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私はこの年頃にしては上背があるようです。ヴィヴィアンヌ様よりも10㎝は高く、こうして向き合い対立しておりますと、立ちはだかる私が余計に憎く思えるようです。
目には怒りで煌めくヴィヴィアンヌ様の琥珀色の瞳がありました。
そんな様子もまた私を怒りへ駆り立てました。立っただけで悪感情を募らせるのですもの、マナーでもなんでも改善したところで和解することなどないわ。
彼女が開いた口から言葉を吐き出す前に、堪らず啖呵を切りました。
「私が何をしたと仰るの。その事も上手くお伝えする技量もないようですのに、その全てを私のせいにするのは理不尽よ。
私がここで休んでいる理由もご存じないくせに、目が曇っているのはそちらでしょう。
そんな貴方に認めてもらうことに何か価値があって?」
私の言葉に目を見開いたヴィヴィアンヌ様は拳を握りぶるぶると怒りの為に震えだしました。ヴィヴィアンヌ様は「ご自分の欠点すら見えてない貴方に言われたくないわ」と吐き捨てます。
どちらも意地で動かず、目を逸らせることもしない膠着状態を破ったのは教会の6時の鐘でした。荘厳な鐘の音が私たちの間をすり抜けると、どこからか複数の足音が聞こえてきます。
確か、6時以降の聖女教育は座学でした。そして私は寮へ帰る時間で、他の聖職者たちにもこの鐘の音を合図に別の仕事に取り掛かるのです。
ヴィヴィアンヌ様はまだピナフォアドレスを着たままでしたから、座学に間に合うために急いで仕度せねばなりません。彼女は一睨みして踵を翻すと、そのまま去ってしまいました。
それと入れ違いにルビーが「さあ、寮へ帰りましょう」と私を迎えに来ます。すれ違ったヴィヴィアンヌ様の様子に何か感じるものがあったのでしょう、「何かございましたか?」と心配顔で駆け寄りました。
私は努めて笑顔で「いいえ、なにも」と答えます。司教様へ帰るための挨拶をして馬車へ乗り込みました。
「お嬢様、本当に何もございませんのね?」
「ええ、大丈夫よ」
私は窓の外を眺めながらルビーの問いに答えます。花の都が外灯や着飾った人たちで溢れているのを眺めておりました。その為、口数が少なくとも特別不審に思われることは無いだろうと打算がありました。
だって、切欠はルビーの心配からくる提案からヴィヴィアンヌ様との睨み合いに発展したのですもの。言えないわ。ルビーを傷つかせてしまいますもの。
煌びやかなパリュスが瞳に映るのはもうそれぐらいに目を伏せて、そのまま馬車に揺られて寮への帰路につきました。
食堂へ顔を出せばレシェク様達がいらっしゃるでしょう。きっと何か特別なことはあったかと訊いてくるでしょう。
レシェク様に心乱すようなことは無いと約束した手前、聖女教育での一件を報告するのは気まずくて疲れてしまった事を理由に早々に部屋へ籠ることにしました。
食事も部屋で摂り、ルビーとベッカに直ぐ退室してもらいました。
「一人になりたいの、疲れてしまって…」
そう微笑むと彼女たちもまた一礼して去りました。ですが、過去にお兄様の手紙をマットレスに隠していたことを勘付いていた二人です。私の機微の変化を察知していることでしょう。
私はベッドへ横たわり、ふかふかの枕を抱きしめました。きつくぎゅうぎゅうと胸に抱きこみ、顔を埋めますとじわじわ涙が出てきました。
何も、嫌わなくてもいいじゃない! 指摘してくれればいいのにじろじろ見るだけの人たちと、いきなり怒鳴りつけてくる人たちは本当に教育を受けた貴族なの? 王国の人たちは酷い人たちばかりだわ、帝国に帰りたい。
そう思っては頭を振り更に枕の深くまで埋めます。
言い過ぎですね、王国は素敵な人たちもいます。司教様や病棟のお医者様、看護してくれた方、そして、そうあの生徒会の端整な同級生。
怒りの発散の為に関係ない人たちまで悪くいってしまい、自己嫌悪の渦に飲み込まれていきます。ぐすぐすと鼻を鳴らして、でもこの怒りもどう対処すればよいか分からず苦しくて苦しくて歯をぎりぎりと噛みしめてしまいました。
私は楽になりたい一心で机に向かい、ペンを手に取り便箋へ走らせます。ヴィオラへ学園で出会った素敵な同級生と、人形のように可愛らしい苺のようなお人形さん、そして「カレン・リリー」というシャボンやレースの世界からきた美しい名前に感激したことを書きました。
楽しいこと、目新しく心弾んだことを書き連ねます。
ヴィオラには素敵なところだけを送りたいのです。この嫌な一日の上澄みだけは素晴らしいものに違いありませんでしたから、それだけを。
しかし、便箋を増やすごとによりこの不条理に対する感情の落としどころが分からなくなってまいりました。
封蝋をして、分厚くなった手紙を机の上に置くと私はまたベッドに横たわり、睡魔が私を訪ねに来るまで目を固く瞑ったのでした。
「お嬢様、起きてくださいまし。お仕度いたしましょう」
ベッカの柔らかな声に揺り起こされて、私はベッドから起き上がりました。ベッカは私の脈を測り、体温を確かめ、白目や喉の状態を診ていきます。
学園に対する興奮は無く、昨日のことが尾を引いているために溜息しか出ません。その為にベッカに心配をかけてしまったため、急いで誤魔化して食堂へ降りていきました。
「やあ、おはようエラ。昨日は疲れているようで話を聞けなかったけど、今朝はどうかな?」
食堂にはレシェク様が朝食を召し上がっていて、私へ朝の挨拶と微笑みをくれました。レシェク様の侍従が隣の席を引いてくださいましたので、彼に会釈をして椅子へ腰を落ち着かせました。
本当は、今だけは少し遠慮したかったのですけれど。
レシェク様は聖女教育の事を聞きたがりました。王国での帝国の留学生の素行の監督はレシェク様も担っていますもの。それに、心乱す種がないかも心配されているようです。
私は嘘を吐くことに気を重くして、美味しい朝食も満足に味わえませんでした。砂を味わったことは無いけれど、「砂を噛んだ気持ち」ってこういうことを言うのでしょうね。
「えら、本当に? 元気がないみたいだ」
「え、ええ。だって、昨日の今日ですもの。疲れていますのよ」
「君に何か心労をかけさせることが?」
「まあ、嫌だわ。私、今まで部屋で、ベッドの上でずっと生活していましたのよ。学園も、箒で掃くことも、何もかも初めてで慣れていないだけです」
じっと瞳の奥の奥を覗き込む目をレシェク様はしています。全てを見抜こうと張り詰める、そんなお顔。私はごくりと生唾を飲み込みました。
「そうか。それでは君が慣れるまで私たちが傍にいようね」
長く思われた沈黙の後、レシェク様はそう気遣いの言葉を破顔してかけてくださいました。
安心してね、と殊更柔らかい笑みを浮かべて目尻を垂らすレシェク様に「大丈夫です」と断りを入れることが出来ず、私はスープを口に含みます。
嘘を吐いたことへの後ろめたさと、有無を言わせない迫力あるレシェク様が原因でしょうね。
ああ、また気が重い。
仄かなジャガイモの甘みも私には慰めにはなりませんでした。




