表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侯爵令嬢の穏やかな生涯  作者: 柏鶏子
43/50

 馬車に揺られて暫くして、大聖堂へ到着しました。御者が手を貸してくれましたので危なげなく降りられましたのに大聖堂があんまりにも素晴らしい装飾で彩られた荘厳さに私は目を回しました。そういえば、帝国でも自室の窓から眺めるばかりで実際に足を運んだことは無かったように記憶しています。

 こんなにも大きいだなんて、と私は口を開けっぱなしなんてことは無いまでも相当に呆然としておりましたら、目の前の大きな扉が厳めしく開きました。私が正気に戻り姿勢を正していましたら、そこから現れたのは人の好さそうな柔和なおじ様でしたの。


「エラ・ベルレブルク様ですね。お待ちしておりましたよ」

「ご機嫌よう、司教様。エラ・ベルレブルクと申します。出し抜けなお願いを聞いてくださり誠に感謝しておりますわ」

「とんでもない。元々ヴァリエール次期公爵様にお話を伺っておりましたからね」


 司教様はそういうとにっこりと笑って中へ入るよう促しました。司教様は中肉中背と言いましょうか、少し線が細く聖職者として日々祈りを捧げ肉体労働から遠く離れた人の体つきです。

 私の背よりほんの少し高いだろうか、というぐらいで男性にしてはそこまで長身ではございません。

 私はぐんぐん伸びてこの年代の女性にしては上背のある方だとルビーたちに教えられましたの。ですから、目線が近く、司教様の優し気なお顔が良く見えました。




 緊張を溶かす笑みに連れられ入った大聖堂のなんと素晴らしいこと! 紫を基調にした細長いステンドグラスが左右の壁を彩っており、日に透けたステンドグラスの色はそこかしこを紫や青、赤、黄色に染め上げていました。


「天国のようですわ」

「ふふ、そうおしゃっていただけるとクリスト教の教えを説く私たちの励みになります。死後にこんなに素晴らしい場所に行けるのですからね」


 司教様は50代半ば、きっと私たちの年頃は孫の様に思われていることでしょう。聖職者の慈しむ眼差しで「私たちは貴方様を歓迎します」と仰ってくださいました。


「聖女教育は同じ教育を受けている者たちから教えを乞うてくださいね。彼女たちも貴方を歓迎し、未来の聖女らしく時にやさしく時に厳しく指導するでしょう」

「はい」


 私が頷くと、門が開く音が聞こえます。司教様は「おや、来ましたね」と微笑みました。私が振り返りますと、五人の令嬢たちが進んでこられます。先頭の方は豪奢な金髪を縦に巻き結い上げて、あら? あの方って、今朝の方たちではないかしら。

 私がそう思い当たった頃ほぼ同時に彼女たちも私と同じように目を開きました。


「な、何故ここに…っ!?」


 あまりに驚愕の表情を浮かべていらしていてこちらが驚いてしまいます。彼女は大変に表情豊かな方なのではないかしら。

 司教様は「貴方たちと同じく聖女を志す方ですよ。後輩に指導してあげてくださいね」と私を紹介してくださいました。私は紹介されたからにはとドレスの両端を摘み簡略的な礼をします。フランセイスのマナーは追々学んでいくことにしましょう。

 それに、志を同じく、と言われてしまうと何だか恥ずかしくなってしまいますね。そんなに特別なことではないのですもの。


 「聖女教育」は清く正しく美しい人間へ成長するために施されるものです。クリスト教の教義、教養や経済、政治と学園と遜色なく行われる教育の根幹にあるものは「民と共に寄り添う知識」であり、まさに民衆から「聖女」と認められるためにあります。

 聖女教育の活動として、有名なのは奉仕活動ではないかしら。街の清掃や貧困者の救済活動、災害・事故の被害を被った方々への支援活動がありますから。

 聖女教育を修了できる方は教会お墨付きの人格者と辣腕家でありますから、その称号は華々しく、また「教育を受けるものに貴賤を問わない」と教会は公言していますから最高の嫁入り土産として多くの貴族令嬢が門を叩くのです。

 

 ですが、私はそんな立派なものではありません。せめて、身の回りの世話を一人でできるようにしたい、という理由ですもの。こんな立派な方たちと同じだなんて申し訳ないわ。

 

 さて、そんな私の本心が透けていたのでしょうか?

 令嬢方は「そんな」「でも…!」と何やら呻いていらっしゃいました。


 どうなさったのかしら?


 私が小首を傾げていると、それを見咎めた金髪の方が眉根を寄せ「僭越ですがヤコブ司教」と言いかけましたが、司教様は緩く首を振り「心の目を曇らせるうちは修行不足でしょう」と柔らかく制しました。

 彼女は押し黙ります。私は、司教様は流石司教だけあって人心の掌握にたけていらっしゃるとその一連の流れを感嘆しておりました。穏やかに物を言って場を制すると好々爺然としていらしたなかに風格が感じ取れますね。

 彼女は溜息を一つ吐き、「最初は掃除です。私に付いていらして」と歩き始めましたので、私は彼女の後を付いてゆくことにしました。振り返り司教様に頭を下げますと、司教様は手を振って送り出してくださいました。




 金髪の方はヴィトレー侯爵の長子、ヴィヴィアンヌ様と先ほど紹介を受けました。ヴィヴィアンヌ様は目尻がきゅっと釣り上がっており、私のお母様を彷彿とさせました。

 ヴィヴィアンヌ様は豪奢な金髪をぴっちりと手早く整えて、ピナフォアドレスを着用するように言いました。幼児が着る、汚れてもいいようなドレスは幼少期以来です。

 いいえ、幼少期すら着たのは怪しいですね、何せ親戚中からお手製のお仕着せを山のように頂いていましたもの。私も外ではしゃいで泥汚れを作る活発な子ではなかったのですからね。

 ピナフォアドレスは前のピナフォア部分が清潔な白、ドレスの部分は淡いクリーム色です。児童文学で主人公が着たのもこのピナフォアドレスでした。ふふ、衣装が代わると浮足立ってしまいます。

 ルビーが制服の着替えを手伝うと申し出てくれましたが、私は「大事な自立の第一歩なの」と断りました。実際、着脱が簡単な衣服で助かりましたわ。

 貴族令嬢は確かに、こういう衣服でもなければ自身で身の回りの世話をするのは難しいでしょうね。メイド任せが一般的ですもの。

 




「区画ごとに箒で掃除します。それぞれ担当する区画を綺麗にしますが、今回は初めてでしょうから貴方はこの区画だけを掃除してもらいます。いいですね」


 ヴィヴィアンヌ様に箒を手渡されます。しかし、箒を使った掃除など初めての事です。それに私の部屋でも埃を舞わせて呼吸器に異常が出てしまってはいけないと、侍女の皆は丹念に床を拭き洗浄してくれていましたので箒の使い方を間近で見たことはありません。

 後ろに付いていてくれるルビーに教えてもらえるかしら、と目線を向けたのですが、ヴィヴィアンヌ様に誤解されてしまったようで、「メイド任せにしてはいけません! ご自身の手で掃除するのです!」と言葉が飛んできました。

 私、自立するために教会へ参りましたのに、そのように勘違いなさらないでくださいまし、と思わず口から飛び出そうになりました。ですが私ったら、鈍感でして。暫し逡巡して言葉を咀嚼しておりましたの。

 ああ、そのように反発するご令嬢も多いのでしょうね、なんて暢気な感想が頭を過りながらヴィヴィアンヌ様へ伝えました。


「あらぬ誤解ですわ、ただ使い方が分からないので訊きたかっただけですのよ」

「…左様ですか。では、箒の使い方は私がお教えいたしますわ。ですから貴方のメイドはどこぞへ置いてきてください」

「まあ、困ります。そんなことをすれば私弱ってしまうわ」

「教会でメイドが必要になることはありません。メイドが傍にいれば清掃という立派な聖女教育も、主人の代わりに請け負ってしまうこともよくあるのですから」


 正にぴしゃりと言ってのける、というもの。

 ヴィヴィアンヌ様はそのようにおっしゃいましたが、でもルビーがいなければ突然の発作や病の発症、怪我に対応できません。それに私、脆弱ですからまだ慣れないうちはルビーが声を掛けて水分補給や休憩の時間を教えてくれることになっているのです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公かわいい。 [気になる点] 普通に考えて教師から生徒へ主人公の事情というのは話されるものと思います。重要事項です。 それを大っぴらにしないというのは逆に不信感です。 何かあったら助け…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ