産声
「そう言えばアーカディア様がお前を呼んでいたぞ」
食事もおわり、いざ妹と出かけようというところで、アルゼイドが思い出したように告げた。
「アーカディア様が?何の用だろう」
「さあな。俺も詳しいことは何も聞いてないんだ。だがあの方がお呼びになるということは何か重大なことだろう。すぐ行った方がいい」
「あ、ああ……いや、でもな……」
アルテアは妹を見る。
「おにいちゃん……どこか行っちゃうの?」
寂しそうな顔で自分の服の袖を掴む妹を前に、アルテアはどうしたものかと頭を悩ませた。嘘をつくわけにもいかず、少し悩んで、やはり正直に言うのが一番だと思った。
膝を折ってリーナに目線を合わせる。
「すまない。お兄ちゃん、少し用事ができたみたいだ。それが終わるまで待っててくれるか?」
「……わかった、待ってる」
泣かれるかとも思ったが、リーナは意外にもすんなりと承諾してくれた。そのことにほっと胸を撫で下ろしつつ、にこりと笑って妹の頭を撫でる。
「いい子だ……じゃあ、ちょっと行ってくるよ。終わったらいっぱい遊ぼうな」
「……うん!」
そうしてアルテアは家を出てアーカディアの元へ向かった。
―――――――
アルテアは魔鉱石の淡い光を頼りに暗い穴を下へ下へと進んでいる。
ここ七年間、毎日足を運んでいるだけあり、初めて来た時と比べてその足取りは確かなものだった。もはや目を瞑っていても目的の場所までたどり着けるだろう。
「毎度毎度、なぜ私までトカゲの巣穴に来なければならんのだ……」
穴を進むアルテアの傍らでハクが不満げに声を漏らした。
ハクとアーカディアは過去に因縁がある。
だから二人の両者の仲はあまりよろしくなかった。というか、ハクが一方的に嫌っていた。
「いつまでもそう不満をこぼすなよ。アーカディア様には俺の修行をつけてもらってるんだ。お前の目的を達成するための早道でもある」
アルテアがそう言うと、ハクは宙に飛び上がってくるくると彼の周囲を回り出した。
抗議の意だ。
「そんなことはわかっておるわ……!だが、気に食わんものは気に食わん!私は奴とはいっさい口をきかんからな!」
「いや、子供かよ……」
とても一万年以上生きている存在だとは思えない物言いにアルテアは呆れて嘆息した。
そんなやり取りを交えながら底の見えない闇を進むこと少し、穴の最奥までたどり着いた。成長して体が大きくなったことで幼少の頃よりもかなり短い時間で最奥まで踏破できるようになっていた。
しばらくそこで待つと、穴の中から地鳴りのような音が響き、山のような黒い巨体がせり出してくる。
「呼び立ててすまぬな、アルテア……それに、異界の魔女よ」
巨体が遠雷を思わせる声で急な呼びたてになったことを詫びる。神代の時からこの地に生きる古竜アーカディアだ。
「いえ、お気になさらず。無理を言って稽古をつけてもらっている身です。この程度の呼びたてに不満があろうはずがございません」
アルテアは答えるが、ハクは当初の宣言通り無視を決め込んでいた。
そんなハクを横目に心の中で溜息をつきながらアルテアは話を続ける。
「今日も稽古のために顔を出す予定でした。それが少し早まっただけです」
アルテアは大規模なイーヴルの襲撃事件以来、アーカディアに頼み込んで修行をつけてもらっていた。ハクが気に食わないと言っていたのはこの件も含まれている。
「寛大な言葉、感謝するぞ。我は良い弟子をもったものだ」
ハクに無視されたことに怒る様子もなく、本気とも冗談ともつかぬ口調で竜がクツクツと笑った。
重い声が穴の中で反響してコダマした。
知らないものからすれば地の底から聞こえる怪しげな笑い声だ。たいそう怖いに違いない。
「それで、俺に何か用でしょうか?」
「ああ、すまぬ。人と言葉を交わすことが稀な故、主とはつい話し込んでしまうな」
そう言うアーカディアはどこか寂しそうでもあった。
やはり何千年と生きる超越者たる古竜でも孤独は辛いのだろうか。アルテアはふとそんなことを思った。
「実は主に頼みたいことがあってな」
「アーカディア様が俺に頼み事とは珍しいですね。どんな用件でしょう?」
「説明するより実際に目にした方が早かろう……手を出してもらえるか」
アーカディアの言葉に従いアルテアが手を差し出すと、深い闇の中から淡い光を纏った球体が浮かび上がり、アルテアの掌の中にちょこんと収まった。
「あの……これは?」
一見、魔鉱石でつくった宝石のように見えた。
だがその球体は時折生き物のように脈動していた。明らかに普通の石ではない。
「ここでは我の体から漏れ出る魔力で高純度の魔鉱石が生まれる。だが、生まれるのは魔鉱石だけではない」
「はあ……」
何が言いたいのかよくわからず、曖昧に頷き返す。
「何百年という歳月をかけて我が魔力を溜め込んだ魔鉱石のひとつが、生命体へと進化した」
「生命……?じゃあ、これはまさか――」
アーカディアが言わんとしていることにアルテアも気づく。
アルテアの掌に置かれた球体の脈動が激しくなっていき、そして球体の表面にピシッと亀裂が入った。殻を打ち破らんと球体がさらに激しく脈動し、そしてついに球体の表面が音を立てて崩れた。
「キュアァ……」
アルテアの手の中で、小さな竜が産声を上げた。