夢を得る
口元だけで笑う剣士が、大柄な女性にささやいた。
「姐さん」
「わあってるよ。なぁ、アンタ……」
「あ、ルーです」
「アタシはカイだ。じゃあ、ルー。まず、とんでもない危険に晒してしまった事を詫びたい。すまなかった。そして、これが本題なんだが…… その刀を買い取らせてくれないか」
瞬間、身構えたのは口出し男。
だが、ルーはナイフを抜いたりしなかった。
彼女にしてみれば、元いたチームの面子から色々と掠め取られるのは日常なので、目敏く色々と見られているのは大した事ではない。
バックパックを押し上げる素材の量や提げた骨等を見れば、黒鬼を倒した事は一目瞭然とも思うし、さっきの声を掛けられた時点で既に見られていたのだろう。
それに、刀を欲しがる理由もこのチームの面子を見て解った。
一人、『刀使い』が睨んでいるからだ。
共通して銀の装備を持ち、リーダーらしき女性は『突角鎚』を持っている。
彼等は『銀の角』…… 隊ではなく、自分達を一族と呼び、多数のチームと協力関係を持つ上位冒険者達の集まりだった。
掲げる目的は、とても冒険者らしい。
「迷宮完全踏破の『銀の角』さんですよね」
「ああっ、その通りだ」
大女、『カイ・シルバニア』が答えた。
促され、ルーは共に壁際の細い通路から出口側へと移動する。
「その黒鬼の『怨慈刀』が、どーしても欲しいってバカがそこに居てね……」
ずっと黙っている長い黒髪の男性が、黒鬼の刀をじっと見詰めているのはルーにも分かっていた。
その腰にあるのは、刀が一振り。
赤い鞘の、毒々しい拵えだ。
「出る迄…… とはいかなくても何匹か中層で狩っている最中に、階層の境に他の冒険者が居てね。開いていた階段からソイツ逃げやがったのさ…… 本当にごめんな。黒鬼なんて、駆け出しには荷が重かったろう」
ボスモンスターは、階層を越えられない。
守護の契約があるためだ。
しかし中層とは言え、黒鬼は通常存在するモンスター。
偶然に偶然が重なり、上層までの道を駆け上がってルーと対峙したのだった。
つまり彼らと戦って片腕を失い、片目に傷を負い、ここまで逃げてきたのを罠を使って、彼女は倒したというコトなのだ。
「運良く、罠がありましたし、弱っていましたからね」
「んま、片腕だったし、毒が回っていたにしてもさ、よく無事に一人で倒したもんだよ」
「……無我夢中で」
戦闘中に皮算用していたとは流石に言わなかった。
刀使いが一歩踏み出し、ルーに向かって頭を下げる。
会釈をし、名乗りを上げる彼は、リクオ・フジ。
愛刀を一振り失い、どうしても二刀流に戻すためこの刀が欲しいのだと言う。
「俺個人で買い取りたい。売値は相場でどうだろうか」
「……っ」
更なる大金の気配にルーは思わずそのままうなずきそうになるが、改めて荷物から『刀』を引き抜く。
鞘のみの方は隠したまま。
「鑑定しますから、待っていてください」
「構わん、任せる」
考えてみれば、この刀も鬼族のレアドロップなのだ。
特殊であっても不思議はなかった。
「通常等級でも、鬼の目のスキルがあるハズだ……」
刀使いが言う通り、この『刀』も素晴らしいモノだった。
虫眼鏡型のアイテム『鑑定者』を構え、黒鬼から得られた刀とは何かと彼女が問う。
その視界の中に情報が流れた。
『怨慈刀・黒鬼:伝説級
使用限度1000/1000
[スキルは使用者の魔力に依存、無制限]
正眼の射竦め : 使用者の正面、視界範囲内に相対する敵対者の動きを止める。
鬼哭咆哮 : 使用者と周囲の協力者へ祝福効果「力、速さ、体力」を発揮し、敵対者に減衰効果「力、速さ、体力」をもたらす。使用者の意識が失われる、また集中が途切れるとこの効果は失われる。
……般若が持つ廃慈刀の対。死者を従え百鬼夜行を侍らせる』
これは逸品だと彼女も理解した。
戦闘に関して有能なスキルが付与されていたから。
「見た所、スキルは二つ。レアリティは伝説級です」
「伝説級…… 二つ名付きか!」
身を乗り出すリクオに身を引きながら、彼女は意味を思い出す。
(二つ名、二つ名付き…… 武器のそれってつまり)
「手持ちでは、足りない……!」
そうだ。
彼女の元居たチームで二つ名付きの弓を持っていた冒険者が居た。
その武器は、普通の同じ装備より一段高い性能を持ち合わせ、スキルとしても強いモノだと自慢していた。
狩人から先程のフロアの罠を教わっていた事も思い出す。
彼女は、ありふれた罠だと笑った顔に感謝した。
「カイ、金の無心を許して欲しい」
「バカ言うんじゃないよ」
カイの巨体が、頭を下げたリクオを見下す。
物理的に彼女が頭二つ大きいのだ。
「身内の問題は、身内の中で助け合うんだ」
跳ね起きたリクオに、カイはニカッと笑い飛ばす。
「ただ、ちゃんと返しやがれよ」
「さすがはリーダー」
「恩に着る」
そんなやり取りを後ろに聞き流し、ルーは鑑定価格を見て固まる。
……これ一本で、家が建つ。
新築で。
勿論、家令付の、邸宅。
明日への糧をと思ったら、未来の屋敷が手に入りそうだった。
「なあ、ルー、もう一度謝りたい」
カイが申し訳無さそうに頭を下げた。
山の様な背中の筋肉がルーの目に突き刺さる。
(ゴツいけど、性別が男ならモテただろうなあ)
今に関係ない事を考えてしまったのは、思いがけない価格に混乱していたのかも知れない。
「……すまん、今すぐには金が用意出来ない」
「あ、はい、そうですよね」
「地上に出てから、拠点屋敷で交渉したい。もちろん、身の安全は保証する。アタシの神に誓う」
問題はそれだけではないと、ルーは考えていた。
尤も、素材などで荷物は一杯だ…… コレ以上の探索は不可能だろう。
他の選択肢もなかった。
「分かりました。まずはダンジョンを出ましょう」
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