師弟
「というわけで、竜を預かることになった」
「キュウ」
家に帰りアーカディアから仔竜を託されたことを説明すると、仔竜が挨拶でもするようにう顔を上げてひと鳴きした。
アルゼイドとティアはぽかんと呆気に取られたような顔でアルテアの持つ仔竜を見た。驚きのあまり言葉を失っているようだった。伝説的な古竜の分体を預かったというのだから驚くのも無理からぬ話だった。
リーナだけが子供ながらの純粋さでもってすぐさま反応を示した。
「かっ……かわいいー!」
リーナはアルテアの手の中でくつろぐ仔竜を見て感激していた。
「さっ、さわってみてもいい……?」
「大丈夫だと思うぞ。俺がさわっても嫌がったり噛み付いたりしないしな。人懐っこい仔竜みたいだ」
「やった!」
アルテアは顔を輝かせて喜ぶリーナ方へ仔竜を持つ手を差し出すと、リーナもおそるおそると言った様子で手を伸ばした。
仔竜も生まれたばかりで好奇心旺盛なのか、自分に伸ばされたリーナの手に不思議そうに顔を近づけた。仔竜は何度かクンクンとリーナの指先の匂いを嗅いでからペロペロと彼女の指をなめた。リーナも応じるようにもう片方の手で仔竜をゆっくりと撫で付けると、仔竜は気持ちよさそうに鳴き声を上げた。
「キュウ、キュウ」
そうしてファーストコンタクトを終えて仔竜は彼女が危険な存在ではないと判断したのだろう。アルテアの手から飛び移るようにリーナの肩に移動してすりすりと彼女の頬に体をこすりつけた。
「わっ!くすぐったいよぉ」
リーナが顔を綻ばせる。なんとも心落ち着く光景にアルテアもつい頬が緩んだ。
ふたりのやりとりをいつまでも見ていたい気持ちもあったがそういうわけにもいかない。仔竜はリーナに任せて両親の方に向き直ると、驚きのあまり半ば固まっていた彼らも衝撃から回復していた。
「アルよ……お前にはいつも驚かされてばかりだな。我が息子ながら心臓に悪いやつだ」
「今回は母さんもさすがに驚いちゃったわ」
それぞれ心中を語る両親に、アルテアが「ははは……」と苦笑いた笑いを漏らした。
「それで……どうするんだ?」
アルゼイドがリーナとじゃれ合う仔竜に目を向けて言った。
「もちろん面倒見るよ。俺たちの旅に連れていく」
「アル……お前は簡単に言うがなぁ」
即答するアルテアに対してアルゼイドが眉間に皺を寄せる。
「仔竜……それもアーカディア様の分体ともなればただの動物を育てるのとは訳が違うぞ。希少性故にいらぬ厄介事に巻き込まれることもあるだろう。そもそも父さんはお前が旅に出ることにもだなーー」
アルゼイドが息子の楽観的とも思える考えに苦言を呈した。守るべき家族が増えたこともあり、ここ数年でいっそう親としての責任感が増し増しになっていた。
「まあまあ、いいじゃない。かわいい子には旅をさせろって言うわ。それにハクちゃんだって一緒に行くのよ。心配いらないわよ」
ぶつぶつと小言を言うアルゼイドに向かってティアが割り込み助け舟を出すが、アルゼイドも簡単に折れることはない。
「母さん……そうは言うがな。なぜ旅に出る必要がある?それも冒険者……あまりに危険だ。アルには才能がある。しかるべき場所ーー魔法学院で才能を伸ばすことこそアルにとって一番良い選択だろう。本来アルならどこの学院でも入学できる実力があるはずなんだ。それを……」
「父さん、ありがとう……俺のことを真剣に考えてくれて。でも、今の俺にそれは無理だ。俺はどこの学院にも合格はできない……それは父さんもわかっているだろ」
「ぐ……それは、そうだが……」
アルテアの言葉に一瞬アルゼイドは呻くように声を詰まらせた。
「だから尚のこと認められない。今のお前はーー」
アルゼイドが身を乗り出して何かを言いかけた時、コンコン、と不意に玄関のドアが叩かれた。突然の来客に一同は顔を見合わせて一旦話を中断、アルゼイドはターニャに目配せをする。ターニャは小さく頷き玄関まで行って扉をくと、外には少女が立っていた。
「こんにちは……!」
わずかに金がかった茶髪を背中の中ほどまで伸ばした少女が挨拶とともにぺこりとお辞儀をすると、ターニャは挨拶には不釣り合いな言葉で少女を出迎える。
「上手く気配を断てるようになってきましたね、ノエル」
「えへへ……ありがとうございます、師匠」
ターニャの賞賛に少女は少し照れた様子ではにかんだ。
少女の名前はノエル。アルテアにとってノエルは幼なじみであり気のおけない友達だ。小さい頃、一緒によく魔法の鍛錬をしたことを、アルテアは昨日のことのように思い出すことができる。
「訪問の予定は聞いていませんでしたが、何かありましたか?」
ターニャは言いながらノエルを招き入れた。
「あっ、ノエルお姉ちゃんだー!」
「こんにちは、リーナちゃん。アルゼイド様、ティア様。アル君も」
ノエルは中へ入りそれぞれのか顔を見ながら改めて挨拶し、またターニャの方へ視線を戻す。
「実は師匠にお話があって……」
村をイーヴルに襲撃された事件をきっかけに、ノエルは強くなりたい一心でターニャに師事していた。なぜターニャなのか、当初話を聞いた時アルテアは不思議だったがイーヴル襲撃時の顛末を聞いて納得した。
ターニャは人間ではなくイーヴルなのだ。それも四天魔王と恐れられたイーヴルを一蹴するほどの力を持っている。父と母は当然そのことを知っていたが打ち明けるタイミングはターニャに任せていたようだ。
イーヴルの襲撃をきっかけに、ターニャ本人から自身もイーヴルであると打ち明けられた時驚きはしたが、それでもターニャに対する印象は変わらなかった。アルテアにとって彼女は大切な家族だ。
そんなことを考えながらノエルとターニャのやり取りを眺めていると、不意にノエルと目が合った。ちらちらとこちらの様子を伺う彼女の態度からはどこか気まずそうな雰囲気を感じた。
もしかしたら自分がいると話しにくい内容なのだろうか。アルテアはそう察して腰を上げてリーナに声をかける。
「リーナ、そろそろお兄ちゃんと遊びに行かないか」
「ん!行くー!」
アルテアの誘いにリーナは二つ返事で仔竜を抱いたまま勢いよく立ち上がり、玄関に向かって走り出した。
「父さん、話はまた今度だ」
「……仕方あるまい」
後ろ髪を引かれるような様子のアルゼイドだったが、話は一旦終わりを迎えた。
「お兄ちゃん、遅いよ!はやくはやくー!」
兄と遊ぶのがよっぽど楽しみなのか、満面の笑顔で自分を呼ぶリーナの声に引っぱられるようにアルテアは足を速めて玄関へと向かう。
ターニャと話し合っているノエルの横を通り過ぎる時、彼女から何か言いたげな視線を向けられた気がしたが引き止められることはなかった。




