妹
アルテアは目一杯泣いて泣き止んだあと、気まずそうに顔を伏せていた。
あんなに泣きわめいたのは前世を含めたアルテアの人生の中でも初めてのことで、どう振舞っていいのか途方に暮れている。
そんな少年を元気づけるみたいに、腕に抱いた赤子が小さな手で少年の頬をぺしぺしと叩いていた。
「あらあら、励ましてあげてるのかしら?」
ティアが手を口に当ててクスクスと笑う。
「しょうがないお兄ちゃんでちゅねぇ」
いつの間にか隣に座ってるいるアルゼイドが、今までに聞いたこともない猫なで声で妹に話し掛けていた。
見た目と声とのあまりのギャップに、ぞわりとアルテアの肌が泡立った。
「アル……もしかしていま、気持ち悪いとか思わなかったか?」
横から刺すような視線を投げてくるアルゼイドに慌てて言い返す。
「そ、そんなこと思ってるわけないだろ」
ずはり心中を当てられてアルテアが動揺を隠しつつ言うと、背後から「おや」と意外そうな声が浴びせられた。
「坊ちゃんは思わなかったのですか?私は思いましたよ。
旦那様、私は気味が悪すぎて鳥肌がたってしまいました」
ほらこの通り、とターニャが腕の裾を少しだけまくってみせる。
陶器のように白い肌にぷつぷつと鳥肌が出ていた。
横合いから思いもよらぬ攻撃を受けてアルゼイドががくりと肩を落とす。
「お前は相変わらず言うことがきついな……」
ははは、と力なく笑う父の姿は哀愁が漂っていた。ただでさえ女性側にパワーバランスが偏っていたサンドロッド家に妹が誕生したことで、さらに父の肩身は狭くなっていくのかもしれない。
その未来の光景にきっと自分の姿はないだろうと想像して、アルテアの心に郷愁めいた痛みがはしる。
「そういえば、この子の名前は?」
それを悟られまいと、母に妹を手渡しながら誤魔化すように口を開いた。
「リーナよ」
「……え?」
どくん、とアルテアの胸が鳴った。
「良い名前だよな。
リーナちゃん、パパでちゅよ~」
愕然とするアルテアをよそに、アルゼイドが早速赤ちゃん言葉で名前を呼んだ。
「……なんで」
「アルちゃんが考えてくれたんじゃない。忘れちゃったの?」
あまりに驚く様子のアルテアに、ティアが訝しんで首を傾げる。
確かに以前そういう話題を振られたことはあった。しかし自分がなんと答えたのかはまるで覚えていなかった。
「いや……まさか自分の考えた名前になるなんて思ってなくて。それでびっくりしたんだ」
咄嗟に言い訳を口にする。
ティアも納得したのか、それ以上気にすることはなかった。
「リーナ……」
産まれたばかりの妹の顔をまじまじと見て、アルテアは感慨深く呟きを漏らす。
「あうぁ~。きゃっきゃっ」
名前を呼ばれたと思ったのだろうか。
妹が身体いっぱいで喜んでいるような仕草をみせた。
「お兄ちゃんに呼ばれてうれしいのねぇ」
「リーナちゃん。お父さんでちゅよぉ~」
父と母も顔をほころばせる。
それにつられてアルテアにも自然と笑みがこぼれた。
その笑顔を見るだけで保護欲がくすぐられる気がした。この子は自分が守らなければならないという気持ちになり、妹ができたのだと実感する。
そんな和やかな空間に新たな来訪者が訪れる。ドアをノックする音が聞こえ、ターニャが扉を開けた。
しばらくして、ドアの隙間から二人の少女が遠慮がちに顔をのぞかせた。
イーリスとノエルだった。
すっかり放ったらかしにしてしまっていたことを思い出す。それを詫びつつ部屋の中に通した。
「すまん。色々あって気が回らなかった」
「ん……気にしてない」
「わたしも気にしてないよっ」
そう言ってくれることがありがたかった。二人に感謝を伝えてから産まれたばかりの妹を紹介した。
「おおぉ……」
「はうぅ……かわいい……」
イーリスが背伸びをしてリーナの顔をまじまじと見ながら興味深そうに唸るり、
ノエルが頬を餅のように緩ませて嘆息を漏らした。
「ふふっ、この子とも仲良くしてくれると嬉しいわ」
「ああ、そうだな。よろしく頼む」
アルゼイドとティアがそう言うと、二人は大きく頷いた。
そんなほのぼのとした光景を背に、アルテアはそっと部屋を抜け出した。




