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侯爵令嬢の穏やかな生涯  作者: 柏鶏子
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親友ヴィオラとの語り合い

この二日後に、ヴィオラが私へのお見舞いの予定がありました。ヴィオラの通うフィニッシングスクールは春に一週間ほどの休暇があり、それを利用して私を訪ねに来てくださるというのです。

 そのお手紙を貰った時は、ようやくヴィオラに会えるのね! と嬉しくって踊りたくなりました。

 私がフランセイスに落ち着いてからは頻繁に手紙の交換をしておりましたが、ヴィオラは一足先にフィニッシングスクールの戸を叩き勉学に励んでいる身ですので私は遠慮する気持ちも欠片あったのです。それでもヴィオラは、図書室で読んだという古典恋愛小説を紹介してくれたり、環境の変化を上手く利用して着実に身にしているのが見えて、私も楽しくなってしまうのでした。


『素敵だわ。それに、ルテン語の書物でしょう? ヴィオラは凄いわ。知識があって』

『エラに面白いものを沢山紹介したくなったの。フィニッシングスクールは山奥の方にあるし、なかなか街に下りれないから少女小説を読めなくなっているけれど、図書室の蔵書も可笑しいのよ。きっと先輩のお姉様方が趣味で買い集めたのね。もっと勉強して、エラとお喋りしたいの』

『私の為に? ありがとう、ヴィオラ。だったら、私にもその題名を教えて頂戴な。同じ本を頑張って読むわ。読むのが遅くっても大目に見てね』

『エラも努力家だし、優しいわ。じゃあ、リストを贈るわね。一緒に語りましょう』


 そんなやり取りをして、一日に数ページとコツコツ読み進めてお手紙でやり取りをしていました。ヴィオラは講義で得た知識を満遍なく教えてくれて、小説の時代的背景や歴史の零れ話、筆者のくすりと笑ってしまうような逸話も書き綴ってくれますので私は最高の親友であり教師を得た気持ちでした。

 そのことを手紙に書いたら、笑い飛ばされたようですけれど。大袈裟が過ぎるんですって。そんなことないのに、ヴィオラは謙虚ね。

 そして、お兄様のお手紙に交じってヴィオラのお見舞いに行く旨のお手紙を受け取ったのです。

 本当はレシェク殿下方と同じようにテーブルや椅子の調度に拘り、レースでも整えるべきでしょうが、私は初対面に違いないのにベッカ達にお願いして持っているだけの本をすぐ取り出せる場所へ並べさせましたし、たくさんお喋りをするでしょうからとぬるま湯で美味しく頂けるお茶を探し、茶菓子も口が乾燥するでしょうからと焼き菓子を避け、果物や花の砂糖漬けを用意させました。

 マナーを失しているとは思いますの。でも、私は短い面会時間ではお喋りが足りないと踏んでいましたから敢えてこの様に用意したのです。


 やはり、初対面なのだから普通にお出迎えするべきではなかったのかしら。

 この不安と期待を胸に、親友の影を待ちわびていました。





「お初にお目にかかります。ヴィオラ・レンテリアですわ。本日はこのような機会を頂けて誠に嬉しゅうございます」


 礼をするのは猫のような柔らかな豊かな巻き毛が美しい私の親友です。赤い唇はぷっくりとしていて、とても同年代には見えない大人っぽさがあります。黒のまつ毛に縁どられた菫色の瞳に、もうずっと傍にいたような気持ちが沸き起こりました。


「こちらこそ嬉しゅうございますわ。こうしてお会いできる日を待ちわびておりましたの。このような格好であることを気にしてなければ良いのだけれど」

「まさか。会いたいと思っていたのは私も同じよ」


 そういうと何処からともなく笑いが零れました。どれぐらい笑っていたでしょうね。何でも笑ってしまう年頃ですもの仕方ないでしょう。そして一頻り声を出し終えた頃に、私たちは手を重ねてお喋りをしたのです。

 ずっとずっとこうしていたかった夢のような時間でした。

 私が持ち出した本をヴィオラが照れながら同じ本を彼女の鞄から取り出したりしたときは感激が渦巻きました。


「やっぱり! エラも同じこと考えていたわね!」

「ええ、ええ! うふふ、だって語りたかったのですもの」

「私もよ!」


 興奮して上気した頬、それだけで今までの緊張もどこへやら。私たちは本を語り、己の解釈をぶつけ合い、洗練されてゆく物語の味わいに酔いしれました。

 お茶と砂糖漬けで口を湿らせ、話もひと段落した頃にようやくお互いの近況へと話が移りました。


「エラは、もう少しで学園へ通うのね」

「ええ。楽しみよ。帝国から留学した方たちと暫くは行動を共にしようと思っているの」

「それがいいわ、エラはうっかりしているところがあるから」


 ヴィオラは「私が母直伝の処世術を教えてあげましょう」と意気込み、私もそれをノートに書き留めます。


「いい? まずは堂々としていること。相手から舐められないわ、そのためにはお返事も一拍置いて、ゆったりとするのがコツよ。笑顔で小首を傾げるとそこに愛嬌が加わるわ!」

「堂々ね。頑張るわ」

「そして、“ありがとう存じます”“ご機嫌よろしゅうごさいます”“結構なことで”の三つで大概は何とかなるのよ!」

「ありがとう存じます…ご機嫌よろしゅうございます…結構なことで…」

「語尾は場合によりけりよ。“ご機嫌ですのね”とか」

「語尾も臨機応変に、ね」


 ペンを走らせるのがひと段落すると、ヴィオラは「そして大事なことはね」と人差し指を立てました。


「よく分からなかったらひたすら笑顔でいることよ。ハイもイイエも言わないことが大事な場面があるんだから、笑顔で受け流すことよ!」

「笑顔、笑顔ね! ありがとうヴィオラ、私実践して学園生活を恙なく送るわ」


 固い握手を交わして、そういえば、と私は予てから聞いてみたかった話を向けました。


「ヴィオラのフィニッシングスクールでの生活はどうなの? 郊外、よりも山奥の方にあると聞いたわ。山にある天国のような乙女の園って聞いたのよ」

「誇張しすぎだわ。天国ってところが」


 ヴィオラが言うには確かに山奥にある一見宮殿のような建物で花や噴水が素敵な場所ですが、不便も多いとのことです。最高の淑女を養成するためにある独特な校則に、その理念に則って並ぶ売店のラインナップにヴィオラは一年目でかなり辟易したのですって。どうやら蔵書だけじゃなくて、食事のパンさえも淑女教育の対象なのですって。それに抜き打ちでデザートにナイフで食べるには難しい果物が用意されているのだとか。


「頭の上に本が乗っけられて歩くのなら誰だってできるけど、まさか水の入ったボウルを載せられるとは思わないでしょう? 後で聞いたら、武道の達人が行う訓練だったっていうのよ」

「最高の淑女はボウルの水を零さないのね…」

「“文武両道に優れた最高の淑女”って、学校の理念が可笑しいと思うのよね」


 ヴィオラは「フランセイスの“聖女”のようなものであればいいのに」と嘆息しました。


「ヴィオラったら。聖女もその称号を得られれば婚約に不自由しないと聞くからには、きっと大変なのよ」

「でも、武器の扱いを学ばないだけ楽だと思うわ」

「武器も扱うの?」

「触るだけよ」


 私は感心してしまい、もっととお話をせがみます。ヴィオラは肩を竦め、私の話を促したので、最近訪ねに来てくださったレシェク殿下方のお話をいたしました。


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