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侯爵令嬢の穏やかな生涯  作者: 柏鶏子
27/50

そこで出会ったもの

 朝起きて、ゆっくりと過ごします。ずっと移動続きでしたからね、ベッドで微睡んでいることにほっとするのです。朝食は昨日と同じバターミルクとマッシュポテト、こんがりと焼かれた薄いハムと塩漬けニシン、付け合わせの野菜が幾つか、ですね。


「この葉野菜は何かしら?」


 フォークの先にあるソテーに首を傾げていると、ルビーから「ヴィットロフですよ」と声を掛けられました。


「ルビーは詳しいわね。ここの出身だったかしら?」

「いいえ、学校時代のルームメイトの出身地ですの。彼女から話を聞いていて、ここではないですけど彼女の領へネーデロント旅行に来たことがありますわ」


 ベッカにそう答えたルビーは、すっと渋面を作り、「このヴィットロフには難点が」と切り出しました。


「こうやって出されるヴィットロフはそのための栽培をしていますが、そのまま生えてくるヴィットロフはそれはそれは苦いのですわ」

「食べたことがあるの?」

「ええ。彼女は農学部ですから自分で栽培してしまって…。出来た作物を悪戯で食べさせられましたの。びっくりするほど苦くって」

「まあ、人が悪いお友達ね」


 くすくすと笑いながらソテーを食べました。確かにほんのりとした苦みは感じますが、それも一瞬の事でハムと一緒に食べると美味しいですし、塩漬けニシンの塩味がまろやかになって食べやすいです。肺炎のお薬より美味しいに違いありませんね。

 一番びっくりしたのはマッシュポテトでした。湯気が立っていたそれを掬うと、長ーく伸びるんですもの!


「え? これは? ねえ、ルビー、ベッカ! 何かおかしいわ!」

「お嬢様、大丈夫ですよ。チーズですわ」

「え? マッシュポテトにチーズ?」


 綺麗にスプーンに乗せることが出来たのでそれを食しながら話を聞きます。あら、まったりとしていて美味しい。


「ええ、なんでもフランセイスからいらしたお客様のリクエストらしいですわ」

「なんだか、ジャガイモというよりチーズのようなお味ね」


 私は、フランセイス料理とも上手くやって行けそうです。あら、本当に美味しい。後でホテルの方になんてお料理か尋ねましょう。




 大通りを行き、途中で絵葉書を買い求めて、手紙と同封し郵便を頼みました。公園まではベッカに抱きかかえられての移動です。馬車と汽車、ホテルを利用していましたから今までは気にしていませんでしたが、やはり、街の人にこうも注目されているのは恥ずかしくて堪りませんでした。杖を握りしめる手が固くなっていたのでしょう、ルビーがそっと手を添えてくれました。

 ようやく公園に付きましたが、芝生が広がる広場には多くの人がいます。日光浴をしていたり、ボール遊びをしていたり、皆様のびのびしてらっしゃいます。

 ベッカは池、というか湖ではないかしら? そこに沿う遊歩道ならゆっくり出来るでしょうと言ってくれました。なるほど、遊歩道には木が多く植えられており木漏れ日とさらさら吹かれる風は心地よいものですし、遠くにはボート遊びに興じる人や悠々と泳ぐ水鳥がいるだけです。


 私は早速下ろしてもらい、杖をついて歩きだしました。

 よたよたでは無いとは思います。でも、数メートル歩いては歩を止めて休みながらでないと苦労しそうです。私、お部屋を歩き回れるくらいの脚力と体力はあると思っていましたのに、これはショックです。

 後ろと横に控える二人は「ゆっくり歩きましょう」と声を掛けてくれます。私は、とりあえず歩くことに専念しました。

 それも幾分すれば体重を上手く杖にかけることを覚え、疲れない歩き方が出来るようになるものです。あちこちを見ながら散歩を楽しみ笑みを浮かべることが出来るようになったころ、前から歩いてくる方がいらっしゃいました。遊歩道ですもの。私たちの他に散歩を楽しむ方はいらっしゃいますし、珍しいことではありません。

 ですが私が目を引いたのは、彼らの服装でした。確か、私が入学する予定のフランセイス王国立学園の制服ではないかしら? 学生風のコートを上から羽織っている三人は、長身に見合った長い足をサクサクと動かしていました。背はお兄様と同じくらいではないかしら。あら違いますね、近づけばそれよりも高いことが知れます。なにより、茶髪の方が一番高いわ。


 私は彼らとの距離が縮まり、声が届くだろうというところで挨拶をしました。私の「ごきげんよう」の声で、彼らはにこりと笑って答えてくれました。

 そして、先頭を歩いていた黒髪の方がおや、と片眉を上げました。


「ごきげんよう、レディ。足がお悪いので?」

「ええ、そうなの」

「左様でしたか。では、ここから先の分かれ道では左の方を選ぶと良いですよ。右は朝露で濡れていて滑りやすくなっていますし、日陰も多いですからね。乾かずにぬかるんでいるところもあるでしょう」

「まあ、ご親切にありがとう存じます」


 黒髪の方は目を細めて笑いながら、「ところで」と切り出しました。


「レディ、もしかしてベルレブルク侯爵家の縁者ではありませんか?」


 私は彼の言葉に目を丸くして驚きました。何故、彼は知っているのでしょうか?

 ベッカとルビーはそそと前に出て、私を庇う様に立ちます。黒髪の方と同行していた後ろの金髪の方と茶髪の方は、なんというか呆れていますわね。「またかよ」と言いたげです。あら、実際言っているわ。


「私たちはつい最近フランセイスから留学してきたばかりでしてね、学園では同級のベルレブルク侯爵家のアディに世話になっているんですよ。彼との容姿が似ていて、気になってしまってね」


 黒髪の方は私にウインクしましたが、私ははて? と首を傾げました。だって、髪も手も足も顔も覆っているのですよ。私の顔上半分しか露出していないのに、お兄様に似ているだなんて、とんでもない観察眼です。まあ、すごい!

 黒髪の方は、「まあ、アディに妹君の話を聞いていてね。その特徴にあっているものだから」と肩を竦めました。彼は私に「そうだ!」提案します。


「少しお話しませんかレディ。立ったままでは足も傷めるでしょうから、あのベンチへ」


 笑って腕を差し出してくれる方ですが、ベッカとルビーがとんでもない怒気が発せられているのを何も感じていないのかしら。私は今まで良い子で過ごしてきましたから、二人の背中だけでも十分に怯えるに足るものですのに。

 ベッカが刺々しい声色で丁重に断りを入れます。不思議ね、この二つって両立できるのね知らなかったわ。


「お嬢様が身元も分からぬ方といられては、私たちが旦那様に叱られてしまいますので、申し訳ありませんがご遠慮くださいまし」

「お話をしたければ、旦那様を通してくださいませ」


 黒髪の方は「ああ!」と今頃気づいたようです。この方も私に負けず劣らず鈍いのではないかしら。


「それは失礼しました。では、この指輪をどうぞ」


 黒髪の方は胸元からチェーンに通した指輪を取り出し、ベッカの手に置きました。そして、「おいお前らも出せよ」と後ろの方へ声を掛けます。二人は手慣れた様子でルビーへ指輪を渡しました。貴族家のご当主が付ける指輪は割と知られていることですって。それが身分証明になると後でベッカから聞きましたの。でも、とてもお若いからきっと次期当主という立場なのでしょう。このお三方って優秀なのね。

 ベッカは渡された指輪の家紋を確認するや否や顔色を変えました。それはルビーも一緒です。さっとベッカへ顔を向けて、そちらはもしかして、なんて顔が物語っています。


「身元の確認は十分だろうか」


 黒髪の方はそう快活に笑います。

 結局、この方はどちらなのでしょう? 私はベッカとルビーを見上げていました。


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