーがここまでの道すがら見た仲間を気遣い戦う姿は、今までいたチームとは別の集団だ。
「頼むぜ!」
(ゼッタイに嫌だ)
彼女はにっこりと、だが答えず、荷物を担ぎ直してカウンター横の会食堂に向かった。
「なんだいアレ、カレシかい」
「……刀、売らなくていいですか」
「おっと、逆か、悪かった。いや、趣味が悪ィなぁって思ってさあ。アタシならあんなの、武器の届く範囲に入ったら殴ってる」
「……ふふっ。いえ、元チームメイトです。私は追放されたんです」
「……あんた、調合士だったね」
初期職業の多くには『特殊恩恵』や『加護』がある。
が、その加護等も使いこなして次の職業へと進まなければ失われるモノだ。
ある物は期限が、ある物は回数制限がある。
彼女の恩恵は期限があり、今日が最終日だった。
「一年で次の『付与術士』か『魔工具士』、『薬師』になれないと、大概の奴らはポーターになっちまうもんなァ」
他の初期職業も上がれずに『荷運び堕ち』と呼ばれる事があるが、調合士はその率が高い。
元々の要求ステータスが低いのも、理由の一つだろう。
「ドロップアイテム目的にメンバーにはなれても、実際の戦闘に参加出来なければレベルアップが出来ないので……」
「しかし、だからって追放はないだろう。一体何があったんだ」
「つまらない、良くある話だと思いますが…… 聞いてくれますか」
彼女は自嘲気味に笑い、カイに自分の事情を話す事に決めた。
このクランに、賭けてみようと思ったのだ。
「最後の一日、最後の加護で少しでも稼ごうという覚悟で今日、ダンジョンに一人で入ったんですけどね…… 元はと言えば、チームにアイツが入ってから、おかしくなったんですよ……」
ギルドの酒場の区画に皆で座り、彼女は、今までの事を掻い摘まんで語った。
お金を稼がなくてはならない理由。
冒険者としてチームに入った事。
リヒャルトがチームに入った事で、肩身が更に狭まった事。
効率を求める方向性について行けず、チームに抗議した結果、期限もあって追放されてしまった事。
……どうやらヤツには自分が道具にしか見えていない事も。
隠したのはエクストラドロップの事のみ。
レアドロップの青い光に、刀を得たと締め括った。
見上げた、そこには。
「……がんばったねぇっ」
《ガバッギュゥウウウウウ……》
「ぐぇ」
迫り来る巨大な肉球があった。
……窒息寸前に離して貰えたのは約二分後の事だ。
「……ごめん、ちょっとアンタがあんまりにも不憫でさぁ」
「ごほっ、こほっ、いいえ、お気遣いなく」
「くっそ…… ラウマリアの矢の奴ら、次に逢ったらただじゃおかねぇ……」
「皆さんがどうこうする必要はないですよ、良くある話、でしたから」
とは言ったが、カイの大きな胸に抱きしめられた首は、確かなダメージを受けていた。
下級回復薬は使い切っていたので、仕方なく中級の回復薬を半分程飲んでおく。
カイは詫びてから、話を戻す。
「じゃあ、怨慈刀の話に入らせてもらうよ。二つ名付きはとんでもないレアモンだ。アンタさえよければだが、ちゃんと今の相場を武器屋で鑑定してもらって改めて話さないか?」
(見た目に反して優しい女性)
失礼ながらと自覚しつつも、ルーは考えて笑ってしまう。
女の美徳は『優しさ』、つまりは母性だと学校の先生が暑苦しく語っていたのを思い出したからだ。
それより、まず、彼女には言いたい事が残っている。
このチーム…… いや、クランなら。
今までの不遇であった自分でも、培った全てを使えば、きちんと評価されると思えたから。
「あの、聞いて欲しいお願いがあるんです」
「……なんだい?」
「私を、一族に入れていただけませんか」
「ああ、いいよ?」
あっさりとカイは答えた。
「……えっ、良いんですか」
「いや、さっきの話でさ、もうアタシから誘う心算だったから」
緊張から身を乗り出し、告げたルーから、力が抜けていく。
が。
「あっ、だからって、値引きは応じられませんからね」
《ブウッ……》
譲れない所は、言っておかなくてはならない。
カイの吐息が顔に吹き付けた。
……吹き出していたのは他にもあるが。
「ふぅくくくっ! アンタ、面白いわ」
狂暴な笑顔だが、ルーはもう恐くはなかった。
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