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侯爵令嬢の穏やかな生涯  作者: 柏鶏子
40/50

一人で中庭を鑑賞し廊下を行きます。

 中庭の設計は見事なものです。緻密に計算された花々は四方を囲む教室の窓からも楽しめるようですから、図書室は窓辺の席に座ることにしましょう、と心を弾ませておりました。

 午後の日差しは強いので皆様が気持ちの良い汗をかくことは良かれど、体調を崩してしまわれないか心配です。私が歩く廊下は影になっていますから心地よいですよ。

 中庭は広く、ここで学園主催のガーデンパーティーやお茶会を催すこともあるそうです。その分それを囲う廊下も長いもので、歩き始めた当初はチラホラと廊下を急ぐ生徒もいましたが、今は一人ぽつねんと私は歩いておりました。

 しかし、素晴らしい中庭をこうして独り占めする機会はそうそうないことでしょうから贅沢に違いありません。素晴らしい書物や宝石、絵画は博物館やら何やらに寄贈され皆で感動を分かち合うものですが、独りでゆっくり浸れるのも得難い経験ですものね。


 そうして廊下を曲がった先にいたのは彫刻家が丹精込めて作り上げたのかと見紛うばかりの、端正で端整な男性でした。

 嫌だわ、素晴らしさを伝えたいばかりに韻を踏んでしまいました。呆れないでくださいましね。


 その方は上背がありますがすらりとした肢体で、白樺の精と言われた方がしっくりときました。制服の白を綺麗に着こなすのはこういう方なのかもしれません。髪は根元が雌黄という明るい黄色、雄黄というそれよりも幾分か柔らかい明るい赤みの黄色が、午後の太陽を受けてきらりきらりと時折煌めいておりました。

 私が一歩一歩と近づくにつれ、その方の全容が分かってきます。白樺の、と形容しましたがそれよりかはもっと厳かな空気が漂い始めまるのです。きっと何処かのご嫡男でしょう、それもうんと高位の、と当たりをつけました。

 そうでなくては身に付かない風格です。何と言いましょうか、雌雄を決するときは必ず雄として頂点に立つだろうという確信めいたものがありました。

 肌も健康的に焼けておりますが手入れをされた肌理、武道を長いこと嗜んでいらっしゃったのだろう騎士然とした振る舞いです。

 手には紙の束と教本を持ち、それが騎士然とした彼とは似つかわしくないなんてことは無い、勉学にも秀でていることを伺わせました。


 そんな彼はこんな時間に廊下で一人、どうして佇んでいるのでしょう? 


 講義に遅れないのだろうか、とちらりとタイを見ました。タイの色は学年別に分けられております。一年生は萌黄色、二年生は群青色、三年生は臙脂色です。私は二年生なので群青色ですが、その方も群青色をしておりました。

 はて? と首を傾げます。この時間でしたら運動広場にいなければならないのに如何なされたのでしょうか。 

 手に持っていることから推察するに、彼もまた私と同じようにレポートを提出するように言われているのかもしれません。私より健康そうでも、体の内側の事は分かりませんものね。見た目で判断してはいけません。

 図書館へ行った帰りに、彼もこの中庭の美しさに目を奪われたのだろう、と考えるとその幸福な時間を邪魔するのは忍びなくなりました。


 挨拶だけして立ち去ろうと決め、私は彼に「ご機嫌よう」と声を掛けました。彼は私に早くから気付いていたようです。然程驚くこともなく、私を見据えました。

 ゆったりとした優雅な挙措ですのに、まるで高位を示すような意図が交じっています。フランセイスの絶対的身分の社会で培われるのでしょうね。

 彼は冴えた容貌をお持ちでした。ですが、それは燃え盛る太陽を一身に受けた獅子のようです。若獅子ですからまだ稚いのですが瞳の色も鮮やかなオレンジで、色自体は幼いころに食べたケーキを思い起こさせますのに持つ人が代わるだけでこんなに圧倒されるなんて、さぞ周囲から成長が楽しみに思われていることでしょう。

 ですが、苛烈さを湛えた瞳で見据えられる日が来れば、私それを一生悪夢に見るでしょうね。

 鮮烈な深紅の薔薇が良くお似合いになられるお顔を僅かに傾げて、仰いました。


「ご機嫌よう。ところで、ここで何をしている。今は講義の時間だろう」

「え? ええ、医師に激しい運動は控えるよう言われておりますから欠席の手続きを取っております。これから、レポートを書きに図書室へ行くのですわ。貴方様もそうではなくて?」

「いや、俺は…生徒会があるから講義を欠席し生徒会室へ向かうところだったのだ、呼び止めて済まない」

「いいえ、お気になさらず。生徒会の方でしたのね、こちらこそ勘違いしてお恥ずかしゅうございます。大変なお務めいつもお疲れ様です」


 そう言い、「それでは」と笑いかけてその場を辞しました。生徒会の方でしたのね、文武両道なんて凄いわ。

 でも、生徒会の方は講義に参加する機会を削ってお務めされているのね。より尊敬の念が湧きましたし、また同時に少女小説のヒーローのような方だとも思いました。めくるめく学園の恋愛模様が彼を中心に回っていそうな予感です。


 彼のような方がいたとヴィオラに教えれば喜ぶかしら? と頬が緩みました。もし彼の素敵な恋愛の噂があればヴィオラに教えましょう。最近は創作することにも意欲を見せていましたからね。

 って、ああ、いけません! 彼のお名前を知りませんから、恋の噂も分からないわ!

 今から戻ってお名前を伺うのも変なお話ですし、諦めるしかないのかしら? と私は肩を落として図書室へ向かいました。


 それにしてもあの冴えた容貌、どなたかに似ていたような?



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