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穏やかな不安

 数か月の間、アルテアは表立って何かすることは控えるようにした。

 これ以上何かして警戒心を持たれても困るからだ。

 寝て起きて、両親や使用人の目の届く範囲で家のなかを探検した。といっても、隙を見つけては疑われない範囲で鍛錬を続けていた。


 ひとりで部屋に寝かされているときには、もっぱら魔導書で覚えた魔法を練習して過ごすことにしていた。


 アルテアはその日、昼過ぎから魔法の訓練を始めた。

 教本によれば、この世界の生物は魔力という力を持っているらしい。魔力は魂や霊体といったものから湧き上がる力で、血液のように身体中を循環している。それを消費して魔法を行使するのだという。


 まずは自分の身体のうちにある魔力を感覚することから始めた。

 彼は精神を集中して自己の内へと意識を向ける。前世では全く関りのなかった未知の力なだけに、初めのうちはうまくいかなかった。それでも何度も繰り返すうちに少しずつ、これがそうなのでは、という波動のようなものを感覚した。


 身体の中に、ぼんやりとしたあたたかいものを感じる。

 これが魔力だろうと彼は直感する。

 川の流れのようなイメージで、力の流れに指向性を与えてやる。右手を掲げ、その掌の中に力が集中するイメージ。

 すると胸の中心あたりから右腕のほうに、すっとあたたかい何かが流れていき、掌がちりちりと熱を帯びていく。

 どの呪文を唱えてみようかと少し考えて、もし失敗したとしても最も被害が抑えられそうな風の魔法に決めた。

風よ吹け(ウィントゥス)


 生後四か月の赤子とは思えぬほどなめらかに呪文を告げた。

 アルテアの小さな掌の上で、ひゅっ、と風を切るような音を伴って微風が起こり、生え変わりつつある髪の毛が揺れる。

 ひとりのときに喋る練習をしていただけあって魔法の詠唱はつつがなく成功したようだ。


 彼は幸先の良い滑り出しに胸をなでおろした。

 風の魔法を皮切りに同じ要領で、火魔法、光魔法と痕跡の残りにくそうなものを選んで試し打ちをする。

 もう2発ほど撃ち終えたところで、力の総量が半分ほどに減っているのを感覚した。

 それと同時に、肉体・精神の両方に疲労感があった。


 続けるかやめるか、少し考えてから結局続けることにした。ナーロー教の聖典の記述を思い出したからだ。


 アルテアの読んでいた聖典では、そのほとんどのものにおいて『魔力は筋肉と同じで、限界まで酷使することで総量を爆発的に増やすことができる『』と記されていたからだ。


 聖典と実態とで違うところもあったが、試してみる価値は十分にある。有言実行とでもいように魔法を発動させていくとやがて限界が訪れた。

 疲労。倦怠。吐き気。悪寒。意識の混濁。呼吸困難。

 今まで経験した体調不良をまとめて煮詰めて爆発させたようなすさまじい不快感がかけめぐり、彼は一瞬のうちに意識を刈り取られた。



 アルテアの意識が戻る頃には日付が変わり、朝をむかえていた。前後の記憶がおぼろげだったが、訓練で魔法を連発して気を失ったことを思い出した。

 あれが聖典でいうところの魔力枯渇状態というやつか、とひとり納得する。


 想像以上につらい状態ではあったが、それでも効果は確認できた。アルテアは自分の中に広がる力の増大を感覚することができた。

 魔力を増やす訓練は続けることに決め、今日は何をしようかとぼんやり考えていると、使用人のターニャが部屋へ入ってきた。


「おはようございます、坊ちゃん」


「あうー」


 挨拶をしてアルテアを抱き上げる彼女に、彼も挨拶を返した。

 生後1年に満たない幼児としてはあり得ない行動なような気がするが、取り繕うのも面倒になってきていたのであまり気にしていなかった。

 ターニャも深く考えるのをやめたのか、以前のように怪しい目を向けてくることはなかった。彼女に抱きかかえられて両親の元へ連れて行かれた。


「アルちゃん、最近はすっかり大人しくなったわね」


「ティアが口うるさいのでおびえてしまったのかもしれんな」


 微笑みながらアルテアの頬をつつく女性に、アルゼイドが冗談まじりにそう返した。


「まあ」


 彼女は心外だとでもいうように、大げさに驚いてみせる。


「私は母として息子を心配しているの。あなたもちょっとは叱ってよ。父の威厳がなくなっちゃいますよ」


「それはいかん。今度悪さをしたら厳しく叱りつけてやろう」


 アルテアの顔を覗き込みながら、おしおきだと言わんばかりに彼も頬をつつきだした。


「あーうー」


 気を付けますよ、という意味を込めてアルテアが返事をする。それを知ってか知らずか、両親が顔を見合わせてくすくすと笑った。


 アルテアは母に抱かれながら、田園風景を背に剣の稽古に励む父の姿を眺めていた。

 最近になって、アルテアは自分の父が騎士爵位を持っていることを知った。だが、彼が領主というわけではないようだ。

 騎士として領主につかえており、領主の代行として村を治めているらしかった。


 村にいくつかある大きな風車が風を受けてゆっくりと羽を回し、黄金色に輝く稲穂の中で人々が農作業にいそしんでいる。

 びゅっ、と大剣が風を切る音が心地よく、黙々と剣を振る父の姿は違和感なく景色に溶け込んでいた。

 真摯に剣を打ち込むその姿が、父の実直な人柄を思わせた。

 剣術流派の型だろうか、詳細は知らないアルテアの目から見ても父のそれは美しかった。


 アルテアは生前、養成と称した戦闘訓練を受けていた。その課程の中には銃器や刀剣の訓練も含まれていたため、彼には父の練度の高さがよくわかった。そんな父を、母が愛しみを込めた瞳で見つめていた。

 アルテアは胸の中があたたかくなるのを感じた。

 目の前に広がる広大な自然は、汚染がすすんだ彼の前世ではどんな権力者でも得ることができないものだった。彼自身も、過去の映像資料から再現した仮想現実世界の中でしか見たことがなかった。


 いま目の前にある本物の自然は、彼が体験した仮想現実などでは及びもつかないほど広大で、雄大だった。

 やがてターニャがお茶と菓子を用意したと声をかけたところで父も稽古を終えて一息ついて、輪に混じって談笑した。


 穏やかな日々だった。

 実は自分はまだ銃で撃たれて死ぬ途中で、今際の夢の中にいるのではないかと疑う程に。

 それほどまでの平穏。

 だからこそ、アルテアの胸の中にはトゲのようなものが刺さっていた。

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