次の旅行地
とても清々しい朝を迎えました。興奮しているのでしょうか、早くに目が覚めてしまいましたのでレターセットとガラスペンをトランクから出してもらい、お手紙を書きます。お父様とお母様、お兄様とヴィオラに宛てて書きます。私は、初めての列車にエスパーヌで食したものについて、逸る気持ちそのままに書き出しました。少しでも私の気持ちが伝わるといいなと思います。
今日はネーデロント地方まで行くようです。昨日より時間はかかりますが、私の体調を気遣っての旅程ですので不安はありません。ホテルで出された朝食は、薄切りのジャガイモや野菜、ほんのりスパイスが効いたオムレツでした。もう美味しくって。かなり食べ応えがありましたから、スープとこのオムレツ一つでお腹いっぱいになってしまいましたわ。
ヴィオラが言っていた「旅行の楽しみは食事」というのは本当ですね。我が家の料理人も素敵な料理を出すけれど、目新しくって楽しいわ。でもヴィオラは、「食い倒れるために朝から晩まで絶えずその地方のおいしそうな料理を食すのよ! 屋台めぐりが楽しいわ!」なんて、この旅行に際してアドバイスをくれたけれど、オムレツ一つで満足しているようじゃ私はまだまだですね。いつか朝から晩まで絶えず食事をして楽しみたいものです。
駅へ向かう途中で、書いた手紙を郵便に出そうとした道すがら絵葉書というものを見ました。まあなんて画期的! と驚いたけれど、一般的みたいです。エスパーヌで有名な古城モチーフにした絵葉書を買い求め、それを手紙と一緒に送りました。私、そのお城には行っていないけれど、エスパーヌの雰囲気を感じてほしいわ。
列車に揺られている間は横になり、うとうととしながら目覚めた折に車窓の外を楽しむという快適な旅路を過ごせました。昨日より格段に旅慣れしていますわね。うふふ、なんだか私の成長を感じられて嬉しいです。
私が今度目を覚ました時はお昼時でした。ネーデロントに付くのは夕方頃とのことですから、まだ掛かりそうです。ベッカは、お昼ご飯を途中で停車した際に購入してきたそうです。厳重に紙に包まれた包みを私に渡します。
「お嬢様、気分が悪くなりましたら直ぐに仰ってくださいましね」
ベッカとルビーはハラハラとしています。そうです。私これから初めてのヴィオラの言っていた「買い食い」をするのです。調理工程を監督できないために、私が食中毒になったり、胃に負担をかけたりするかもしれません。まあ、ベッカがメニューを吟味し調理等を交渉してくれたのでしょうから不安はありませんけれど、万が一がございますものね。
私になると、百に一の確率までに下がるので二人が不安がるのも無理は無いのですが。
私はどきどきと胸を高鳴らせながら包みを開けました。出てきたのはサンドイッチです。
「美味しいわ」
私は一口齧って頬張ったそれにへにゃへにゃと相好を崩します。パンの間に挟まれているものは魚のフライと玉ねぎのみじん切りを炒めたものです。柔らかなパンにも両面焼き目がつけられていますのでほかほかと温かく、いくら一等車の配慮やひざ掛けを持参しているとはいえ冷えた体に沁みわたります。
「ニシンのフライね。お塩が効いてて美味しいわ。玉ねぎも甘くって、温かくって」
「お嬢様、料理の賛辞はそれくらいにしませんとサンドイッチが冷めてしまいますわ」
「! そうね!」
私は黙々と食べ続けました。ルビーはこの時の私の瞳は輝いていたと言います。我が家でもニシンの燻製はよく出されていましたが何だか食感が異なるように思えました。ぷりぷりとした歯ごたえがあるのです。
聞けば、ネーデラントはニシンの塩漬けそのままを挟むようでした。私用にフライにしてもらいましたが、なるほど、燻製にはしないので生の食感が味わえるのですね。私は大満足でしたが、屋台にはまだいろいろあるみたいです。ジャガイモをからりと揚げたものがあるそうですが、これ以上は油の摂りすぎで胃がもたれるだろうと断念したんだとか。残念です。
「ネーデロントに近いほどこういった食事が出来るのは嬉しいわ」
「もう、ネーデロントですよ。これから時間をかけてネーデロント一の街に行くのですわ」
「あら、そうなの」
帝国って広いのねえ、と今更ながら呟きました。だって、同じ地方内の移動でこんなに時間がかかるなんて! 私はまだ旅を甘く見積もっていたようです。旅行慣れするにはまだまだだわ。
そういえばお兄様のお友達のチェスター様がネーデロントの出身でした。チェスター様の領はお花の栽培をされているそうですが、車窓からでは見えませんね。
「街に行けば花市をやっているかもしれませんよ」
私はルビーに勢いよく顔を向けました。花市? と尋ねます。
「花市では種や苗、株そのものの販売がされますわ。奥様もここへ訪れてご購入されたり…ああ、私たちが行く街では毎週末に花市を開くようですわね」
「毎週末…」
今日の日付は木曜日です。駅が混雑する週末と週初めを避けた日程ですからね。お兄様がお見送りに来てくださったからてっきり寄宿学校がお休みの日曜日だと勘違いしていたのですが、どうやらお兄様は冬期休暇間近ではありますが、私のお見送りに合わせて早めに寄宿学校を切り上げお帰りになってきたというらしく私は、休暇中のお兄様とご一緒できないことが悔しく、実は昨日は地団駄を踏みたくなっていましたの。体力が無いので踏めませんけれどね。
私はルビーをじっと見つめました。お願いが届くようにと手を組み、眼差しに願いを託します。ヴィオラの言っていた「上目遣い」も少し意識しました。
「ねえ、ルビー、ベッカ。私、花市へ行ってみたいわ。良い子にするし、風邪などひかないように細心の注意を払うし、消毒もうがいもこまめにするわ。ねえ、お願い」
「うーん…」
ルビーは傍らのベッカを見ます。
「いいでしょう?」
私はベッカへお願いしましたら、ベッカも折れたようでした。
「仕方ありませんわね。でも、お約束してくださいましね、私たちと離れないこと、人通りの多い場所ではなく、見回るのは大通りから少し外れた奥様が贔屓していた商人の市で、一時間だけですわ。それでもよろしいですね?」
「ええ! 嬉しいわ、ありがとう!」
土曜日が俄然楽しみになってまいりました。私はベッカやルビーの首へ抱き着きたかったのですが淑女なので我慢いたしましたわ。でも、嬉しくってずっと笑っていましたら、二人は呆れ笑いのようなお顔をしておりましたの。
駅へ着いた頃には、明るかったのですが夕刻になったら直ぐに日も落ちるでしょう。冷え込みますから、コートをしっかり体に密着させるように握りしめて、ホテルへ急ぎました。エスパーヌの時と同じように寛げますが、やはり部屋の内装はエスパーヌとは少し趣が違います。私たちが滞在する部屋は淡い黄みがかった白を基調としていますが、壁紙の色がハッとするような色です。いいえ、色はそう、奇抜ではありません。パステルグリーンの淡い色です。模様は花柄で、そうね、牧歌的と言われるものかもしれませんのにとても都会的なお洒落さなのです。
小さなころドールハウスで遊んでいました。一つ一つの家具やバランスはそのドールハウスにそっくりなのに、なんて不思議なこと。
「驚いたわ、可愛らしいのにとてもお洒落に見えるわ」
「ネーデロントはデザインで有名な都市がありますからね。とても人気がありますのよ」
「ええ、私の姉もネーデロントの家具や食器を集めておりましたわ」
「まあ、ベッカのお姉様も? そうよね、可愛いもの」
コートをルビーに預けて、ベッドへ腰かけます。ふかふかで、固い座席で長いこと揺すられていた私は直ぐにその柔らかさに沈み込みそうになりました。
ベッカは苦笑し、ルビーは地図を持って私の隣へ腰かけます。
「お嬢様、明日は丸一日空きますでしょう? 近くに公園があるようですし、歩行の練習がてら見て回りませんか? 杖は持ってきていますでしょう」
「ええ、持ってきているわ。その公園には何があるのかしら?」
「そうですわね、池が二つあって、芝生があって、森があって…あら、ピクニックに利用されることが多いようですわ。ボートもあるそうです」
「え? 池でしょう?」
「池と言っても湖くらいの大きいのですわ」
「まあ」
私は明日の散歩がてら、絵葉書を買いたい旨を伝えました。今晩にお手紙を認めたものと一緒にお送りしたいのです。それにヴィオラへ、上目遣いが上手くいったことを報告したいのですもの。
ハシェーというお料理はマッシュポテトの上に牛肉やお野菜を煮込んだビネガーの利いたシチューです。食べやすいです。果物も有名だそうで、柔らかなペイストリーの果物のパイを頂きました。柔らかいのは砂糖が多いからなんですって。もっと食べたいのに、一切れより一回り小さいのが出されて、私泣きそうでしたの。おやつが大好きですのに! もっと食べたいわ! でもいい子でいるお約束ですものね、ゆっくり味わいました。それと、飲み物でバターミルクが出されました。バターを取った後の液体だから、栄養があっても脂肪は無いから体に良いのですって。珍しく希釈がないまま飲みましたの。すごくパイと合うわ。
もしかしたら、私ネーデロント料理と相性がいいのかもしれません。




