ユーゴとマクシミリアンとランベール
小さな少女へ手を振りながら別れを告げるユーゴは何処から見ても立派な紳士である。黒髪に映える白皙の美貌から快活に零れた意地の悪い顔と言葉も、彼を飾り立てる魅力的なアクセサリーだ。
「いやあ、いい仕事をしたな。あれじゃ、色狂いの我が祖国で食い散らかされただろうな」
「まあ、そうですね」
マクシミリアンは相槌を打った。紅茶のような色合いの男は文武両道、特にその「文」に秀でた男だ。この三人の中でも一番の長身で、ユーゴのつむじを見下ろしていた。まあ、そこまでフランセイスは色狂いでないけれど、ユーゴの境遇では色の部分しか見れてないのだから仕方ないだろう。
「教会の事をメイドに伝えましたから大丈夫でしょう」
何気なくそれを伝えれば、ユーゴの口端が上がる。いい仕事したなって、ことかもしれない。その回る頭を買われて宰相一派筆頭ラスペード侯爵家の長男でありながら、この男の傍に侍ることを許された男なのだから、それぐらいは朝飯前である。
「そろそろお時間ですよ」
ランベールが告げれば、皆そのまま駅へ向かった。罰の課題が待っているとは思えない軽い足取りである。それを苦に思わないくらいには3人は優秀なのだ。
「しかし、彼女が聖女となってもレオン様がどうも思わなければ仕方ありませんよ」
ランベールはそう苦言を呈した。無垢なエラを気の毒がっているのかもしれないが、ユーゴと共にいるだけでもその良心はほんの些細なものであることが伺えた。ランベールは「武」が特に優れた男である。地方貴族のウジェ伯爵家の三男でありながら、将来の騎士団を束ねる男と目された有望株である。
「いいや、あれは奥方似だな! 間違いなく良い女になるぜ」
ユーゴはランベールの苦言を杞憂だと言う。ベルレブルク侯爵家の奥方は凛とした美女である。勝気な猫のような目元がそっくりだったのだ、と根拠に乏しいことを言う。
「それにアディの妹御だぞ? 美少女に違いないだろう」
こちらは根拠がある言である。ランベールとマクシミリアンは脳裏にその少年を思い出す。小さな少女がくれぐれも悪事に染めてくれるなと言ったのは、あの生意気な少年だ。
ユーゴは第二皇子ユゼフと非常に馬が合ったらしい。悪童同士、悪縁で繋がり、悪友として絆がある。そのユゼフが目をかけているのがアディ・ベルレブルクだ。物腰柔らかな外面と反して旨いところをちゃっかりと持っていく。そして、気を許せばそれなりに生意気に年相応の面を見せる。例えば面倒な兄貴分の二人に会ったら、「げっ」と顔を歪めたり、二人の悪戯を先生に言いつけようかなんて交渉(強請ともいう)してくるあたり兄貴分譲りの悪童ぶり。
ユーゴとユゼフはそんな弟分を揶揄い、可愛がり、色々な処世術を仕込んでいる。そのせいか、アディも彼らの口の悪さが移ってきたので、ますます似てきたなと、マクシミリアンとランベールは心中呟いたことは記憶に新しい。
そんな少年は確かに綺麗な顔をしている。中性的な、女性が特に好みそうな顔だ。そして、アディが妹を可愛がっているのは寄宿学校では有名な話だ。無邪気に慕ってくる妹が可愛いのだろう。そんな妹に完璧な兄として振舞い、苦労させまいと周りに効果的な牽制方法と懐の入り方、幇間と言われないよう能力を磨いているのだと、近づけば近づくほど妹へどれだけ情を傾けているかわかるのだ。
「ふふっ、はっはっは! 可愛いなあ! 悪事に染めないでだってよ。あいつ十分悪ガキだぜ」
ついに耐え切れなくなったのかユーゴが腹を抱えて笑う。まあ、ユーゴがいなければそこまで悪ガキにもならなかったが、二人は良くできた男なので口を噤んだままである。
「はー、笑った」とサクサク歩くユーゴは思い出したようにランベールへ手紙を出すように言った。ランベールはその短い指示でユーゴの考えを漏れなく理解する。
それは、「現国王へフランセイスにおいてエラ・ベルレブルクの庇護と惜しみない援助を王弟として表明するとともに、それをその権力でもって万事取り計らうようお願いする手紙を出せ」ということである。ランベールは、自分と似た髪色の少女へ寄せた同情をすぐにどこかへ追いやった。まあ、いいだろう。こっちは生え際が赤毛の金髪で、あちらは抜けるような銀髪、同情心が無くなる理由をそんなちっぽけなものに転嫁してランベールは胸に手を置いた。
ユーゴは「良い土産が出来たな」と笑う。ユーゴの留学はフランセイスと帝国の交換留学だ。来年あたりに、第三皇子のレシェクとその一行たちがフランセイスに来るだろう。
この帝国へ来たからにはフランセイスの外交として、そして国内問題も一緒に解決できればなあという心持ちであった。特に、ユーゴと現国王は、帝国のような議会制へ移行したいと考えているが保守派と争いを大きくしたいわけではない。いかに滑らかに持っていこうかと頭を悩ませる日々だ。
そこで帝国の高貴なものとの婚姻だ。そうすれば、交流と称してその移行も容易いし、保守派も政略結婚に伴う交流なんて、自分たちもやっていることを表立ってそうそう突くことは無いだろう。フランセイスの外交で現時点、優先されているのは「薬品・研究器具の安全な輸送」である。領土問題は特に荒立てる必要もないし、戦争もないし、経済は話し合いたいがそれも流通さえ突破できれば国内の景気は上向く。
一気に解決へ導く人物としてその白羽の矢が立ったのが、件のエラ・ベルレブルクである。
皇族の血を引く高貴な生まれ、それにベルレブルク侯爵家は資産家だ。領地経営の他に投資に手を出しており、ネーデラント地方の貿易会社、デウチュラント地方の鉄道会社、更に造船技術で有名なクロエーシャ共和国にも出資しているためその伝を見込んでいる。それにクロエーシャ共和国は議会制だ。丁度いいな、これも婚姻の暁には技術交流として迎え入れよう、なんてユーゴは算段に入れていた。共和国との交流は保守派がいい顔をしないから難しいのだ。
それになんといっても、ゲディミナス公爵一派は血縁で結ばれており家族を大事にする。なんでも他家に嫁ぎに出した者たちを全員把握しており、困窮すると聞きつければ援助をするらしい。それは嫁ぎに出た者たちも皆同じだ。本家が困っていると聞けば政敵だとしても直ぐに手を差し出すと言う。そりゃあ、結婚相手としては人気があるわけだ。
それがどれだけ誂え向きか! ユーゴがそれを知った時、傲慢にも「エラ・ベルレブルクはフランセイスに嫁ぐために生まれたのか?」と思ったほどだ。これなら、ユーゴと現国王の野望を叶える際に妥協なんてことは無いだろう。大いにゲディミナス公爵一派に手を出してもらおうではないか。
超優良物件の縁談を渋るゲディミナス公爵、ベルレブルク侯爵にどうにか話を通し、フランセイスへの入学と療養の手筈を整えた。恋心は本人でもどうにもならないからな、と交渉終わりにユーゴが口笛を吹いていたから、お膳立てやら何やらに手を回すかもしれないが。
そんなユーゴは高等部を卒業したらヴァリエール公爵として過ごそうと思っている。ヴァリエール領は言うほど大きくないが、母と同じように宮廷で働くつもりだ。出来ればそんな重要なポストではないほうがいい。だって、そんな激務に追われる立場になったら研究が進まないだろう。ユーゴはライフワークにしていくつもりなのだ。
だが、そうは問屋が卸さないのは現国王とその周りの重臣たちである。王族としてその才を遺憾なく発揮して貰いたいのだが、無理強いすれば本当に領地にでも引きこもりそうだ。なんせ行動力はずば抜けている。王籍でもないしな、仕方ない。
そのお目付け役というか、引き留め役というか、尻たたき役というか、そういった役がマクシミリアンとランベールなのだった。
「そんなに面倒ですかね」
マクシミリアンは肩を竦めて、ユーゴを見遣った。ランベールも同様だ。何より、この男が専攻しているのは、史学は史学でも、人類史学と言った何とも果ての無さそうな分野なのだ。今回のケシの種だって、それから染料を取っていたという記述を見つけたから実際に検証するために来たのだった。その記述を知ってから足掛け2年、何とも執念深いものだ。
面倒なのは寧ろ得意だろうと、ランベールの目は語っている。
ひしひしと背中に打ち付ける眼差しに、ユーゴは「特に王族がな」と二人に返してやった。
「王が力を持ちすぎてはいけないだろう? 浮気一つで国の行く末を左右するような風潮を作ること然り、王一人が倒れればそれで国政が滞ること然り。明白だろ」
それもそうかと二人は頷く。先国王の死因を知っているか? 腹上死だ。まあ、お年なのにお盛んで、と笑えればよかったが、国を挙げての葬儀の後、国政が一ヵ月滞り公共事業や書類認可等が遅れて治世が乱れに乱れた。それに乗じて汚職をした輩もいた。そんな輩は厳罰に処したし、優秀な者たちの助けもあって直ぐに挽回できたが、先国王は自分が死ぬなんてこれっぽっちも考えなかったらしい。仕事の割り振りも引き継ぎも何もかもが無く、寧ろ一度解体し再編するところから始まった。手間も手間、大手間だ。
それに危機感を抱いたのが現国王とそれに奔走した重臣等とユーゴだ。
ユーゴは王籍でないが、母の事もあってこの問題の片を付けてから、余生を悠々自適にと考えている。勿論、年の離れた兄が戸籍云々の書類を法曹界の者と作成しているのは知っているし、家紋付きの指輪も細工されて王族印も彫られていることも知っているが、知ったこっちゃない。もう、巻き込まれるのはうんざり。使うものは使うけど。あくまで知らないふりをしていればいいのだ、そんなのは。
だから、気楽に甥について笑ってやるのだ。教会へ通うことになったら聖女の称号も貰えるように手筈は整えられる。つまり、エラ・ベルレブルクも晴れて面倒な王族の仲間入りになる未来で、己の気楽な一生を得られるのだ。笑わせてくれ。
「レオンも、レディ・エラに惚れるんじゃないか? いやあ、いいな。青春だ!」
「どうですかね、レオン王子が他の方に好意を持ったら。だって言ってあるんでしょ、自分で決めろと」
「レオンに次ぐ高位貴族に目星は付けてあるさ」
「次で言えば貴方なんですけどね」
「おいやめろよ。あんな幼気な子に手を出すほど俺は色狂いでもないぞ」
ユーゴが顔を大層歪めるので、マクシミリアンとランベールはそれにニヤリと口の端を吊り上げる。何だかんだ3人は似た者同士だ。
ユーゴはフンと鼻を鳴らした。
「まあ、いい。レディ・エラが駄目でも、別の方法があるさ」
寧ろ彼女を頼ることが反則かってぐらいに楽すぎるんだ、とぼやくユーゴに、マクシミリアンとランベールは目を合わせた。ほらな、面倒で地道なものが好きなんだ。
3人は列車に乗り込み、寄宿学校を目指す。ああ、朝飯にとホテルで頼んだアリゴだけだと育ち盛りの胃には足りないなあ、と腹を擦った。




