表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/119

大黒穴

「へえ、森の中にちゃんとした道があったんだね」


純粋に驚き、辺りを見回しながらアルテアは言った。


「ああ、領主様のおられるところまで続いている」


「そういえば、どうして領主様は村で暮らしていないの?」


道すがらの雑談として、かねてより思っていたことを聞いてみた。


アルゼイドはアルテアの問いに「うーん」と唸り、


「少し特殊なお方でな。村には住めないんだ」


とだけ言って会話を終えてしまった。


そんなに興味があったわけでもないアルテアは、なんとも煮え切らない


父の物言いを不思議に思い名がらも


「そうなんだ」と一応の納得を示した。


どうやら一本道のようで、周囲を木々に囲まれた道を黙々と歩いていると、


「この先アーカディア山脈」と書かれた看板が目に入った。


その看板を目にして


「領主様は山に住んでるの?」


とアルテアが聞くとアルゼイドが「ああ」と短く答えたあとに、


足元に気を付けるように注意を促してきた。


足元を確認して山道を進みながら、


山に住まなければならない人間とはどういう人間なのか


アルテアは考えてみたがまるでわからなかった。


そうして父と他愛ない話をしながら右へ左へと道をすすむと


やがて森を抜けて視界の開けたところに出た。


どうやら山頂のようで、そこは苔の生えた岩や草木が茂り、


霧が立ち込めているせいで


遠くの景色を見ることはできなかった。


こんなところに人が住んでいるわけがないと思いつつ、


父の背を追って足をすすめた。


少し進んだところでアルゼイドの足がぴたりと止まったので


アルテアもそれになら、彼の隣に並んで立つ。


その時、強い風が吹き抜けて辺りを覆っていた霧が一斉に払われていった。


アルテアが霧の先に見たものは、地平線まで見渡す限りに広がる暗闇だった。


彼らが立つ少し先からは足場が一切なく、くりぬかれた様に大地が消えていた。


そして代わりに、先の見えない深い闇が広がっている。


「…ん?」


あまりに予想外の光景に、アルテアから呆けた声が漏れた。


「アーカディア#大黒穴__だいこっけつ__#と呼ばれている」


アルゼイドがその光景につけられた名前を告げた。


「領主様はこの大穴の先におられる。落ちると、二度と戻って来られんぞ。足元に注意しなさい」


そう言って、大穴の壁に沿ってらせん状にこしらえられている


石階段を降りていった。壁面には無数の輝きが灯っており、


その光が深い闇を照らしてくれていた。


光を頼りに、足を踏み外さないように


慎重に降りて行った。何の光だろう、とアルテアはふと思った。


「魔鉱石だ」


アルテアの胸中を察したように、アルゼイドが静かな声で言った。


「魔鉱石?こんなにたくさん?」


「ここは魔素が濃いからな。何の変哲もない岩石や鉱物でも永い年月をかけて魔素を吸収して魔鉱に変化するんだ」


「少し多すぎない?」


魔鉱石とは本来、種類を問わず非常に貴重なもの。


武具や魔法具の素材、魔法具の動力源、


儀式魔法の媒介などその用途は多岐にわたる。


迷宮や魔素の濃い特別な場所にしか存在しておらず、


その希少性ゆえに市場への流通量も少ないと聞く。


これだけ魔素が濃い場所なら魔鉱があっても不思議ではないが…。


「さっきも言ったが、この場所…というか、ここにおられるお方が特別なんだ。ま、説明するより直接お会いしたほうがわかりやすい」


そうやって話をするうちに階段の終わりが見えて、道は洞窟に続いていた。


洞窟の中には魔鉱石が剣山のように生えそろい、内部を光で照らしていた。


その幻想的な景色に「おお…」とアルテアが声を漏らす。


「我がアーカディア領の特産品だ。王に献上したり、たまに行商に卸したりしているぞ」


「野菜や果物ばかり売ってるわけじゃなかったんだね」


「まあな。ただ、そのせいで少し面倒なことも多いんだがな」


首をかしげるアルテアに


アルゼイドが「ま、それは別の話だ」とだけ言って苦笑した。


洞窟を抜けると出口から少し突き出したところで道は終わっていた。


その先には地の底まで続いていそうな暗闇が広がっているばかりだった。


「さあ、ついたぞ」


到底目的地とは思えないところでアルゼイドがそう言ったものだから、


アルテアは少し困惑して首を回しながら問いかける。


「…領主様は?」



アルテアがそう言ったのとほぼ同時に、闇の中から巨大な何かが動く気配を感じた。


反射的に穴の中を覗き込むと、下から突き上げてくる突風を顔にもろに浴びて身体ごと押し戻された。


「うわっ…!?」


危うく尻もちをつきそうになったところでバランスを取り、体勢を整えてから再び穴を睨んだ。


穴の中からゴゴゴゴゴと地鳴りのような音が響き、ついで声が響いた。


「…何用だ、人の子よ」


遠雷を思わせるその声は厳かであり、なんとも形容できない神秘があった。


声の主が人間とは一線を画す超常の存在であるということをそれだけで本能的に理解できた。


「閣下にご相談があり、参りました」


「ふむ…。領内で頻発している魔素溜りのことか」


「仰る通りにございます。閣下の慧眼には感服致すほかございません」


領主ことアーカディアがこの世の全てを見通すような声で問題の核心をずばりと言い当てると、特に驚いた素振りもなくアルゼイドが首肯を示した。


その様子から、この穴の底にいる存在は外——少なくとも領内——で起きている事柄について全て把握しているのかもしれないとアルテアは感じた。


父は正体を知っているようだが、教えてはくれなかった。


ますます気になるアルテアだった。


「世辞は良い。原因は我にもわからぬ」


「閣下にも原因がわからぬとなると、由々しき事態ですな」


アーカディアの答えが意外だったのか、少し困った様子でアルゼイドが言う。


「案ずるな。原因はわからずとも対処は可能だ」


そう言うと、暗闇の奥から光の玉が飛んできてアルテアたちの足元にふわりと着地した。


「魔道具だ。場所をかえて地面にさしておけば頻繁に魔素溜りが発生することはなくなるだろう。効力があらわれるのは少しばかり時を要するが」


それは、首飾りくらいの大きさで、複雑な装飾が施された球状の物体を針が貫いたような形をしていた。数は全部で六個ほどあった。


「閣下のお力添え、感謝いたします」


そう言って礼をするアルゼイドにならい、アルテアも礼をした。


アーカディアは「気にするな」と鷹揚に答えてから、ふとアルテアを見て話題をうつした。


「時にアルゼイド、傍らの童子はそなたの倅か」


確信している口調でアーカディアが言う。


自分が話題の中心になるとは思っていなかったアルテアは、慌てて居住まいを正した。


「はい。遅ればせながら、ご紹介させていただきたく存じます。我が息子アルテア・サンドロットにございます」


アルゼイドが言うと、それに続いてアルテアも名乗った。


「ご紹介にあずかりました、アルテア・サンドロットでございます。アーカディア竜伯爵閣下におかれましては、ご機嫌麗しく恐悦至極に存じます」


こういった知識はひどく面倒に感じて深く学ぶことはせず避けてきた。


正しい作法かはわからなかったが、自分の中で最大限の礼儀を尽くした。


不安を抑えて相手の反応を待った。


「アルゼイドよ、良き子を持ったな」


その言葉を聞いて安堵するアルテアの隣で


「ありがたきお言葉」とアルゼイドが恭しくその言葉を受け取った。


それから少しばかり考え込むような沈黙があってから領主が口を開いた。


「幼き童子に受けた儀と礼、我も返さねばなるまいな」


そう言って、闇の底で何かが動く気配がして、圧倒的な存在感が迫り出してきた。


それは紛うことなき竜だった。


「竜…」


その威容を前にしてアルテアは息を呑んだ。


その身に内に底知れない魔力を感じる。


底の見えぬ深淵、まさにこの大黒穴を覗き込んでいる感覚だった。


先に対峙したアウルベアなど大気に舞う塵に思えてしまうほどの圧力と神性を放っていた。


畏怖、という言葉以外には言い表すことができない。


「いかにも…。人の子らはアーカディア辺境竜伯と呼んでおる」


「失礼ですが、どうして竜が爵位を?」



「当然の疑問であろうな。我がここにおるわけは知っているか?」


アルテアが首を横に振って答えると、アーカディアはゆっくり頷いた後に理由を語ってくれた。


「この大穴は、世界に初めて魔王が降り立った時、魔王の攻撃によって開けられたものだ。


魔王は当時の人の子らと協力して退けたのだが、その際に我も封印の呪いを受けて以来ここに封じられておる。そして月日が経ち、穴を挟んで西側に王国、東側に帝国という国ができてしまった」


そこまで言うと、アーカディアは遠くを見るように目を細めた。


遥か過去を思い出しているのかもしれなかった。


「ここは我が魔素で満ち、資源に富んでおる。ゆえに人はそれを欲し、王国と帝国で争いが起きた。幾度となく繰り返される争いに終止符をうったのが当時の勇者であった。勇者は我に王国、帝国それぞれから爵位を与えることで、この大穴を折半しようと打診をしたのだ。勇者はこの世界の守護者のようなもの。誰も強く反抗することはできなかった。そして、争いが止むならと我もそれに同意したのだ」


ふう、と短く息を吐くアーカディアに、アルテアが謝意を示しながら言う。


「ありがとうございます。事情はおおよそつかめました。だから父さんが領主代行として領地を治めているんですね」


合点がいった顔でアルテアが言うと、竜が「うむ」と頷き、父が補足してくれた。


「まあ、そういうことになるな。何か問題が起きたときはこうしてお力添えをいただくこともあるんだ」


そう説明を受けたことでこれまでアルテアが疑問に思っていたことの謎が解けた。



その後アルテアたちはアーカディアに礼を言って大黒穴をあとにした。


穴を抜けて山頂に戻ると辺りは夕焼け色に染まっていた。


「意外と時間がかかってしまったな…」


沈みかけた太陽を見てアルゼイドがぽつりとこぼした。


日が落ち夜になると通り慣れた道とはいえ危険度は増す。


アルテアたちは足をはやめて屋敷へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ