待たせたな
異端教徒の外套は焼け焦げ、顔につけた仮面が割れて素顔が半分ほど露わになっていた。ところどころ露出している肌は赤黒く焼け爛れ、腕からはおびただしい血が流れていた。
相当なダメージは与えたようだが倒すには至らなかったらしいと冒険者たちは悟る。
「ゔゔう……ぐ……ぐるるるああああああああああああ!!!」
異端教徒がもはや人の声とは思えない獣のような叫びを上げて、凄まじい音の衝撃がビリビリと大気を揺らした。
「おいおい、こいつマジで人間か?そこらの魔獣がペットに見えてくるぜ」
人間離れした様相を目にしてアーガスが引き攣った笑みを浮かべる。
「ああ……噂以上に狂気じみている。生捕などと言っている場合ではないな」
「そのようね。今度は全力で撃ち込んでやるわ」
クレイグとエレナもそれぞれの武器を構えて敵を見据える。
「俺たちが時間を稼ぐ。エレナは魔法を当てることだけを考えてくれ」
クレイグがはそう言ってからアーガスと視線で会話をかわし、二人は同時に飛び出した。
一気に敵の懐まで距離を詰めて左右から縦横に斬撃の雨を降らせる。
エレナが二人に応えるようにぐっと杖を握り込むと、彼女の足元に幾何学的な文様が浮かび上がって光の粒子が宙を舞った。
エレナの魔力がどんどん高まっていく。
「ぐ……ぐるるるああああ!!」
二人の剣士の猛攻を捌く異端教徒がその魔力の高まりを感じ取り、標的をエレナにうつして走り出す。
「行かせるかよっ!」
「エレナには近づけさせん!」
アーガスが回り込んで剣を薙ぎ、クレイグが大剣を振り下ろす。
迫り来る刃を、ギィン!!と鈍い音が響かせて異端教徒が両腕で受け止める。
力任せに振るわれた腕がアーガスとクレイグを武器ごと弾き飛ばした。
「ぐあっ……!」
「しまった……!」
苦痛の声をあげる二人を置き去りにして異端教徒が獣のようにエレナに迫る。
「くっ……!!」
迫る異端教徒の悪鬼の如き邪悪な重圧にエレナは呻き声を漏らしながらも真っ向から立ち向かう。
自分の胸目掛けて槍のように突き出される貫手を杖で防いでそのまま後ろに受け流す。
その勢いを利用して体勢を崩した化物を蹴り飛ばして距離を取り魔法を放った。
「火よ燃えろ!!」
エレナの放った炎の柱が無防備な異端教徒を呑み込み、炎が爆ぜる。
打ち付けられる熱風にわずかに顔を顰めながらも、切るような鋭い視線を爆炎の中に向けるエレナの元へ剣士二人が駆けつけた。
「すまねぇ、抜かせちまった……!」
「面目ない……」
アーガスとクレイグがエレナの横へ並んでそう声をかけた。
「貸しひとつよ。あとでサーショのスイーツを奢りなさい」
「へっ……生きて帰れたらいくらでも奢ってやるぜ」
「あら、珍しく気前がいいじゃない。その言葉忘れないでよ?」
「ふっ……では俺もご相伴にあずかるとしようか」
「お前には奢らねえよ!エレナだけだよ!」
ニヤリと笑って大剣を構え直すクレイグにアーガスが突っ込みを入れる。
「前言撤回、やっぱりケチくさいわね」
「俺の話聞いてた?!
お前には奢るって言ったよね?!」
呆れたように首を振ってため息をつくエレナにアーガスがまた突っ込みを入れた。
「ぐぎががが……」
小休止的なやりとりを終えたところで煙の中から唸り声が聞こえ、
クレイグが真剣な様子で二人に声をかける。
「……どうやらおふざけは終わりのようだ、来るぞ」
「じゃ、いっちょやってやるか」
「トドメは私に任せなさい」
三者三様、それぞれが気合いの言葉を口にして己を奮い立たせるが、
目前の光景を見てそれはすぐに絶望に変わった。
爆炎の中から姿を見せた、獣のように変貌した異端教徒の背後から五人。
全く同じ姿形をした黒ずくめの連中が影から滲み出るように現れた。
「……すまねえな、スイーツは奢ってやれなさそうだ」
「別に……もともと期待してないわよ」
アーガスの諦めの混じった軽口にエレナが力なく笑う。
そんな二人にクレイグが覚悟を決めたように声をかけた。
「……ここは俺が食い止める。お前たちは逃げろ。逃げて村にいる者たちにこの事態を伝えるんだ」
「クレイグ、お前……」
アーガスは驚いたようにクレイグの顔を見てから、何かに決心したように鼻を鳴らした。
「はっ……!お前とはガキの頃からの腐れ縁だ。
いまさら水臭えこと言ってんじゃねえよ」
二人は何かを確かめるように見つめ合ったあと、ふっと笑みをこぼしてエレナに向かって叫んだ。
「そういうわけだ、お前だけでも逃げろ!」
「ここは俺たち二人で食い止める。お前は増援を呼んでくれ!」
二人の覚悟を受け止めて、エレナが一瞬だけ目を瞑りぎゅっと杖を握りしめる。
「増援を呼んで必ず戻るわ……だからそれまで死ぬんじゃないわよ!」
そう言ってエレナが駆け出し、黒ずくめの連中が武器を手に取り襲いかかったところで。
「その必要はありません」
凛とした少年の声が響いて、
三人と異端教徒を分断するように一本の剣が飛来した。
雷鳴のような音を轟かせて地面に突き刺さった剣の隣に、二つの影が舞い降りた。
「助けに入るのが遅くなってすみません。あとは俺たちが引き受けます」
優しげな大きな目、その中で輝く大空を映したような青い瞳に闘志を滾らせて少年が言った。燃えるような赤い髪が風に靡いてまさに炎のように揺れている。
「いけるか?」
少年が隣に立つメイドに問いかける。
「問題ありません。領内での狼藉……到底看過できるものではありません。
不在の主に代わり、私が誅を下しましょう」
「よし、ならやるか。人を待たせてる……さっさと終わらせよう」
少年とメイドがゆらりと武器を構える。
嵐の前の静けさと言わんばかりに、しんとした冷たい空気があたり一帯を覆っていった。




