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侯爵令嬢の穏やかな生涯  作者: 柏鶏子
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「サ、サフノフスカヤ先輩…」

「気にするな、お、なかなか良いステップだ」


 私は流石に冷や汗を一筋垂らしました。ついつい楽しくなり二人して笑いあいながら踊っていましたら、講義が終わり講堂から多くの生徒が出てきたのですが、教室に行くには渡り廊下を通る必要があります。

 つまり、私達が中庭で踊っている姿を皆様が見ているのです。更に予想外だったのはその多くが私たちを囲みダンスを野次馬? というのかしら、見物しだしたことでした。

 私は逃げ出したくなりました。注目されていることに加えて、どうしてこんな大勢がまじまじと見つめているのか分からないのです。


 どうして囲ってまで見ているの? 私の事を悪しざまに言うために? 揶揄うために? 


 ステップを踏むごとに息も上手くできなくなり、少しずつ混乱に陥っていきます。どうして、怖い、好奇の目よ、駄目よ、彼ら見てはダメ―――。

 その時、サフノフスカヤ先輩が私の背を軽く撫で、「エラ・ベルレブルク」と静かに囁きかけました。


「周りをご覧」


 私は目をいっぱいに瞑り、首を小刻みに振りました。皆様のお顔をよく見る勇気なんてありません。サフノフスカヤ先輩はもう一度私の名前を呼びました。

 恐る恐る目を開けるとそこには苦笑したサフノフスカヤ先輩のお顔がありました。僅かに寄せられた眉は呆れではなく、不出来な妹を見る慈しみの色がございました。


「エラ、其方は周りと対峙するべきだ」

「お、恐ろしいことですわ…私、とても…」

「傷つくことを恐れるな、いずれ皆傷を負わねばならないのだ。ならば傷を負うのはこの時しかない、対峙なさい」


 凛としたお声のあとに、サフノフスカヤ先輩はそっと耳元で続けました。


「ダンスをしている時の其方は楽しそうだったな、私と話している時のはしゃぐ様子も愛らしかった。人懐っこいのだな、エラは。

 だからこそ、その先の出会いも経験も諦めて図書室に籠るのは其方の望むものか?」

 

 そんなわけありません。ええ、そんなわけありません!


 くるりとターンをしてお辞儀、次の講義の時間も迫っていますからこれが最後のダンスです。こんな人だかりの真ん中に取り残される不安な気持ちを皆様はご存じかしら?

 私が「お相手ありがとう存じます」と挨拶をすると、サフノフスカヤ先輩は別れの挨拶を下さいませんでした。最後に言ったのはこの言葉です。


「何も悲観することは無い。私たちは何でも持っている」


 不敵に笑うと黒レースの左手を揺らして3年生の校舎へ向かって歩き出しました。まあ、すごい。人垣が聖人が割った波の様に開かれていきます。面白いぐらいだわ。

 皆様がサフノフスカヤ先輩を見る目は、尊敬と興奮と、大きな好意です。本当に有名人なのですね。憧れの先輩を間近で見られたことに嬉しがる様子で、漸く私はこの人だかりの意味を知りました。

 皆様、私に注目していたわけではないのだわ。意識が過剰だったのね、恥ずかしい…でもよかったわ。

 胸を撫で下ろしていると、背後に何方かが寄る気配を感じました。振りむくと、ヴィヴィアンヌ様がゆっくりと寄ってきていました。

 その表情は軽蔑の色がございました。声もそのまま軽蔑で出来ているようでした。


「エラ・ベルレブルク様お久しゅうございますわね。お元気そうで何よりでしたわ。お勉強は辛くてもダンスをする元気はあるようで」


 ああ、また失敗ですね。勉学を休んでいるけれど、楽しそうな、それこそ構内の有名人との娯楽は欠かさない人間だと思われましたわ。

 経緯も知らないのにそんなに穿った見方をしなくても宜しいのに! と反発する気持ちが半分、私がどう見られているか考えるべきだと反省する気持ちが半分です。こんなことになるならサフノフスカヤ先輩を振り切ってでも、踊らなければ良かったわ。

 …いいえ、サフノフスカヤ先輩は「見せびらかす」旨のお言葉を出してらっしゃいました。この事態を見越して、というより誘導していたのでしょう。そして、私に戦うべきだと発破をかけたのです。

 図書室に籠り切り、全ての出会いをふいにすることが無いように。


 私は唇を噛みしめ、きりりと前を向きました。私は、何でも持っている。サフノフスカヤ先輩はそう仰ってくださったではありませんか!

 心を奮わせて私は口を開きました。


「ええ、ダンスはとても楽しゅうございましたわ! いずれ皆様とも気兼ねなくダンスをしたいものです」


 …言い返そうと意気込んだものはいいものの、ズレたこと申したのはご愛嬌と言うものです。私はこの時達成感と満足感でいっぱいでしたの。ああ、顔から火が出るほど恥ずかしい!!!

 ヴィヴィアンヌ様はぽかんと呆けてらっしゃたわ。だって、娯楽に興じていたいと宣言していたに等しいのですもの。聖女教育を受けてきた、政務と直向きに向き合うことを意識してらしたヴィヴィアンヌ様には信じられない物言いだったでしょう。

 ですが、私、この時はまた勘違いしておりまして、私が大声で言い返せたことに驚いてらっしゃるのだわ、と考えておりました。

 

 私は、その後満足げにその場を後にしましたの。

 お兄様ともう少し喧嘩をするべきだったわと思い返す度に物思いに耽ってしまうのです。



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