夢の欠片Ⅱ
ぼくらはずっと 目を開けたまま 悪夢を見ている
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アルテアは夢を見ていた。
いや、ちがう。彼はすぐに否定する。
これは現実だった。
過去の、彼が名前を持たない少年だった頃の記憶。
天を衝く勢いでそびえ立つビルの群れ。権力と暴力と、欲望が支配する都市の中央。
巨大な壁で周りを囲い込み、厳重に隔離されている施設の一角で、養成は行われていた。
そこはエデンと呼ばれる教育機関であり、研究施設であり、つまりは牢獄だった。
少年は検査着のような服をきて、同じ服を着た子どもたちと一緒に列をなしていた。
陳列棚の商品みたいに整然と並べられる彼らから、感情を読み取ることはできなかった。
白衣を身にまとった大人たちが番号を呼び、椅子に座らせ頭部に円型の装置を装着する。
装置からは幾多ものケーブルが生えており、それは巨大な機器に繋がっていた。
装置から機器へとデータが送られ、子どもの能力数値がディスプレイに弾きだされる。
それがおわると次の子どもが呼ばれて、同じことが延々と繰り返されていた。
そこでは、子どもたちはドールと呼称され、生体番号で管理されていた。
大人は彼らを物だと思っていたし、子どもたちも自らが人であるとは思っていなかった。
少年にとっても、それは同じだった。自身も他者も道具に過ぎない。彼自身の有用性を証明することが全てだった。
この世界は結果だけが全てで、結果とはつまり、自身が勝つことだった。
まばたきもせず前だけを見ていると、ふいに右肩をたたかれた。かすかに首を回して、目の端で右側を確認する。
「ねえ、少し話そうよ」
真横に並ぶ少女が顔を寄せながら小声で言った。
少年は少女を一瞥したあと当然それを無視して、正面に向き直った。再び肩に走る感触。無視をつづけていたが、何度も繰り返される
その無意味な行動に終止符をうつため、彼は端的に述べた。
「断る」
「ちょっとくらい悩んでもいいんじゃない?」
少女が、断られることなど考えもしなかった、というような顔をした。
「処分されたくなければ黙ってろよ」
「心配してくれるんだ?優しいんだね」
少女の言っていることの意味が理解できず、やはり無視することを決める。
少年のすげない態度にもめげることなく、さらに交流を試みようとしたところで。
「そこ!許可なく話すな!」
私語に気づいた大人から叱責が飛ぶと、少女はやっと断念した。
大人が少年と少女に近寄り、生体番号を確認する。手に持つ端末を操作して、それが終わると所定の位置へと戻っていった。
評価点が減点されたに違いないと少年は確信して、鋭い目つきで隣の少女をひと睨みした。
「次はもっとたくさん話そうね」
少女は全く気にした素振りもなく、言った。
このとき少年は初めて、自分の中で何かが生まれるのを感じた。
だが、それは霧のように広がってすぐに消えていった。