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偶然を得る




 少女は溜め息をつき、その丘を進む。


 一人歩むその先には『魔窟(ダンジョン)』がある。


 昨日までは小隊(チーム)に属して同じ道を歩いていた。

 しかし彼女自身は仲間として、『調合士(シェイカー)』として扱われた事はなかった。

 戦力として見なされた事は皆無、『荷運び(ポーター)』として使われていた。


 魔物(モンスター)の解体作業を、延々と繰り返す毎日だった。


 それは、条件通りに契約が履行されただけ。

 それだけではあったが。

 冒険者として走り出すハズの彼女の一年間は、チームへの貢献で使い潰された。


 ……いや、チームとしては彼女の加護アイテムである『幸運のメダル(シェル·オブ·ラック)』だけが目的だったのだから、当然と言えば当然の流れだった。



追放(つかえねえ)


排除(どっかいけ)


破棄(いらない)



 用が済んだチームからの扱いは酷いモノだったが、そんな目にあった彼女は多人数に関わるのが億劫になっていたし、自身もしていたような荷運び(てつだい)を雇う余裕もない。


 だからと言って、加護の効力最後の一日に一人きりでダンジョンに潜るのは、やはり無謀だ。



「……浅い層だけ、コボルトとかキャタピラーだけなら、私一人でも何とかなる……」



 アイテムへの効果向上特質(バフ・クオリティ)のある『調合士』だから、攻撃アイテムも不思議と威力向上される。


 彼女はその理屈もよく分かってはいなかったが、以前ここを通った時と同じルートを辿れば割と安全だと思い、また彼女の手持ち攻撃用アイテムと出現頻度の高いモンスターを考え、一人でダンジョンへ入ろうと考えた。



「ルー・ストーン、調合士。一人で探索します」


「期間は」


「一日、回収は希望しません」


「……無理はするなよ」


「ありがとう、おじさん」



 ダンジョンの門番である冒険者ギルド職員に利用者宣告、手続きを済ませ、彼女は魔窟へと足を踏み入れた。




 ☆




 踏みしめた石畳から、荷物を担ぎ上げて背負い直す。

 あの頃とずいぶん印象が違う、と、戸惑いを隠せない。



「……まだ四層なのに……」



 既にキャタピラー六体、コボルト三体、ゴブリン二体、ダンジョンローチ五体を倒していた。

 平時と違う状況で、初心者(ノービス)の時以来の孤独、そして連戦に連戦を繰り返し、アイテムの消費もそうだが心身の疲弊が早い。


 一日五回しか使えない『火焔の杖』も、『濃縮酸袋』や『殺虫団子』、『毒針』も使ってしまった。


 彼女の唯一の特技でもある『解体』が手早く済んでいるため、モンスターとの連続戦闘も何とかなっている。

 だが、疲労は確実に蓄積されていった。


 可愛らしい顔が、焦りに陰る。



「せめて…… 虎の子の『火吹き笛』で大物とか倒せたらなぁ……」



 これまでの戦闘では、モンスターの素からのドロップアイテムの他に、質の高い戦闘報酬(ドロップアイテム)が追加でいくつか出ていた。


『幸運のメダル』の効力だ。


 レアドロップ、更に上のエクストラドロップを得る事が出来るというありがたい加護ではあるのだが、調合士になり授かってから一年間のみの効力、という制限がある。


 これは魔物(モンスター)を解体した時に発動し、不思議とアイテムが増える。


 特技と言える解体も、レアドロップ(それだけ)が期待されていたためで、ずっと任されていた解体技術だけは磨かれていた、というのが彼女には悲しい。



「……チームの時はほとんどショートカットしてたしな……」



 中級クラスである『ラウマリアの矢』は、深層前の中継地点に最初から行ける『転移門(ポータル)』を使う権利があるが、それはチームだったからこその特権だ。



「中層に比べたら、寂しい価値の基礎アイテムばっかり。でも、一人で中層まで行っても死んじゃうだけだし? せめてって思っても、命あっての物種(モノダネ)よね……」



 限られた最後の加護で、なるべく明日への糧を得る。


 彼女はそれだけの為に、今ダンジョンに挑んでいた。


 冒険者らしいといえばらしい、無謀寄りの行動だ。



「さ、後はこの先の階段まで一部屋…… スリングの弾は……」



 この先は、ボスと言われる大型モンスターは居ない。

 そう教わったし、遭った事もなかった。


 彼女の目の前に、黒い塊が現れるまで、そのハズだったのだが。


 その部屋には、異分子が居座っていた。



「ゴ フ ! グ ル ル ル ゥ ……」


「ひぁっ……」



 黒い、鬼族…… だがケガをしている。

 片腕の、手負いの、鬼。

 彼女は、黒鬼の目を見てしまい、動けなくなる。



「ま、まずい」



 鬼族(オーガ)の威圧技能(スキル)射竦(いすく)め』だ。

 身体にちからが入らない。

 しかし黒鬼も怪我の程度が酷いのか、ゆっくり動いてくる。



「うーっ、動け動け……!」



 黒鬼の左手が打ち払われるのと、彼女が効果を打ち消し飛び退くのはほぼ同時だった。

 掠めた爪が、掲げていた小盾を弾き飛ばす。

 すぐに体勢を立て直そうにも、右足首を捻った為に膝を付く。



「マズっ? っふ」


《ガッ》



 吹き飛ばされた。

 戻された左手の甲は避けられなかった。

 両手で防御はしたものの、息が止まる。



「ぶっ…… ぺっ、舌噛んだ」



 チームに入ってからのクセで、軽口を叩きながら現状打破を考えた。

 今は壁まで飛ばされたが、背嚢(バックパック)のお陰でダメージは少なく済んでいる。

 体は動く、動ける以外に、他に、周りに何かないか……。


 そこに…… 壁に、注意喚起の印と(くさび)を見付けた。



「これだ……!」



 黒鬼は怒ったように首を振っていた。

 その仕草は、毒の効果だと彼女も気付く。

 どういう訳か上層に居るが、黒鬼(ブラックオーガ)は中層でもまれな、本来は深層のモンスターだ。


 誰かと戦い、傷を負い、ここまで逃げてきたのか。


 鬼族を睨み、しかし追いかけてくるかも知れない誰かを待って、という発想は彼女にはない。



「…… コイツのドロップは何だっけ? もう遭えないと思ってたよ」



 これはチャンスだ。

 そう彼女は考えた。

 本来ならソロで相手出来るモンスターではないが、手負いの今なら。

 ここにある(トラップ)を利用出来れば。



「見たことはあるんだよなぁ、金棒、だっけ。でも、今持ってなさそうだし、レアの刀の方になるかも」



 彼女は捕らぬ狸の皮算用で頬を弛ませた。

 その頃には、黒鬼が何度も頭を振り、幻覚毒に抗い切っていた。



「グ ル ァ ッ !」



 黒鬼が一足飛びに迫る。


 彼女の居た位置に鬼の左手が突き刺さった。

 その前に彼女は飛び退き、楔にナイフの柄を叩き付け取り除き、横這いに逃げていた。

 その場から、足を庇いつつ逃げる。



「ダンジョンに、倒されろ!」



 そのトラップはありふれたモノ。

 熟練者やモンスターが引っ掛かるコトは稀な罠。



「ま、ただの落とし穴なんだけどさ」



 黒鬼の巨体が、足場を失い宙を回る。

 一瞬前まで普通の石床が『消えて』、ただの空間になっていたのだ…… 彼女にとっての問題は、この部屋『ほぼすべての床』が無くなる事だ。

 後で床が元に戻るのは知っているが、いつどうやって元通りになるのかは知らない。


 楔のあった位置から壁際の、狭い『枠』しか残っていなかったため、黒鬼も落ち、底に敷き詰められた『剣山のごとき岩槍』に突き刺さる。



《ドキュッ》


「ギャ ァ ア ッ!!」



 それきり、動かなくなる。


 鬼族としては不本意な敗北だったのかも知れないが、彼女にしてみれば大きな勝利だった。



「……どうしよ」



 しかし、彼女も喜びだけではすまない。

 ここから鬼の巨体が横たわる底までどうやって降りたものか、更に悩まなくてはいけなかった。


 穴底もこのフロアの扱いで、底から他への道はない。

 以前読ませてもらった上層ボスドロップアイテムの『上層の手引き書(マニュアル)』の中身を思い出しながら、鍵爪で穴の縁にぶら下がった彼女は悩んだ結果、一度上に上がる。

 そのまま降りては登る手段がないからだ。



「ロープ届くかな……」



 手持ちの道具箱の縄と、鍵爪の巻き止めも継ぎ足してようやく穴底に降り立つ。


 改めて、鬼族の大きさを感じる。



「でっけ……」



 背丈で彼女の倍、腕の太さは胴回りを超えて、爪の一つでも手鏡の様。


 黒鬼の素材は髪、爪と骨、牙に瞳。

 記憶を(そらん)じながら、彼女は手早くナイフを動かす。


 しかしその皮膚は固く、金槌と解体ナイフがダメになりそうだと悲鳴をあげつつも、彼女は半刻で解体をほぼ終えた。


 後は、魔核を胸から外すだけだ。



「さあ!」



 魔核を剥がせば、残りの死体はダンジョンが吸い込んでしまう。

 解体した部位は、既に布と油紙で巻いて、特殊塗装してある鞄の中に納めた。

 こうしておかないと、解体した物まで吸い込まれてしまうからだ。

 そして魔核を剥がせば、ドロップアイテムが現れる。



「最後の加護で何が出るか! お願い……」


《ギチ、ミリミリ…… ズボォッ》



 彼女は呟き、祈りながら、大きな青い魔核を引き抜いた。


 途端、今までなかった事が起きた。

 普段は魔核のあった辺りに白く濃い霧が集まり、形を成してドロップする。

 レアドロップなら、青く光る霧。


 今、そこには虹色の渦が現れたのだ。



《シャリィイイィィ……》


「……これはっ」



 虹色の光は回りながら、何かの影を孕んでいた。



「普通でも、レアでもない…… まさか!」



 このパターンは、覚えがない。



「……超越品(エクストラ)なの? これがっ……!」



 最後の最後に、彼女の幸運は花開くのか、費えてしまうのか。

 虹色の渦に目を奪われた彼女には、まだ何も分からなかった。






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