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侯爵令嬢の穏やかな生涯  作者: 柏鶏子
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青二才の若獅子


「あれがエラ・ベルレブルクか」


 彼女が遠のくまで、中庭のホーリーホック越しにレオン・フランソワは見据えていた。あれだけ叔父や帝国が攻防を続けている渦中の人物が、あの女生徒だとは。

 叔父のユーゴが必死にお膳立てする少女は、帝国の高位貴族で、資産家で、有力な一族で可愛がられてきたことは直ぐに調べがついている。そして、彼女は銀の色合いと呼ばれる病弱な体質であるということも。


 レオンはこの国の第一王子にして国王の一人息子だ。


 父と叔父は革新派、宰相らは保守派として動いていることは知っている。本来ならば自身も父親に倣って革新派として動くか、己の考えなりで保守派の御旗になるか早々に決めていても損は無かろうが、未だレオンは己の立場を表明していない。

 神輿は軽く扱いやすい方がいいと、昔、保守派の貴族に手を出されたことがあったが自身で然るべく対処した。子供だと思って侮るからだ。こちらは子守唄代わりに帝王学を叩きこまれた、次期王となるための人間で、魂胆が透けて見えるような宰相の威を借りる貴族の傀儡になろうはずがない。

 だが、この事実は盛大にレオンの気に障り、臍を曲げることになった。

 矜持が許さなかったのだ。自分を思い通りにできると侮る大人たちがいることが悔しかったのだ。幸運にも対処した手腕を見てレオンの才覚に聡くも気付いた者たちは大勢おり、もう手を出されることは無くなったのだが。

 レオンは自分の事は自分で決められると、そう考えると派閥に属することがあまり得策でないように思われた。


 だって、子供で、第一王子という肩書は、お飾りに丁度いいのだから。


 そんな鬱屈した思いに気付いているのかいないのか、既に革新派の1人として強引に巻き込む叔父は「エラ・ベルレブルクを庇護しろ」と要請してきた。叔父も叔父だ、王族の義務も果たさないのに、王族の権威を遺憾なく利用する。そのくせ有能だから腹が立つ。

 今まで自分に婚約者が宛がわれていないのはレオンが立場を表明していないからだ。つまり言い換えれば、婚約者を己で迎えたときそれを表明したことになる。だから、各貴族たちから言い含められた暗黙の婚約者候補たちは教会へ熱心に通い、聖女教育に精を出していると聞く。

 彼女たちもまた親に利用される被害者であり、己を利用しようとする加害者であるため、侍従に探らせた彼女たちから婚約者を選ぶことは避け、幼いうちから幾度か交流があっても心を開くことは無かった。


 そして新しく登場した、叔父が革新派として強く勧めるエラ・ベルレブルクについて侍従へ最速で詳細な報告を挙げさせることに抜かりはなかった。勿論、婚約の際の利点と欠点についても。

 未だ政争で血を主張するフランセイスでは彼女の命が真っ先に狙われることになるだろう。最悪な事態では帝国との衝突か。

 革新派は保守派より全力で彼女を守らねばならない。医療の発展で彼女をフランセイスへ呼び込んだのに、今度はそれが彼女を狙う刃になるのだから皮肉もいいところだ。

 そして、自分だけにとっての利点と言えば彼女と婚約した時は帝国の後ろ盾を得て、革新派、保守派関係なく己の才覚だけで治世を敷くことも可能ということである。

 何も独裁者になりたいわけではないが、利用されることに真っ平御免、辟易して厭うている頭にちらりと掠めるぐらいには、レオンは拗らせたままなのだった。

 …しかし、彼女も難儀なことだ。命を取り留めたと思えば大人たちに利用される。レオンは顔を見ぬ令嬢を哀れに思い、また親近感を持った。

 それでも、彼女を駒としてみるその視点を切り捨てられない、いや、気づかないところは未だ13歳の思春期真っただ中の子供であった。




「だが…」


 思考を戻し、彼女の後ろ姿を見詰める。

 耳の早いものはもう聞いていることだろう。


「レオン殿下の婚約者の最有力候補として帝国から侯爵令嬢が入学してくる」

「既にユーゴ・ヴァリエール公爵子息が王国での庇護たらんと申し出ている」

「王はそれを黙しているが推している」と。


 帝国からの新しい国賓である為、当然ながら王子であるレオンが学園で世話をする。レシェクら一同に任せるにも不安はあるし、何よりフランセイスは帝国を尊重しているという姿勢を見せるためにも必要なことだ。手紙は叔父が送ったそうだが、午前は公務があるためにエラ・ベルレブルクの世話ができなかったので放課後に、と考えていた矢先である。

 侍従から、学園でのエラ・ベルレブルクの噂が一気に出回り、その内容を聞かされた。注目の的なのだから噂もすぐに出回るだろうが、問題は内容だ。


「ぶつかった下位貴族がハンカチを差し出したら『下位貴族の身に着けるものなど触れたくない』と無下に断った」

「悪辣にも高慢に笑んでいた」

「その行いを諫めにきた令嬢方に『フランセイス流のマナーに則れば帝国からの国賓である自分に意見するなど』と言い返した」

「更にフランセイスのマナーなど取るに足らないとばかりに帝国流のマナーで返した」

「振る舞いは美しいが威風堂々とした高位貴族の傲慢さが表れている」

「小首を傾げ笑む表情は、妖艶さと令嬢たちへの嘲笑がありまさに毒婦」

「あれを正妃に迎える未来があればフランセイスの終わり」等々。


 そんな短い間に悪評が立てられるなど、と頭を抱えた。流石に学園中の生徒の掌握を図りたいレオンにとって、今エラ・ベルレブルクの世話を、詳しく言えば他の貴族に紹介するなどして外堀を埋めていくようなことをしては危ない。

 王家を見限る家が出てもおかしくないほどには看過できないまでに噂が流れているのだ。多かれ少なかれそんな噂は誰しも流されるので自身でその為人を確かめるレオンであるが、侍従の実際にその現場を見てきた報告からして噂との乖離はなさそうだ。

 これは、駄目だな。

 レオン・フランソワはそう結論付けた。如何に叔父や王が推す令嬢と言えど、あんな悪評付きまとう令嬢を正妃に戴けば愚王として名が残ろう。それは嫌すぎる。避けたい。あまりにも至極真っ当な感覚であった。

 それに呼応してか学園のレシェクから文が届いた。


「学園の噂を耳にしただろう。我が再従姉は私たちが責任をもってフランセイスでの面倒を見よう。ユーゴ・ヴァリエール次期公爵には黙っていてくれないか。何かあれば口裏を合わせてくれ」と。


 レシェク達も慌てたのかもしれない。ひいては帝国の悪評にもなるのだから。

 それに、晩餐会での攻防もこの事実があると違ったようにも見える。このような令嬢を外に出してはならないという忌避感ゆえに渋っていたのかもしれない、とも考えられた。

 だから、中庭に面するあの廊下で会ったのは全くの偶然だった。自身が傾国の美女と讃えられた(そして実際に傾けた)ヴァリエール公爵にそっくりの美貌を持つ叔父と、レオンは瓜二つだと自覚しているから変な執着を持たれては堪らないと件の令嬢を避けることに決めていたのだ。


 因みに何故、叔父と似ているかだが、理由は先王が公妾を祖母に持つ出自だからだ。公妾は家柄に関係なく実力で寵愛を獲得しなければならず、その祖母が一際美しい容貌をしていたために宮廷に召し抱えられた経緯を持つ。その祖母と同じ一族がヴァリエール公爵なのだ。

 何ともややこしい。また宮廷を荒らしに来たのか、なんて先王の祖母を知る重臣たちは、当時ヴァリエール公爵に入れ揚げる先王を見て囁きあっていたらしいが、そこは、今は置いておこう。


 兎にも角にも、そんなややこしい美貌に焦がれる女生徒が大勢いるのを知っているために「ご機嫌よう」と声を掛けられた時は実はかなり動揺していた。だが王たるもの逃げることは無いと矜持で踏みとどまっていたのだ。

 悪辣な令嬢に目を付けられるかもしれなくとも、だ。


 ああ、しかし。

 美貌に過剰に媚びることも、高飛車高慢にものを言い放つこともなく、案外普通に去っていくことを誰が予想しただろう。もしかして、そこも含めて計算高いのか。

 エラ・ベルレブルクは冬の化身のようだった。色が薄く、何もかも白い。目だけが太陽に呼応して赤く揺らめいていた。彼女は中庭の花々を微笑して鑑賞していた。歩みは遅く、確かに威厳滲ませる所作だが、レオンから見れば筋力が心もとない女生徒が歩いているだけだ。

 実際、今までのエラの所作はそのおっとり具合と筋力低下によるものだが、レオンはいやいやと心中頭を振った。

 己がいるのを遠目で見て、そのように振舞うことも可能ではないか。

 しかし、当の本人はレオンの顔など知る由もないのだが生まれながらに注目され、皆がいつの間にか自身を知っていることが当たり前のレオンにはそれも思いつかなかった。ここもまだ13歳と大目に見てほしい。これも愛嬌だろう。 

 なので、ホーリーホックが咲く頃には彼女の本性も知れよう、と花へ目を移した。本性も何も元から無いが。

 教会と縁が深いホーリーホックは、「聖なる花」と冠されるそれは広くフランセイスに普及した可憐な花で、案外面白い花言葉を持つ。

 「熱烈な恋」「威厳」「高貴」、そして「野心」。

 あの令嬢が、ホーリーホックのようでなければいいと全くの杞憂を抱えながら、レオンは生徒会室へ向かうために踵を返した。

 


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