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侯爵令嬢の穏やかな生涯  作者: 柏鶏子
4/50

5歳のある日から始まった

 思えば、いくらお婆様似とは言えそれは色に限って、しかも親族内で言えば、というお話でした。私の髪色はもっと銀に近く、ウェーブがかった髪質であれば柔らかく見えたでしょうに真っすぐなこの髪はより硬質な印象を受けました。

 それに瞳の色も違います。私は極めて色素が薄いようで、瞳に赤がかかっているのも血の色が透けているからだと後にお医者様に説明されました。

 顔貌も、私はお母様に似た卵型の輪郭、アーモンド形の目は猫のように目尻が上がっています。眉の形はお父様似で、柳眉が平行に位置しています。

 パーツ配置はお母様に似ていますので、幼いころからお母様似ねと言われておりました。

 ですから、お婆様に似たのは外見とは別の事を指していたのでしょう。 それを実感する日はいきなりやってきたのでございます。


「うっ、えっ…」

 

「お嬢様!」


 乳母とナースメイドたちが叫ぶ声が聞こえます。舶来ものだと聞いた絨毯にぼたぼた溢れるのは胃液の混じった血です。吐くのは苦しく、私は初めてのことにいっぱいになりながら、この絨毯はランドリーメイドが洗うのかしらと考えていました。

芸術の国からの、繊細で情緒溢れる逸品なのに落ちるのかしら、ごめんなさいねと謝っていた気がします。

 乳母はナースメイドへ指示を飛ばし、足を縺れさせながらもバタバタと3人のナースメイドは邸を駆けてゆきます。それから10分もしないうちにお医者様が来てくれたようですが、私は初めての吐血に頭がくらくらしてしまって寝ていたようでした。





「おお、エラ…」

「エラ…苦しくはない?」


 目が覚めればお父様とお母様が顔を覗き込んでいました。お医者様が直ぐに脈を図り、お父様たちへ何かお話しています。私は自覚していないようでしたが、胃に穴が開いているとのことでした。自覚しにくい故にいきなり吐血してしまったのでしょう。

 寄宿学校へ行ったお兄様にも私の容態を知らせるお手紙を出したようで、今週末にお帰りになるそうです。お兄様にお会いできるのは嬉しいけれど、私は内向的ながらも元気いっぱいに過ごしておりましたので少なからず自分の体に対する衝撃と、吐血と派手な割には痛みもないので騒ぐほどの事でもない、もう完治してしまったのだという気持ちがありました。

 ですが、よくよく思い返せば邸にいるもの一同この日を予感していたようにございます。

だって私5歳とは言えマナーも修める貴族の子女、子守を行うナースメイドを付けられるような気性でもありません。それも三人も! 乳母もナースメイドの指示役とはいえ付きっきりでしたし、有事の際のあの手際と言ったらもうお判りでしょう? 事前に準備していたものに違いありません。

 今日は安静にするようにと言いつけられ、ベッドに横になります。この頃は無尽蔵に体力が湧いてくるような体でしたので、はしたなくも暇だと足をバタバタと動かしたり、寝付けずにベッドをゴロゴロと寝返りで移動したりしておりました。

 こんなにも元気なのに、と拗ねる気持ちがありましたわ。ダンスを踊りたいと思いつつも、お言いつけを破ることに躊躇して、必死に目を瞑り寝ようと努力していました。

 でもね、五歳の私。今ならお父様のお言いつけを破ってもいいと思うのよ。だって、私が今度ダンスできるようになるのは16歳なのですもの。

 その日の夜、また吐血したようです。寝ながら吐血したので、気づいてくれるメイドが居なければ、そのまま窒息して命を落としていたやもしれません。危ない危ない、16歳まで生きられなくなるところでした。


 お兄様が帰ってくる週末まで、私はそれはもう退屈しておりました。自室どころか、ベッドから起き上がるだけでも邸の皆が心配するのです。割と年の頃が近いナースメイドなんかはハラハラと涙を流して安静にしてくださいと懇願するものですから、私は読書しかすることができませんでした。

 ベッドに寝転びながら読書をする振る舞いもはしたないでしょうが、大目に見てもらっていました。だってこれなら絶対にベッドから出ませんからね。

 しかし、この懇願も尤もなもので、自覚がないまま私は体が弱っていたようにございます。

気付かないうちに高熱になっていたようですから。お気に入りの童話集や詩集を読みつくしたので仕方なく教本を読んでいたことから、当時の私は「きっと知恵熱に違いないわ」とのんびり考えていましたので気づかなかったのです。

あれこれと看病をされて漸く自覚しました。私ったら鈍感なのね。危のうございましたわ。


 ようやくお兄様がお帰りになる日、と言っても最後の講義が終わって直ぐ馬車に乗り込んだようでお兄様は深夜には家に到着なされていたそうです。私の体調を慮って顔を見せるのを遠慮されていたのだとか、9歳のお兄様に無理を押してしまったばかりかそのような気遣いまでさせてしまうだなんて。

領地のカントリーハウスではなく帝都のタウンハウスに居たから出来たことです。そうでなければお兄様の方が倒れてしまうわ。

 お兄様は既に邸の者から容態を聞いてらしたそうですが、私を見るそのお顔は大層悲しげでらっしゃいました。

 私の部屋に家族が揃いましたので、改めてお父様から私の体について説明がなされました。


「エラ、君の体は酷く弱ってしまっているんだよ」

「私、なにか病気に罹ってしまったの?」

「いや、そうじゃないよ。ただ、免疫、という病気から体を守る働きが弱ってもいるからいつ病気になってもおかしくはないんだ」

「いつ治るの?」

「大人になれば体も丈夫になってゆくよ…ただ…」


 お父様は口籠りました。お母様はお父様の肩に手を添えて、私を見つめて告げました。


「それまで生きられるか、ということなのです」


 お母様は、かえってその一言で勢いづいたようでした。腹を括ったのかもしれませんね。おとぎ話をするように、語り聞かせてくださいました。


「エラ、皇族の女児は銀の色合いになることを知っていて…?そう、カイリスのお婆様がお教えくださったそうね。そのことに関係があるのです。

その色合いを持つ女児は皆、虚弱体質でご病気もされやすく…特に幼少期はエラのように血を吐くことも珍しくないほどだそうです。皇女殿下が嫁入りした数代先の血筋にも極稀に表れることがあるのですから、エラはそれに該当しますね。

皆様、大人になる頃には並の丈夫さになりますから心配することはありませんよ。ええ、それで3男2女を儲けた皇女殿下も過去にはいらっしゃったのですから。勿論70歳で天寿を全うされた方もいるのよ。貴方の祖母のアレタス様もそうだったわ。

…ただ、貴方は色濃く、銀の血が表れていますね。きっと、大変な生活になるでしょうが…。家族が付いていますからね、邸の皆も、親戚方も。

何も心配することはありませんからね」


 お母様は私の頬を撫で、強く言い切ります。そうご自身に言い聞かせるようでもありました。お兄様は私の手を握り、こめかみへキスをしてくださいました。お父様はこわごわと抱きしめてくださいます。


「私、大丈夫だわ」


 ついその言葉が口を突いて出てしまいました。何も私は不安に思ってもおりませんでしたし、その悲壮ささえ漂う雰囲気を晴らすために行ったわけでもございませんでした。確信がございました。本当に大丈夫なのだと。

 ですから、「そんなに泣かないでくださいまし」と皆に声をかけました。却って気丈に振舞う健気な娘だと思われたようで、皆は泣き出しそうな顔になりました。でも、鈍感で楽観的なだけだったのよ。そう言ってあげればよかったのだわ。


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