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侯爵令嬢の穏やかな生涯  作者: 柏鶏子
31/50

初めてのフランセイスで

寝台列車の旅は快適に過ごせました。寝たまま到着できるのは素晴らしいことです。しかし、衛生面に不安がありますからね、頻繁には出来ません。今度は成人した時に乗ります。そして、その時は三等列車でお兄様とお忍び旅行なんて素敵じゃありませんか? 想像だけでも幸せになってしまいます。

 着いたのは立派な建物です。でも、帝都駅に比べればそれほど大きくはございませんね。そこでは、列車から降りた方たちが列を作って、何やら、制服を着こんだ方の了承を得て向こう側の出口へ行くようでした。

 ここは出入国管理をする施設なのですって。私の真下に国境があり、それを超えてフランセイスへ入るためには旅券と身元の確認をする必要がありました。私はベッカに抱えられながら列に並びます。椅子が無いので休める場所が無いのです。

 長くかかりそうだわ、と退屈した頃に、後ろに並んでいた老夫婦が話しかけてくださいました。


「お嬢ちゃん、治療のためにフランセイスに行くのかい?」

「偉いわねえ、こんなに小さいのに。このおじいちゃんもね、お薬を貰いに行くのよ」


 ニコニコと人好きのする笑みです。お二人は商家の方たちですが、息子夫婦に任せて気楽な隠居生活だと話します。


「ええ、そうなの。お爺さんはお薬貰いに行く度に国境を超えるの? お体は大丈夫?」


 私が問うと、「大丈夫だよ。それに一番の目的は娘夫婦に会いにゆくんだ」と言いました。フランセイスに嫁いでいった娘さんに会いにゆくついでに、肺のお薬を貰いに行くらしいのです。若いころにお爺さんは愛煙家として有名で、そのせいか喉や肺の調子が悪いのですって。


「健康は本当に大事よ。お嬢ちゃん、体をお大事にね」

「ありがとう」


 お婆さんは私にザクロを持たせました。イティリアーニで買った新鮮なものとのことです。そして、「治療が痛くても泣いちゃ駄目よ?」と言いました。

 私たちの番になったのでそのまま審査をして出ましたので聞けませんでしたが、もしかして私の事を小さい子供だと思っているのかもしれません。もう11歳なのだから治療で泣きませんわ。抱きかかえられていたからそう思われたのね。

 私たちはフランセイスを縦断する列車に乗って、王都へ向かいます。まだ旅路は続きますが、3時間も乗れば大丈夫とルビーが言いました。その3時間はうたた寝で過ごします。なんだか疲れているみたいですから、眠いのです。




「ゲエッホ…エホッ」

「お嬢様、大丈夫ですよ」


 眠いなあなんて思っていたら何処からか風邪を貰っていたようです。窓を開けられなかった寝台列車と連日の旅の疲れで、元から無い免疫力、そして足を怪我したことでそちらへ治癒力が向かっているために罹患したのだろうと言う見立てです。

 せめてもの救いは目的のフランセイス王都・貴族専用病棟に到着してから発症が確認されたことでしょうか。身をもって、病棟の力量を知ることが出来ました。

 専用だけあって、広い個室に医師、看護師のみならず、コンシェルジュまでいるようです。専門の知識を有している者たちが患者の容態を把握し、情報を共有しているため、皆が直ぐに対処できるようになっています。ベッカやルビーももう消毒液で部屋を拭く必要もないようです。やってくださる方がいますからね。

 ベッドに寝かしつけられ、お薬が処方されました。私は咳が喉に響いて痛いのですが、肋骨に響く前には咳も収まるとのことでした。なんとも有難いことです。お薬ってすごいわ。いいえ、お薬にはお世話になっていましたが、ここまで進化を遂げるものだったのですね。


 私の感激っぷりにベッカとルビーは涙ぐんで喜んでくれました。二人は、病棟の看護師と話し合っています。私の身の回りのお世話に従事できますし、暇もできるでしょうから交代で病棟のお勉強もさせてもらえるということでした。

 よく分からないけれど、手続きとか大丈夫かしら。尋ねれば、ここから通いで学園に行くのならば補助要員として勉学が必要だろうと既に申請され、許可があったようです。ルビーとベッカは楽しそうにしておりました。

 新しい仕事を覚えるのは心が弾むのですって。自身の責務に矜持がある者の言葉です。素敵だわ。

 私は落ちた筋力を取り戻すため軽運動も行うとのことでした。12歳の中等部入学に合わせて行うとのことです。まずは風邪を治すことが先決ですけれどね。これもお兄様やヴィオラにお手紙で認めましょう。

 貧弱ながらも、こうして新たな生活が幕を開けたのでした。





「うう…まさか、こうなるなんて…」


 それは早々に挫かれましたけれど。風邪を私史上最速の3日で治して、さて軽運動というところで体力の消耗が激しすぎてしまったために、風邪をひくことが多々ありました。軽運動を担当してくださった方も私の体力を鑑みて、丁度のところを見極められたころにまた新たに罹患してしまったのです。

 それはフランセイスでも初めて確認された病気とのことでした。他にも急速に感染者が出始めたので流行り病には違いありませんが、私が初めての罹患者でありました。高熱が続きますが、解熱剤が投与されて、栄養満点の病人食が振舞われてようやく命を留めておける状態だったそうです。

 頭がずっと不明瞭で、体の痛みは無くとも熱に浮かされている心地で日々を過ごしていましたし、なかなか完治する気配もありませんでした。寧ろ、自身の体の不調について無自覚になる分余計に危ぶまれたのだとか。

 漸く流行り病だと分かっても、私の貧弱な体では投薬も危ないだろう、しかし自然治癒力に頼れないことは明白、といった二進も三進もいかないと病棟の医師たちが頭を抱えたのですって。それでも諦めずに最高の医療環境を用意して下って、本当に感謝しかありませんね。

 でも流行り病が確認されて直ぐに特効薬に着手し、僅か3週間で作り上げたのは本当に素晴らしいと思うの。私には合わなかったけれど、でもきっとこれからも大丈夫だわ、と心強く思いましたのよ。


 それに私は体の痛みもない分、帝国にいた頃よりよく物を食べられるようになっていました。少しずつではありますけれど、体力が付いたので嘔吐の数も少なく快方に向かっていると実感できたのは嬉しかったです。

 少しずつ少しずつと快方に向かう頃には既に中等部入学の時期は終わっていました。ですから、13歳で入学です。出遅れてしまいましたね。

 ですが、フランセイスで過ごして一年も経つ頃には完治し、軽運動もこなすことが出来るようになっていました。長い間ベッドの住人でしたから筋肉の衰えを心配していましたけれど、体力が以前よりついていると言われれば、この時間も私に必要なものだったのでしょうと納得しました。


 そしてこの頃になると、体中が痛くて堪らなくなりました。ですが、私も長くこの体でいますので死ぬ病気ではないことは分かりますから、そう騒ぎ立てることはありませんでした。でも夜になっても一向に眠れないので、こそりと軽運動を担当している方へ聞きましたの。

 運動のし過ぎかしら、と不安でしたからね。しかし、彼は「成長痛ではないですか」と仰って身長と体重を測ってくれました。


「ほら、体重も増えていますし、身長もこんなに!」


 ふっくらとしてきたと思っておりましたが身長が伸びているなんて気づいておりませんでした。ベッカとルビーに確認してもらうと、一年前の服では20センチは丈が足りませんでした。


「まあ、お嬢様いつの間に大きくなられて…」

「ベルレブルク侯爵家では小さいでしょうが、ええ、その年の女性にしては長身ではないでしょうか」


 身長の割にはまだ細いようですが、健康的な体になっているようです。 姿見の私は、年相応のレディに見えました。以前は本当に子どもに見えていたのね。

 




 手紙は朦朧としながらでも書けますから、フランセイスに着いてからは家族やヴィオラには毎週のように書いて送っていました。お兄様からは、中等部入学頃に第三皇子レシェク殿下と他の方々が同級で留学なさると書いてありましたから、お会いできると楽しみにしておりましたのに残念だわ、なんて思っている時にレシェク殿下からお手紙が届きました。

 内容は、遅ればせながらお見舞いをしたいという申し込みです。その頃には何事もなければ3か月後には学園へ入学(というか中等部2年に編入ですね)を控えておりました。必死に追いつこうと勉学をしていましたので、そのことも伺いたいと直ぐに了承のお手紙を出しました。


 お兄様は仲が良いと仰っていたけれど、私は初めてお会いします。あまり怖くない人だといいけれど、と緊張していました。

 その3日後に、レシェク殿下は数名の方々と共にお見舞いに来てくださいました。念のため、マスクと手袋をして迎え入れます。また入学の時期を逃すのは嫌ですからね。

 私は不作法ながら椅子に腰かけたままお出迎えしました。筋肉は付いてきましたが、歩く速度がゆっくりなのです。辛うじて亀よりは早いのですが。この日の為にベッカ達に手配してもらった談話用のテーブルとソファで事足りそうでほっとしました。


「ようこそ、いらっしゃいました。おめもじ叶うことが出来て非常に嬉しゅうございますわ」

「こちらこそ、貴方の壮健な姿を知れただけでも嬉しいよ」


 お兄様と似た眩い金髪、いつか見たアレタスお婆様と似た面差しの目が垂れた方は美しい礼をしてくださいました。



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