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お久しぶりです。
6月3日の水曜日まで更新します。
「まあ、お嬢様! お怪我を…直ぐに手当てしましょうね」
保健室で待機していたベッカが目を丸くしつつ、てきぱきと消毒をしガーゼを当てていきます。
「本当にごめんなさいね、こんなに早く保健室へ来るなんて…」
「全くですわ。はい、軽い怪我でも傷口を丁寧に労わってくださいましね」
「ええ、ありがとう」
私はベッカに微笑みます。そうして傍らのアレッシア様にもお礼を述べました。
「アレッシア様もありがとう存じます。私の足ではこんなに早く保健室へは向かえませんでしたわ」
「いいえ、とんでもない。ご加減もよろしいようで良うございました」
アレッシア様は首を振ります。そして「レシェク様もこちらへ向かっているでしょうね」と笑いました。まあ! 心配をかけてしまったのね。悪いわ。
「…そういえば、彼女、ピンクブロンドのお人形さんのような可愛い彼女よ。あの方にも親切にしてくださったお礼を言いたいわ。私、皆様の反応で薄々勘付いてはいるのだけれど、きっと礼を失していたのね。そのお詫びも言いたいのだけれど、あの方がどなたかアレッシア様はご存じかしら?」
私が訪ねると、アレッシア様は肩を竦めました。学園では貴賤は無いと謳っていますが社交界の縮図、絶対的な王権政の元、明確な線引きとして高位貴族のクラスと下位貴族のクラスに分かれており帝国の留学生は国賓扱いでもあるのでレオン・フランソワ王子と同じ高位貴族のAクラスに籍を置いています。B、Cまでが高位貴族、D、E、Fが下位貴族です。
そこでは見たことは無いので同じ高位貴族ではないのでしょう、ですって。残念です。
私が肩を落としているとレシェク殿下がいらっしゃいました。礼をとろうとすれば片手で制され同じ学生なのだからと諭されます。そうですか、それもそうですね。私はアレッシア様と同じようにレシェク様とお呼びすることにしました。
そうしてレシェク様に促され、教室へ向かいます。私は病棟で歩行訓練を行っておりましたが、まだまだ貧弱故に早く歩けないのです。遅々とした歩みに合わせてお二人は笑いながら教室まで案内してくださいました。
「お待ちになって!」
教室が見えてきた頃、廊下の後ろの方からそんな尖がった声が飛んできました。驚いて振り向くと金髪の女生徒を先頭にした、5名ほどの方が私を呼び止めたのでしょう。
フランセイス流の髪型かしら、髪を縦に巻き丁寧に結い上げた豪奢な金髪の方が私の目を真っすぐに射貫くように見つめ言います。
「帝国からいらしたエラ・ベルレブルク様とお見受けしますわ。
先ほどの行い、とてもこの王立フランセイス学園の生徒として相応しいものではございません! 帝国と同じように振舞えると思わないことね!」
やっぱり! 私、あのピンクブロンドのお人形さんに礼を失した行いをしていたのだわ!
私が最初に出てきた感想はそれでした。この方々はそれを注意しに来てくださったのです。私が保健室に行っている間ももしかしたら探し回ってくださったのかもしれないと思うと、お手を煩わせてしまった事が申し訳なくなってきました。
「わざわざお教えに来てくださったのね。ありがとう存じますわ」
私は出来る限り丁寧に言葉を紡ぎました。また失敗することの無いように注意深くゆっくりと。フランセイスのマナーも勉強していたはずですのにそれを上手く実践できなかったことが不甲斐ないです。
フランセイスのノブレス・オブリージュは厳しいものと聞き及びます。高位貴族が下位貴族への配慮が必要というのならば、私は知らなかったこととはいえあのピンクブロンドのお人形さんに恥をかかせてしまったということです。
ああ、なんてこと! お優しいかの方になんて仕打ち!
私は早々に行いのお詫びと、正しいフランセイスのマナーを身に着け実践しなければなりません。注意に来てくださった方々へお手数ですけれど教えを乞うことにいたしました。
レシェク様やアレッシア様方に伺えばいいのですけれど、何となくですがお二人とも私に甘いような気がいたしますの。本当に何となくなのですが「心配いらないさ。あれで最善だったよ」と言い切ってしまうのではという予感があります。
己のことながら鈍いと重々自覚しておりますが、こういう予感は当たるのです。
私は背筋を伸ばし令嬢としての心得があるように、もっと言えば分からないなりに帝国風の礼を尽くそうと考えました。大陸のマナーは大体同じですから、フランセイスの無礼には当たらないでしょう。
礼を尽くして教えを乞うのは至極当たり前のことですし、不完全なフランセイスの礼をするより幾分良いはずですもの。
先頭の金髪のお方の目を見据えて唇は緩く弧を描くようにします。そして、簡略ながらちょこんと制服の裾を持ち上げて腰を落として礼をし、お願いをしました。先ほどより頬の緊張が緩んでいますから上手に笑えていますわね。ただ今度は目の横がビキビキと痙攣しかけています。緊張って侮れません。表情筋をもっと使う生活をしてくるべきだったわ。
「不勉強でしたわ。差し支えなければフランセイスのマナーをお教えくださるかしら? 確か、フランセイスは王権制でしたわね?」
私が尋ねると、先頭の方はサッと顔色が赤く、後ろの方々は青くしました。体調が悪いのかしらと心配していましたら、金髪を揺らしてより尖がった意志の強い声が飛んできました。
「この学園において身分差は関係ございません!!!」
その声がまるで叱責するようなものでしたから、初歩の初歩、当たり前のことを私が理解できていない至らなさがそうさせたのでしょう。お声に驚いてしまって肩を抱き身を竦めたくもなりましたが私はベルレブルク侯爵家の者として矜持ある姿でいなければなりません。
それに怒らせてしまったのは私が悪いのですもの。反省、反省です。
「それはそれは…。私には皆目見当がつかないのですけど、礼を失した、ということを仰りたいのですね? 私が理解できないままなのは良くないことでしょうが拙速を尊ぶことにして、かの…ピンクブロンドの方へお詫び申し上げに行くことにしますわ」
私が「ご教授ありがとう存じます」とまた声を掛けたところで、始業開始の鐘が鳴りました。傍らのレシェク様とアレッシア様は微笑を浮かべて、教室へ行くよう促します。
「エラ、行こうか初めての講義に遅れたくはないでしょう? 貴方たちも、お行きなさい。親切な貴方たちが教師に叱責されるのは本意ではありませんからね」
そうレシェク殿下が仰ると、彼女たちは口の端を固く結び礼をして教室へ入ってしまいました。高位貴族のBクラスですね。
「遅れますわね、頑張って急ぎますわ」
私は眉を下げてお二人へ言いました。お二人は何だかお口をムニムニとされていて、面白いものを堪えるような表情をされています。人の失敗を笑うようなお方たちじゃありませんもの、きっと何かが可笑しくて仕方なかったのね。
レシェク様がフッと息を吐き、目をアレタスお祖母様と同じようにとろんと蕩けさせて言いました。
「暫くは私達と行動を共にしようね。まだフランセイスに慣れていないようだから、ユーゴ殿のご厚意も不安でしょう?」
私は小さく頷きました。先ほどの事もありましたし、ユーゴ様のお顔に泥を塗りたくありませんもの。アレッシア様は私をエスコートする手を柔く包みながら、微笑みました。
「エラ様、先ほどは堂々とされていてご立派でしたよ。何も問題はありません、小さな行き違いでしょう」
そう仰っていただき、レシェク様も頻りに頷いてらっしゃいます。そうだといいのですけれど。
いいえ、それよりも、やはりお二人は私に甘いのねとこっそりため息を吐きました。幼馴染だけあって似た者同士なんですから、もういう時は困ったものだわ。




