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サーショ

「ふぅ~、やっと着いたか」


 ハクがくたびれたように間延びした声で言った。昼から歩き通してサーショに着いた頃には日が暮れて辺りはすっかり暗くなっていた。


「思っていたよりずっと大きな街なんだな」


 街へ入るや否や、アルテアは物珍しそうに辺りの景色を眺めた。故郷以外の村や街には行ったことがないこともあってか、その目から好奇の色が見て取れた。

 サーショはそれなりに大きな街のようで、街の入口から整備された石の通路が続き脇には商店が居並んでいた。一本の通路は少し先で二股に分かれていてそれに沿ってレンガ造りの建物が続いている。

 自分の故郷と同じような牧歌的な風景を想像していただけに、あまりの違いに少し面食らう。


「サーショは私たちの村に一番近いところだからね。ずっと昔はちっさな村だったんだけど、魔鉱石目当ての商人さんとか冒険者さんとかが集まるようになって、宿場として発展してきたみたいだよ」


 ノエルがすらすらと解説をしてくれる。


「なるほどなぁ。確かに魔鉱目当てで留まるには良い所だな」


 暗くなった街を見回しながらアルテアが感心する。

 自分たちの村はかなりの辺境だ。国の中心に位置する王都からでも馬車で最低半月、徒歩ならひと月くらいはかかるだろう。それ以上に離れた都市から来る者もいるだろうし、気軽に往復できる距離ではない。魔鉱石目当てなら現地で駐留するのが一番手っ取り早いのだろうが、現地の宿には限りがある。あぶれる者は当然いるだろう。近くに村があるならそこに多くの人が集まるのは当然の結果だ。そして人が集まれば物が集まる。物が集まれば金が動き、金が動けば更に人が集まる。発展するのはむしろ当然といったところなのだろう。


「景色も良いし食べ物もおいしいから観光地としても有名なんだよ。緑豊かな自然に囲まれた景色は枯れた心に水のように染み渡り、都での暮らしに疲れたあなたに最高の安らぎを与えます。地元で採れた果物を使ったお菓子はお土産にぴったり!なんだって!」


 サーショの謳い文句を得意げに言うノエルは、いつもより子供っぽく見えた。こうして故郷以外の街に来るのはお互いに初めてだ。彼女も気分が高揚しているのかもしれない。無邪気な彼女といるとアルテアも自然と口数が増えた。


「身の安全もある程度は保障されるだろうし、確かに旅行先にも良いかもしれんな。よく考えられてる」


「え?身の安全?」


「ああ。だってここには商人や冒険者が多く滞在してるんだろ?舗装された街道があるとはいえ、ここまで来るのに魔獣や野党の類に襲われる可能性は十分にある。その危険性を考慮すれば、ここに居る商人の護衛や冒険者はそれなりの腕利きだろう。もし街が魔獣や賊に襲われてもいざとなったら彼らが対処してくれるだろうと思えて安心だろ」


 安心や安全は魔獣やイーヴルが跋扈する世界では得難く価値のあるものだろう。旅行先で魔獣に襲われて死にました、じゃ洒落にならない。我ながら的を射た意見だとアルテアは若干得意げにノエルを見た。


「あ、そっかぁ!だからなのかなぁ」


 ノエルは感心したように顎に指を当てて何度か頷き、ひとりで何事かに納得していた。


「いったいお前は何に納得してるんだ?」


 少女の意味深な呟きにアルテアが首を傾げると、少女は上目遣いでにっと笑った。


「えっとね。ここって、恋人同士の旅行先としてもとっても人気なんだよ?」


 翠色の瞳に見つめられ、どきりと胸が高なった。

 月明かりに照らし出された少女の笑みは、ハーフエルフという特性からだろうか、イタズラ好きな子供のようなあどけなさと、洗練された凍るような美が同居していた。絹糸のような髪の間から長く伸びた耳が顔をのぞかせていて、大きな瞳の奥は何かを期待するように怪しく輝いている。まるでこの世のものではない幻想的な、あるいは小悪魔的な少女に息を呑む。


「そうなのか」


 動揺を悟られないよう、表面上は努めて冷静にそれだけ返して少女から目を背けた。それ以上見ていると魂が吸い込まれてしまいそうだと感じた。

 数秒の間、ノエルは微笑みを崩さずに言葉の続きを待つようにじっとアルテアを見つめていたが、続きがないことを悟ったのか不満げに口先を尖らせて、「それだけ?」と尋ねた。


「それだけだよ」


「はぁ~あ。もうちょっと気の利いたこと言ってくれてもいいんじゃないの?」


 ノエルは深く息を吐き出した。


「そんなんじゃ、友達できないよ」


「ぐぅっ!」


 ド直球な言葉のナイフが突き刺さり、アルテアから潰れた蛙みたいな呻き声が漏れた。


「私はいいよ?アルくんがどんな人か知ってるから。でもね、他の人はそうじゃないでしょ。第一印象ってすごく大事だよ?冒険者になって色んなところに行くならさ、もう少し愛想はよくしたほうがいいんじゃないかなぁ。行く先々でトラブルは起こしたくないでしょ?」


 頭から終わりまで正論だった。前世でも似たようなことを言われたことがあるし、人付き合いに対して苦手意識を持っていることを自覚しているだけに言い返せない。


「……前向きに検討する」


「それ、結局なにもしないやつだよね」


 図星だった。バツが悪そうに明後日の方を見ながらぽりぽりと頬をかくアルテアを、ノエルが粘っこく凝視する。


「痴話喧嘩はそのへんにしておけ。こやつの根暗は生来の性分だ。そう簡単に治せまいよ」


 さすがに見かねたのかハクが話に割って入った。しかし庇ってくれているのか貶されているのかよくわからない。


「……一応聞くが、庇ってくれてるんだよな?」


「当たり前だ。我が相棒を貶すはずがあるまい」


 慇懃な調子でけらけらと笑うハクに少しイラッとしつつも、少女の追求の手が止まったことにほっとする。

 彼女はというと、下を向いて「痴話喧嘩……えへへ……」とにやけていた。髪の隙間から出るぴんと尖った耳の先がわずかに赤くなっている。


「もう遅いし、宿に行こっか!」


 上機嫌で踊るように、軽やかなステップで先へ行くノエルの背中を、アルテアはぽかんと見つめる。


「私に感謝しろよ、相棒?」


「……ああ。ありがとう」


 よくわからないが、機嫌が良くなって何よりだ。アルテアは素直に感謝の言葉を口にして、ノエルの後に続いて宿へ向かった。

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