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ベッカとルビーは身元の確認を十分すぎるほどにした後に私へ目を向けました。私はすかさず「この方とお話がしてみたいわ。フランセイスや寄宿学校にいるお兄様のご様子もうかがいたいの」と言うと、黒髪の方はぱっと顔を明るくし腕を差し出してくださいました。
「どうぞレディ」
「ありがとう存じます」
私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくださります。黒髪の方は胸元からハンカチを取り出しベンチへ敷き、エスコートなさる様は流れるように自然です。金髪の方と茶髪の方もベンチに座らないまでも、後ろに控えてくださっているようです。
「改めて自己紹介いたしますわね。私はエラ・ベルレブルクです。ベルレブルク侯爵家の長女、貴方様の仰ったアディは正しく私の兄です」
「やや、どうりで! 目元が彼によく似ているし、彼の言うとおり鈴を転がすような愛らしいお声だ。ベルレブルク侯爵家のご兄弟は声まで美しいのだな!」
私は面食らってしまいました。何の臆面もなく飛び出す美辞麗句は心底そう思っているといったようなのですもの。溌溂と褒められることなんてありませんでしたから体中が火照ってしまいました。マスクで顔が隠れていてよかったです。きっと真っ赤だわ。
黒髪の方は胸に手を当てました。
「私はフランセイス王国から参りました。ユーゴ・ヴァリエールです」
「ヴァリエール…というとフランセイスの公爵家だったかしら?」
「さすがレディ・エラ。勤勉ですね、左様ですよ」
しかし、ユーゴ様は顔を近づけ悪戯っぽく囁きました。
「ですが、まだまだと見える。私は、これでもれっきとした王族ですよ。王弟です」
私は驚くより先に首を傾げてしまいました。だって、王族の姓はフランソワです。まだ、学生の身なら臣として降りていないと思ったのです。そこは、お家事情というのかもしれません。深く訊くものではないでしょうと私は気を取り直しました。
「ユーゴ様、私これから初めてフランセイスへ参りますの。ですから、フランセイスのお話と、お兄様の寄宿学校でのご様子を伺いたいわ。お兄様はどのように過ごしてらっしゃるのかしら」
「いいですよ、レディ・エラ。それならお安い御用だ」
ユーゴ様は17歳、高等部に籍を置いてらっしゃる。同級のユゼフ殿下とつるんでいらっしゃるんですって。ところで、つるんでいるってどういう意味かしら?
ユゼフ殿下は弟君のレシェク殿下同様お兄様を可愛がっているらしく、よく世話になっていると笑っていらしていたわ。
「お兄様とどんなことをなさっていらっしゃるんですか?」
「え、ええ、ああーうん。まあな!」
途端に歯切れが悪くなるユーゴ様に、後ろのお二方は吹き出します。金髪の方はランベール様、茶髪の方はマクシミリアン様ですって。どちらも落ち着いた雰囲気の青年です。
ランベール様は「ユーゴ様は悪い遊びばかり教えるんですよ」と肩を竦めました。悪い遊びって小説でも出てくるけれど、実際はどんなことをするのか私は知らないので曖昧にしか笑えません。
「ユーゴ様、どうかお兄様をあまり悪事に染めるようなことはやめてくださいましね」
「ああ、勿論だとも」
ベッカとルビーは険しい目を向けて、その眼光にユーゴ様は居住まいを正しました。面白くってくすくす声が零れてしまいます。
「さ、それよりフランセイスの事だったな? そうだな、謂わば恋愛主義と貴族主義で難しいことが一番だな!」
「まあ、恋愛?」
「ははは、レディ・エラもロマンスに目の無いお方かな」
私は、はにかみながら頷きます。ユーゴ様は唇に指を当て、ふむと遠くの池に浮かぶボートを眺めました。
その時の横顔と仕草に私はなんだか恥ずかしくなってしまいました。見惚れてしまって、その色気に当てられたのでしょうね。ユーゴ様は溌溂とした太陽なお方ですが、静かになると途端に冴えた美貌を惜しみなく露わにしていくのです。水面の漣を映す琥珀の目も、白皙に映える血色のいい唇も全てが整っていらして、見送りの際にお兄様に抱かれたことぐらいが異性との触れ合いだった私にはとても過ぎたものであることは言うまでもないでしょう。
ユーゴ様はすっと指の先をボートへ向けて、静かに口を開きました。
「例えばだが、あのように未婚の男女が二人きりでいるのは好ましくないな。例え、人の目があるとしてもだ。婚約者なら別だが」
「厳しいのですね」
「だがね、フランセイスは自由恋愛を支持する者が多いんだよ」
「ということは、婚約者はご自分で見つけると言うのかしら?」
人脈が物を言いそうだわ。未婚の男女が二人でお話が出来ないのですもの、見つけるのは大変でしょうね。
ユーゴ様は眉を下げて、「いいや」と首を振りました。
「政略結婚が主な国だからな、生まれたときから婚約者がいるものさ」
私が更に首を捻ると、ユーゴ様が苦笑して丁寧に教えてくださいました。
「30年程前かな、自由恋愛の風潮が巻き起こってね。でも、政略なんだからどうしようもないことがあるだろう? だから婚約者へのマナーとモラルを大事にしたうえで、“秘する恋”をするのが主流なんだ」
「えっ」
「学園はその“秘する恋人”を見つけるには格好の場所だな。だからこそ、マナーとモラルの遵守が重視される。まあ、フランセイス独自のものだから、同性のお友達に教えてもらう方がいいだろうな」
「た、爛れているわ…」
思わず呟くと、ユーゴ様はお腹を抱えて笑い出しました。涙まで浮かべていらっしゃいます。
「そうかもしれないな。だが、難しいんだよ何せ国王が事を起こしてしまったからね。私の母はヴァリエール公爵だ。国と結婚した女公爵と言われていたがな、王は学生時代の恋人と公表して側室に迎えることなく、母を最後の最愛の人として浮名を流したんだ」
「え、話してしまってもよろしいのですか?」
私は、そんなことが他の者の耳に入れば口さがなく言われるだろうと、慌てて周りを見渡しました。ユーゴ様は構わないと言います。「フランセイスでは周知の事実だからな」と言い、ランベール様もマクシミリアン様も同様に頷きました。
私の好きな少女小説とは少し毛並みが違いましてよ。どうしましょ、思ったより爛れているわ。
私の動揺もよそにユーゴ様は言いました。
「現国王とは年の離れた兄弟でね。私は母の公爵家を継ぐが、まあ、フランセイスでも物議を醸すだろう? それが、今の危ないバランスの上で成り立ってしまった恋愛至上主義だな」
「危ない…」
「危ないだろう? お家騒動が乱発しそうだ」
確かにそうですわね。好きな方と結婚出来れば一番ですけれど、この風潮じゃあまるで不倫推奨ですわ。
「だからね、現国王もその周りもそれを消そうと必死だよ。甥の王子にはそれを台無しにしてほしくはないからね、婚約者も付けてないし、いやあ大丈夫かな? 女っけなさ過ぎて火遊びなんてしないかな?」
「ユーゴ様ではないのですからそれは無いでしょう」
ランベール様がユーゴ様のボヤキに肩を竦めて答えます。私ここまで赤裸々な恋愛事情を知りたいわけではなかったのですけれど。ベッカとルビーは額に手を当てて俯いています。何重にも真綿に包んで守ってきたお嬢様がこんな下世話な話を耳に入れてしまうなんてってところでしょうね。ごめんね、と何故だか彼女たちに謝ってしまいました。
私は慌てて、話題を変えました。
「ところで、ユーゴ様たちはなぜネーデロントにいらしたんですか? 今日は平日でしょう? 寄宿学校の講義があるのではないですか?」
ユーゴ様は「おお!」とニコニコしながら内ポケットから包みを出しました。
「花の種を求めに来たんだ! 寄宿学校はさぼった!」
ベッカはそれを聞いて、もう駄目だ、と思ったそうです。『お嬢様から、王弟とはいえこの不良を一刻も早く離したかった』ですって。




