不可解
どうもおかしい。
冷静になったアルテアがそう考えるのにそれほど時間はかからなかった。
自分の住む村は広くない。
隠れる場所など限られているし、イーヴルの襲撃からそれほど時間も経っていない。少女がひとりで逃げられる距離などたかが知れている。村外の安全な場所まで逃げることなどできないだろう。だからこそ皆は屋敷に避難しているのだ。
そして村の中は崩れた建物も含めて探しきった。
考えたくはなかったが、少女が仮に既に死んでしまっているにせよ、死体や死の痕跡すら見つけることができないのは、やはりおかしい。
「どうした?」
ひたと立ち止まるアルテアにハクが怪訝な様子で聞いた。
「……そんなに広くない村だ。なのにこれだけ探して何も見つけられない……おかしいと思わないか?」
独り言のようにアルテアが言い、ハクがわずかな沈黙の後に短く応答えた。
「……うむ」
妙な間だった。
アルテアが訝しんで更に問いかけようとした時、どこかで地を割くような豪音が轟いた。
すぐさま周囲の状況を確認して音の出処を突き止めた。村の外れの方だ。
そちらに意識を集中させると、よく知る魔力を感じた。
「父さんか……!」
言うやいなやアルテアの足は地を蹴っていた。父が負ける姿は想像が付かなかったがやはり心配だった。
不安にさいなまれつつ走り、やがて父の姿を捉えた。
大剣を手にして立っている姿は決して動かすことの出来ない大きな山がそこに立ち塞がっているようで、絶対的な存在感だった。
周辺にはイーヴルが積み上がるほど倒れ伏し、身体が粒子のように崩れて散っていた。
その力の残滓から、先程の上級イーヴルと同等の力を持つと思われる個体も少なくない。
アルテアがアルゼイドと別れてからの、わずかな時間で、ひとりでこれだけの数のイーヴルを倒したことにアルテアは驚きを隠せない。
極めつけは、アルゼイド自身は全く傷を負っていなかった。
強いということは十分に承知していたが、それでも想像を上回る規格外ぶりだった。
「ほぉ。なかなかやるな」
ハクが賞賛する。
アルテアは心配してかけつけた自分が急に恥ずかしく思えてきた。気づかれる前に立ち去ろうとさえ思ったくらいだった。
「アルか」
気配で気づいたのだろう、アルゼイドが大剣を鞘に納めながら振り返ってそう言った。
「ああ……心配して来てみたけど、余計なお世話だったらしいね」
アルテアが周りを見回しながら苦笑する。
「ふふ、まだまだアルには負けんぞ」
そう言って不敵に笑うアルゼイドに、アルテアは「ははは……」と若干引きつった笑みを返した。
そして屋敷や村人の状況を伝えたあと、アルテアは父に尋ねた。
「ところで……父さんはイーリスを見てないか?」
「……屋敷にいないのか?」
「ああ。逃げる時に彼女を見かけた気がするという人がいて……それきりだ。俺も村中を探したけど見つからない」
「そうか……」
平静を装いながら話すアルテアを見て、アルゼイドが深刻に唸った。
「父さんも彼女を探そう。イーヴルの現出も今のところ収まっている。村に出たやつはあらかた全滅させた」
驚くべきことを言ってのけたアルゼイドに、アルテアは目を点にする。
確かに先程からイーヴルの姿を見かけることがからり少なかったことを思い出し、畏怖の面持ちで父を見た。
「なに、大したことはないさ……」
一瞬だけ、アルゼイドの顔に影が差した。きっと救えなかった村人のことを悔やんでいるのだと思った。
アルゼイドの気持ちはアルテアにも痛いほどわかった。
アルテアもまた、彼と同じものを感じているからだ。
「父さん……」
「すまんな。でも本当に大したことではないよ……思っていたよりずっとやつらの数が少なかった」
「そうなのか……?」
「まあ、な」
何か引っかかるのか、考え込むアルゼイドにアルテアは首を傾げた。
しばらく父が話し出すのを待つが返ってくるのは沈黙だけだった。
気を取り直し、空咳をひとつ挟んで逸れた話を本筋に戻した。
「ところで、一緒に探してくれるのは有難いけど、屋敷の方はいいのか?」
アルテアが言うと、忘れていたことを思い出したみたいにアルゼイドは顔を上げた。
「ああ……すまん。あそこにはターニャがいるからな。あいつに任せておけば安心だろう」
「そうか……助かるよ。ありがとう」
「任せておけ」
安心したように笑うアルテアの背中をアルゼイドがドンと叩いた。
「父さんは一応、村の外を見て回ろう。もしかしたらどこかで隠れてやり過ごしているのかもしれん」
「わかった。俺は引き続き村の中を探すよ」
そうして二人は手分けして捜索を再開した。




