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一万年と二千年前から

「やっと目覚めたか」


銀の鈴が鳴った。

そう錯覚するほど澄とおった声だった。

だが同時に奥深さと威厳と、そしてなぜか懐かしさを感じた。


アルテアは後ろを向いて声の主を見る。

艶やかで流れるような長い灰色の髪。

髪と同じ色のけむるようなまつ毛が、星のごとく澄んだ紫紺の瞳に冠さっている。

畏怖すら覚える美しさだった。

あるいは見るもの全てが感動に打ち震えて涙するほどの。


その美しさに反して少女の所作は尊大だった。

いかにも王といった佇まいで、

豪奢なイスのひじ掛けに手を乗せて脚を組んでアルテアを睥睨していた。

いかにも傲岸不遜といった振る舞いだったが、

アルテアは不思議と不快感を覚えることはなった。

彼女のどこか人間離れした存在感がそうさせているのかもしれなかった。


「おいこら。無視するんじゃない」


「え?ああ……。すまん」


すっかり見惚れて遠くへ行っていたアルテアの意識を、

少女の言葉が現実に引き戻した。

アルテアは咄嗟に謝罪の言葉を口にしたせいか、ひどく砕けた口調になってしまった。


少女は「ほう?」と感心したように口角を上げて、冷たいほどの美しさを

たたえた目を射抜くように細めた。


「貴様、なかなか面白いやつだな。この私にそのような舐めた態度をとるとは……」


ニヤリと不敵に笑った後に少女は続けた。


「だが不思議と不快ではない」


一瞬、空気が張り詰めたがすぐに霧散した。

存外、心の広い少女なのかもしれないと思いつつ、とりあえずの筋は通しておく。


「突然のことに動転し、無礼な態度をとってしまいました。どうかお許しを」


潔く頭を下げた。

わずかばかりの沈黙のあと少女が「ふむ……」と頷いて続ける。


「素直なやつは好ましく思う。殊勝な態度もな」


「ありがとうございます」


アルテアは許しを得たことに安堵した。


「だが、お主に丁寧な言葉を使われるのは気色が悪いな。気軽に話せ」


急な態度の軟化に少し戸惑ったが、お言葉に甘えることにする。


「ならそうさせてもらおうかな。俺も敬語は苦手なんだ。

それでここはどこ?口ぶりから察するに、あんたが呼んだんだろ?」


首を回して周りを見ながらそう聞くアルテア。


「そうだそうだ。お主を呼んだことの説明をしないとな」


すっかり忘れていたとでも言わんばかりの調子で少女が返す。

そして少し考えた後にいたずらっぽくニタリと笑う。


「まぁ……その前にまずはお主の考えを聞かせてみよ」


試すような声音で少女が問う。

尋ねられて、「うーん」とアルテアが悩んでいるのを見て、

少女は「うんうん」と腕組みしながら得意げに頷いていた。


「そうかそうか、わからんか。

ならば教えてやろうではないか。ここは――」


「本の中……とか?」


「なん……だと……!?」


少女は驚きをあらわにして、イスから転げ落ちそうになった。


「な、なぜわかった……」


「ええと……。直前まで俺は本を読んでいた。

本に書かれた魔法陣が光ったのを見て、それで目が覚めたらわけのわからない場所にいた」


アルテアはそこまで言ってからほっとひと息ついて、話を続けた。


「俺の他にも本を見ている子が二人いたけど、二人の姿は見当たらない。

とすれば……本に直接触れていた俺にしか効果がなかったんだと思う。

本に触れている者を転移させる魔法かとも思ったけど……」


アルテアは言葉を切って、確かめるように周囲を見渡す。

正面には高層ビルや巨大な城が立ち並び、

多方では地平線の彼方まで砂漠が広がり、砂の中には鉄で出来た何かの残骸や近代兵器、

見たこともない生物らしきものの残骸などが埋まっている。

まるでちぐはぐなものたちが同居する異様な景色だった。

ここまでくるとおよそ現実とは思えない。


「ここはあまりに現実離れしすぎてる。

現実にこんな場所があると考えるより、

精神や意識、魂なりを本の中に取りこむほうが現実的に思えた」


以上、と話をしめくくるも少女はぽかんとして微動だにしなかった。


「おい?」と少女の様子をうかがうアルテアの声で我に返ったのか、

慌てて余裕ぶった表情につくってそれに答えた。


「う、うむ!まあまあの答えだな!

お主、人間にしてはなかなかやるではないか!」


どこか悔しそうに言う少女をジットリとした目でみると、

少女は「うぐぅっ……」と声を詰まらせた。


愉快なやつだとアルテアは感じた。

表情がころころとよく変わり、話していて飽きなかった。


「ま、まあ、おおかたお主の言う通りだな。ここは灰の魔導書の中。

周りの景色は私の心象風景、あるいは記憶の断片のようなものだ。

わけあって私はここから出られん。

なので、お主の精神だけを中に引きずり込んだ」


「灰の魔導書?」


「この本の名前だ。まあもっとも、私が勝手にそう呼んでおるだけで

もともともこの本は――」


「なるほど。それで、どうして俺を呼んだ?」


どうにも長くなりそうな予感がして、強引に本題にきりこんだ。

少女は少しむっとしたが、特に怒ることもなく応じてくれた。


「うむ。お主を呼んだのは……少しばかり私の手伝いをしてほしくてな」


「手伝うとは……具体的に何を?」


「……探しものだ。私は過去のことを覚えていなくてな。

故に、記憶を探したい」


「探す?頭を割って中でも見ればいいのか?」


「あほか!そんなことしたら痛いだろうが!」


効果音がつきそうなほど鋭いツッコミが入った。

けっこうノリがいいやつなのかもしれないとアルテアは思った。

そして同時に、彼女とは初対面だというのに随分と気安く軽口をたたいている

自分に驚いていた。

少女は呆れたように「はぁ」とため息をついてから

気を取り直すように咳ばらいをひとつ挟んで話を再開する。


「私の記憶の欠けらがこの世界にある。

それを集める手助けをしてほしい」


「なぜ俺に?俺はまだ子供だぞ。もっと適任者がいそうなものだけど」


アルテアの疑問に少女は鼻を鳴らして応じる。

わかりきったことを聞くなと言わんばかりだった。


「お主、別世界の記憶があるだろ?」


「なッ――!」


本来わかるはずのない、予想外の答えが少女の口から飛び出し、

アルテアが大きく目を見開いた。


「おおかた前世の記憶があるとか、異なる世界からやってきたとか、そんなとこだろ」


またもやズバリ言い当てられて、今度はアルテアが間抜けたように大口をひらいていた。

その反応だけで少女は十分だった。

満足そうに頷きながら、してやったりと目を細める少女に、

アルテアは観念したというように肩をすくめた。


「……俺は前世の記憶を持って生まれた。

転生というやつだ。なんでわかった?」


「私は魂に干渉できる。お主の記憶を少し覗くくらいわけないのだ。

そしてかくいう私も別世界を知っている」


「……やはり気を失っているときに見たあの夢——いや、記憶といったほうがいいのか?

あれはお前のものか」


「まあの。私はお主と違って転生なんぞしとらんがな。

私は最強ゆえに死ぬことも無い」


はっはっは、と尊大に笑う少女をよそに

アルテアは人差し指と親指で顎先をつかむようにして考え込んだ。

落ち着いて少女の話を整理する。

転生する前に女神と合った場所——死後の世界とかいうところで

女神がしていた話を思い出した。

女神は異世界へ移動する方法があると確かに言っていた。

試しに、そのまま口に出してみる。


「なるほど……。じゃあ別の世界からこの世界きたんだな」


「お主……本当に教えがいのないやつだなぁ」


アルテアを見ながら、つまらなさそうな顔で少女が言う。

少し拗ねているようにも見えた。


「すまんな」と形だけアルテアが謝ると、


「ま、良い……」と諦めたように言って話を続けた。


「お主の推察通り、私は記憶を求めて世界を移る。

砂漠で月を見上げていたのが私の中の最も古い記憶だ。

それ以前のことはまるで思い出せん。だが私は知りたいのだ。

そして異界を渡り歩いてこの世界に降り立ったとき、強い波動を感じた。

直感したのだ。この世界に私の求めるものがあると。

そしてこの世界にやってきてから色々あって……

今はこうして本の中に縛られているというわけだ」


少女はそうやって話をまとめて、

何か質問は?というようにアルテアをチラッと見やる。

最後のあたりのまとめ方が雑すぎて気になることは山ほどあった。


「お前がこっちにきたのってどのくらい前のことなんだ?」


「実はそこのあたりの記憶も曖昧でな。記憶に混乱があるのだよ。

だがまあ……そうだな。2千年くらいだと思うぞ」


「2千年……お前、いったい何歳なんだ?」


「ふむ……正確には覚えとらんが……1万と2千……程だな」


「1万……」


気が遠くなる歳月にアルテアは絶句する。

文字通り桁が違う。

外見はまるっきりどう見ても幼い少女なのだが、どういう理屈で1万年も

生き続けているのかわからない。

精神生命体のようなものなのだろうか。

掘り下げるとどんどん話が逸れていきそうだったので、

気になる気持ちをぐっとこらえて次の質問へうつる。


「……それで、なんで本の中に?」


尋ねてもいっこうに返事はなく、

少女は椅子の上にあぐらをかいたまま押し黙っていた。

アルテアと目が合っても、バツが悪そうにぷいと顔をそむけてしまう。


「さては、何か悪さをしたな?」


とぼけるようなその仕草でぴんときた。

指摘を受けた少女はびくっと震える。

紫紺の瞳がゆらゆらと泳いでいた。


「さあ、どうだったかなぁ……

悠久の時を過ごす身の上故……物覚えが悪くてなぁ」


「いや、ウソだろ。何か悪さをしたんだろ」


「ち、ちがうわっ!あほっ!悪さなんぞしとらんわ!」


少女が身を乗り出して抗議する。


「私がこの世界にやってきてすぐ、

魔王だとかなんとか難癖をつけきたやつらが攻撃してきたから……

それでその……ちょっとやり返しただけじゃ」


「ちょっと?なんだか疑わしいな」


「……まあ、少しやり過ぎたやもしれぬ。

軽く撫でてやるだけのつもりが、やけにしぶといやつがちらほらおってな。

つい力が入った。そしたらいつの間にか古龍なんぞという黒いトカゲまで出てくるし……

いやはや、懐かしいなぁ。それでまあ、こうして封じられておるわけだよ」


少女の話を聞いて思い当たることがあった。


「もしかして……古龍様がいるあのバカでかい大穴あけたのはお前か?」


「ふはは、良く気づいたな!あの程度、私にかかれば造作もないわっ!」


パッと顔を輝かせて少女が高らかに笑った。

非難したつもりだったのだがなぜか自慢されてしまった。

嘆息しながらアルテアは考えを伝えた。


「悪いけど、お前には協力できない」


「なんだと……!?」


思ってもみなかったというように少女が驚き呻いた。



「いや……だってお前……魔王なんだろう?

人類に仇なす存在なんて言われてるやつにはさすがに協力できないよ」


「ちがうわっ!大昔の間抜け共が勝手に勘違いしただけだ!」


少女は手をぶんぶんと振りまわして必死に否定しはじめた。

どことなく子供っぽい怒り方に、本当に一万年も生きているのかと

アルテアは思わず言ってしまいそうになる。


「でも大穴あけるくらいには暴れたんだろ?

十分に危ないやつじゃないか。解き放つようなことはできん」


にべもなく言うと、少女は「ぐぬぬ」と唸って脱力した。


「昔のことは……やり過ぎたと私も反省している」


いやに殊勝な態度で少女が言う。

最初の威厳ある姿がまるで夢かと思えるようにどこかに消えてしまっていた。


「……私はただ知りたいだけだ。自分が何者であるのかを」


しゅんと肩を落とす少女の姿を見て、彼女の記憶を垣間見たときに感じた

計り知れない絶望と孤独を思い出した。

自分のことのように胸が締め付けられる。


つい、助けたいという気持ちが湧いてくる。

自分がこの少女に対して忌避感を抱いていないことも自覚していた。

もっとはっきりいうなら、好感すら持っていた。


「まぁ、同情はするけど……」


旗色が変わったと見て取ったか、

少女はアルテアのわずかな心境の変化を見逃さず追撃をかける。



「一方的に手伝えとは言わん。お主にも協力する。

昔のことを思い出せば異界へ移る方法を教えることもできる」


「……!」


「詳しくは知らんが、前いた世界に心残りがあるのだろ?

であれば……またとない機会と思うがな」


少女の言う通り、アルテアの目的を果たすには絶好の機会といえる。

かなりの近道になると思われた。

転生したばかりのアルテアならすぐに飛びつく交換条件。

だが今の彼は即断できずにいた。


「少し……考える時間がほしい」


正直に言った。


「ふむ」


厳かに呟いて、たっぷり間をあけてから続けた。


「……ま、確かにいささか性急であったな。

時はいくらでもある。ゆるりと考えろ」


少女がパチンと指を鳴らすと世界が崩壊を始め、ふわりと空中に身を投げ出される。


心地よい浮遊感を覚えながらアルテアはどこまでも落ちていった。


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