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侯爵令嬢の穏やかな生涯  作者: 柏鶏子
3/50

 その後は皆で舌鼓を打ちつつ、私の四歳のお祝いをしてくださいました。グレタ伯母様はオレンジのケーキを準備していましたの。いつもはジャムを挟んだケーキやメレンゲで作ったケーキなので初めての味に驚きましたが、それがとても美味しくって。

 後で、オレンジが値の張るものだと知って動転しましたわ。

 母方のお爺様とお婆様が柔らかな笑みを湛えて、いの一番にお祝いの言葉をくれました。


「エラ、体はどうかね?」

「大きくなったわねえ。先ほどの挨拶も見事でしたよ」

「お久しぶりですお爺様、お婆様。とっても嬉しいわ」

「後でレーダも挨拶に来よう。お爺様たちに先を譲ってくれたのだ」

「レーダ伯父様にも会えるの?」


 レーダ伯父様はお母様の兄君で、現在のマイネリーテ伯爵家の当主です。いつもお仕事に忙しくされていますが、毎月私たちにお手紙をくれる優しい伯父様です。

 そして、お爺様たちを皮切りに各家からの挨拶がありました。

直にお嫁に行かれるシシナス子爵家のヴィーダお従姉様とツンゼル男爵家のソフィアお従姉様とこうしてお会いできるのはもうないかもしれません。血族とはいえ曽祖伯父方や、高祖叔母方の…といった関係である中、ゲディミナス公爵家の派閥は血族内の結束が強く皆仲がいいのでお従姉様方の慶事を喜びはすれども、遠くに行ってしまうのは寂しく、それは私も例外ではありませんでした。

 領地も遠くなかなか会えないお二方ではありますが、季節の折にお買い付けになったお洋服や手ずから縫い上げた刺繍入りのベッドカバーを贈ってくれるのです。

 お祝いの挨拶だというのに別れの寂しさに顔を曇らせた私に、お姉様たちは刺繍入りのブックカバーを贈ってくださいました。お姉様たちの髪と瞳の色で彩られた一品です。

 ヴィーダお姉様のブックカバーは、赤みがかった金糸で太陽を、透けるような水色で花を模して風景画のよう。一方のソフィアお姉様は、眩い黄金色と暗めの緑色で精巧なスタンプを押したように整列した図柄が並んでいました。

 教本を使う度にお姉様を思い出すでしょう、とお二人に頭を撫でてもらって。今でも愛用しておりますけれど、この刺繍はいつ見ても精巧でとても敵いそうにありません。

 以前、お従姉様たちとのお手紙でそれに触れた折、「貴方が生まれてから一族全員がおくるみやら何やらを作ったのよ。その時に鍛えられたの」と書いていらしたわ。何だか面映ゆうございますね。

 次に印象的だったのが18歳と17歳、お友達と過ごすのが楽しい盛りで滅多に帰ってこないとグレタ伯母様が零していらしたアンドリウスお従兄様とヴァルダスお従兄様です。

 寄宿学校は小等部・中等部・高等部とあり、お従兄様方は専門の学術を学んでらっしゃる高等部生です。お祝いの言葉と一緒に寄宿学校のお話をお聞かせくださいました。

 何が何やら理解できませんでしたけれどもお兄様は分かっていらしたようなので、私も習って神妙な顔で頷いておりました。

 ヴァルダスお従兄様は、研究のために赴いた地にて課外学習のついでに発掘した水晶を下さいました。紫色や無色、緑色の小指の爪ほどの大きさの水晶を、木枠で仕切られた箱に整列して入っておりました。一つ一つに丁寧に、水晶の名前と産出した場所、採取日付に採取方法まであり大人の世界に足を踏み入れた嬉しさがありました。

 アンドリウスお従兄様は「お前頭いいな」とヴァルダスお従兄様を小突きました。


「兄さんはどんなのを用意してくれたのかな。楽しみだねエラ」

「俺の専攻はお前みてえに見栄え良くねえんだよ。ま、楽しみにしてていいぜ」

「アンドリウスお従兄様は何をご用意くださったの?」

 私の期待に満ちた目に、ニヤリと笑ったアンドリウスお従兄様はごそごそとポケットをまさぐりました。

「はい」

 お渡しくださったのは、ガラスペンとインクのセットです。

「ガラスペンか…良い細工だな。既製品じゃないな?」

「すごく綺麗だわ」


 ガラスペンをお父様やお母様がお使いになるところを見たことはありましたがもっと色が鮮やかでつるりとした流線形でした。私が生まれるずっと前に、外国から皇帝が持ち帰られたガラスペンは流行したと言います。羽ペンも使いづらい、万年筆も発展途上であった当時は見目麗しいこの筆記具が多く用いられましたが、現在は内部にインクを貯めて書けるようになった万年筆が主流です。

 一部の道楽がガラスペン。ですが、これは既成のガラスペンとは趣が違います。

 細い筒型のガラスペンは、ペン先から天辺まで溝があり、そのまま捩じったり伸ばしたりしたような細工です。ですが、溝をよく見ればそれは蔓草を模しており持ち手の邪魔にならないようひっそりと施されています。

 また、色もペン先は灰色がかった赤から次第に無色に変化しますが、無色の部分は混ぜ物があるようでキラキラと内部で輝いているのです。私の髪と瞳の色に合わせた拵えは、一見地味ですがお空の星のような趣がありました。


「エラ、驚くのはまだ早いぞ。実はな、このインクは光るんだ」

「ええっ」

 驚愕に見上げるとアンドリウスお従兄様はご説明くださりました。

「このインクの中には粉末状の鉱石が混ざってるんだ。だから、宝石みたいにキラキラ光るんだぞ」

「すごいな。 どこで買い求めたんだ」

「おいおい、可愛い従妹殿に既製品使うかよ。俺が作ったんだ」

「ええ? お従兄様がお作りになったの?」

「そうだぞ、まあ、ペンは流石にプロに頼んだが、デザインと材料集めは俺だな。大変だったぞ、デザイナーに頼み込んでデザイン学んで、伝を頼ってガラス職人探して、高等部の教授に頼んで鉱石採取連れてってもらって…」

「っておい! それ俺のゼミの教授だろ! だからここ最近問答無用で手伝いさせられてたのか…兄さんが最後まで責任持てよ!」

「財務部の俺の強みは伝なんだよ。人脈だ、人脈! そりゃ弟の人脈も使うだろ!」

「人脈使ってもいいけど、弟を売るなよ!」


 お従兄様方は小突きあっておりましたが、私は嬉しくって。今は大きなガラスペンですが細身ですので私が成長すればすぐに手に馴染むことでしょう。お礼を言って、このインクは特別な日にだけ使おうと決めました。

 実は未だに使えておりませんのよ。

 


 ご兄弟喧嘩をグレタ伯母様が諫めてお祝いの挨拶も落ち着いた頃、母方の大叔母方に当たる従姉妹違い、カイリス男爵家のお婆様がお祝いを下さいました。カイリスのお婆様はご高齢で、紺色のドレスに白レースのカーディガンが特徴です。面白いことに素材や図柄、デザイン別で揃えていらっしゃるからマナー違反な装いではないのですって。

 お母様からあれはカイリスのお婆様がお若いころに流行った趣向なんですって。それを貫き通すと流行遅れではなく、寧ろ気品ある佇まいになるのだわ。

 思い返せばカイリスのお婆様はお洒落に気を使っておりました。その夜も白髪から覗く、流行りのデザインを取り入れた髪飾りを揺らして懐かしそうに微笑んでいました。


「本当にお婆様そっくりに成長いたしましたわね」

「それって、カイリスのお婆様ってこと?」

「まあ、この婆と? ふふふ、違いますよ。エラ様の祖母に当たるゲディミナス公爵前夫人ですよ」

「私よくわからないわ、お会いしたこと無いの」


 私の祖母は、降嫁された皇女でいらしたそうです。しかし、私が生まれる少し前に亡くなってしまわれたのでよくわかりません。

 カイリスのお婆様は、広間に繋がる廊下に肖像画がおありになるということで連れ立って見に行くことにしました。

 我が派閥は血族、というかルーツを同じくするだけあって髪や肌、姿形が似通っております。それは色素が薄いことが真っ先に特徴に上げられます。細かく異なっておりますが、大概が白い肌に金髪、薄茶色や緑色を含む淡い瞳、上背があるのです。

 しかし、私は抜けるような銀髪に灰色がかった赤い瞳。カイリスのお婆様の白髪の方が家族の誰よりも私に似ている気がいたします。

 初代皇帝も私たちと同じルーツを持ち、私たちと同系統の姿形や色を持っておられるのです。

 しかし、同系統内での婚姻が多い私たちとは違い、広大な帝国のどこかしこからから代々皇妃を迎え入れても、黒髪や褐色肌といった帝国内の様々な方を迎え入れても何故かその血は薄れていません。皇帝と同じ色を持った皇族が嫁入りや婿入り先で生んだ子にはその血が薄れて、片親の茶髪や黒髪、肌の色が現れて一様に皇族の特徴が失せるので皇帝一族の秘密があるのではと面白可笑しく囁かれています。

 確かに、皇帝及び女帝となる者にだけ特徴が残り続けるのは不思議です。妖精と契約でもなさったのかしら。


 「ほら、この方ですよ」


 肖像画のうら若き女性は降嫁したばかりの祖母です。うっすらと金を帯びた銀髪に青銀色の瞳をしてらっしゃいます。優し気に垂れた目と眉は庇護すべき愛らしさがありながらも高貴さがにじんでおりました。


「…ねえ、カイリスのお婆様。先ほどのお話と違うわ。皇帝様は淡い金髪に海色の瞳だわ、私、姿見で見たことあるもの。皇族は血が薄れないのでしょう? なぜお婆様は色が違うの?」

「エラ様、『皇帝』そのものが敬称ですから、『様』はいりませんよ」

「気を付けるわ。それより、どうして?」

「皇族の女児には度々このような『銀の色合い』と呼ばれる色を持つ子がお生まれになります。皇女が嫁入りした先の数代先の女児にも極稀にありますのよ」

「そうなのね。私、お婆様似なのね」

「…エラ様」

「なあに?」

「あなたは幸せになりますよ。私たちが付いていますからね」

「? 私は幸せよ」

「…婆は悔しゅうございます。何故、このようなことがあろうかと悔しゅうてなりませぬ」

「カイリスのお婆様? どうしたの、何が悔しいの、私のハンカチで涙を拭いてくださいな。何も悲しくないわ」

「ありがとうございます…。何故、こんなにも優しい子が…。ですが、エラ様、どうか覚えていてくださいましね。貴方は幸せな一生がありますことを。この婆も、私の息子夫婦も、他家の方々も貴方の幸せを祈り、尽くすことを」

「…」


 私は、カイリスのお婆様の涙を拭いて差し上げましたこの出来事をことあるごとに思い出します。

 やはり皆様お優しい。私はこの誕生日から、幸せで穏やかな一生が約束されたも同然でしたから何も不安に思うことはございませんでした。



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